シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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ダークエルフの誘惑編

雨の中の静寂と不安

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 数日が経過し、シリウスの家の周囲には緊張感が漂っていた。ヴェラは依然としてこの国に留まり、彼の家の前で静かに立ち尽くしている。

 雨が降りしきる日も彼女はその場から動くことなく、無表情で家を見つめている彼女の姿はアステルとステラの心に不安をもたらす。

「お母さん、雨降ったよ。あの人濡れちゃうよ」

 ステラが小声でアステルに囁く。娘の目は雨に打たれているヴェラを心配していた。

「風邪引いちゃう」

 ステラが続けるとアステルは一瞬悩んだ後、深い溜息をついた。
 確かに雨の中で立ち尽くしているヴェラが風邪を引いてしまうことを心配する気持ちは理解できる。
 しかし、その一方で彼女の存在が家族にとってどれほどの脅威であるかを考えると簡単には手を差し伸べることができなかった。彼女が家の周囲を監視し続ける様子は恐怖を感じさせた。

「傘とか貸してあげないの?」
「それは……」

 ステラが提案するとアステルは洗った食器を片付けながら一瞬困惑した。彼女はその優しさを否定する理由が見つからなかった。

「ダメだ」

 しかし、シリウスはその瞬間、断固として声を上げた。今は槍の手入れをしながら、彼はヴェラを警戒し続けている。
 目の下には隈ができており、ここ何日も満足に寝ていないことが伺えた。シリウスはその手を動かしながら、視線は絶えず外に向けられていた。

「あの女は同情を買って油断させようとしているだけだ。近づいた時点で何か行動に出るだろう」

 その言葉には今まで生きてきた修羅場の経験から来る実感がこもっている。

「なんで?」

 ステラは無邪気に問いかける。彼女には大人たちの複雑な事情が理解できない。父が何も答えず、槍の手入れに集中している様子に彼女は疑問を抱く。

「なんで仲良くしないの?先生はみんなと仲良くしなさいって言ってるの」

 その無垢な疑問はシリウスの胸に重く響く。

「お父さんが言わないなら、ステラが仲直りしようって言っちゃうから!」

 無邪気にそう言ってステラは玄関に向かおうとすると

「ステラ!」

 その瞬間、シリウスは大声を発して彼女の歩みを止めた。彼の声は鋭く、家の中の空気を凍らせる。

「ダメだと言っているのがわからないのか!?あの女に何をされるかわからないから、絶対に行くんじゃない!」

 その言葉には迫る危機を感じる緊迫感があった。驚いたステラは思わず後ずさりする。

「わうっ……」

 ステラは言葉を失い、目に涙を溜める。彼女は自分がいけないことをしようとしていたことをすぐに理解したようだった。
 その瞬間、シリウスも冷静さを取り戻し、素早く槍を壁に立てかけてステラの元へ行くとしゃがみ込んで優しく語りかける。

「違うんだ。ステラが悪いんじゃない……すまない」

 謝罪の言葉が響いても、普段は優しい父の怒声にステラの涙は止まらなかった。慌てたアステルはすぐにステラを抱きしめ、背中を摩りながら落ち着かせようとするがステラの涙は止まらなかった。

「だって、ステラもうやなの……」
「ごめんね……大丈夫だから」

 アステルは力を込めて抱きしめ、優しい声で慰める。シリウスは自分の行動を後悔し、項垂れる。
 家族を守りたいという思いが、逆に二人を苦しませていることに焦りを感じていた。

(どうすれば……)

 シリウスは無力感に苛まれ、奥歯を噛み締めた。幸せにすると約束したのに家族を苦しめる結果になっている。
 彼は立ち上がり、再びヴェラの方に視線を向けた。雨に打たれながら待っている彼女は、真っ直ぐにシリウスを見つめていた。その無感情な表情は、シリウスの心に強い嫌悪感を抱かせる。

 ◆

 アステルは静かな子供部屋に足を踏み入れ、ステラを優しくベッドサイドに座らせ、自分もその隣に腰を下ろした。
 小さな体は母の温もりに寄り添い、まだ涙の跡が残る目をしている。娘の金色の髪を指先で撫でながら、アステルは心の中で自身を落ち着かせようとしていた。

「お父さん、怖いよ……」

 ステラの声は小さく、震えていた。強くて優しい父の姿が今は遠く感じられる。父の温かな手、優しい声。
 それらは彼女にとっての安心の象徴であったが、今のシリウスはまるで何かに脅かされているかのようだった。その険しい表情はいつもの温もりとはまったく異なっていた。

「そうね……お父さん、怖かった。大人になると仲直りが下手になっちゃうの」

 アステルは心の痛みを抱えながら娘を優しく抱きしめた。ステラの小さな手が、彼女の胸に強く縋り付く。アステルはその温もりを感じながら娘の背中に手を回し、優しく撫でる。

「大人なのに?仲直り下手?」

 ステラの疑問にアステルは深い息を吐いた。

「そう。大人はね、ややこしいの。よくわからない理由で誰かを嫌いになっちゃうことだっていっぱいある」

 アステルはそう言いながら自分の言葉がまるで言い訳であるかのように思えた。大人はなんてズルいのだろう、と心の奥で感じていた。

「でも、お父さんがステラのこと嫌いになったわけじゃないから……それだけは知っててほしい」

 アステルは娘の青い瞳を優しく見つめながら、それだけは揺るぎない真実だと確信を持って伝えた。

「……うん」

 ステラが少し落ち込んだ様子で、小さく頷くとアステルは娘を強く抱きしめ、心臓の鼓動を感じさせるようにその温もりを伝えた

「お父さんも仲直りができるならしたいと思っていると思うの」

 その言葉は、ステラに向けて語りながらも、自分自身に言い聞かせるような響きを持っていた。

「でも時間が必要かもしれないから、それまではステラはいつも通り、学校で勉強して、お友達と遊んで、たくさん笑っていて」
「うん……」

 ステラは母の胸に顔を埋め、小さく頷いた。

 ◆

 その日の夜、静寂が家を包み込み、ステラが穏やかな寝息を立てているのを確認したアステルは子供部屋のドアをそっと閉めた。
 廊下を歩きながら心の奥に不安の影が広がるのを感じていた。薄明かりの中、彼女の目はシリウスの姿を捉え、少しだけ安堵したものの、その表情は険しかった。

「シリウス、いい加減に寝ないと」

 アステルは一度深呼吸をしてから優しく声をかける。しかし、シリウスは答えず、ただ窓の外を見つめ続けていた。暗い空に瞬く星々を眺めるその姿はまるで何かを警戒しているようにも見えた。

「後で寝る」

 彼の声は低く、疲れ切っていた。無理をしているのが一目でわかる。その眼差しはより鋭く、アステルの心が痛んだ。

 何か言いたくても言葉が詰まる。どうすればシリウスの心を変えることはできないのだろうか。アステルは彼の背中を押すような気持ちで彼を見つめる。

「大丈夫だ」

 シリウスの言葉は断固としていたが、その表情には悲しみが宿っていた。相変わらず外を見守り、暗闇の中に漂う不安を感じ取っているようだ。
 アステルはその姿を見るのが辛かった。彼にはもうこれ以上、心身ともに疲弊してほしくない。

「シリウス」

 シリウスの名前を呼ぶと彼はアステルに目を向けた。明かりを消した闇の中、窓から漏れる淡い光が彼の顔を微かに照らし出す。
 その瞬間、彼の目には、一瞬だけ怒りと悲しみが交錯していた。

「私が見ているから、寝てて」
「アステルではあの女に敵わないだろ」

 シリウスの返事は冷たかった。彼は決して弱音を吐かず、アステルの心配をあざ笑うように冷静だった。
 ダークエルフの力を一番理解している彼にとって、アステルの武力には期待をしていない。
 エルフは魔法に特化した種族だが、身体能力では人間に劣る。逆にダークエルフは光属性の魔法が扱えなかったり回復魔法の恩恵を十分に受けられない代わりに闇魔法を得意として身体能力は人間よりも優れている。
 シリウスの返答にアステルは何も言えずに小さく俯く。自分を無力に感じさせていた。

「ステラは?」

 シリウスの声はどこかぎこちない。先ほどステラを泣かせてしまったことをずっと気に病んでいて、平静を装うとしているようだ。

「寝ました……でも、あの子もあの人のことを気にしていて……お父さんがいつもと違うって……」

 シリウスは無言でアステルの言葉を受け止め、拳を握りしめる。

「……すまない」
「謝らなくていいから……少し休んで、お願いだから」

 アステルの懇願にもシリウスは答えず、ただ外を見つめていた。その眼差しには怒りと悲しみが入り混じっているようにも見えた。

(どうしたらいいのかしら……)

 アステルの心の中で不安が渦巻く。シリウスが無理をするたびに自分も辛くなってしまう。彼の笑顔が恋しいのに最近はその笑顔を見ることができず、もどかしさが募るばかりだった。
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