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第四部 王都の新たな日々

第403話 別荘での大歓迎①

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 「ありがとう。エルミナとナーシュのおかげで楽しい空の旅だったよ」


 雄の飛竜……エルミナの相棒・ナーシュの背から地上に降りたシュリは、思っていた以上に快適だった空の旅の礼を告げ、ぺこりと頭を下げた。
 そんなシュリの様子を見て好ましそうに目を細め、


 「こちらこそ。あなた達との旅は楽しかったわよ。ジェシカの暮らしぶりの話も色々聞けたし。帰りはまた私があなた達を乗せるから、それまで夏の休暇を楽しんでね」


 来る道中でずいぶん打ち解けたエルミナは、友人同士のような口調でそう返す。
 そしてそのまま、その目を仮面護衛のジェスへと移し、


 「ジェシカ……じゃなくて、ジェスって呼んだ方が良いわよね? その方があなたの正体がばれにくいと思うし。だから、人前ではジェスって呼ぶようにするわね」


 エルミナは小首を傾げてそう告げた。
 そんな彼女に頷いて返し、


 「ああ。そうしてくれると助かる。面倒な事情に巻き込んですまないな、エルミナ」


 ジェスは申し訳なさそうに眉尻を下げる。


 「バカね。そんなこと気にしなくていいわよ。あなたと私の仲でしょ? あなた達が帰る日まで、私も隊長も待機任務なの。基本的には宿舎か竜騎士詰め所にいるから、困ったらいつでも頼ること」

 「うん。分かった。そうする」

 「もし困ったことがなくても、こっちにいる間に1度くらいは一緒に食事に行きましょう。シュリから目を離せないなら、シュリも一緒でかまわないし」

 「分かった。連絡する」

 「約束よ? じゃあ、私はそろそろ行くわね。あ、その前に」


 言いながら、エルミナはジェスの耳に口を寄せた。
 内緒話をするように。


 「アズラン様とファラン様はいい方々よ。そのご両親も。でも、彼らは良くない人に目を付けられている。客人がいる前で何かをするほど狂ってはいないと思いたいけど、もし万が一、何かが起こってしまったら、そのときは竜騎士を頼って。私もアーズイール隊長もあなた達の味方よ。正確に言うならアズラン様とファラン様の、ね」


 その言葉に目を見開きながらも騒ぐわけにもいかず、ジェスは神妙に頷く。
 エルミナの目を、仮面の奥からじっと見つめながら。
 そんなジェスに笑いかけ、伝えるべき事は全て伝えたとばかりに己の相棒によじ登ろうとしたエルミナは、目に飛び込んできた光景に思わず吹き出してしまった。


 「ナ、ナーシュ? ほら、エルミナがもう行くって言ってるよ? だから、ほら、あうっ!?」


 シュリが可愛くて仕方がないというようになめ回すナーシュと、なめる力の強さに翻弄されるシュリ。
 雄のナーシュはどちらかというと女性が好きなのだが、シュリに関しては性別など関係ないようだ。


 『そ、そこな飛竜。シュリをよだれでべとべとにするでない!! こ、こらっ!! 妾もべとべとになるではないか!! や、やめい!! やめいと言うに!!』


 シュリの頭の上の鮮やかな色の火トカゲがぎゃうぎゃう抗議しているみたいだが、旅の間にすっかり慣れてしまったのか、その抗議が効いている様子はない。
 されるままになめ回されるシュリと、その頭の上で騒ぐ火トカゲの姿がなんともいえず可愛くてエルミナはくすくす笑う。
 笑いながら自分の相棒の首筋を叩き、


 「ナーシュ。シュリを好きなのは分かるけどお仕事の時間よ。さ、もう行きましょう」


 言いながら相棒の体をよじ登り、鞍の上に腰を落ち着けた。


 「じゃあ行くわね。数日後にまた会いましょう」


 主の合図を受けて翼を羽ばたかせる飛竜の背中からエルミナの声。
 それに答えるように手を振るシュリに、エルミナの飛竜・ナーシュに続いて飛び立とうとしている飛竜の背中から声がかかった。


 「シュリナスカ殿。アズラン様とファラン様を、よろしくお願いします」

 「うん。2人は大切な友達だからね」


 アーズイールの言葉に、シュリは大きく頷いてそう返した。
 その返事を聞いた後、アーズイールの飛竜は大きく羽ばたき飛び立っていった。
 エルミナとアーズイールの飛竜が小さくなっていくのを見送っていると、


 「シュリ~。そろそろ屋敷に入りましょう。お父様とお母様を紹介するわ。あ、荷物は使用人が部屋に運ぶから、そのままでいいわよ」


 ファランに声をかけられた。
 彼女の言葉に従って、イルルをジェスの頭に、タマをジェスの首に移動させると、ポチとジェスと後ろに伴って正面扉の前へ移動する。
 扉の前で左右から手を握られ、


 「じゃあ、行きましょ。アズラン、お願い」

 「分かった。ただいま。いま、帰ったぞ!」


 アズランの声を合図に、重厚な扉がゆっくりと開いた。
 その扉の先には使用人がずらっと並んでいて、その全てが一斉に頭を下げる。


 「お帰りなさいませ。アズラン様、ファラン様」


 出迎えの言葉が唱和され、彼らの間をファランとアズランに手を引かれて進むと、階上へ続く豪華な階段の前に、身なりのいい優しそうな男の人とファランを大人にしてそこへ色気を大量注入したような女の人が立っていた。


 「「お父様、お母様、お元気そうで何よりです。ただいま帰りました」」


 彼らの姿を認めたファランとアズランがシュリの手を離し、声をそろえて両親に挨拶する。
 そんな2人の堅苦しい挨拶に、2人のお父さんとお母さんは顔を見合わせて苦笑して、


 「ここには身内しかいないんだから、堅苦しい挨拶はいらないよ。お帰り、2人とも」

 「そうよ。会いたかったわ。私の可愛い子達」


 言いながら、代わる代わるファランとアズランを抱きしめた。


 「も、もうっ。お父様も、お母様も。シュリが見てるのよ?」

 「そ、そうだよ! シュリが見てるんだぞ? 僕らはもう子供じゃないんだから」


 そんなことを言いながらも、ファランとアズランの顔は嬉しそうで。


 (……なんだか母様に会いたくなってきちゃったなぁ)


 シュリはちょっぴり寂しくなりつつ、仲のいい親子のふれ合いを見つめた。
 その様子に気づいたのか、


 「アズラン、ファラン、そろそろあなた達のお友達を母様達にも紹介してくれないかしら?」


 2人のお母さんがシュリに目を移し優しく微笑む。
 その言葉に促され、両親から離れた双子がシュリの両隣に立った。


 「お父様、お母様、手紙にも書いたけど、この子が私達の最初の友達。シュリっていうの。可愛いでしょ?」

 「ふ、不本意だけど、まあ、一応友達、って言えると思う。一応、だけどな!!」


 可愛いでしょ、という言葉とともにファランには抱きつかれ、耳を赤くしてそっぽを向くアズランの様子に思わずくすっと笑い。
 そんな状態のまま、シュリは改めてファランとアズランの両親の顔を見上げた。


 「はじめまして。シュリナスカ・ルバーノです。ファランとアズランにはいつも仲良くして頂いてます」

 「そんなにかしこまらなくていいのよ。普通に、いつも通りにしてちょうだい。あなたは、アズランとファランの命の恩人だとも聞いているわ」

 「命の恩人だなんて、そんな。僕はたまたまその場に通りかかっただけですよ。僕は大したことをしていませんし、実際に戦ったのは僕の従者とおばー様ですし、2人の護衛のみなさんが頑張ってくれていたから間に合ったんです。だから、ほめられるべきは僕じゃなくて……」

 「もちろん、2人を護衛していた者達にも感謝しているし、十分な報償も与えたわ。ただ、あなた達には直接お礼を言う機会がなかったし、代理人を通して送った贈り物は受け取ってもらえなかったでしょう?」

 「え~っと、あの、あれほどのお礼の品をもらうほどの事はしてない、と思いまして、その……」

 「あなたの謙虚な性格はよく分かった気がするわ。でもね、私達は大切で愛おしい子供達の命を助けてもらったのよ? どれだけお礼しても足りない位なのに、そのお礼を受け取ってもらえなかった気持ちも分かってちょうだい。だからせめて、お礼くらいは言わせて欲しいのよ」


 気持ちのこもったその言葉に、


 「は、はい」


 シュリはもう、素直に頷くことしか出来なかった。
 そんなシュリの姿に微笑んで、


 「うちの息子と娘を助けてくれてありがとう。友達になってくれたことも」


 2人のお母さんはシュリの頬に親愛と感謝のキスを、


 「あの子達にいい友人が出来て、私達も心から嬉しく思っているよ。ありがとう」


 2人のお父さんは、シュリの頭を大きな手で撫でてくれた。
 ごく普通の大人としての愛情表現に、シュリはなんだか妙に照れてしまい、頬を赤くして思わず下を向く。
 シュリの周囲の大人は、母親を含め過剰な愛情表現が多いので、こういう大人が子供に向ける一般的な愛情表現に慣れていないせいもあるだろう。
 シュリの、そんな反応に食いついたのはファランだった。


 「どうしたの? シュリ。ほっぺにキスで赤くなるほどウブじゃないでしょ? 日替わりで引き連れてる女の人と、もっとすごいキスだっていつもしてるじゃない。未経験で耳年増なだけのアズランと違って」


 りんごのようなほっぺをつつきながら、ファランがにんまり笑う。
 その言葉に、2人のお母さんは「まあ」といって目を丸くし、2人のお父さんは「ほう」と面白そうに目を細め。


 「やめてよ、ファラン! 空気読もうよ!?」

 「やめろ。僕まで巻き込むな!!」

 「アズランは自分だけ逃げようとするのやめて!?」


 シュリとアズラン、2人の声が玄関ホールに響き、それに続いて響くのは楽しそうなファランの笑い声。
 そんな子供達の様子に、双子の両親も朗らかな笑い声を響かせて。
 最近はずっと張りつめた様子だった主人夫妻の楽しそうなその様子に、使用人達はほっとしたように表情を柔らかくし、そのきっかけを作った少年に感謝のまなざしを向けるのだった。
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