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第四部 王都の新たな日々

第440話 ミフィーの楽しい王都の一日③

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 王都で1番の観光名所といったら、なんといってもお城だろう。
 恐らく中へは入れてもらえないだろうけど、外から見るだけでも十分に見応えがある。

 と言うことで、ランチの後の予定はお城見学だ。
 シュリの通う王立学院の見学と迷ったのだが、学校は今お休み中なので、見ても面白くないだろう。
 そう考えた結果、ジュディスと相談の上、お城へいくルートが採用された。


 「シュリ様が普段すごしていらっしゃる場所ですし、ミフィー様は喜ぶと思いますよ?」


 ジュディスはそう言ったが、シュリとしては、どうせ母親を招待するなら、生徒と教師が生き生きと過ごすいつもの様子を見てもらいたい、と思ったため、学校ルートは却下した。
 シュリが学生でいられる時はまだあるし、その間にどうにかして授業参観をしてもらえばいい。
 シュリのその考えに、最終的にはジュディスも頷いてくれた。

 そんなわけで。
 今2人がいるのは王城の前。
 といっても、気軽に門をくぐって中に入れるものでもないので、お城の門の手前で観光客のようにお城を見上げていた。


 「お城、大きいわねぇ」

 「ミフィーは王都に来るの、初めてなんだよね?」

 「ええ。私が小さな頃からお母さんの拠点はスベランサだったし。お母さんが遠出する時は、私は近所の宿に預けられてお留守番だったし」

 「そっか。じゃあ、見に来る場所はお城で正解だ」

 「うん。ありがとう、シュリ。楽しいわ。といっても、母様はシュリと一緒にいるだけで楽しいけどね?」

 「僕も、母様と一緒にいるだけで楽しいよ」


 なぁんて会話をしながら笑いあっていると、


 「おや、君はシュリナスカ君?」


 門の前に立つ兵士さんからそんな風に声をかけられた。
 あんまり顔が見えない兜を被っているのでわからなかったが、その声はシュリがお城を訪ねるときに何度か応対してくれた兵士さんのものだとわかった。


 「あ、こんにちは」

 「はい、こんにちは。今日も陛下に呼ばれたのかな? そういう通達は特に無かったと思うんだが」

 「いえ。今日はプライベートで。僕の母様が初めて王都に来たので、色々案内してたんです」

 「そぉかぁ。お母さんが初めて王都に……お母さん!? シュリナスカ君の!?」

 「はい、僕のお母さんです」

 「と、と、と、と、いうことは、彼女はかのヴィオラ・シュナイダー殿の……いっ、いやいや。息子の嫁と言う可能性もあるか。でも確か、ヴィオラ殿には娘がいるという裏情報があったような。しゅ、しゅ、しゅりなすか君? 君のお母上はもしやヴィオラ殿の?」

 「娘ですけど?」


 シュリの言葉に、目の前の気のいい兵士さんが震えていた。
 正直、シュリはちょっと甘く見ていた。
 この国の……いや、正確にいうなら、この城にお勤めする人達の間のヴィオラ人気を。


 「な、な、な……」

 「な?」

 「なんということだぁ!! すぐにっ! すぐに陛下にお知らせせねばぁっ!! 伝令! でんれーい!! くそっ。いないのか」


 兵士さんはなにやら騒ぎ始めた。
 門前の、シュリ達以外の一般人や観光客達がざわざわするレベルで。
 だが当の本人は気づいていない。
 伝令がこないと騒いでいるが、平時の王都の中に伝令兵がうろうろしている方がおかしい。
 だが、いくら呼ぼうとも伝令兵が現れないことに業を煮やした彼は、


 「シュリナスカ君、ぼかぁ、ちょっと陛下にご報告に行ってくるから、決してここを離れないでおくれよ?」


 シュリにそう言い置いて、門の反対側にいる相棒に、


 「ここは頼んだぞぉぉ!!」


 叫んで伝えると、もの凄い勢いで門の内側に消えていった。


 「い、行っちゃったわね?」

 「行っちゃったね……」

 「どうしよう?」

 「今のうちに逃げちゃおうか。なんだか面倒な事のにおいがする」

 「逃げちゃって平気かな? さっきの兵士さんが怒られない??」

 「怒られないように、後で僕から王様にお願いしておくよ。だから今はとにかく……」


 言いながら、ミフィーの手を取って回れ右しようとしたシュリは、背後に広がっていた光景に目を見開く。
 いつの間にか2人の周囲にこの辺りにいた観光客やら一般人やらが群がって行く手をふさいでいた。


 「あ、あの。な、なにか??」


 戸惑ったように問いかけると、


 「ヴィオラ様って、あのヴィオラ様だよな?」

 「あなた、ヴィオラ様の娘さんなの?」

 「私は以前、旅の途中でヴィオラ様に救われた者で……」

 「ヴィオラ様に是非試していただきたい商品があるのですが……」

 「ヴィオラ様の大ファンです!!」

 「弟子になりたいので、ぜひヴィオラ様に紹介して下さい!!」


 色々な答えが一斉に帰ってきた。
 1人1人がなにを言っているのかはほとんど分からなかったが、どうやら周囲を取り囲んでいる皆さんがヴィオラに興味があることだけは伝わってきた。
 悪意はないんだろう。
 ないんだろう、けれども。

 たくさんの人が一気に押し寄せてくる姿には恐怖さえ感じる。
 いくらみんなが好意的な表情を浮かべていても、怖いものは怖いのである。
 シュリはちょっと顔をひきつらせて、周囲を見回した。
 しかし、前も横も、人・人・人で埋め尽くされている。

 逃げ道は無かった。
 お城へと続く、背後の道しか。
 そんなシュリとミフィーの窮状を見かねたのか、もう1人の門番の兵士さんが駆けつけてきて、


 「こら! ヴィオラ殿のお身内に迷惑をかけるんじゃない。散りなさい!!」


 2人を庇うように立ちふさがってくれた。
 そして、


 「さ。お2人は今のうちに門の内側へ。通用口が開いています。彼らはここで私がなだめておきますから」


 小声でそう促した。
 兵士の親切に頷いて、2人は通用口をくぐる。
 今はそうするしかないと判断して。

 シュリの力をもってすれば、民衆を蹴散らすことも、ミフィーを抱っこして彼らの囲みを飛び越えることも不可能ではない。
 不可能ではないが、蹴散らそうとすればけが人を出してしまう恐れがあるし、飛び越えたらその身体能力の高さで目立ってしまう。
 どちらも、シュリとしては出来れば避けたい事態だった。

 門の中に入ると、ちょうどさっき門に駆け込んでいった門番が戻ってきたところだった。
 彼の先導でお城の中を歩く。
 もちろん、ミフィーの手はしっかり握ったままで。
 そしてあれよあれよという間に王様の前まで引き出されてしまったのだった。

 別に悪いことをした訳ではないのだから緊張する事なんてないのだが、やはり偉い人の前にでるというのは緊張する。
 国王陛下にはもう何度かお会いしていたし、結構気さくな方だと分かっていてもそうだった。
 でも、なんというか。


 (……自分より緊張している人を前にすると緊張しない、って本当だったんだなぁ)


 シュリはそんなことを思いながら傍らに立つ母親を見上げる。
 ミフィーは緊張していた。
 それはもう、がっちがちに。


 「あなたがヴィオラの娘か」

 「はっ、はひっ!!」

 「良く来てくれた。ヴィオラから君の話は良く聞いていたけど、中々あう機会がなくて、会いたいと思っていたんだ。名前は確か……ミフィルカ、だったね?」

 「はひっ! ミフィルカ・ルバーノでちゅっ」

 (あ、噛んだ)


 シュリも思ったが、ミフィーも自覚があったのだろう。
 みるみるうちにその顔が真っ赤になり。
 その様子を見かねたように、


 「陛下? 謁見の間では少々堅苦しくありませんか? ヴィオラの娘ですもの。彼女は私達の身内も同様。場所を移してもう少し気軽にお茶でも飲みながらお話をしたらどうでしょう? フィフィも呼んで、とっておきの紅茶とお菓子でおもてなししましょう」


 柔らかく微笑んで王妃様がそんな提案をしてくれた。


 「ふむ。それもそうか。シュリ、ミフィルカ、準備が整うまで控えの間でしばし待ってもらえるか? 準備が整い次第迎えを出す」


 国王陛下の言葉に、シュリとミフィーは、もちろんです、とお答えする。
 内心は、早く逃げ出したいと思っていても、素直に言えるはずもない。
 まあ、ヴィオラなら気にせず言ってしまうのだろうが、シュリもミフィーもそんな鉄の心臓は持ち合わせていなかった。

 そんな訳で、控えの間でしばし待ち。
 だが、それほど長く待つことなく、お迎えの人が来てくれた。
 その人に先導されるまま、シュリとミフィーはお城の中を歩く。
 そして、世が世なら後宮と呼ばれるであろうゾーンに続く門を通り抜け、さらに先へ。

 本来であれば、国王陛下以外の男子は足を踏み入れる事の出来ない場所だが、今の国王は王妃以外の女性は必要ない、と言い切り、後宮を閉じてしまった。
 故に、今の後宮に住む人はいない。
 だから、男の子のシュリが足を踏み入れても問題ない、はずである。

 そんなことを考えながら歩いていると、後宮庭園の開けた場所に、テーブルやらイスやらが整えられているのが見えてきた。
 そこでは国王様と王妃様が待っている。
 2人に無理矢理連れてこられたのであろう、仏頂面のフィフィアーナ姫も。
 フィフィアーナ姫の傍らにはもちろん専属護衛のアンジェリカの姿もあって、ミフィーは見覚えのある懐かしい顔にぱっと顔を輝かせた。


 「アンジェさん」


 ほっとしたように微笑んでアンジェの名前を呼ぶミフィーの様子は文句なしに可愛いのだが、国王夫妻やお姫様を差し置いて護衛に声をかけるのはどうなんだろう、とシュリはこそっとお偉方の様子を伺う。
 国王夫妻はセーフだ。
 なんだか微笑ましそうにミフィーを見てる。
 フィフィアーナ姫は……どうなんだろう?

 いつもことあるごとに彼女のご機嫌を損ねているシュリから見ると、そこまで怒っている感じは受けないが、ヤキモチやきの彼女の事である。
 ミフィーほどの可愛い女子とアンジェが親しげなのは、心穏やかではいられないのではないか。
 そんな邪推と共に見つめるが、シュリの予想に反して、


 「久しぶりですね、ミフィー。元気そうでなによりです」


 柔らかく微笑んだアンジェがミフィーを優しく抱きしめる様子を見ても、フィフィアーナの様子が変わることは無かった。
 あれぇ、と思ってフィフィアーナを見ていると、その視線に気づいた彼女がこちらを睨んだ。
 なによ、とでも言うように。その鋭い視線に、シュリは慌てて首を横に振る。
 何でもありません、と。

 フィフィアーナはそんなシュリをしばらく睨んでいたが、ふいっと顔をそらすと傍らのアンジェを見上げて何か話しかけている。
 その表情は穏やかだ。ヤキモチの欠片も見あたらない。
 おかしいなぁ、と思いながらシュリはじぃっとフィフィアーナを見る。
 その様子を、国王夫妻が非常に微笑ましそうに見ている事など、全く気づくことないままに。
 ミフィーももちろん、そんな国王夫妻の様子には気づかずに、初対面のお姫様への挨拶のため、彼女の前に進み出た。


 「はじめまして、フィフィアーナ姫。ミフィルカ・ルバーノです。いつもシュリと仲良くしていただいてありがとうございます」


 国王夫妻への挨拶は非常に緊張していたミフィーだが、フィフィアーナ姫には、息子の友人という感覚もあったためか、あまり緊張せずに挨拶できたようだ。
 時折シュリが手紙にフィフィアーナの事を書くため、あまり初対面という感じもしなかったのかもしれない。


 「はじめまして。あなたがシュリの母親、なのね。イメージと少し違ったわ」

 「そうですか? どんなイメージだったんですか??」

 「だってあなたの母親はヴィオラ・シュナイダーでしょう? あのイメージが強かったから、こんな真面目そうで可愛らしい感じの人だとは思わなかったわ。もっと破天荒な感じかと」

 「姫様?」

 「なに?」

 「親が破天荒だと、娘は破天荒になれないものなんです。シュリだってそうですよ? 私がちょっと抜けてるところがあるので、シュリはとっても責任感があってしっかりしてた男の子になりましたし」

 「責任感があってしっかりした……?」

 (ちょ!? なんでそんな不信感丸出しの視線を向けるの!?)


 ミフィーの言葉に、フィフィアーナはシュリの方を見た。
 自分に向けられたその眼差しに、シュリは心の中で抗議する。
 だが、そんな心の声が届くはずもなく、フィフィアーナはさらに言葉を続けた。


 「責任感があってしっかりした、と言うには女たら……いえ、母親にぶつけるには適切な言葉じゃなかったわね。でも、なんと表現したらいいのかしら。そうね。えーと、女性関係の垣根が緩い、というか、色々な女性の気を引きすぎる、というか」

 「こら、フィフィ。失礼だよ」

 「そうよ、フィフィ。女性にモテる、ということは、それだけ魅力があるってことなんだから、いいじゃないの」

 「いえ、いいんです。あの、フィフィアーナ姫? 私も思ったことはあります。うちの息子、ちょっとモテすぎじゃないかなぁ、って。実を言うとこの子が学校に通い始めた頃、ちょっと悩みました。学校で友達を100人作るんじゃなくて、お嫁さんを100人作っちゃったらどうしよう、って」


 ミフィーの言葉に、シュリは目を見開いた。
 まさか、ミフィーがそんな心配をしていたなんて、と。
 なんだか申し訳ない気持ちになって母親の横顔を見上げる。


 「でも、私思ったんです。お嫁さん、100人いたっていいじゃないか、って」


 ミフィーの発言に、フィフィアーナ姫はぎょっとしたような顔をミフィーに向けた。
 その顔が言っていた。100人はダメでしょう、と。
 だが、ミフィーはそんなお姫様の表情に気づくことなく言葉を続けた。


 「たとえ100人のお嫁さんがいたって、そのみんなが幸せな気持ちでいられればいいんだって、私、悟りました。シュリにはそれだけの器があるって、母親の贔屓目かもしれないけど、そう思いますし。今だって、シュリの周りは女の人や女の子だらけだけど、みんな幸せそうにしてるんですよ? 嘘みたいですけど。シュリにはきっと、女の人を幸せにする能力があるんです」


 にこにこな笑顔で言い切ったミフィーに、フィフィアーナ姫は言葉が出てこないようだった。


 「そういう人も、世の中にはいると思いませんか? 魅力があって人を虜にしちゃうのに、なぜかそのみんなを幸せな気持ちにしちゃうような人」


 そんなミフィーの追い打ちの言葉に、フィフィアーナはすぐに反論をするだろう、とシュリは思った。
 でも、フィフィアーナの口から攻撃的な言葉が飛び出してくることはなく、彼女は虚を突かれたようにミフィーの顔を見上げていた。
 その顔がいつもの大人びた表情とは全然違って、弱々しくちょっと哀しげで。
 シュリは、彼女の新たな一面を見せつけられた気がした。


 「……そうね。いるのかも、しれないわ。そんな人も」


 そう答えたフィフィアーナは少し遠い目をして、今ではないどこかを見ているようだった。
 その様子が妙に儚げで、シュリはフィフィアーナと会ってから初めて、彼女を守ってあげたいような気持ちがこみ上げるのを感じた。
 そんなシュリの気持ちが伝わったら、フィフィアーナはきっと怒るに違いないけれど。

 フィフィアーナの同意を得られたところでその話題は終わり、国王夫妻がそろそろ席に着いてお茶を楽しもう、と周囲を促す。
 シュリやミフィーに否という答えがあるはずもなく。
 テーブルに向かうミフィーに続こうと足を踏み出したシュリの服を、フィフィアーナの手が掴んだ。
 引き留められ、振り向いたシュリの目を、フィフィアーナが真剣な目で見つめていた。


 「な、なに?」

 「……たくさんの人を幸せにする能力がもし本当にあったとしても、そういう人間に憎しみを抱くような人間だって中にはいるかもしれない。あんまり好き勝手してると、恨みを買うことだってあるわ。刺されることだって、ないとは言えないのよ?」

 「えっと。そう、だね。気をつける……ます」
 「……せいぜい気をつけなさい。あなたのことはキライだけど、知り合いの早死にの報告は受けたくないわ。私に不快な思いをさせないで」

 「う、ん。わかった」


 言いたいことだけ言った後、フィフィアーナは不意に顔を背け、自分の為に用意された席に向かった。
 気が付けば、シュリとフィフィアーナ以外はみんな席に着いている。
 シュリも慌てて席に向かう。
 その後は和やかなお茶会を楽しんだが、その間ずっと、フィフィアーナの目がシュリへと向けられることは無かった。
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