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【人見知りの清掃員】
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しおりを挟む──もしかして、これも夢……?
陽音の頭を、嫌な考えが過る。
仕事帰りに目眩に襲われたかと思えば、森にいる夢を見て。夢の中で目が覚め、再び眠るという不思議な体験をしたかと思えば、見知らぬ人に抱き上げられる夢まで見て。
あげく漸く目が覚めたかと思えば、今度は知らない部屋。
これも夢というオチだったら、いくらのんきな陽音でも堪えられない。
これではリラックスどころか、気が休まらない。
──目が覚めるなら早く覚めないと。今頃、道路で倒れてるか、病院に運ばれてるだろうし……。
もし病院に運ばれてたら、お金がかかっちゃうなぁ……と思ったところで、陽音は首を傾げた。
──病院……?
ぱちぱちと瞬きを繰り返して、周りを見渡す。
白いベッドに、ぐるっと周りを囲う白いカーテンみたいなもの。
そして自分の服装は、目眩で意識を失う前と同じ。つまり、ビジネススーツ。
──もしかしてここ、夢の中じゃなくて、病院?
あのあと、親切な誰かによって、病院に運ばれたのだろうか。
ならば目覚めた場所が自分の部屋じゃないのも、ここが見知らぬ場所であることも頷ける。
たどり着いた考えに、陽音はホッと息を吐いた。
漸く夢の中で目が覚めるというループから抜け出せた。ループといっても二回しか体験していないが、それでも、自分の意思で夢から覚めることができないというのは、恐怖でしかなかった。
二回目の時には、見知らぬ人に抱き上げられたのだ。三回目にはもっと酷いことが起きていたかもしれない。
想像しただけで、陽音の体は恐怖に震えた。
陽音が自分の体を抱き締めて、カタカタと震えていると、突然シャッとカーテンのような白い布が開いた。
突然のことに、陽音は自分を抱き締めたまま固まる。
布が開けられた先には、一人の男性がいた。
ひょろりとした長身を大きな白衣で包み、丸い眼鏡を掛けた銀髪の男性。
その男性は陽音を見てたれ目を丸くし、次いでふわりと微笑んだ。
琥珀色の瞳に、陽音の姿が映る。
「よかった。目が覚めたんですね」
優しげなその声に、人見知りが発動した陽音は恐怖に体を硬直させるが、相手はお医者さんだと、何度も自分に言い聞かせる。
小さな子供ならまだしも、いい大人の陽音が、医者の質問に黙りは笑えない。今はフォローしてくれる親も傍にいないのだ。
──頑張らないと……!
顔を強ばらせながらも、陽音は自分にカツを入れた。
そんな陽音の葛藤など露知らず、男性は人好きのする笑みを携えて、一歩陽音に近づいた。
ピクリと陽音の肩が揺れる。
「私の名前はサユルです。ここバルトの専属医師をしています。お嬢さんのお名前を伺ってもよろしいですか?」
男性はそれ以上近づくことはなく、静かな柔らかい声で自己紹介をした。
陽音の名を訊ねるサユルに、陽音はこっそりと深呼吸をし。気合いをいれて、震える唇を開いた。
「……っ。…………し、しおた、……はる、ね……です」
極度の緊張と恐怖で萎縮してしまった喉は、初め声を出すことができなかったが、なんとか名乗ることができた。
後半はほとんど消えかかっていたが、陽音にしては頑張った方だ。
とりあえず第一関門はクリアできたと、陽音は内心息を吐く。
しかし……。
「ショーターハ?さんですか……?」
少し困った笑顔のサユルに聞き返され、陽音は固まった。
やっぱりあんな消えかかった自己紹介では伝わらないのだ。自分の甘さに、下唇を噛む。
このままでは、ショーターハという謎の名前で呼ばれてしまう。
陽音自身はショーターハと呼ばれようが特に問題はないのだが、病院を出る際に困ったことになってしまう。
保険証を提示すれば、名前が違うことに相手は直ぐ気づくだろうし。そもそも純日本人で女の子の陽音の名前が、ショーターハという時点で違和感しかない。
そうなったらどうして偽名を名乗ったんだと面倒くさいことになってしまう。
せっかく気合いをいれて名乗ったのに、もう一度名乗り直すのはかなり気力が必要だが、後々面倒になる方が大変だ。
陽音はぎゅっと拳を握り、再び気合いをいれた。
「しお……た、……陽音、です」
「……ショータ・ハルーニェさん……ですか?」
さっきよりちゃんと言えた陽音だったが、サユルの言葉に内心肩を落とした。
惜しい。ものすごく惜しいが、どうしてそうなったのか分からない。
──ショータ・ハルーニェって誰……。
なんだかずれたサユルの言葉に、何となく緊張が解れてきた陽音はハッとした。
──もしかして、あたしが日本人って気づいてないの?
サユルは容姿からも名前からも、日本人じゃないことが窺える。つまり、陽音のことも日本人じゃないと思っている可能性が大だ。
落ち着いて考えれば、病院で働く医者が、自分が日本人じゃないから患者も日本人じゃない、と思うはずがないと気づけたのに、緊張で訳が分からなくなっている今の陽音には、そのおかしさに気づくことができなかった。
「ぁ、の……。はる、ね……しおた、です」
これならどうだ!とばかりに、再度名乗った陽音。
最初より声が出てることに、陽音は内心ほくそ笑む。声が震えていたのは気にしない。
サユルが自信なさ気に口を開く。
「ハル……さん、ですか?」
本当は違うが、晴音はコクりと頷いた。とたんホッとしたように破顔するサユル。
何度も聞き間違えたのがよっぽど堪えたのだろう。
“陽音”ではなく“ハル”と呼んだのも、先程発音できなくて失敗したからに違いない。
“ハル”ならまぁ間違いでもないし、後から偽名を名乗ったと責められることはないだろうと、陽音は頷いたのだった。
「ハルさんですね。何度も間違えてすみません……」
頭を下げるサユルに、陽音はフルフルと頭を振る。
そんなことよりも、陽音は早く家に帰りたかった。家に帰って、お風呂に入って。自分のベッドで眠りたい。
陽音の心と身体は、今猛烈に休息を求めているのだ。
サユルは距離をそのままに、布の向こう側から椅子を引っ張ってきて、腰を下ろした。
「ではハルさん、どこか痛いところはありますか?」
陽音を安心させるように、笑みを浮かべながら優しく訊ねるサユル。
陽音はフルフルと首を振る。
「気分が悪かったり、吐き気はありますか? 寒気や目眩などは?」
ゆっくりとしかしテンポ良く聞かれる質問に、陽音は首を振って答えていく。
サユルの気遣いか、質問はすべてイエスorノーで答えられるものだけだった。
あらかた診問が終わったのか、サユルは陽音に断りをいれてから、脈を診たりと軽く診察をはじめた。
──大丈夫。相手はお医者さん。相手はお医者さん。落ち着いてあたし。
カチコチに固まりながらも、ドクドクと速まる鼓動をなんとか落ち着かせようと奮闘する陽音。
その間に診察を終えたサユルは、再びベッドから少し離れた所にある椅子に腰を下ろした。
「特に問題は無さそうですね。ですが、今日は一日安静にしてください。無理は禁物ですよ?」
陽音はコクりと頷き、ホッと息を吐いた。
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