上 下
463 / 545
第四部 王都の新たな日々

第414話 欲望の皇子①

しおりを挟む
 「手はずはどうだ? ジグゼルド殿」

 「手配はすんでおります」

 「以前のようなことは困るぞ。あの時に失敗したせいで、俺はまんまと花嫁を隣国へ逃がしてしまった」

 「今回は抜かりありません。腕の立つ者も増やしましたし、今回は我が私兵隊の指揮官も派遣しておりますから」

 「その指揮官とはあれか? 数年前に、己の部下を貴族に差し出していた事実が明るみに出て軍を追われたあの男だろう?」

 「奴は昔から私に忠実です。今も、私の1番の忠犬ですよ。見た目はぱっとしない男ですが、腕は立ちます。下品なことを嫌わぬ男ですから、女はともかく、男の部下からは慕われていて、中々に使える男です」

 「使えるならそれでいいだろう。失敗は許さぬ、と伝えておけ。女の方は絶対に傷つけるな、とも」

 「は。言葉違わず伝えましょう」

 「ならばいいだろう。そちらの手配がすんだら、ジグゼルド殿に頼みたいことがもう1つあるのだが、頼まれてくれるか?」

 「もちろん、喜んでお受けします」


 従順に答えたジグゼルドに、オリアルドは小さな小瓶を差し出した。


 「これは?」

 「皇太子毒殺未遂の証拠の小瓶だ。これをレセルファンの身近に仕込んでおいてくれ。人目に触れぬよう、ひっそりとな」

 「証拠の小瓶を……。なるほど。承知いたしました。抜かりなく仕込めるように手配いたします」

 「ん。頼んだぞ」


 オリアルドは鷹揚に頷き、それからゆっくりと立ち上がる。


 「さて、俺は湯浴みをして花嫁を迎える準備をしておく。俺が出るべきタイミングで連絡を。すぐ動けるようにはしておく」

 「は。私にお任せを」


 ジグゼルドは平伏し、己の主君となるべき青年の背中を見送った。
 そして自分に任せられた仕事を抜かりなく遂行する為に、彼もその場を立ち去ったのだった。

◆◇◆

 「やあ、我が天使殿。昨日は私の命を救ってくれてありがとう。おかげでこんなに元気になったよ。我が天使に、心からの感謝を捧げよう」


 問答無用でナーシュの背中に乗せられて帝城へ運ばれ。
 竜騎士の詰め所で待ちかまえていた侍女さんに拉致され、最低限の身支度を整えさせられ。
 ジェスを控え室に置き去りに、皇太子の私室に放り込まれたら、そこにアズランやファランの姿はなく、皇太子殿下と2人きり。
 にこにこする皇太子殿下を困った顔で見ている間に、侍女の人達がてきぱきとお茶の準備をして退出してしまった。

 その結果、本当に2人だけにさせられてしまい、そうして皇太子殿下の口から出た言葉がさっきのアレで。
 なんだかとぼけたり誤魔化したりするのがバカバカしくなるくらいの確信具合にくじけそうになりつつも、シュリは一応反論を試みた。


 「あ、あの、誰かとお間違えじゃないですか? 僕は皇太子殿下と初対面で……」

 「その声も昨夜耳にした天使の声と一緒だね。昨夜、死にかけの私は君のその声に励まされた」

 「わ、わあ~……。僕とすごくよく似た声の人だったんですね~……」

 「とぼけても無駄だよ。私は君が昨夜の天使だと確信しているのだから」

 「そ、そう言われましても、僕はただのか弱い子供ですし。皇太子殿下を助ける能力なんて全くないですし」

 「君を待つ間、アズランとファランが色々話してくれたよ。君の武勇伝を」

 「き、きっと大げさに言っただけですよ?」

 「いくらとぼけても無駄だよ。私は誤魔化されてあげるつもりはない」


 にっこり微笑んできっぱりと言い切った皇太子殿下の真剣な眼差しに、シュリは小さな吐息と共に肩を落とした。
 そして諦める。
 いいんだ。正体がバレるのがちょっと早まっただけだし、と。


 「シュリ、って呼んで下さい」

 「ん?」

 「天使なんて呼ばれるのはこそばゆいです。だから、僕のことはシュリ、と」

 「友人のようにあなたを呼ぶ権利を、私にも下さる、と?」

 「敬語もやめて下さい。僕の方が身分が低いんですから」

 「身分など関係ないよ。君は命の恩人だ。君のおかげで私の体は驚くほどに健康になった。今までの虚弱な体質が嘘だったかのように」

 「僕はあなたの体をむしばみ、命を刈り取ろうとしていた毒を解毒しただけです。大したことはしていません。なので、敬語はやめ……」

 「毒? 私は毒のせいで死にそうになっていたのかい? 解毒魔法は試した、とレセルが言っていたけれど」

 「解毒魔法が効かない毒だったんです。竜毒、という……」

 「竜毒。初めて聞く毒の名だね。それはどんな毒なんだろうか?」

 「希少な毒です。毒の竜と呼ばれる竜からとれる毒で、その血液毒を飲ませ続ければ相手は虚弱な体となり、その毒腺の毒を飲ませれば一息に相手を殺すことができる。ただし、血液毒を接種している相手に毒腺の毒を飲ませると、飲んだ相手は急速に体調を崩して徐々に命を失うようです。結果、虚弱さ故の病が悪化して死んだように見せかけられるという、毒殺する側には都合のいい、なんとも珍しい毒なのだとか」

 「なるほど。ということは、私は幼い頃からその竜の血の毒を飲まされていた、ということになるね。そしてさらに竜の線毒を飲まされて危篤に陥った、とそういうことか」

 「ですね。そう言うことだと思います。皇太子殿下の食事が作られ、その口に届くまでの間に関わる人間の中に敵に通じる裏切り者がいるんじゃないでしょうか。急いで探して確保することをオススメします。口封じされる可能性が高いと思うので」

 「君の言うとおりだね。急ぎ手配しよう」


 皇太子殿下はそう言うと、扉の外に控えていた人を呼んで、


 「急ぎ戻るように、レセルに連絡を」


 そう伝えると、シュリの方へ向き直って感謝の意を示した。


 「貴重な情報をありがとう、シュリ。君のおかげで私の病の謎が解け、黒幕につながる情報も手に入れられそうだ」

 「お役に立てたなら何よりです、皇太子殿下」

 「シュリ、君もどうか敬語はやめて欲しい。私のことはヘリオール、と」


 皇太子殿下の言葉を聞いて、シュリは内心、えええぇぇ~、と呻く。


 (でも、名前呼びは勘弁して欲しいって言っても、聞いてくれないんだろうなぁ……)


 呻きつつも諦め混じりにそう思い、シュリはちょっぴり肩を落とした。


 「せめて、公式の場では皇太子殿下と呼ばせて下さいね」

 「それは仕方ないね。だけど、普段は名で呼んでくれるね? 敬語も無しだよ?」

 「わかり……うん。わかったよ。ヘリオール」


 これでいい? と問うように見上げると、


 「うん、いいね。これで君と私は友人だ」


 そう言って、ヘリオールは満足そうに笑った。


 「だが、友人とはいえ、君のしてくれたことに対する礼はきちんとするつもりだ。父上にも報告して、ふさわしいだけの褒美を用意するから、楽しみにしていて欲しい。望みがあるならそれまでに考えておくんだよ」


 褒美なんていらない、といつものシュリであれば言いそうだが、今回に限ってはその言葉は口をついてでなかった。
 この帝国の偉い人にお願いしたいことがあったからだ。

 いずれ時が来たら、ジェスのことをお願いするつもりだった。
 ジェスに酷いことをした相手を罰し、ジェスに罪はないと認めてもらい、家族と自由に会えるようにしてあげるのが、シュリが帝国に望む唯一の願いだった。
 ヘリオールは、神妙な顔をして頷くシュリを見つめ、微笑んだ。


 「じゃあ、私の用事はこれで終わりだよ。今日は呼びつけてすまなかったね。飛竜の手配をするから、ルキーニアの別荘へ戻りなさい。またいずれ、帝都に来て貰うことになるだろうけど」

 「あれ? アズランとファランは?」

 「いとこ殿達は、私を見舞った後、先に戻って貰ったよ。シュリと2人で話したかったし、その間ずっと待たせるのも悪いと思ってね」

 「なるほど。確かに。じゃあ、僕も飛竜で2人を追いかけますね」

 「うん。気をつけて帰るんだよ。ありがとう、シュリ。また会おう」


 ぺこりと頭を下げ、ヘリオールに見送られて彼の私室を後にする。そして控え室で待っていたジェスと合流し、帝城の詰め所で待っていてくれたエルミナの飛竜・ナーシュに乗って帝都を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 221

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...