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第四部 王都の新たな日々

第413話 愚者の悪足掻き

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 「……皇太子はまだ死なないのかしら?」

 「うむ。まだしぶとく生きているようだ。だが、時間の問題だろう?
 なにしろ、高い金を出して手に入れた秘蔵の毒薬を使って事に及んでいるのだからな」

 「でも、私の犬達から何の連絡がないのは心配だわ。
 今更寝返ることはないでしょうけれど、捕らえられて拷問にでもかけられたら口を割ってしまうかもしれないし。
 毒を盛った証拠は確実に消すように命令はしたけれど、その後の報告もまだ受けていないのよ?」

 「ふむ。それは確かに少々不安が残る。第三皇子のレセルファンは身分の低い腹から生まれた割に頭が切れるからな。
 犬共がいらぬ情報を吠える前に消しておくか。かまわぬな?」

 「もちろんですわ。お兄さま。お兄さまのなさることに間違いはありませんもの」


 人払いをした二妃の私室で、そんな会話が交わされる。
 二妃の正面に座るのは、彼女の年の離れた実の兄。スヴァル公爵家の現当主である。
 彼は本日、二妃様のご機嫌伺いと称して、たくさんの贈り物と共に彼女の元を訪れていた。


 「オリアルド殿下はどうしておられる?」

 「私のオリーは元気ですわ。花嫁を迎える準備を整えて、そろそろふさわしい花嫁を迎えようと思っているようです。邪魔な金目の排除の準備も順調だと言っておりました」

 「ふむ。第三皇子に関しては慎重に動いてほしいところだが、その辺りはどうだ?」

 「例の毒のついた小瓶を渡してあります。オリーはそれを使って陥れるつもりのようですわよ? 罠にはめて、その上で名声も命も、同時に奪う、と」

 「なるほどな。まあ、悪くはない、か。では、ルキーニアの小倅の方はどうするつもりなのだ?」

 「あの子の花嫁は悪者に誘拐されるのですって。双子の片割れと共に。
 無駄な抵抗をしたルキーニアの跡継ぎは、運悪く誘拐犯に殺されるのです。
 オリーは、花嫁の危機に急ぎ駆けつけるものの間に合わず、失意の彼女を救い出す勇者を演じると聞いていますわ。
 そのまま身も心も慰め、心身ともに己のモノにし、その上で花嫁として迎える、と申しておりました」

 「強気な作戦だな。出来ないことはないだろうが。しかし、ルキーニアの娘は強情だと聞くが、そう簡単に手綱をかけることはできるかな?」

 「私のオリーは魅力的ですもの。オリーに求められて断ることの出来る女など、この世にいるはずもありませんわ」

 「……まあ、はじめてしまったのだからやり遂げるしかあるまい。我らは運命共同体だ。儂も息子も、全力でサポートするさ。
 しかし、皇太子が未だに死んでいないことだけが計算違いだな。朝まで保つまい、と思っていたのだが」


 兄のため息混じりの言葉に、二妃はふと、漏れ聞いた侍女達の噂話を思い出した。


 「そういえば、侍女が噂しておりましたわ。皇太子はすっかり元気になっている、と。食欲も旺盛で、病弱だったのが嘘のようだ、と。まあ、そんな訳はないでしょうし、ただの噂、でしょうけど」

 「そんな噂が流れているのか。生きてはいても、そこまで回復しているはずはないとは思うが。だが念の為、残りの毒を飲ませておいた方がいいかもしれないな。幸い、毒の残りもまだあることだし」

 「そうですわね。でもお兄さま。私の犬はもう使えませんわ。連絡がつきませんもの」

 「連絡がつかぬものはどうにしようもないな。見舞いと称して何か滋養のつく食べ物でも贈っておくか。しっかりと毒を仕込んでな」

 「私にも、何か出来ることはあるかしら?」

 「そうだな。二妃様には、病床の皇太子を見舞うという名目で、あちらの様子を見てきて貰おうか。時間が取れるようならわしも自分の目で見舞いがてら顔を出す事にする」

 「わかりましたわ。お兄さま。そのときはご一緒に」


 にっこり微笑み、二妃は頷く。
 スヴァル公爵もニヤリと笑って頷いて。兄と妹の秘密の会談は終わりを告げ、スヴァル公爵は足早に二妃の私室から立ち去った。
 その背中を見送った二妃は、皇太子を見舞う装いを整えるため、侍女を呼びつけ慌ただしく動き始めたのだった。

◆◇◆

 「じゃあ、私とアズランは皇太子殿下のお見舞いに行ってくるわね」

 「シュリは来なくていいのか? 別に付いてきても大丈夫だと思うけど」

 「僕はジェスと一緒に竜騎士の詰め所に行ってくるよ。エルミナに会いに行こうと思うんだ」


 帝都から迎えに寄越された飛竜の背中でそんな会話を交わす。
 そんな会話を聞きつけた迎えの竜騎士が、


 「エルミナのお知り合いですか? では、アズラン様とファラン様を帝城へ送り届けた後、自分と一緒に詰め所まで行きましょう」


 そう提案してくれた。


 「いいんですか?」

 「もちろんですよ。そちらの美女とお近づきになれるいい機会ですし。それに、エルミナに恩を売れることなんて滅多にありませんから」


 驚いたように返したシュリに、竜騎士のお兄さんはいたずらっぽくそう言った。
 仮面のジェスに、ウィンクをおくりながら。とはいえ恐らくは、美女とお近づきっていう方が冗談で、エルミナに恩を売れる、って方が本音に近いのだろうけれど。
 そんな訳で、帝城の竜騎士待機場でファランとアズランを降ろした後、シュリはそのまま飛竜に乗せて貰い、城門の外にある竜騎士の詰め所へ連れて行って貰った。


 「じぇし……じゃなかった。ジェスにシュリ。よく来てくれたわね。休暇、楽しんでる?」

 「楽しんでるよ、って言いたいところだけど、いろんなことがありすぎて、なんだか忙しい、かな」

 「……それは皇太子殿下のこと、かしら」

 「皇太子殿下の件は、そんなに広まってるの?」

 「一般の民には広まっていないと思うわ。別に公式の発表があったわけでもないし。
 でも貴族の一部や、帝城と関わりのある職の者の中にも情報を得ている者はいるでしょうね。
 私は、アーズイール隊長から聞いたのよ。
 皇太子殿下が体調を崩されたことをきっかけに、色々と動きがあるかもしれないから、って」

 「なるほど。そっか」

 「情報交換をしたい気持ちは分かるが、もう少し用心した方がいいんじゃないか?」


 内緒話をするように顔を寄せてひそひそ話す2人に、ジェスが呆れたように声をかける。


 「そ、そうね。立ち話をするような内容じゃなかったわよね。ごめんなさい。
 近くに私が行きつけにしている食堂があるからそこへ行きましょう。
 頼めば個室を用意してくれるから落ち着いてはなせると思うわ」


 はっとしたようにそう言って、エルミナは2人を促して詰め所を出る。
 そして先に立ち、2人を行きつけの食堂へ案内するのだった。

◆◇◆

 「なるほど、ね。短い間に結構色々なことがあったのね」


 食後のお茶を飲みながら、エルミナは食事をしながら話した内容を反芻するようにそう言った。


 「それにしても、第二皇子殿下も行動が早いわね。もうファラン様に接触を図ってくるなんて。
 アズラン様とファラン様がドリスティアへの留学から戻られるまでは大丈夫だと思っていたけど、あちらはこっちの想定よりも早く動こうとしているのかもしれないわ。
 となると、今回の皇太子殿下の件も、第二皇子派の作意を疑いたくなるわね」

 「というと?」

 「アーズイール隊長と私は毒を疑っているわ。ただ、内情を知る者の話では、解毒の魔法も効果がなかったし、元々の病が急に悪化しただけだろう、ってことだったけど」


 (ん~。やっぱり竜毒の存在に気づいている人はいないのかなぁ。特殊な毒みたいだし、知ってる人自体少なそうだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど)


 釈然としない、という表情のエルミナを見ながらシュリは思う。


 (でも、竜毒の存在は敵を追いつめる証拠の要になりそうだし、一応教えておいてあげた方がいいかな)


 さらにそう考え、シュリは竜毒の情報を開示することにした。


 「エルミナは、竜毒、って知ってる?」

 「竜毒? 初めて聞くわ。それって毒薬なの? 名前からして、竜からとれる毒、なのよね?」

 「僕も古い文献で読んだことがある程度なんだけどね。
 竜毒は強い毒を持つ毒竜から採取できる毒なんだって。
 血の毒を飲ませ続ければ、飲ませた相手を虚弱で病弱な体質にし、血の毒を飲み続けた者に毒腺からとれる猛毒を飲ませれば、その者の身体を急速にむしばむ。
 その様は、長く病を煩った者が急に体調を崩して死んだようにしか見えず、竜毒の存在を知らなければ、その死を病死だと偽ることも難しくはない。
 これってさ、皇太子殿下の状況によく似てないかな?」

 「たしかに。でも、解毒の魔法は効かなかったのよ?」

 「竜毒に、解毒魔法は効かないらしいよ? 竜毒を解毒する方法はただ一つ。毒を採取したのと同じ竜の唾液から作った解毒剤を飲ませること、だけなんだって」

 「なんですって? それってすごく大変じゃない!? 他の竜の唾液で作った解毒剤じゃ代用できないの?」

 「毒竜の毒は個体差があるからダメみたいだよ?」

 「それも文献に書かれてたの?」

 「う、うん。書かれてたんだ」

 「なんていう文献なの?」

 「さ、さあ? よく覚えてないんだ。すごく古いのだったとは思うけど」

 「そう。文献の名前が分からないのは痛いわね。でも、貴重は話をありがとう。この情報はアーズイール隊長からレセルファン殿下にお伝えして貰うわ。帝城の書庫もかなりのものだし、人手を割いて文献を探させるよう、提案してみる」

 「ほんとーに古い文献だし、あるか分からないよ?」

 「ダメでもともとよ。あったらラッキーくらいの気持ちで探させてみるわ」


 言いながら、エルミナは慌ただしく立ち上がると、


 「今の情報をアーズイール隊長に急いで報告しないと。私は先に行くけど、2人はゆっくりしてね。支払いはすませておくから」


 そう言いおいて部屋を出ていった。
 彼女の背中を見送り、それからシュリとジェスは顔を見合わせる。
 そして、まだ残っているデザートに目を落とした。


 「行っちゃった、ね」

 「行ってしまったな」

 「もったいないし、食べてく?」

 「そうだな。甘味に罪はないからな」

 「じゃあ、お茶をおかわりしよう。すみませーん。お茶のおかわり下さぁい」


 そうして届いたお茶で、2人はほとんど残っていたデザートを、エルミナの分まで楽しむ。
 ゆっくり食べたが、いよいよ食べ終わり、これからどうしようか、と話していたら、なぜかエルミナが戻ってきた。


 「よかった! 2人とも、まだいたわね」

 「あれ? エルミナ。ごめん、デザート、残ってないよ?? 食べちゃった」

 「デザート? ああ、それは気にしないで。それより、帝城から知らせが来たのよ。皇太子殿下がシュリに会いたがっているから、急いで登城させるように、って」

 「えええぇぇ~? 僕が皇太子殿下にお会いするの? なんで?? 面倒くさいからやだなぁ」

 「そんな言い分が通用するとでも思ってるの? いいから、来なさい。帝城の詰め所までナーシュと私で送っていくから」


 逃がさないわよ、と言わんばかりにシュリの手をがっしり握って引っ張るエルミナにずるずると引きずられる。


 「こ、こら! エルミナ!! それではシュリが手を痛くするだろう!? ちょっと待て!! 私が抱っこしていくから!!」


 そんなエルミナに文句を言いつつ、ジェスも2人を追いかける。


 (会ったらさすがにバレるかなぁ。でも、あの時は皇太子殿下も朦朧としてたし。オーギュストの霧ですぐに寝ちゃったし。どうにか誤魔化せるといいなぁ)


 エルミナに引っ張られながら、シュリはそんなことを考える。
 だがすぐにシュリの体はジェスの腕に抱き上げられ。


 (できれば皇太子殿下に再会するのはもっと先が良かったなぁ)


 ジェスの腕の中、避けきれない現実に、シュリは小さな吐息と共に肩を落とすのだった。

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