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第三部 学校へ行こう

第二百二十話 エリザベスは見た!?⑩

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 部屋に戻るとなぜか、ソファーでクッションを抱きしめたエリザベスに涙目で睨まれた。
 なんだか、威嚇するようなうなり声も聞こえるが気のせいだろうか??

 シュリは目をこしこしと擦り、指先で耳をぐりぐりと掃除してみたが、現状はまるで変わらず。
 なんで?と不思議そうな顔で、出迎えてくれたイルルの顔を見た。
 そんなシュリを見上げるイルルの顔は、さすがに呆れ顔だ。


 「シュリ……お主、何も気がついておらんのか?」

 「え?なにが??」


 シュリは、自分の秘め事がすっかりバレているとはまるで気づいていないようで。
 きょとんとした顔でイルルの顔を見返す。
 イルルは、困った奴じゃのう、とちっちゃなため息をもらし、


 「お主な~……バレておるぞ?色々と」

 「バレる……って、僕、何かした??」

 「何かも何も、あんなに堂々と廊下でちゅーをかましておったじゃろうが」

 「……えっと、どうして知ってるの??」

 「どうしてもなにも、見たからに決まっておるじゃおるが」

 「見たって、もしかして、エリザベスも?」

 「当然じゃ!トイレに行きたいというくるくるを案内する途中で遭遇したんじゃからな!!」

 「あ~……それで、あれ、かぁ」


 しまったなぁと、ちょっぴり顔をしかめ、伺うようにエリザベスを見る。
 その視線を感じたエリザベスは、抱えたクッションを更に強く抱え込み、威嚇するようなうなり声が大きくなった。
 そんなエリザベスを見て、シュリは困ったような顔で小首を傾げる。


 (う~ん。こういう場合、どうするのが正解だろうなぁ??)


 そんなことを思いながら、前世での記憶を掘り起こす。
 しばし考え、一つうなずき、シュリはおもむろにしゃがみ込んでにっこり微笑むと、


 「大丈夫だよ~、エリザベス。怖くないよ~?おいで~??」


 そう言いながら手を差し出して、ちちち、と舌を鳴らした。
 しかし、エリザベスの警戒が解ける様子は無く、シュリは再びう~んと考え込む。

 そうすることしばらく。

 不意にはっとしたような顔をして、ポケットの中からお菓子を取り出したシュリは、再びその場にしゃがみ込んだ。


 「ほーら、エリザベス?お菓子だよ~。美味しいよ~?」


 そう言いながらお菓子を差しだし、そろそろと少しずつ距離を詰めようとした。
 しかし、幼いとはいえ、人間相手にそんな頭の悪い作戦がそうそう成功するはずもなく。
 さらに激しい威嚇を受けたシュリは、なんでだめだったんだろうと、小首を傾げながらイルルの傍らへと撤退する。
 そんなシュリをイルルは呆れ混じりのまなざしで迎えた。


 「のう、シュリ?」

 「ん?なぁに??」

 「今日のお主は、その、少々おつむが弱くなっておらんか??」

 「え?そ、そう??普段と一緒のつもりだけどなぁ」


 イルルの指摘にそう答えるシュリは気づいていない。
 エリザベスに対するわんこフィルターの影響で、彼の行動が少々特異なものになっているということに。


 「ま、まあ、妾はそういうシュリもかわゆくて良いと思うがの。うむ!」

 「え、えーっと、ありがと?」


 素直にお礼を言うべきか、複雑な気持ちでイルルを見つめたシュリは、次なる作戦を思いついてはっとする。
 そして、イルルにそっと声をかけた。


 「イルル」

 「ん?なんじゃ??」

 「ブラシ、とっておいで?」

 「んむ?ブラシ??」

 「うん。ブラッシング、する約束でしょ?」


 にっこり笑ってそう言うと、イルルの顔がぱああっと輝いた。


 「うむっ、わかったのじゃ。すぐ取ってくるのじゃ!」


 イルルは飛び跳ねるように駆けていき、それをほほえましく見守った後、エリザベスが陣取っているソファーの端に、彼女を刺激しないようにそっと腰掛けてイルルを待った。


 「シュリ、ブラシなのじゃ!!」


 持ってきたブラシをシュリに押しつけると、いそいそとシュリの膝の上へ。
 そんなイルルの髪に、まずはそっと指を通したシュリは、ん?と首を傾げる。鮮やかな赤のイルルの髪が、なぜかしっとりと湿気を含んでいたからだ。

 濡れたままブラッシングを始めるのは、髪によろしくないと即座に判断したシュリは、風と火の魔法を組み合わせた複合魔法による温風を指先から放出させ、両手を使ってイルルの髪を乾かし始めた。
 そうしながら、あ”~、となんとも心地良さそうな声をあげるイルルにそっと問いかける。


 「イルル?」

 「んあ~?」

 「どうして髪が濡れてるの??」

 「ん~、風呂に入ったからに決まっておるじゃろ~?」

 「お風呂??どうしてお風呂になんか……」

 「んむ~??それはじゃなあ……」

 「だっ、だめですわよ!!イルル!!!言ったら一生呪いますわよ!!!!」


 とろんとした声でシュリの質問に答えていたイルルへ飛んできたのは、エリザベスの必死な声音。
 まあ、他人の恥をあえて言いふらすつもりは元々無かったイルルなので、その言葉に逆らうことはせず、


 「呪われるのは困るのぅ~。そんなわけで、妾は呪われたくないから、お風呂に入った理由は秘密なのじゃ」


 そう答えた。
 シュリはちらりとエリザベスを見て、納得したように小さく頷く。
 さっきからエリザベスがずっとタオルを頭に巻いているのを見て、どうしてなんだろうとずっと疑問に思っていたのだ。
 イルルの発言やエリザベスの反応から察するに、色々とやんごとなき理由でお風呂に入ることになった結果、髪が濡れて巻き髪が崩れてしまったのだろう。

 さらさらに乾いたイルルの髪に丁寧にブラシをかけながら、シュリは考える。
 これで、エリザベスのご機嫌をなんとか改善させられるかなぁ、と。
 ちらり、とエリザベスの様子を横目で伺えば、さらりと乾いて、更にブラッシングでつやつやになったイルルの髪に興味津々のご様子だ。
 これならいけそうだと、シュリは更にだめ押しをすることにした。


 「イルル~?」

 「んぁ……おおっ、いかんいかん。心地よくてうとうとしておったのじゃ。して、なんじゃ?シュリ」

 「今日はちょっといつもと違う髪型にしてみていい??」

 「違う髪型か~……かわゆくしてくれるのならよいぞ?シュリに任せるのじゃ」

 「よし、じゃあ、任されました」


 ぽやんとしたイルルに許可を得て、シュリはイルルのきれいな赤毛をいつも通りにツインテールに結んだ後、ちょっとしたアレンジを加えていく。

 使う魔法はさっきの乾燥の魔法の応用だ。
 暖かい風を放出するのではなく、指にまとわせる。
 そして、その指にイルルの髪を小分けにして丁寧に巻き付けて癖を付けていくだけだ。

 するとあら不思議。
 イルルの髪があっという間にエリザベスの様な縦巻きロールに早変わりした。
 その姿を、目の前に水鏡を作って見せてあげれば、


 「ふおお~、くるくると同じに髪がくるくるしておるぞ!?中々かわゆいではないか!!」


 イルルは結構気に入った様子で、右に左にと顔の角度を変えて、己の髪型を映しては喜びの声をあげた。
 そんなイルルの喜ぶ様子も微笑ましいが、気になるのはエリザベスの反応だ。
 シュリは、よく似合ってるよとイルルの頭を撫でてやりながら、再びちらりとエリザベスの様子を伺った。
 すると、さっきまで離れた場所に座っていたはずのエリザベスが、いつの間にか隣に来ていて、至近距離からエリザベスの巻き髪を鬼気迫る様子で凝視している。


 (え、えりざべす……!?いつの間に!!)


 思わずぎょっとした顔をするシュリの事などお構いなしに、エリザベスは手を伸ばしてイルルの髪に触れ、引っ張り、その縦巻き具合をじっくりと確かめた。


 「髪の手触り、髪のつや、髪の巻き具合……悔しいですけれど、どれも完璧ですわ……」


 本当に本当に悔しそうにそう言って、エリザベスはきっとシュリを睨む……いや、見つめる。
 もの凄くもの言いたげなまなざしで。


 (ちょ、ちょっと、距離感がおかしいんじゃないかなぁ、なんて……)


 下手をすれば顔がくっつきそうな距離から鋭く見つめられ、思わず逃げるように身を引きながら、シュリはちょっとひきつった笑顔を浮かべた。
 そして、


 「え、えーっと。よ、よかったら、エリザベスの髪もやってあげるよ?」

 「……」

 「ほ、ほら。最初からブラッシングする約束だったし?」


 そんな提案をそっと申し出てみる。
 関係修復のための一手として。


 「……そ、うですわよね。そういう、約束ですものね?」


 約束なら仕方ありませんわよね?とシュリの提案を受けて、自分に言い聞かせるように呟くエリザベス。
 そんなエリザベスの背を、イルルが押した。


 「んむ?今度はくるくるの番じゃな?妾は大人じゃからの。ちゃんと順番は守るのじゃ。ほれ、ここに座るのじゃ」

 「ここ……って、膝に座るんですの!?」

 「む?そうじゃぞ??ブラッシングはシュリの膝の上でと決まっておるのじゃ」


 いや、そんな決まりなんてないけど……即座に突っ込もうとしたが、それより先にエリザベスのお尻がシュリの膝にちょこんと乗っかった。


 「き、決まりなら仕方がないですわね……さ、さっさとお願いしますわ!!」


 背に腹は代えられぬとばかりに、そう告げるエリザベス。
 彼女はシュリに背を向けているため、その表情は伺い知ることは出来なかったが、その耳はほんのりと赤くなっているように見えた。

 さすがに、同世代の男の子の膝に座るのは恥ずかしいんだろうなぁと気の毒に思いつつ、でも今更、膝に座らなくてもいいんだよと言うのもどうかと思って、あえてその辺りには触れないでおく。


 「ん、わかった。じゃあ、はじめるね?」


 そう声をかけてから、不格好に頭に巻かれたタオルを外すと、イルルとは比べものにならないほどに濡れた髪の毛が出てきた。


 (うわぁ。これは盛大に濡らしたなぁ)


 お風呂にでも潜ったのかな?などと見当違いな事を考えつつ、指先から出す風量をさっきより少し強めに設定して、まずは手早く丁寧に髪を乾かしていく。
 何度も何度も丁寧に、繰り返し繰り返し髪の間を行き来する指先の繊細な動きと、熱すぎず心地よく髪と頭皮をくすぐる温風に、エリザベスの唇から思わず何とも言えない吐息がこぼれる。
 それを聞いたイルルが、にまりと笑った。


 「ほれ、シュリの指は気持ちがよいじゃろ?」

 「きっ、気持ちよくなんか!!」

 「その割には、何とも気持ちよさそうな吐息がこぼれておった様じゃがの?」

 「あっ、あれはっ、その……とにかく、気持ちよくなんかありませんわ。ないったらないんですの!」

 「むぅ~、素直じゃないのぅ。じゃが、その虚勢、いつまで張っておれるか見物じゃの~」


 くふふっと笑い、意地をはるエリザベスの様子をおもしろそうに見つめるイルル。
 シュリはそんな二人の様子に苦笑しつつ、今度は程良く乾いたエリザベスの髪を丁寧にブラッシングし始めた。

 普段から手入れの良い髪の手触りはなんとも気持ちよく、自然とブラッシングにも熱が入る。
 そうやって無心にブラッシングした結果、気がついたら膝の上でエリザベスはすっかり脱力して、くたりとしてしまっていた。


 「ん?寝ちゃった??」


 しまった、つい夢中になっちゃったと思いながらそっと問いかけると、


 「お、起きてますわ……な、な、なんて凶悪なブラッシング術ですの……」


 なんだか息も絶え絶えな感じでそんな返事が返ってきた。
 ただ丁寧にブラッシングしただけなのに凶悪なとは、ずいぶんな評価だなぁと困惑した顔をしていると、イルルが呆れた顔でこっちを見ているのに気がついた。
 なんだろうと首を傾げてみせれば、


 「シュリ……お主のブラッシング初体験の者を相手に、なんと容赦のないブラッシングをするのじゃ……」


 恐ろしい奴なのじゃ……と、返ってきたのはそんなお言葉。
 凶悪だの、容赦がないだの、不本意な評価しかもらえず、思わず口を尖らせて、


 「え~?ただ、一生懸命にブラッシングしてただけなのに」


 と不満の声をあげれば、イルルからはやれやれと言わんばかりのため息が返された。


 「その様子じゃと、お主、全然聞いておらんかったんじゃろ?」

 「聞いてないって、なにが?」


 何のことかわからずに、きょとんとして首を傾げる。
 イルル曰く、ブラッシングを受け始めてしばらくすると、エリザベスは降参の声をあげたそうなのだ。

 「も、もう結構ですわ」とか、「あ、そこはだめ、ですわ」とか、「それ以上はもう……」とか……それはもう、色々なバリエーションで。

 そうやってひとしきりわめいた後、とうとう力つきたようにぐったりしてしまったのだとか。
 それを聞いたシュリは、額に冷や汗を浮かべた。


 (……うん。ちょっと、申し訳なかったかな)


 内心そんな風に反省しつつ、その反省の気持ちを込めて必要以上に丁寧に丁寧にエリザベスの髪を巻いていく。
 その丁寧で繊細な作業が、更にエリザベスを追いつめているなどとは夢にも思わずに。

 イルルは、シュリの指が髪や肌に触れる度に、ぴくんと震えるエリザベスを、同情混じりのまなざしで見つめる。
 そして、どこまでも真剣にエリザベスの髪を巻くシュリを眺めながら、処置なしじゃなと肩をすくめた。

 シュリはそんな二人の様子には全然気づくことなく全力でエリザベスの髪を巻ききった。
 その結果、エリザベスは来たときの二、三割増しの勢いでゴージャスになった縦巻きロールで帰途へつくこととなった。
 にこにこと、やり遂げた感満載の笑顔を浮かべたシュリに見送られながら。

 その日からしばらく。
 グルーミング家では、毎朝違うメイドがエリザベスの部屋に呼ばれて、スタイリングをさせられたとか。
 だが、シュリ以上のブラッシング術や髪を巻く技術を持つ者を見つけだす事は出来ず、全て試し終わった後、エリザベスはその場に崩れ落ちたという。

 それ以降、学校では、愛用のブラシを持参したエリザベスが、シュリをこっそり教室から連れ出す場面が結構な頻度で見られるようになった。
 そうして二人の時間を過ごして戻った後のエリザベスはまるで、ご主人に可愛がられ、しっかり手入れされたわんこのように、髪も頬もツヤツヤに輝いているという噂である。
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