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第四部 王都の新たな日々

第402話 帝国への旅立ち~竜の翼に運ばれて~

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 翌朝。
 元気に目覚めたアズランに叩き起こされて、シュリは眠い目をこすりつつ、身支度を整え、出発の準備をした。
 ファランも夜更かししたはずなのに、妙にすっきりした顔で元気よくシュリの手をつかんで屋敷の中庭へ引っ張っていく。
 その勢いに、眠そうなシュリを抱っこしてあげようと差し伸べられたジェスの手は所在なさげに宙に浮き、シュリにくっつき損ねたペット達は仕方なくジェスにくっついて移動した。

 中庭に行くと、すでに飛竜は到着しており、お行儀よくお座りして待つ2体の飛竜の前には、2人の竜騎士の姿。
 黒い揃いの制服に身を包んだ騎士は男女1人ずつ。
 兜を被っているせいで顔立ちや表情は分からなかったが、ファランとアズランの姿を見ると、びしっと凛々しく敬礼した。
 そんな彼らに微笑みながら頷き、


 「私とアズランはアーズイール……あ、あっちの男性の竜騎士に連れて行ってもらうわ。アーズイールの騎竜のほうが大きいし。シュリ達はあっちの女性騎士の竜に乗せてもらってくれる? 彼女とは初対面だけどアーズイールが一緒に連れてきたって事は優秀な人だと思うわ」


 ファランがそんな指示を出す。
 その言葉に頷きながら、


 「分かった。ファランもアズランも、あのアーズイールって人のこと、知ってるんだね?」


 シュリは疑問に思ったことを素直に問いかけた。


 「アーズイールの父親は我が家に仕える執事なのよ。アーズイールも竜騎士を目指す前は執事教育を受けていて、屋敷に見習いとして出入りしてたの。それよりもっと前は、よく一緒に遊んでくれるいいお兄さんだったわ」

 「そうなんだ。じゃあ安心だね」

 「ええ。彼が裏切ることはあり得ない。それだけは断言できるわ」


 きっぱり答えたファランにもう1度頷いて返し、シュリはジェスを促して女性の竜騎士の方へと足を向ける。
 近づき、彼女の前で足を止めると、彼女はさっき見せてくれた敬礼をもう1度びしりと決めた。


 「初めまして。僕はシュリナスカ・ルバーノ。ファランとアズランの友達です。今日はよろしくお願いします。僕のことはよかったらシュリと呼んで下さい」

 「シュリ様、ですね。お言葉に甘えてそう呼ばせて頂きます。私は第3竜師団・第12大隊所属、エルミナ・ルゥイ二等兵です」


 凛としたその声が名乗りを上げる。
 それを受け、シュリがにこやかに頷くその後ろで、びくぅっとジェスが震え、こそこそとシュリの後ろに隠れようとする気配を感じた。
 だが、小さなシュリの後ろに隠れきれるはずもなく。


 「私に敬語はいりませんよ、シュリ様。さ、私の相棒の背中の騎乗籠へどうぞ。荷物は、相棒の腹側に入れる場所を用意してありますから、そ、ちら、へ……ジェシカ? ジェシカなの?」


 説明の途中、妙に悪目立ちしていたジェスに気づいたエルミナは、彼女にそう呼びかけた。
 呼びかけられて諦めが付いたのだろう。
 そろそろと体を起こしたジェスは決まり悪そうに、ははは、と笑って、


 「や、やあ。エルミナ。ひ、久しぶり、だな。げ、元気そうでなによりだ」


 ぎくしゃくと片手をあげつつそう返す。
 そんなジェスの襟首を、エルミナががしっと掴んだ。


 「元気そうでなにより、じゃないわよぉぉ! あなた、いったい今までどこでどうしてたのよ!? スヴァン公爵家のどら息子の護衛任務で不敬を働いたって聞いてあなたの家に行ったら、あなたは勘当されて出奔したって聞かされるし!! 私がどれだけあなたのことを心配したと思ってるの!!」

 「す、すまない。エルミナは正義感が強すぎるところがあるから、巻き込むとめんど……じゃなくて、申し訳ないと思って。でも、ほら、な? 私はこうしてこう無事だったわけだし。もう、色々、水に流して、だな」

 「そう簡単に水に流せるかっ!! 私がどれだけあなたを心配していたと思ってるの。それに、結局あの一件、あなたはなにも悪くないじゃない。スヴァンのアホ息子が無理強いをしようとして、それを退けたってだけのことだったんでしょ? あなたの同僚がそう言ってたわよ。あなたが悪い訳じゃないって」

 「だがなぁ。結果手を出しちゃったのは私の方だしな。うっかり顔にあざ作っちゃったしな~……」

 「まあ、確かにそれは良くなかったわ。あざを作るならせめて見えないところに作ってくれればと、あなたの同僚の人も言ってた。そうしたらもっと庇いやすかったのに、って。あなたの味方、結構いたのよ? それなのに早まって出奔するなんて」

 「仲間達が私を守ろうとしてくれていた事は知ってたよ。でもなぁ。あの時は隊長が隊長だったから」

 「確かに。あのごますり野郎には苦労したかもしれないわ。でも……」

 「2晩で許してやる、って言われたんだ」

 「2晩……それって」

 「最初の夜は殴った公爵家の跡取り息子に抱かれて、次の夜は自分の寝床に来い。隊長はそう言ったんだ。そうすればどうにか取りなしてやるって。そうでなければ、どんな訴えも握りつぶす。終わりたくなければ言うことをきけ、ってな」

 「そんな!?」

 「言うことを聞けば全て丸く収まるって分かってはいたんだが、生理的にどうもな。スヴァルのぼんぼんは見た目はまあまあだが、触り方がねちっこくて気持ち悪いし、隊長なんて見た目からしてアレだろう? 絶対ムリだって思って、で、父上に相談して、家に迷惑がかからないように勘当してもらってから帝国を飛び出したんだ」

 「そう、だったのね」

 「スヴァル公爵家って、帝国の2大公爵家の片方だよね? ファランとアズランの家とは別の方の」

 「ああ、そうだが……ってシュリ。もしかして、なにか怒ってるか?」


 ジェスの問いかけに思わず苦笑する。
 僕はそんなにわかりやすく怒ってるのかぁ、そう思って。
 ジェスとエルミナの話を最後まで聞いたシュリは、思った以上に冷え冷えとした己の声に、自分でもちょっぴり驚いた。
 そして思う。
 僕は自分が思っていた以上に、ジェスのことが大事みたいだ、と。

 帝国に行きたがらないジェスに、なにか事情があることは分かっていたが、思っていたより重い内容だった。
 たとえば、家との折り合いが悪くて飛び出したとか、そう言う感じの事なら、間に入って仲直りの手伝いを、なんて思っていたのだが、そんなほのぼのしたことじゃ全然なかった。

 帝国でやることが増えたな、とシュリは思う。

 まず第1はアズランの安全の確保。
 そしてファランの心の憂いを吹き飛ばす。

 それを確実に行った上で、第2に理不尽な欲望でジェスの人生をねじ曲げた外道共にはきちんと罰を受けてもらう。
 身分なんて知ったことか。
 どんなに高い身分だろうとも、悪いことしたらその報いを受ける。
 当然の事だ。

 その上で、第3にジェスが気兼ねなく家族に会えるよう、望むなら帝国に戻れるように算段してあげること。
 どうするかはこれから考えるが、1番の近道は帝国で1番偉い人……つまり皇帝陛下に恩を売るのがてっとり早いような気がする。
 どうやって恩を売るかのアイデアは、まだ浮かんでこないけれど。

 そうやって、自分が帝国ですべき事を指折り数えて心を落ち着ける。
 そして[カメレオン・チェンジ]のスキルで仮面を作りジェスを手招いた。
 シュリの手が無理なく届くようにひざまづいたジェスの顔に仮面をつけてあげてから、その頬を優しく撫でる。


 「過去のジェスを助けてあげることは出来ない。でも、これから先は僕が必ず守るから」

 「シュリ……」

 「え? ちょっと、あの、ジェシカ?」


 仮面は顔の上半分を覆うもの。
 デザインは仮面舞踏会とかでつける仮面を少しシンプルにしたような感じにした。
 これなら食事をするのに邪魔にならないし、ジェスを知る人の目を欺くことも出来る。

 なによりもこの仮面、つけている人はなにも付けていないように感じるマジックアイテムになっている。
 目の機能を補正する性能も付いているので、きっと便利に使えるはずだ。


 「付け心地、どう?」

 「すごいな、これは。私の感覚ではなにも付けていないように思えるんだが、周囲からはちゃんと仮面を付けているように見えているのか? エルミナ、どうだ? 仮面を付けているように見えてるか?」

 「え? ええ。ちゃんと付けてるように見えてる、けど。それより、どこから出てきたのよ、その仮面!?」

 「ん? シュリのスキルだが。シュリ、大丈夫そうだ。これで知り合いに会っても安心だな。ありがとう!!」

 「シュリ様のスキル、って。説明簡単すぎない!?」


 とまあ、そんな風に旧交を暖めている間に、ファランとアズランの乗るアーズイールの飛竜の準備は整っていたようで。


 「エルミナ二等兵! ゲストの心をほぐすのはそのぐらいにして、そろそろ出発の準備を整えろ!! こちらの準備はもう出来てるぞ。ファラン様とアズラン様をあまりお待たせするものではない」

 よく通る重低音が響く。その声に姿勢を正したエルミナは、


 「はっ!! 了解であります。アーズイール隊長。エルミナ二等兵、直ちに準備に取りかかります!!」


 そう言うが早いか、さっきまでと打って変わっててきぱきと動き出した。
 彼女に促され、飛竜の背中の籠から垂らされた縄ばしごで飛竜の体を登り、籠の中にようやく腰を落ち着けたシュリは、指示されるままにベルトで体を固定した。
 その間、何となく飛竜がびくびくしていることを察したシュリは、心の中でイルルに話しかける。


 『イルル? 飛竜さん達を脅かしちゃダメだよ?』

 『ぬ? 脅かしてなどおらぬぞ? 妾はただ、シュリは妾の大事じゃから、危険がないように心して運ぶよう伝えただけじゃ』

 『そっか。ありがと。でも、イルルが話しかけると飛竜さん達は落ち着かないみたいだから、飛んでる間は大人しくしてようね。僕の頭で寝ててもいいから』

 『うむ。わかったのじゃ。じっとしとくのも退屈じゃし、タマを見習って寝ておこうかの』

 『うん。おやすみ。イルル』

 『うむ。おやすみなのじゃ~』


 イルルとの念話を終えるのとほとんど同時に、


 「隊長。おまたせしました。準備完了です。出発しましょう」


 エルミナが大きな声でそう報告した。
 その言葉にアーズイールが大きく頷く。


 「了解した! では出発しよう。……アズラン様、ファラン様、出発いたしますので、しっかりお掴まり下さい。ルスファ、出発だ。飛べ!!」


 彼は同乗者のファランとアズランに注意を促すと、己の飛竜に合図を送った。
 それを受け、飛竜の翼が力強く羽ばたき、その巨体が徐々に浮き上がっていく。


 「シュリ様、ジェシカ。私達も出発します。……ナーシュ、行くわよ。飛んで」


 上司であるアーズイールに続くように、エルミナも己の飛竜に指示を出し。
 彼女の飛竜も浮上を開始する。少しの間、不安定な揺れが続き、だがすぐに飛竜の翼で運ばれる空の旅が始まったのだった。
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