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第四部 王都の新たな日々

第458話 解決のお時間です①

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 みんながそれぞれの場所で活躍する中、シュリは宿の一室で自分が動くべきタイミングを待っていた。
 その間にも、イルルからの報告があったり、イグニスがつれてきた孤児の男の子の足の治療をしたり。

 ちなみに、切れちゃった男の子の足はどうにかくっつける事が出来た。
 切り口を見事に焼かれていたので、オーギュストにお願いしてまずはその男の子と妹を[眠りの霧]でしっかり眠らせて。
 痛みを感じないほどの深い眠りの中、焼かれた部分をほんのりそいでから、足首から先を接着。
 その状態で特製の治療薬をかけたら、切れた事実など無かったように元通りになった。

 後は念のため、男の子が起きた後に動作確認をすればいい。
 その様子を食い入るように見ていたアンドレアから、


 「その薬をどうにかして取り引きしてもらうことは出来ないか」


 と再度の申し出があったが、量産が難しい、と丁寧に再びお断りしておく。
 非常に残念そうな様子のアンドレアに、1個だけだよ、と特製の治療薬をプレゼントすると、彼女ははっとしたように、


 「すまないな、気をつかわせてしまって。我が民を助けてくれたことへの礼を、こちらの方が用意しなければいけないというのに」


 そんな言葉と共に、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 その言葉を受けたシュリは、


 「気にしないで。友達を助けたいからそうしてるだけなんだし。それは、もしもの時の為にとっておいて。女王様って仕事は、結構危険がいっぱいなものでしょ?」


 首を振って柔らかく微笑んだ。
 その笑顔を正面からくらったアンドレアが、


 「くっ。その笑顔は反則だぞ」


 小さく呻いて額を押さえる。
 その様子を不思議そうに見ながら小首を傾げ、シュリは傍らのオーギュストの顔を見上げる。


 「オーギュスト。どうかな? そろそろ頃合い?」

 「そうだな。確認してみよう。ちょっと待て」


 そう言ってオーギュストは小さく出現させたどこでも○○な黒もやの中に頭を突っ込む。
 イルル達を送り出した後、オーギュストはローヴォを連れて城の謁見室に黒もやで潜入済みな為、事前確認に抜かりはない。
 だから、いきなり首だけ出現しても人目に付かないポイントをちゃんとチェック済みなはずだから大丈夫なはずだ。
 シュリはそう信じて、オーギュストの頭が戻ってくるのを待った。

◆◇◆

 謁見室の扉の向こうで大勢の人間が騒いでいる。
 その事実に苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、女王の弟であり反逆者でもある男は、いずれ己のモノとなる玉座で周囲の者達を睥睨した。

 といっても、この広間にいる者は少ない。
 いずれ王となる己自身と、使えぬ大臣だが数少ない配下の1人であるロドリガ、そしてその娘のアゼスタ。
 他には、ロドリガの領地の兵士が数人と金で雇った傭兵が何人か。

 兵力としてはもっといるのだが、そのほとんどが街に人狩りに出ている為、ここにはいない。
 その兵力がここにあれば、謁見室に立てこもるような無様な事には、ならなかったはずなのだが。


 「お、お前達! もっと扉の前に物を積み上げろ。外の連中を絶対に入れるんじゃないぞ!」

 (……どうしてこうなった?)


 臆病な大臣の金切り声を聞きながら、ゼクスタスは思う。
 女王として君臨する傲慢な姉とその息子を捕らえて牢獄に入れたまでは順調だった。
 姉から王の証を手に入れて、王位を宣言するだけだと思っていたが、彼女は思いの外強情で。
 それに手間取っている内に篭の鳥には逃げられてしまった。

 逃げた鳥を捕まえようと労した策は、訳の分からない闖入者に邪魔をされ、逃げ戻ったこの場所でなぜか追いつめられている。
 自分の物になるはずだった城の一室で。


 (まだ、大丈夫だ。ここで耐えていれば、いずれ城下に散った兵が戻ってくる。そうすれば……)


 そうすれば、まだ逆転できるはず。
 焦る気持ちを押し込めてそう考える彼は知らない。
 城下に散った兵達のほとんどが無力化され、城に戻って来れようはずもないということを。

◆◇◆

 「ほれ、お主等! もっと声をあげよ!! 中にいる連中をもっともっと怖がらせてやるのじゃ!!」


 イルルの声に応えるように周囲の者達が声をあげ、謁見の間に続く扉を揺する。
 だが、本気で、ではない。
 本気を出して扉を破るのはもう少し後だ。
 イルルもまた、時を待っていた。

 与えられた仕事を終え、シュリと念話で話した後も、イルルとタマは休むことなくちゃんと働いていた。

 まずは城の各所に閉じこめられた、親女王派の重鎮達を解放してまわり、彼らやこちらについた女王の兵士達の協力の下、味方の兵士を集め、敵対する兵士を無力化し。
 そうしながら、奴らが逃げ込んだ謁見室、という穴蔵の入り口までやってきた。

 後はこうしてここで、中の連中を適度に怖がらせながら、シュリの合図を待つのみ。
 イルルはその時を待ちながら、


 「気合いじゃ! 気合いが足らぬのじゃぞ~! 中の連中をもっと震え上がらせるのじゃ!!」


 ちょっぴり楽しそうに声をあげるのだった。

◆◇◆

 「いい具合に場があたたまってる感じだぞ。イルル達も扉の前で元気良く騒いでいるし、そろそろいいんじゃないか?」


 黒もやから頭を引き抜いたオーギュストの言葉に、シュリは頷く。
 どうやら、時は来た、らしい。
 そう判断したシュリは、アンドレアやシルバ、ローヴォの方を振り向いた。


 「じゃあ、そろそろ悪者を懲らしめて、女王様が健在な事を、みんなに教えてあげようか」


 ちょっと近所に買い物に行こうか、くらいの熱量でそう伝えられ、アンドレアは思わず苦笑する。
 張りつめて気負っていた自分がバカみたいに思えて。
 そうすると自然と肩から力が抜け、それに気づいたシュリがにこりと笑い、その笑顔に思わず頬が熱くなるのを感じた。


 (……まったく。シュリを前にすると、この私がまるで恋も知らぬ生娘のようだな)


 アンドレアは再び苦笑し、それから気持ちを切り替えて、息子と己の宰相と目を見交わした。
 2人から返ってきた力強いまなざしにうなずきを返し、シュリに視線を戻すと意識して不敵な笑みを浮かべてみせる。


 「そうだな。王位を簒奪せんとする不届き者に思い知らせてやろう」

 「乗り込むことに異存はないが、なにか作戦はあるのか?」

 「作戦? ん~、そうだなぁ。基本的にはアンドレアがやりたいようにやってくれればいいと思うよ? あっちの戦力はもうほとんど残ってないみたいだし。あ、アゼスタが危なくないようにだけ、シルバに気をつけててあげてほしいかな」

 「で?」

 「で??」

 「それだけ、なのか……」

 「え? えーっと、うーん。あ、みんなの身の安全はオーギュストが全力で守るから大丈夫! 好きにやっちゃって!!」

 「やはり、それ、だけか……」


 なぜかがっくりと肩を落とすローヴォを、困ったように見てしばし思案した後、何か思いついたようにシュリはぽんと手を叩く。


 「そうだ! ローヴォにはロドリガって大臣のお相手をお任せしようかな! 僕とオーギュストで他の兵士を抑えておくから、存分にハッスルしちゃっていいよ」


 ローヴォも役目が欲しかったんだね、これでいいよね、と彼を見ると、なんだか微妙な表情をされた。


 「ロドリガを相手にハッスル……」

 「うん! ガンガンいこう!!」

 「ガンガン……」


 ローヴォはなんだかしっくり来ない感じみたいだが、そればっかり気にしてられない。
 シュリはアンドレアの顔を見上げた。


 「アンドレア?」

 「ん?」

 「弟さんと、対決する覚悟はできた?」

 「そう、だな。あいつの暴走を止めてやれるのは、もう私しかいないからな。覚悟は、できている」

 「そっか」


 覚悟を決めた、姉としての、王族としての顔。
 その横顔を見上げて微笑み、シュリはアンドレアの手を取った。
 手をつなぐように。


 「じゃあ、行こう。アンドレアがいるべき場所を取り戻すために」


 そう言って、導くように彼女の手を引く。
 まだ多分に幼さを残すその横顔を見ながら、アンドレアはかつて愛した男を思い出す。

 シルバの父親は貴族には珍しく野心のない優しい男だった。
 アンドレアは、幼い頃から共にいることの多かった彼にいつの間にか恋心を抱き、強引に迫って身体を結んで、その結果、シルバをその身に宿した。

 元々身体の弱かった彼は、シルバが生まれて物心がつく前にこの世を去り。
 それ以来、アンドレアは跡取りは1人いれば十分、と持ち込まれる縁談は全て蹴り、未婚を貫いてきた。

 シルバの父親である男は、己の命が長くないことを悟っていたのだろう。
 彼はアンドレアに求婚することも求婚を受けてくれることも無かった。
 ただ、いつも困ったように笑い、愛おしそうにアンドレアを見つめ、命の限りアンドレアを、息子を愛してくれはしたけれど。
 彼を失った時、2度と誰かを好きになることはないと思った。
 思っていた。でも。


 (まさかこんな子供相手に、そんな気持ちになろうとはな)


 自分でもびっくりだ、とアンドレアは思う。
 最初は面白い子供だと、そう思った。
 得難い才能を、己の手元に置きたいとも。

 それだけのはずだった。なのに。

 窮地を救いに来てくれたその姿に、今もアンドレアの傍らで戦おうとしてくれているその姿に。どうしようもなくときめいてしまったのだ。

 じっ、と見つめるアンドレアの視線に気づいたのだろう。
 ん? 、と小首を傾げてこちらを見上げてくる様子が可愛らしく愛おしい。
 かつて幼かった息子を可愛いとも愛おしいとも思ったが、シュリに抱く感情はそれと似ているようで全く違う、と分かる。
 なぜなら。


 (いくら息子を可愛いと思おうと、心臓がこんなに騒がしくなることはないからな)


 安全確認ができたって、と歩き出すシュリに手を引かれながらアンドレアは思う。


 (まったく。ちょっと窮地を助けられたくらいでこれとは……。私も所詮、ただの女だった、ということだな)


 王子様やら勇者にあこがれる一般的な乙女となんら変わらぬ己の思考回路に苦笑を漏らしながら。
 そんな自分を、後ろからついてくるシルバとローヴォが、恐ろしいモノを見るようなまなざしで見守っていることなど、全く気づくことなく。
 アンドレアは己の王子様シュリと共に、黒いもやの中へ入っていった。

◆◇◆

 「……城下に放った兵士達は、まだ戻らぬのか?」

 「そっ、そうだ! その通りだぞぉぉ!! 兵士達はまだ戻らんのかぁぁ!!」


 そっと潜入したお城の謁見室の物陰からシュリ達が見守る中、敵の首魁である2人はいい具合にじれて騒いでくれていた。
 押し入られないようにイスやら小机やらが積みあがった扉の向こうからは、


 「隠れてぎゃんぎゃんさえずりおって。恥ずかしくないのか~!!」

 「そうだそうだ~」

 「扉を開けて国民と対話を!!」

 「そうだそうだ~」

 「城を正当な主に引き渡せ~!!」

 「そうだそうだ~」


 イルルやタマや、その他の人達の声が聞こえる。
 ちゃんと城内の味方をかき集めて扉の向こうへ集まってくれているようだ。
 事前に伝えた作戦通り。


 「国民に毎日の美味しいおやつを約束するのじゃ~!!」

 「そうだ、そ……え?」

 「国民に毎日の昼寝を約束しろ~~~」

 「え、っと。そ、そうだ?」


 作戦、通り?
 イルルとタマの主張に、周りのみなさまが戸惑ってるのが伝わってくる。
 ちょっと頭を抱えたくなったが、その衝動をこらえてわずかに口元をひきつらせるにとどめた。


 「え、えっと。ちゃんとおやつは毎日あげてるんだよ? 昼寝だって禁止してないし? ね? そうだよね? オーギュスト」

 「ん? そうだな。シュリは寛容で優しい主だぞ。イルルとタマは甘やかされすぎてるくらいだと、俺は思うが」

 「だよね! ちゃんとしてるよねぇ!?」

 「ああ。シュリは立派な主だ」


 小声で、ちょっと言い訳めいた事を口にしたシュリを、オーギュストはしっかりと肯定してくれる。
 そのことにほっとして顔をほころばせたシュリの頭に、3本の手が伸びた。
 アンドレアと、シルバと、ローヴォの手である。
 3本の手は互いを牽制しあった結果、順番にシュリの頭をなでて離れていく。
 え、なんで? 、と3人の顔を見上げたら、


 「シュリが可愛いのが悪い。可愛すぎて触りたくなる」

 「そうだな。可愛いのが悪い」

 「可愛いのにあざとくないところが、なんとも……」


 小声でそれぞれにそう返され。
 ええぇぇ~? 、と正解を求めてオーギュストを見上げたら、ちぅ、とキスされた。
 因みに、今日のオーギュストは女性形態である。
 恐らく、何の遠慮もなくシュリにくっつくためだろう。


 「うん。確かに可愛いのが悪いな。キスしたくなる」

 「ならないよ!? 可愛いだけでちゅーちゅーしてたら大変なことになるからね!?」

 「安心しろ。他の誰がいくら可愛くても、キスしたくなる可愛いはシュリだけだ」

 「あ~……うん。誰かれ構わずじゃないなら、まあ、いいかぁ」


 オーギュストの主張に、シュリは早々に白旗をあげた。
 こういうことに一々目くじらをたてていたら何も話が進まないのが、シュリの日常なのである。
 諦めが、肝心なのだ。

 そんな訳で、みんなの萌えに構ってられない、と気を取り直したシュリは、再び悪者達へ目を戻す。
 彼らは大分イライラしているようだ。精神的な揺さぶりはばっちりである。


 『城下の方はどう? 順調??』


 その様子をじっと観察しながら、シュリは城下町の各所に散った精霊とポチに念話を飛ばした。
 みんなから競うように返ってきた返事を聞きながら、シュリは口の端をあげる。
 そしてみんなを振り向くと、


 「さ、そろそろいい頃合いみたいだよ?」


 にっと笑い、開戦の合図を告げた。
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