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第四部 王都の新たな日々
第459話 解決のお時間です②
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「にっ、逃げましょう!」
「どこへ逃げる? 外へつながる扉はふさがっているし、後ろにある扉は王族の居室につながっているだけだ。逃げ道はないぞ? バルコニーから飛び降りてみるか?」
「そ、それはぁ……」
「そう慌てるな。もうしばらくすれば兵達も帰ってくるだろう。そうすれば、扉の前の連中など、すぐに散らせる」
「……それはどうだろうな? お前が城下に散らせた兵達は、こちらの手の者がすでに制圧済みだ。見事に孤立したな、ゼクスタスよ」
使えない大臣をなだめるように発した己の声に応えるように響いた声に、ゼクスタスは軽く目を見開く。
声のした方へ目を向ければ、そこには姉と甥、優秀だと噂の豹頭の宰相の姿があった。
「……姉上か。どうやってここに入り込んだ?」
「我が陣営には優秀な者が多くてな」
にらむように見つめるゼクスタスの目の前で、姉はふてぶてしく笑い、側にたつ長身の黒髪美女をちらりと見た。
そしてなぜか、黒髪美女の足下にいる猫獣人らしき子供に熱っぽい視線を投げかけたあと、再びゼクスタスの方へ目を向ける。
ゼクスタスはそんな姉の視線を受け止めながら、ちらりと猫獣人の子供を盗み見る。
(姉上の、隠し子か? 色合いはシルバリオンと似ているし、無くはない、のか? いや、だが、王族の血を濃く受け継いでいるなら、通常の獣人の姿で生まれることはないはずだが)
だがまあ、何事にも例外はある。
平民の中にだって、先祖返りで王族と同じ高貴な肉体を持つ者が生まれることがあるくらいなのだから。
そう考えれば、王族から一般的な獣人の子供が産まれても、おかしくはないのかもしれない。
といっても、生まれはそれほど重要ではないのだ。
大切なのは、女王があの弱々しく幼い猫獣人の子供に愛情を抱いていると思われる点だ。
(あの子供は、人質に使えるかもしれない)
ゼクスタスは唇の端にかすかな笑みを刻む。
子供を人質にとり、それを盾に姉を再び捕らえる。
それはシンプルでいい作戦のように思われた。
人質としてねらう相手がシュリでさえなければ。
◆◇◆
アンドレアから向けられる視線がなんだか熱い気がするなぁ、なんて思ってたら、その弟のゼクスタス氏からよからぬ視線を向けられた。
露骨に値踏みをするような視線に続き、彼の口元に隠せぬ笑みが浮かぶのを見たシュリは思う。
食いつかなくてもいい餌に食いついてきたなぁ、と。
彼には姉であるアンドレアと直接対決して叩きのめしてもらう予定だったが、思ったより卑怯で小心者の彼の目にシュリは大層美味しそうな餌に見えてしまったようだ。
「これはこれは姉上。お戻りいただいて嬉しい限りだ。可愛らしいお客人も一緒のようだが、姉上とはどういうご関係かな?」
「可愛い……シュリのことか。シュリの可愛さに目をつけるとは、お前にも正常な審美眼はあったようだな。だが、その、ど、どういう関係かと言われてもな。そ、それはこれからおいおい詰めていく予定であって、今はまだ未定というか、なんというか」
弟からのジャブのような問いかけに、なぜだかアンドレアが照れている。
なんでだ??
シュリはアンドレアの気持ちを全く察する事が出来ず、心から不思議そうに首をかしげた。
「その様子からすると、姉上にとってその子はかなり重要な人物のようだな。さしずめ、これから先、生活を共にしていくような関係になる相手(今まで離れて暮らしていたけど引き取ることになった隠し子)というところか」
「こっ、これから先、生活を共にしていく相手(結婚を前提におつきあいする相手)、だとぉ!? な、何を急に言い出すんだ」
「その慌てよう、当たらずとも遠からず、といったところか」
なんだか2人の会話が微妙にかみ合っていない気がするが、アンドレアの弟は納得したらしい。
なにやら意味ありげな笑いを浮かべつつ、こっちに近づいてくるが、なぜか盛大に照れているアンドレアはそのことに気づいていない。
オーギュストが前に出ようとするが、本当に危なくなるまでは放置で、と念話で告げて下がってもらう。
シュリは何も知らないいたいけな小動物のまなざしでアンドレアの弟を見上げた。
「姉上の大切なモノを確保してしまえば我らの勝利に揺らぎはなくなる」
自分に向かって伸びてくる手を大人しく眺める。
狙っていた展開とは少々異なるが、これはこれでありだろう。
そんなことを考えながら。
しかし、その手が届く前に、シュリを背後にかばう人がいた。
シュリは、自分の前に立つほっそりとたおやかな背中を目を丸くして見上げる。
まさか、この人が動くとは思わなかった、と思いつつ。
その背中の持ち主は、大臣ロドリガの娘のアゼスタ。
彼女は目の前の男をきっと睨みつけ、
「自分の勝利の為には子供も利用する、ということかしら? 卑劣な男ね。本当に」
嫌悪感を隠しもせずに毅然と告げた。
「どういうつもりだ? アゼスタ? お前はいずれ王となる俺の妃になるはずだと思ったが? お前の父親とも、話はついている」
「あなたの妃に? そんなのお断りだわ。私がお慕いするのはシルバリオン様だけ。あなたと父の陣営にいたのは、囚われたシルバリオン様を陰ながらお守りする為よ」
きっぱり言い切るアゼスタに、いやいや、シルバの貞操を狙ってたよね!? 、とつっこみどころはあったが、今は口をつぐんでおく。
アゼスタの罪を減じたいと思っているシュリ達にとっては都合のいい展開だったからだ。
それに、彼女が自分より弱い子供を守ろうとする善良さを持ち合わせている事は本当だし。
「まったく、愚かな女だ。まあ、いい。そこの子供の代わりにお前を人質に……」
「それは遠慮してもらおう」
「シルバリオン……。お前も邪魔をするのか? 我が甥よ」
「申し訳ないが、割り当てられた俺の仕事が彼女のお守りでな。危害を加えさせる訳にはいかないんだ」
「シルバリオン様、私の為に?」
「勘違いはしないでくれ。俺はあなたを守る担当にさせられたたけだ」
「……それでも、かまいません。今こうしてあなたの側にいられるだけで、アゼスタは幸せです」
言葉の通り幸せそうに、シルバの背中にそっと頬を押し当てるアゼスタ。
すっかり2人の世界である。
それを隙とみたのか、ゼクスタスは己のもう1つの姿に転身する。
暗褐色の毛皮に見事なたてがみ、立派な体躯のライオンだ。
彼は一瞬でシュリに肉薄し、小さな身体を前肢の下に確保した。
「しまった! シュリ!!」
シルバが叫ぶが、
(大丈夫。シルバがアゼスタとちょっといちゃいちゃしたこと以外は、おおむね予定通りだよ)
と目配せして彼を安心させておく。
思ったよりも重たい足に胸を圧迫されているため息苦しかったが、それをそっと押し隠して。
無事に人質を確保したゼクスタスは、少しだけほっとした様子で、大きな牙をむき出しにしてにやりと笑った。
「さあ、姉上。あなたの大切なモノはこちらの手の中だ。武器を捨てて抵抗は諦めてもらおうか」
「シュリ!! 卑怯だぞ、ゼクス!!」
「ゼクス、か。まだそのように俺を呼んでくれるんだな」
「……お前の根性がどんなに曲がろうと、悪いことをしようとも、私がお前の姉であることには代わりはないからな。父上がお亡くなりになった今、弟の行動を戒めるのは姉である私の勤めだ」
「ふん。姉上に俺を正すことなどできないさ。姉上は俺に捕らえられ、俺に汚され、俺を恨む事になるだろう。だが殺しはしない。命だけは助けてやろう。俺に国王の証を、渡しさえすればな」
「誰が渡すか。あれは王となる者が手にすべきものだ。お前が正しく王であろうとすれば、何をせずとも手に入った。父上は、女である私より、男であるお前に期待されていたのだからな」
「バカなことを言うな。そんな訳ないだろう? ならなんで俺は追放された?」
「人としてしてはならぬ事をしたからだ。王族であろうとも、犯した罪は罪として裁かれねばならん」
「相変わらずお堅い。だが、渡さねばこの子供が死ぬ、となればどうかな。この子供が、大事なんだろう?」
ゼクスタスの前肢にぐっと力がこもり、シュリの肺に入っていた空気が押し出される。
「シュリ!!」
それを見たアンドレアの口から再び悲鳴のような声があがった。
「さあ、まずは武器だ」
「分かった。武器は置く。だからシュリを離してくれ」
「いやいや、それはまだ早い。王の証は、どこだ?」
肋骨がきしみ、思わず[猫耳]を解除しそうになる。
が、[猫耳]を解除するのも助けを求めるのもまだ少し早い。
漏れそうになる苦痛の声を飲み込んで、シュリは部屋の片隅の天井近くを目で確かめる。
そこに他の人には見えない姿を見つけ、シュリはわずかに口角をあげた。
ちょっと予定外の事はあったけれど、事態は予定通りに進んでいる。
そのことに安堵しつつ、シュリはもう少しの撮れ高を求めて、あえて苦しそうなうめき声を上げてみた。
「やめろ!! お前はそんなか弱く幼い者しか相手にできないのか!? 恨みも憎しみも、姉である私にぶつければいい。シュリを解放して、私から直接王の証の場所を聞き出したらどうだ! 臆病者め」
「ほう?」
シュリのうめき声に呼応したアンドレアの叫びに、ゼクスタスが反応した。
「そこまで言うのならそうしてやろうか? アゼスタとかいう娘が私を頑なに拒むせいで欲求不満だったからな。父親であるロドリガが私への手みやげとして連れ込んだというのに、己の立場を理解しない、バカな小娘だ。まあ、どんなに抵抗しようとも、いずれは私のモノになるがな。抵抗する女を力でねじ伏せるのも楽しいものだ」
「アゼスタはモノじゃないし、父親であるロドリガの所有物でもない。彼女は彼女自身のものだ。お前の好きなようになどさせぬ」
「まったく、相変わらずうるさい人だな。その正義感面は気にくわないが、これも大切な姉上の望みだ。従順な女の方が好みだが、気の強い女を屈服させるのも悪くはない。あなたの望みのままにあなたが大切に想うこの子供や息子の前で、思う存分に辱めてやろう。この、高貴な獣の姿のままでな」
頭の上から、舌なめずりをしそうな声が響き、シュリは確信する。
これは絶対に悪い顔をしている、と。
『寄りで撮ってる!? ちゃんと寄ってくれてるよね!?』
思わず飛ばした念話に、返ってきたのは肯定の意。
苦しい息の元、シュリはよしっ、と拳を握り。
丸腰のアンドレアが近づくのに気を取られたゼクスタスの前肢がゆるんだ隙に、シュリはそろりとその下から抜け出した。
その瞬間、ぶわっと風が吹き、アンドレアが床に置いた剣がシュリの方へと運ばれてくる。
「っ! お前っ!!」
そのことに気がついたゼクスタスが、通常子供スピードのシュリに牙をむくが、その追撃を妨げるように激しい風が彼の周りにだけ渦巻いた。
「アンドレアっ!!」
その隙に剣を拾い上げたシュリが、女王の名前を呼ぶ。
彼女は素早く方向転換し、シュリの元へ駆けつけると、なぜか剣を受け取るだけじゃなく、シュリごと抱き上げた。
「シュリ! 良かった。大丈夫か? 怪我は、してないか?」
「うん。大丈夫。まあ、怪我をしたって、僕の回復薬ですぐに直ると思うけど」
「だとしても、最初から怪我がない方がいい。シュリが痛い思いをするのは嫌だからな」
言いながら、片腕に抱いたままのシュリの頬に頬をすり寄せ、
「くそっ。室内で何でこんな突風が……なんだったん、っっ!!」
「さあ、攻守交代だな、ゼクス。降参するか?」
ようやく暴風の囲いから解放されたゼクスタスの首元に剣を突きつけた。しっかりとシュリを抱っこしたまま。
「どこへ逃げる? 外へつながる扉はふさがっているし、後ろにある扉は王族の居室につながっているだけだ。逃げ道はないぞ? バルコニーから飛び降りてみるか?」
「そ、それはぁ……」
「そう慌てるな。もうしばらくすれば兵達も帰ってくるだろう。そうすれば、扉の前の連中など、すぐに散らせる」
「……それはどうだろうな? お前が城下に散らせた兵達は、こちらの手の者がすでに制圧済みだ。見事に孤立したな、ゼクスタスよ」
使えない大臣をなだめるように発した己の声に応えるように響いた声に、ゼクスタスは軽く目を見開く。
声のした方へ目を向ければ、そこには姉と甥、優秀だと噂の豹頭の宰相の姿があった。
「……姉上か。どうやってここに入り込んだ?」
「我が陣営には優秀な者が多くてな」
にらむように見つめるゼクスタスの目の前で、姉はふてぶてしく笑い、側にたつ長身の黒髪美女をちらりと見た。
そしてなぜか、黒髪美女の足下にいる猫獣人らしき子供に熱っぽい視線を投げかけたあと、再びゼクスタスの方へ目を向ける。
ゼクスタスはそんな姉の視線を受け止めながら、ちらりと猫獣人の子供を盗み見る。
(姉上の、隠し子か? 色合いはシルバリオンと似ているし、無くはない、のか? いや、だが、王族の血を濃く受け継いでいるなら、通常の獣人の姿で生まれることはないはずだが)
だがまあ、何事にも例外はある。
平民の中にだって、先祖返りで王族と同じ高貴な肉体を持つ者が生まれることがあるくらいなのだから。
そう考えれば、王族から一般的な獣人の子供が産まれても、おかしくはないのかもしれない。
といっても、生まれはそれほど重要ではないのだ。
大切なのは、女王があの弱々しく幼い猫獣人の子供に愛情を抱いていると思われる点だ。
(あの子供は、人質に使えるかもしれない)
ゼクスタスは唇の端にかすかな笑みを刻む。
子供を人質にとり、それを盾に姉を再び捕らえる。
それはシンプルでいい作戦のように思われた。
人質としてねらう相手がシュリでさえなければ。
◆◇◆
アンドレアから向けられる視線がなんだか熱い気がするなぁ、なんて思ってたら、その弟のゼクスタス氏からよからぬ視線を向けられた。
露骨に値踏みをするような視線に続き、彼の口元に隠せぬ笑みが浮かぶのを見たシュリは思う。
食いつかなくてもいい餌に食いついてきたなぁ、と。
彼には姉であるアンドレアと直接対決して叩きのめしてもらう予定だったが、思ったより卑怯で小心者の彼の目にシュリは大層美味しそうな餌に見えてしまったようだ。
「これはこれは姉上。お戻りいただいて嬉しい限りだ。可愛らしいお客人も一緒のようだが、姉上とはどういうご関係かな?」
「可愛い……シュリのことか。シュリの可愛さに目をつけるとは、お前にも正常な審美眼はあったようだな。だが、その、ど、どういう関係かと言われてもな。そ、それはこれからおいおい詰めていく予定であって、今はまだ未定というか、なんというか」
弟からのジャブのような問いかけに、なぜだかアンドレアが照れている。
なんでだ??
シュリはアンドレアの気持ちを全く察する事が出来ず、心から不思議そうに首をかしげた。
「その様子からすると、姉上にとってその子はかなり重要な人物のようだな。さしずめ、これから先、生活を共にしていくような関係になる相手(今まで離れて暮らしていたけど引き取ることになった隠し子)というところか」
「こっ、これから先、生活を共にしていく相手(結婚を前提におつきあいする相手)、だとぉ!? な、何を急に言い出すんだ」
「その慌てよう、当たらずとも遠からず、といったところか」
なんだか2人の会話が微妙にかみ合っていない気がするが、アンドレアの弟は納得したらしい。
なにやら意味ありげな笑いを浮かべつつ、こっちに近づいてくるが、なぜか盛大に照れているアンドレアはそのことに気づいていない。
オーギュストが前に出ようとするが、本当に危なくなるまでは放置で、と念話で告げて下がってもらう。
シュリは何も知らないいたいけな小動物のまなざしでアンドレアの弟を見上げた。
「姉上の大切なモノを確保してしまえば我らの勝利に揺らぎはなくなる」
自分に向かって伸びてくる手を大人しく眺める。
狙っていた展開とは少々異なるが、これはこれでありだろう。
そんなことを考えながら。
しかし、その手が届く前に、シュリを背後にかばう人がいた。
シュリは、自分の前に立つほっそりとたおやかな背中を目を丸くして見上げる。
まさか、この人が動くとは思わなかった、と思いつつ。
その背中の持ち主は、大臣ロドリガの娘のアゼスタ。
彼女は目の前の男をきっと睨みつけ、
「自分の勝利の為には子供も利用する、ということかしら? 卑劣な男ね。本当に」
嫌悪感を隠しもせずに毅然と告げた。
「どういうつもりだ? アゼスタ? お前はいずれ王となる俺の妃になるはずだと思ったが? お前の父親とも、話はついている」
「あなたの妃に? そんなのお断りだわ。私がお慕いするのはシルバリオン様だけ。あなたと父の陣営にいたのは、囚われたシルバリオン様を陰ながらお守りする為よ」
きっぱり言い切るアゼスタに、いやいや、シルバの貞操を狙ってたよね!? 、とつっこみどころはあったが、今は口をつぐんでおく。
アゼスタの罪を減じたいと思っているシュリ達にとっては都合のいい展開だったからだ。
それに、彼女が自分より弱い子供を守ろうとする善良さを持ち合わせている事は本当だし。
「まったく、愚かな女だ。まあ、いい。そこの子供の代わりにお前を人質に……」
「それは遠慮してもらおう」
「シルバリオン……。お前も邪魔をするのか? 我が甥よ」
「申し訳ないが、割り当てられた俺の仕事が彼女のお守りでな。危害を加えさせる訳にはいかないんだ」
「シルバリオン様、私の為に?」
「勘違いはしないでくれ。俺はあなたを守る担当にさせられたたけだ」
「……それでも、かまいません。今こうしてあなたの側にいられるだけで、アゼスタは幸せです」
言葉の通り幸せそうに、シルバの背中にそっと頬を押し当てるアゼスタ。
すっかり2人の世界である。
それを隙とみたのか、ゼクスタスは己のもう1つの姿に転身する。
暗褐色の毛皮に見事なたてがみ、立派な体躯のライオンだ。
彼は一瞬でシュリに肉薄し、小さな身体を前肢の下に確保した。
「しまった! シュリ!!」
シルバが叫ぶが、
(大丈夫。シルバがアゼスタとちょっといちゃいちゃしたこと以外は、おおむね予定通りだよ)
と目配せして彼を安心させておく。
思ったよりも重たい足に胸を圧迫されているため息苦しかったが、それをそっと押し隠して。
無事に人質を確保したゼクスタスは、少しだけほっとした様子で、大きな牙をむき出しにしてにやりと笑った。
「さあ、姉上。あなたの大切なモノはこちらの手の中だ。武器を捨てて抵抗は諦めてもらおうか」
「シュリ!! 卑怯だぞ、ゼクス!!」
「ゼクス、か。まだそのように俺を呼んでくれるんだな」
「……お前の根性がどんなに曲がろうと、悪いことをしようとも、私がお前の姉であることには代わりはないからな。父上がお亡くなりになった今、弟の行動を戒めるのは姉である私の勤めだ」
「ふん。姉上に俺を正すことなどできないさ。姉上は俺に捕らえられ、俺に汚され、俺を恨む事になるだろう。だが殺しはしない。命だけは助けてやろう。俺に国王の証を、渡しさえすればな」
「誰が渡すか。あれは王となる者が手にすべきものだ。お前が正しく王であろうとすれば、何をせずとも手に入った。父上は、女である私より、男であるお前に期待されていたのだからな」
「バカなことを言うな。そんな訳ないだろう? ならなんで俺は追放された?」
「人としてしてはならぬ事をしたからだ。王族であろうとも、犯した罪は罪として裁かれねばならん」
「相変わらずお堅い。だが、渡さねばこの子供が死ぬ、となればどうかな。この子供が、大事なんだろう?」
ゼクスタスの前肢にぐっと力がこもり、シュリの肺に入っていた空気が押し出される。
「シュリ!!」
それを見たアンドレアの口から再び悲鳴のような声があがった。
「さあ、まずは武器だ」
「分かった。武器は置く。だからシュリを離してくれ」
「いやいや、それはまだ早い。王の証は、どこだ?」
肋骨がきしみ、思わず[猫耳]を解除しそうになる。
が、[猫耳]を解除するのも助けを求めるのもまだ少し早い。
漏れそうになる苦痛の声を飲み込んで、シュリは部屋の片隅の天井近くを目で確かめる。
そこに他の人には見えない姿を見つけ、シュリはわずかに口角をあげた。
ちょっと予定外の事はあったけれど、事態は予定通りに進んでいる。
そのことに安堵しつつ、シュリはもう少しの撮れ高を求めて、あえて苦しそうなうめき声を上げてみた。
「やめろ!! お前はそんなか弱く幼い者しか相手にできないのか!? 恨みも憎しみも、姉である私にぶつければいい。シュリを解放して、私から直接王の証の場所を聞き出したらどうだ! 臆病者め」
「ほう?」
シュリのうめき声に呼応したアンドレアの叫びに、ゼクスタスが反応した。
「そこまで言うのならそうしてやろうか? アゼスタとかいう娘が私を頑なに拒むせいで欲求不満だったからな。父親であるロドリガが私への手みやげとして連れ込んだというのに、己の立場を理解しない、バカな小娘だ。まあ、どんなに抵抗しようとも、いずれは私のモノになるがな。抵抗する女を力でねじ伏せるのも楽しいものだ」
「アゼスタはモノじゃないし、父親であるロドリガの所有物でもない。彼女は彼女自身のものだ。お前の好きなようになどさせぬ」
「まったく、相変わらずうるさい人だな。その正義感面は気にくわないが、これも大切な姉上の望みだ。従順な女の方が好みだが、気の強い女を屈服させるのも悪くはない。あなたの望みのままにあなたが大切に想うこの子供や息子の前で、思う存分に辱めてやろう。この、高貴な獣の姿のままでな」
頭の上から、舌なめずりをしそうな声が響き、シュリは確信する。
これは絶対に悪い顔をしている、と。
『寄りで撮ってる!? ちゃんと寄ってくれてるよね!?』
思わず飛ばした念話に、返ってきたのは肯定の意。
苦しい息の元、シュリはよしっ、と拳を握り。
丸腰のアンドレアが近づくのに気を取られたゼクスタスの前肢がゆるんだ隙に、シュリはそろりとその下から抜け出した。
その瞬間、ぶわっと風が吹き、アンドレアが床に置いた剣がシュリの方へと運ばれてくる。
「っ! お前っ!!」
そのことに気がついたゼクスタスが、通常子供スピードのシュリに牙をむくが、その追撃を妨げるように激しい風が彼の周りにだけ渦巻いた。
「アンドレアっ!!」
その隙に剣を拾い上げたシュリが、女王の名前を呼ぶ。
彼女は素早く方向転換し、シュリの元へ駆けつけると、なぜか剣を受け取るだけじゃなく、シュリごと抱き上げた。
「シュリ! 良かった。大丈夫か? 怪我は、してないか?」
「うん。大丈夫。まあ、怪我をしたって、僕の回復薬ですぐに直ると思うけど」
「だとしても、最初から怪我がない方がいい。シュリが痛い思いをするのは嫌だからな」
言いながら、片腕に抱いたままのシュリの頬に頬をすり寄せ、
「くそっ。室内で何でこんな突風が……なんだったん、っっ!!」
「さあ、攻守交代だな、ゼクス。降参するか?」
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