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第四部 王都の新たな日々
第471話 王都のとっても大変な1日①
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特になんの変哲もない日だった。
謁見に訪れる人々の数もさほど多くなく、久しぶりにのんびり家族で昼食をとり、ゆったりと食後のお茶を楽しんでいた国王の元へ、あわてた様子の宰相が、駆け込んでくるまでは。
何事だ、と問う王に、若干青い顔をした宰相は、額の汗を拭いながら答えた。
城の前の広場に、龍が現れました、と。
「竜? 帝国の飛竜か? なにか緊急の連絡でも?」
「陛下。違います。アレは飛竜などとは比べものにならない。もっと強大で古い……恐らく、いにしえの龍、と呼ばれるたぐいのものではないか、と」
「いにしえの龍? なんの冗談だ。そんなものがこの王都に入り込めるはずもないだろう?」
「それが入り込んでいるから一大事なのです。とにかく、まずはそこの窓から外を見てみて下さい。そうすれば、私の申したいことがおわかりになるはずです」
「窓から外を? どれ」
やれやれ、宰相もおおげさだ、と気楽な気持ちで外を見た。
だが、外を見た瞬間に、国王の表情も動きも固まった。
そこには、蒼い鱗が神々しくも美しい、いにしえの龍と呼ぶにふさわしいほどに巨大で優美な、龍の姿があった。
◆◇◆
その日その時、イルルはタマとポチと一緒におやつの時間を楽しんでいた。
食べているのは、シュリがキャット・テイルにお土産として持っていったお菓子の余り。
お土産にするということで、いつもより少し気合いを入れて作られたお菓子は、これまた大層美味であった。
「うむ、シャイナはまた腕をあげたのう。美味い! 美味すぎるのじゃ」
両手にお菓子を持ち、シャイナがかなり余分に焼いた菓子は、どんどんその数を減らしていく。
「シュリも今頃、ナーザの宿で一緒に食べておるのかのう?」
すごい勢いで食べながら、ここしばらく、ちょっぴり元気のない主の事を思う。
「ナーザもジャズも面白いヤツじゃし、他にも従業員がいるらしいしの。おなごに囲まれて美味いものを食べて、早くいつもの元気なシュリに戻るといいのぅ」
呟きながら休むことなくお菓子を食べているイルルはまだ知らない。
蒼い髪と瞳のイルル旧知の龍に、シュリが襟首を捕まれて絶賛拘束され中な事を。
なにも知らぬまま。
イルルは幸せそうな顔をして、また1つお菓子を口に放り込んだのだった。
◆◇◆
そこは確かに開けた広い場所だった。
でも。
「え~っと。お城の前の広場は、人気がないとは言いにくいんじゃないかな」
シュリは小さな声で抗議する。
まあ、シャナクサフィラが容赦なく龍の身をさらしたことで、人気は確かに無くなりはしたが。
「十分広いですし、人もいなくなりました。それでいいじゃないですか。余り遠くに行くと、ルージュが気づかないうちに終わってしまう可能性も否めません。あの子は鈍い子ですから」
彼女はシュリのピンチを餌にイルルをおびき寄せたいのだろう。
ならば確かにイルルが気づいてくれなければ意味はない。
シュリはこみ上げるため息をかみ殺し、その代わりに己の中にある5つの輝きに声をかける。
『アクア、グラン、イグニス、シェルファ、サクラ。この広場の外に被害が及ばないように守りを。広場の中に、人を入れちゃダメだよ。危ないからね』
『全員で出ては、あなたの守りがなくなってしまいますわ』
アクアが言う。誰か1人はここに残して欲しい、と。
でも、シュリは首を横に振った。
『僕は大丈夫。女神様の加護もあるしね。でも、街の人達は僕みたいに頑丈じゃないし。きっと、彼女が手加減をしてくれたって、彼らにとっては致命的な一撃になると思うんだ。でも僕は、誰も死なせたくない。だから、お願い』
『仕方、ないな。お前のことは心配だが、主の願いを叶えるのが我らの使命。だろう? アクア』
『……仕方ありませんわね。でも、あなたが危ない目にあいそうになったら、他の者を見捨ててでも駆けつけますわよ?』
『わかった。そうならないように気をつける』
『なら、しゃーねぇな。シュリの願いをきいてやるか』
『うんうん。シュリの為に頑張るよぉ』
『はぁ。ほんとならシュリの中で待機してたいところだけど、仕方ないわね。シュリのお願いを、聞かないわけにはいかないもの』
グランとアクアに続き、他の3人も了承の意を示し。
彼女達は、別々の方向へ飛び去った。
それを見送り、シュリはそっと安堵の息をもらす。これで王都もお城も安全だ、と。
「上位精霊を5体も宿していたとは。なるほど。ルージュが誑かされるだけの器ではあるようですね」
「誑かしたつもりは、ないんだけどね」
少なくともシュリ自身の意志では。
シャナクサフィラに捕まったまま、シュリは困ったような笑みを落とす。
とはいえ、スキルの影響が無かったとは言えないので、シュリとしては強く出られない部分もあり。
シュリは言葉を濁したまま、自分を掴んでいる美しくも強大な龍を見上げた。
美しい蒼玉の瞳がシュリを見る。
人の時は、ただ蒼いだけの瞳だったが、龍の姿になった今は、龍の黄金と蒼が絶妙に混じり合った、これまた息を飲むように美しい色合いをしていた。
シュリはしばしその瞳に見とれ。
イルルは龍の時も人の時も瞳は黄金なのに、シャナは違うんだな、とふと思う。
「シャナは人の時と龍の時と、瞳の色が変わるんだね」
思わずそんな疑問を口にすれば、
「比較対照はルージュでしょう? ですが、変わっているのは、私ではなくルージュの方です。龍の瞳は黄金と言われますが、多かれ少なかれ己の属性の影響を受けているものです。が、ルージュは違います。属性の影響を受けない純粋な黄金は力の証。今、この時代に、ルージュの他に純粋な黄金を持つ者はなく、故にルージュは、すべての龍族の中で最強と言われています」
「そ、そうなの!?」
「……気持ちは分からないではありません。確かにルージュは残念な子です。ですが、純粋な力の大きさと中身は別問題ですから」
意外な新事実にシュリがほへ~っとなっていると、シャナクサフィラは色々とやりにくそうに身じろぎをした。
「……シュリ?」
「ん? なぁに? シャナ」
「あの、もうちょっと何とかなりませんか?」
「何とか??」
「ほら、色々あるでしょう? 私ほどに大きな龍に捕らわれているのですから、おびえるとか、泣き出すとか。そうも平然とされていると、やりにくいんですが」
「あ、それはそうだよね。ごめん」
「いえ。謝られるほどの事でも」
「おびえる……おびえる、かぁ」
「はい。善処していただければ」
そんなシャナクサフィラの言葉に、思わず笑みがこぼれてしまう。
別に彼女が怖くない訳じゃない。
イルルと同じ上位古龍なだけあって、本来の姿に戻った彼女の放つ威圧感はかなりのものだし、その強さもひしひしと感じる。
かつて、イルルの炎に焼かれかけた記憶も相まって、彼女という存在に対する恐怖は、確かにシュリの中にありはするのだ。
でも。
シュリは彼女の事を怖いとは思わなかった。
むしろ、好意を感じているといってもいい。
宿屋で接した人間の姿の、生真面目な彼女も。
大切な友人を救おうと奮い立つ、今の彼女も。
シュリは決して嫌いではなかった。
敵対している、といってもいい今のこの状況にあってすら、シュリの中の彼女への好意は消えてはいない。
その事実にほろ苦く笑いながら、シュリはシャナクサフィラの龍の瞳を見つめた。
「やっぱりごめん。僕はシャナが好きだから、上手におびえたふりが出来そうにないや」
「うぐっ」
シュリのまっすぐな好意が激しく突き刺さったのか、シャナの口からこぼれるうめき声。
「シャナ?」
「くっ。これがルージュをも虜にしたという人たらし……いえ、龍たらしの技ですか。危険です。危険すぎます。今すぐ目的を打ち捨てて、ひれ伏して許しを求めてしまいそうな自分が恐ろしい。このままあなたを近くに置いておくのは危なすぎます。あっちへいって下さい」
そう言うと、シャナクサフィラは、ぺいっとシュリを遠くへ打ち捨てた。
自分で捕まえておいて、と思わないではないが、気持ちは分からないでもない。
今もきっと、シュリのユニークスキル[年上キラー]様がお仕事の真っ最中なのだろう。
決して、シュリが意図した事では無いけれども。
容赦ない投げ捨てに、シュリの小さな体は結構な高度で放物線を描いたが、驚異のバランス感覚で姿勢を立て直す。
結果、危なげなく地面に着地したシュリは、
「っと。シャナ? 僕だから良かったけど、他の子供をこんな風に扱っちゃダメだよ? 危ないからね」
こちらを睨む蒼い龍にそんな苦言を放ち、彼女の様子を油断無く見守った。
「一応ダメもとで言うけど、場を変えて落ち着いて話をしてみない? イルルも交えてさ。きっと色々と誤解や行き違いがあると思うんだ」
「なにを今更。改めて場を設けずとも、この場にルージュを呼びつけてしまえばすむことです。流石に鈍いあの子でも、私の本気のブレスの波動を感じれば気づくでしょう」
冷ややかな笑みで、提案は蹴り飛ばされた。
ダメかぁ、とシュリはちょっとだけ肩を落とし。
(どうにか被害を少なめに、シャナにイルルを諦めて貰わないとなぁ)
覚悟を決めた瞳で、強大な龍を見上げた。
シャナクサフィラのブレスを耐える自信はあった。
なんといっても、シュリには女神の加護があり、中でも戦女神ブリュンヒルデの加護の産物[絶対防御]はどんな攻撃でも防いでくれるという優れものだ。もちろん、回数制限はあるが。
その回数も、以前は日に1回だけだったのが2回に増えている。
ブリュンヒルデ曰く、愛の強さが加護を強めたのだとか。
だから最悪でも、2回まではシャナのブレスに耐えられるはず。
そして、周囲へのブレスの影響は、シュリの信頼する5人の精霊がきっちり遮断してくれる。
シュリはそれを信じ、目の前の龍が2度ブレスをはくまでの間に、彼女を説得、ないしは無力化すればいい。
(ブリュンヒルデの重い……いや、深い愛のおかげだなぁ)
シュリは思いながら、心の中で生真面目な戦女神に感謝を捧げる。
わずかに身構え、目の前の美しい龍から目を離さずに注視しながら。
「覚悟はいいですか、人の子よ。見事に私のブレスを耐え抜いてごらんなさい。そして古の赤き龍の主たる器を私に示して頂きます」
牙の隙間から冷気を立ち上らせながら彼女が告げる。
(え? それって……)
もしかして、ブレスにちゃんと耐え抜けたら、イルルの主として認めてくれるってこと?
シュリは思ったが、長く考える暇も、問い返す暇もあるはずもなく。
開かれた龍の口腔に渦巻く冷気の奔流を迎え撃つべく、真剣な表情で見つめることしかできなかった。
謁見に訪れる人々の数もさほど多くなく、久しぶりにのんびり家族で昼食をとり、ゆったりと食後のお茶を楽しんでいた国王の元へ、あわてた様子の宰相が、駆け込んでくるまでは。
何事だ、と問う王に、若干青い顔をした宰相は、額の汗を拭いながら答えた。
城の前の広場に、龍が現れました、と。
「竜? 帝国の飛竜か? なにか緊急の連絡でも?」
「陛下。違います。アレは飛竜などとは比べものにならない。もっと強大で古い……恐らく、いにしえの龍、と呼ばれるたぐいのものではないか、と」
「いにしえの龍? なんの冗談だ。そんなものがこの王都に入り込めるはずもないだろう?」
「それが入り込んでいるから一大事なのです。とにかく、まずはそこの窓から外を見てみて下さい。そうすれば、私の申したいことがおわかりになるはずです」
「窓から外を? どれ」
やれやれ、宰相もおおげさだ、と気楽な気持ちで外を見た。
だが、外を見た瞬間に、国王の表情も動きも固まった。
そこには、蒼い鱗が神々しくも美しい、いにしえの龍と呼ぶにふさわしいほどに巨大で優美な、龍の姿があった。
◆◇◆
その日その時、イルルはタマとポチと一緒におやつの時間を楽しんでいた。
食べているのは、シュリがキャット・テイルにお土産として持っていったお菓子の余り。
お土産にするということで、いつもより少し気合いを入れて作られたお菓子は、これまた大層美味であった。
「うむ、シャイナはまた腕をあげたのう。美味い! 美味すぎるのじゃ」
両手にお菓子を持ち、シャイナがかなり余分に焼いた菓子は、どんどんその数を減らしていく。
「シュリも今頃、ナーザの宿で一緒に食べておるのかのう?」
すごい勢いで食べながら、ここしばらく、ちょっぴり元気のない主の事を思う。
「ナーザもジャズも面白いヤツじゃし、他にも従業員がいるらしいしの。おなごに囲まれて美味いものを食べて、早くいつもの元気なシュリに戻るといいのぅ」
呟きながら休むことなくお菓子を食べているイルルはまだ知らない。
蒼い髪と瞳のイルル旧知の龍に、シュリが襟首を捕まれて絶賛拘束され中な事を。
なにも知らぬまま。
イルルは幸せそうな顔をして、また1つお菓子を口に放り込んだのだった。
◆◇◆
そこは確かに開けた広い場所だった。
でも。
「え~っと。お城の前の広場は、人気がないとは言いにくいんじゃないかな」
シュリは小さな声で抗議する。
まあ、シャナクサフィラが容赦なく龍の身をさらしたことで、人気は確かに無くなりはしたが。
「十分広いですし、人もいなくなりました。それでいいじゃないですか。余り遠くに行くと、ルージュが気づかないうちに終わってしまう可能性も否めません。あの子は鈍い子ですから」
彼女はシュリのピンチを餌にイルルをおびき寄せたいのだろう。
ならば確かにイルルが気づいてくれなければ意味はない。
シュリはこみ上げるため息をかみ殺し、その代わりに己の中にある5つの輝きに声をかける。
『アクア、グラン、イグニス、シェルファ、サクラ。この広場の外に被害が及ばないように守りを。広場の中に、人を入れちゃダメだよ。危ないからね』
『全員で出ては、あなたの守りがなくなってしまいますわ』
アクアが言う。誰か1人はここに残して欲しい、と。
でも、シュリは首を横に振った。
『僕は大丈夫。女神様の加護もあるしね。でも、街の人達は僕みたいに頑丈じゃないし。きっと、彼女が手加減をしてくれたって、彼らにとっては致命的な一撃になると思うんだ。でも僕は、誰も死なせたくない。だから、お願い』
『仕方、ないな。お前のことは心配だが、主の願いを叶えるのが我らの使命。だろう? アクア』
『……仕方ありませんわね。でも、あなたが危ない目にあいそうになったら、他の者を見捨ててでも駆けつけますわよ?』
『わかった。そうならないように気をつける』
『なら、しゃーねぇな。シュリの願いをきいてやるか』
『うんうん。シュリの為に頑張るよぉ』
『はぁ。ほんとならシュリの中で待機してたいところだけど、仕方ないわね。シュリのお願いを、聞かないわけにはいかないもの』
グランとアクアに続き、他の3人も了承の意を示し。
彼女達は、別々の方向へ飛び去った。
それを見送り、シュリはそっと安堵の息をもらす。これで王都もお城も安全だ、と。
「上位精霊を5体も宿していたとは。なるほど。ルージュが誑かされるだけの器ではあるようですね」
「誑かしたつもりは、ないんだけどね」
少なくともシュリ自身の意志では。
シャナクサフィラに捕まったまま、シュリは困ったような笑みを落とす。
とはいえ、スキルの影響が無かったとは言えないので、シュリとしては強く出られない部分もあり。
シュリは言葉を濁したまま、自分を掴んでいる美しくも強大な龍を見上げた。
美しい蒼玉の瞳がシュリを見る。
人の時は、ただ蒼いだけの瞳だったが、龍の姿になった今は、龍の黄金と蒼が絶妙に混じり合った、これまた息を飲むように美しい色合いをしていた。
シュリはしばしその瞳に見とれ。
イルルは龍の時も人の時も瞳は黄金なのに、シャナは違うんだな、とふと思う。
「シャナは人の時と龍の時と、瞳の色が変わるんだね」
思わずそんな疑問を口にすれば、
「比較対照はルージュでしょう? ですが、変わっているのは、私ではなくルージュの方です。龍の瞳は黄金と言われますが、多かれ少なかれ己の属性の影響を受けているものです。が、ルージュは違います。属性の影響を受けない純粋な黄金は力の証。今、この時代に、ルージュの他に純粋な黄金を持つ者はなく、故にルージュは、すべての龍族の中で最強と言われています」
「そ、そうなの!?」
「……気持ちは分からないではありません。確かにルージュは残念な子です。ですが、純粋な力の大きさと中身は別問題ですから」
意外な新事実にシュリがほへ~っとなっていると、シャナクサフィラは色々とやりにくそうに身じろぎをした。
「……シュリ?」
「ん? なぁに? シャナ」
「あの、もうちょっと何とかなりませんか?」
「何とか??」
「ほら、色々あるでしょう? 私ほどに大きな龍に捕らわれているのですから、おびえるとか、泣き出すとか。そうも平然とされていると、やりにくいんですが」
「あ、それはそうだよね。ごめん」
「いえ。謝られるほどの事でも」
「おびえる……おびえる、かぁ」
「はい。善処していただければ」
そんなシャナクサフィラの言葉に、思わず笑みがこぼれてしまう。
別に彼女が怖くない訳じゃない。
イルルと同じ上位古龍なだけあって、本来の姿に戻った彼女の放つ威圧感はかなりのものだし、その強さもひしひしと感じる。
かつて、イルルの炎に焼かれかけた記憶も相まって、彼女という存在に対する恐怖は、確かにシュリの中にありはするのだ。
でも。
シュリは彼女の事を怖いとは思わなかった。
むしろ、好意を感じているといってもいい。
宿屋で接した人間の姿の、生真面目な彼女も。
大切な友人を救おうと奮い立つ、今の彼女も。
シュリは決して嫌いではなかった。
敵対している、といってもいい今のこの状況にあってすら、シュリの中の彼女への好意は消えてはいない。
その事実にほろ苦く笑いながら、シュリはシャナクサフィラの龍の瞳を見つめた。
「やっぱりごめん。僕はシャナが好きだから、上手におびえたふりが出来そうにないや」
「うぐっ」
シュリのまっすぐな好意が激しく突き刺さったのか、シャナの口からこぼれるうめき声。
「シャナ?」
「くっ。これがルージュをも虜にしたという人たらし……いえ、龍たらしの技ですか。危険です。危険すぎます。今すぐ目的を打ち捨てて、ひれ伏して許しを求めてしまいそうな自分が恐ろしい。このままあなたを近くに置いておくのは危なすぎます。あっちへいって下さい」
そう言うと、シャナクサフィラは、ぺいっとシュリを遠くへ打ち捨てた。
自分で捕まえておいて、と思わないではないが、気持ちは分からないでもない。
今もきっと、シュリのユニークスキル[年上キラー]様がお仕事の真っ最中なのだろう。
決して、シュリが意図した事では無いけれども。
容赦ない投げ捨てに、シュリの小さな体は結構な高度で放物線を描いたが、驚異のバランス感覚で姿勢を立て直す。
結果、危なげなく地面に着地したシュリは、
「っと。シャナ? 僕だから良かったけど、他の子供をこんな風に扱っちゃダメだよ? 危ないからね」
こちらを睨む蒼い龍にそんな苦言を放ち、彼女の様子を油断無く見守った。
「一応ダメもとで言うけど、場を変えて落ち着いて話をしてみない? イルルも交えてさ。きっと色々と誤解や行き違いがあると思うんだ」
「なにを今更。改めて場を設けずとも、この場にルージュを呼びつけてしまえばすむことです。流石に鈍いあの子でも、私の本気のブレスの波動を感じれば気づくでしょう」
冷ややかな笑みで、提案は蹴り飛ばされた。
ダメかぁ、とシュリはちょっとだけ肩を落とし。
(どうにか被害を少なめに、シャナにイルルを諦めて貰わないとなぁ)
覚悟を決めた瞳で、強大な龍を見上げた。
シャナクサフィラのブレスを耐える自信はあった。
なんといっても、シュリには女神の加護があり、中でも戦女神ブリュンヒルデの加護の産物[絶対防御]はどんな攻撃でも防いでくれるという優れものだ。もちろん、回数制限はあるが。
その回数も、以前は日に1回だけだったのが2回に増えている。
ブリュンヒルデ曰く、愛の強さが加護を強めたのだとか。
だから最悪でも、2回まではシャナのブレスに耐えられるはず。
そして、周囲へのブレスの影響は、シュリの信頼する5人の精霊がきっちり遮断してくれる。
シュリはそれを信じ、目の前の龍が2度ブレスをはくまでの間に、彼女を説得、ないしは無力化すればいい。
(ブリュンヒルデの重い……いや、深い愛のおかげだなぁ)
シュリは思いながら、心の中で生真面目な戦女神に感謝を捧げる。
わずかに身構え、目の前の美しい龍から目を離さずに注視しながら。
「覚悟はいいですか、人の子よ。見事に私のブレスを耐え抜いてごらんなさい。そして古の赤き龍の主たる器を私に示して頂きます」
牙の隙間から冷気を立ち上らせながら彼女が告げる。
(え? それって……)
もしかして、ブレスにちゃんと耐え抜けたら、イルルの主として認めてくれるってこと?
シュリは思ったが、長く考える暇も、問い返す暇もあるはずもなく。
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