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ダークエルフの誘惑編

悪夢と始まり

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 薄暗い宿の一室で、幼いシリウスは両親に祝福され、特別な瞬間を味わっていた。ダークエルフの両親は冒険者としての旅路を歩みながら、愛情深く子供を育てている。
 彼らは迫害を受ける種族であり、人と関わることを避けがちな生活を送っていた。
 しかし、まともな仕事が得られない中、身体能力の高さを活かして魔物を狩り、生き延びる術を見出していた。

 その日のために用意されたご馳走やケーキはシリウスにとって最高の贈り物だった。
 両親の笑顔は息子の誕生日を心から祝う喜びに満ちており、彼らの手は優しくシリウスの頭を撫でる。くすぐったさを感じつつも、シリウスはその温かな愛情に包まれ、思わず笑みを浮かべる。

「もう少し大きくなったら、シリウスもいい冒険者になれるだろう」

 シリウスはそんな両親の期待に応えたいと胸を張り、未来への希望を抱く。
 しかし、穏やかな祝福の瞬間はまるで薄い膜のように儚く破れてしまった。

「!」

 突然、宿の扉が力強く叩かれる音が響いた。シリウスの両親は武器を手に手に取って息子を守ろう急いで動き、扉えの前に立った。
 部屋の外で何人かの男たちが叫び声を上げ、扉を破ろうとする音が聞こえる。

「シリウス!どこかに隠れて!」

 シリウスの母親がそう言った途端になだれ込むように武装した数人の男たちが部屋に入ってくる。男が剣を構えて叫ぶと、それを皮切りに一斉に襲いかかって来た。
 両親は激しく抵抗をしたが、身体能力の高いダークエルフでも数の上では劣勢に立たされ、ついにはその場でシリウスの両親は無慈悲にも殺されてしまった。
 そしてその地に塗られた刃は立ち尽くしているシリウスへも向けられ、降りおろされた所で目が覚めたのだ。

 ◆

 シリウスは勢いよく上半身を起こす。そこには、心配そうな顔をしたアステルがいた。自分たちの寝室、安心感に包まれた空間の中、彼は自分の濡れたシャツを感じ、額から流れる汗に気づく。荒い息遣いが、まるで悪夢の余韻を引きずるかのように響いている。

 彼の心には、両親の死が鮮明に浮かび上がっていた。アステルと出会ってからは、そんな悪夢を見ることはなかったのに。再びその記憶が蘇り、シリウスは辛さに顔を歪める。

「大丈夫?」
「……すまない……」

 シリウスは、ベッドの隣に座り込むアステルの肩に寄りかかる。彼女の白い手が背中を優しく撫でてくれる。まるで彼の痛みを和らげるかのように。

「大丈夫……大丈夫よ」
「……ああ」

 しばらくの間、アステルの手の温もりに包まれ、シリウスは安心感を覚える。しかし、その穏やかなひとときもつかの間、アステルは手を動かしながら尋ねてきた。

「怖い夢でも見た?」
「昔の夢だ。俺がまだ子供だった頃の……あの時はそのまま捕まって……」

 言葉が喉に詰まり、シリウスは続けることができない。彼の沈黙が、アステルの身体をわずかに強張らせた。

「無理して言わなくても大丈夫よ」

 その言葉を受け、アステルの手は止まり、彼女の温かさが少しだけ遠くなる。やがて、彼女は優しい声で言った。

「待ってて、お水持ってくる」
「いや、もう大丈夫だ。心配かけてすまない」

 アステルは気遣いを見せるが、シリウスはそれを断り、ベッドから降りる。水差しからグラスへと水を注ぎ、一気に飲み干す。その瞬間、心の奥底が少しだけ軽くなった気がした。

「本当に……もう大丈夫なの?」

「うん、少し嫌な夢を見ただけだ。もう寝よう」

 そう言うと、アステルの不安そうな顔が気になった。シリウスは近づき、彼女の身体を優しく抱き寄せる。この瞬間、自分が生きていること、そしてアステルが生きていることを実感できる。

 アステルは何かを言いたげな表情を浮かべるが、結局その言葉を飲み込む。だが、彼女の手がゆっくりとシリウスの背中に回り、再び温もりが彼を包み込んだ。夜の静寂の中、互いの存在が彼らの心に深い安堵をもたらしていた。
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