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第四部 王都の新たな日々

第325話 リリシュエーラとお茶会と女だらけの傭兵団

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 ルビスが丁寧に入れてくれたお茶を飲み、シャイナお手製の茶菓子を味わいながら、シュリとリリシュエーラは互いの近況について言葉を交わす。

 シュリはリリシュエーラと別れてからのアズベルグでの生活や王都での生活についての話をかいつまんで。
 リリシュエーラは、エルジャの家庭教師ぶりや、里を出てからの苦労話を。
 中でも、里を出てから王都へ来るまで本当に大変だったらしく、彼女の話しぶりにも熱がこもっていた。

 2杯目のお茶を飲み終える頃には、彼女の話も大分佳境にさしかかり。
 彼女が捕らえられた、大規模な奴隷売買組織を女性だけの傭兵団と協力して壊滅させた時の話となった。


 「それまで4回ほど、大した苦労も無く切り抜けていたし、もうすぐ王都って事で私も油断してたのよね。まさか宿もグルだとは思いもしなかったから、睡眠薬入りの飲み物だか食べ物だかをまんまと食べちゃって。やけに眠くておかしいとは思ったんだけど、眠気に勝てずにぐっすり寝て起きたら檻の中だった、ってわけ。すぐに脱出しようとしたけど、特殊な檻だったみたいで、精霊に声を届ける事も出来ないし。流石にもうダメかと思ったわ」


 彼女は上品にカップを傾けながら、しみじみと語る。


 「大変だったんだね……。でも、そんな状況からどうやって逃げ出したの?」


 シュリは3杯目のお茶をルビスに注いでもらいながら、少し身を乗り出して問いかける。


 「そこはもちろん、私の力だけで、って言いたいところだけど、嘘は良くないし正直に言っちゃえば、助けてくれた人がいたのよ」

 「助けてくれた人?」

 「正確には、助けてくれた人達、かしら。シュリは、[月の乙女]って傭兵団を知ってる? 女性だけの傭兵団で有名なところらしいけど」

 「[月の乙女]……」


 なんだか聞いたことがあるような気はするけど、と首を傾げる。
 そんなシュリを見て、知らないと判断したのか、リリシュエーラが丁寧に説明をしてくれた。


 「[月の乙女]はこの国の隣国、自由貿易都市群を拠点に活動している傭兵団みたいね。この国は比較的平和で、大規模な傭兵団よりも小回りの効く冒険者の方が重宝されるから、彼女達はあまりこの国に来ることは無かったみたい。とはいえ、必要とされるならどこへでも行くスタイルらしいだけど。大きい傭兵団だと100人を越える大集団もあるみたいだけど、彼女達の規模は小さめで、団員は常時20人程度。その全員が女性で、率いる団長ももちろん女性よ。傭兵団の団長とは言っても気さくな女性でね……」

◆◇◆

 くしゅっ。
 王都のとある酒場で。
 女性達の大集団の中心で豪快にジョッキを傾けていた女性が、可愛らしくくしゃみをした。


 「なぁに? ジェス。風邪でもひいた?」

 「ん? いや。そういう訳でもなさそうなんだが」


 くしゃみをした女性……ジェスは首を傾げつつ、隣の女性の質問に答える。
 紫紺の髪に琥珀の瞳、整った凛々しくも美しい顔立ちの彼女は、豪快に振る舞っていてもどこか上品な雰囲気を漂わせていた。
 彼女は不思議そうな顔でぐすっと鼻をすすって、周囲でどんちゃん騒ぎする団員達の様子に目を細める。

 女性だけの傭兵団・[月の乙女]。自由貿易都市群を拠点とする彼女達がなぜ隣国の王都にいるのか。
 事の発端は、団長であるジェスが、この国を訪れた事だろう。彼女は単身この国を訪れ、偶然立ち寄った村のゴブリン騒動を解決した。

 実際のところ、1人で解決したわけではなく、実はもう1人、手助けしてくれた人がいたのだが。
 しかし、彼は手柄を求めることなく、目立ちたくないという理由ですべての功績をジェスに譲り、風のように去ってしまった。
 ジェスの胸に、その存在を消しようがないほど強く刻みつけて。

 彼と別れた後、ジェスはしばらくぼんやりして過ごし。
 気がつけば申請した休暇の日程は全て消化してしまっていた。

 休暇を終えたはずの団長が戻らないことを心配して、探しに来た[月の乙女]達に見つけられ、副団長の親友に叱り飛ばされるまで、ジェスのぼんやりは続いた。
 あまりに様子のおかしい彼女に、もしやゴブリン騒動の際にゴブリン達に!? と副団長を筆頭に団員達は本当に心配したのだが、いつまでもぼんやりな団長を放置するわけにもいかず。
 心を鬼にした副団長が、意を決して渇を入れてくれた為、ジェスはようやく現実に戻ってこれた。
 涙ながらに抱きしめてくる副団長しんゆうの様子に少々ぎょっとはしたが。

◆◇◆

 「大丈夫? ジェス。辛かったわね。私達が来たからもう大丈夫よ」


 涙ながらにかけられたその言葉に、ジェスは訳が分からず首を傾げる。
 そんな辛い出来事があっただろうか、と。
 もちろん、シュリとの別れは辛かった。キスしてもらえなかったのも地味に効いたし。
 が、彼女達はその存在を知らないはずだ。


 (ん~? 他になにか辛い出来事、あったか??)


 特になかったはずだ、と思いつつ、


 「えーと、フェンリー? 心配してくれるのはありがたいんだが……。私に一体なにがあったんだろう??」


 素直に質問してみた。そんなジェスを、副団長のフェンリーは心底気の毒そうに見つめた。
 自分になにが起こったかを忘れてしまいたいほど、辛い思いをしたのね、そんな風に思いながら。
 彼女は再び傷ついているはずの親友ジェスを抱きしめ言った。


 「あんたの穴という穴を汚し尽くしたゴブリンの鬼畜共を、私達の手で寸刻みにしてやりたいわ。でも、あんたは自分で自分の敵は討ったのよね。流石、私達の団長よ。誇らしい……」

 「ん? 穴という穴……ってなんのことだ?」

 「え?」


 フェンリーの同情と憤りの混じり合った言葉に、ジェスは訳が分からないと言うように首を傾げる。
 それを受けて、フェンリーもまた首を傾げた。


 「いや、確かにゴブリン共は残らず討ちはしたが、穴という穴??」

 「え? や、だって。ヤられちゃったんでしょ??」

 「ヤられた? いや、私はったほうだぞ??」

 「え!? ヤ、ヤっちゃったの!? あんたがヤっちゃった方なの!?」

 「ん? ああ。殺ったぞ。1匹残らず、ってやった」

 「い、いっぴきのこらず……」

 「ああ。負けるわけにはいかなかったからな」

 「負けるわけにはいかない……。あんたの負けず嫌いがそこまでとは、流石の私も知らなかったわ」

 「ん? ああ。そうだな?」


 親友の驚愕の眼差しに、ゴブリンを駆逐することはそんなに驚くことだったか、とちょっと不思議に思いつつも、ジェスは取りあえず相づちを返しておく。
 ものすごい誤解をされているなど、夢にも思わずに。
 誤解しているのは周囲の団員達も同様で。


 「ゴブリンを1匹残らずヤり返したのか。団長、すげぇ……」

 「村の連中の話だと、確か群れの規模は100近かったって話よね……。それを全部……」

 「キングもいたって言うわよ? それも団長が喰らい尽くしたってこと?」


 ざわざわする団員達の声から、聞き捨てならない内容を聞き取ったジェスは、


 「いや。キングを喰らったのは私ではない。あの場には、私と共にゴブリン共をってくれた者がいたんだ」


 一応、訂正を入れた。
 目立ちたくないから秘密に、とは言われていたが、仲間達にまで嘘の手柄をでっち上げたくなかったから。
 それにやはり、いくら当人の願いとはいえ、シュリの手柄で誉められるのはなんだか落ち着かなかった。


 「き、きんぐを喰らって、あんたと一緒にゴブリンをヤった、ですって!? あんた以外にもいるのね……。そんなものすごい女が」

 「女? いや、シュリは男だぞ? 明らかに少年と言える年齢の」

 「男!? しかも少年が、キングを、ゴブリンを喰らったっていうの?」

 「ああ。鮮やかなまでの手並みだったな」

 「鮮やかな……とんでもないわね」


 ジェスがうっとりとこぼせば、フェンリーは、末恐ろしい子ね、と身震いをする。


 「さぞかし立派な体格の男の子だったんでしょうね……」


 フェンリーの言葉に、ジェスは小首を傾げ、


 「ん? 違うぞ? シュリは小さくて華奢な子だったな。こう、儚げで、守ってやりたくなるような。でも、そんな見た目に反して頼りがいもあってな。またそのギャップがなんとも言えなくて……」


 そう否定をする。
 その頬をほんのり染めながら。


 「小さくて華奢で儚げ!? そんな体でキングを!? キ、キングってキングって言うくらいだから(あそこも)大きいんでしょう?」

 「そうだな。他のゴブリン共と比べると(体は)かなり大きかったな」

 「や、やっぱり……」


 ジェスから与えられた情報に、フェンリーは驚愕の表情を浮かべ、


 「お尻、大丈夫だったのかしら」


 ぼそりと独り言のように呟いた。


 「ん? 何か言ったか?」

 「え? いいえぇ。なんにも?」


 フェンリーの呟きを聞き逃したジェスが聞き返すと、彼女は気まずそうに視線を反らす。


 「そうか?」

 「ええ!」


 親友が不思議そうに首を傾げたが、フェンリーはきっぱり答えて頷き、それから改めて自分よりも少し高い位置にある彼女の顔を見上げた。
 なにをしでかしたとしても、ジェスはジェス。
 頼れる団長で己の親友であることに変わりはない、とその思いを再確認しつつ。


 「ま、なにはともあれ、あんたが無事で良かったわ。休暇を終えても帰ってこないから心配したのよ?」

 「すまない。お前にもみんなにも迷惑をかけた。だが、迎えに来て貰っておいてなんだが、なにも全員でこなくても良かったんじゃないか? 大変だったろう?」

 「最初は私と、あと何人か見繕って少数精鋭で、と思ってはいたのよ? でも、ちょうど良くこっち方面の指名依頼が入ったのよね。で、ちょうどいいから皆で来ちゃったってわけ」

 「依頼か。我らを指名して依頼となると、穏やかな内容ではないだろうな。どんな依頼だ?」

 「ん~。詳しい内容は私達も聞かされてないのよ。ただ、この国の王都の高等魔術学園の学園長に届ける書簡を預けられたから、取りあえず王都へ向かわないと」

 「王都か。ここからなら、もう、そう遠くはないな」

 「あんたが余計なトラブルに首を突っ込みさえしなきゃね」

 「あのなぁ。私だって別に好き好んでやっかいごとに首を突っ込んでるわけじゃないんだぞ?」


 フェンリーの言葉に、唇を尖らせて言い返す。
 だが、その舌の根も乾かぬ内に、美しきエルフを巡るやっかいごとに首を突っ込む羽目になるなど、その時のジェスには想像しようもなかった。
 
◆◇◆

 (あの後、次に立ち寄った町の宿で、娘が拐かされる現場を目撃して。見過ごせずに娘を助け、叩きのめした奴らから聞き出したアジトに捕らえられていたエルフの娘と協力して、奴隷密売組織を叩き潰して)


 フェンリーには散々小言を聞かされたが、ジェスは後悔はしていない。
 あのまま、あの組織を放置していれば、捕らえられていたエルフを筆頭に、不幸になる者がこれから先も量産されていただろうから。


 (そういえば、リリシュエーラは無事に想い人と会えただろうか?)


 共に戦った美しきエルフは、この王都に愛しい相手を捜しにきたのだと言った。
 その相手が、王都のどこかにいるはずなのだと。


 (無事、再会できているといいが)


 思いながら、ジェスはジョッキの中身を飲み干す。
 それを見越したようにすかさず次のジョッキを差し出してくる親友フェンリーに苦笑を返しつつ、ジェスはジョッキを受け取って再びそれを一息にあおった。

 明日は、王都を訪れた目的である高等魔術学園へ、行かねばならない。
 とはいえ、大半の団員達には暇を与え、ジェスとフェンリーで向かう予定だが。

 この依頼を終えたら、少しの間王都に滞在して、気になるあの少年の行方を少し探してみるのもいいな、そんな風にジェスは思う。
 フェンリーはいい顔をしないだろうが、この王都にだって傭兵団向けの仕事の1つや2つはあるはずだ。
 そんな仕事をこなしつつ、少しの間だけでもいいから、シュリを探してみようか。

 時間がたっても全く薄れる様子のない少年への想いに自分でも驚きつつ、彼の面影を脳裏に浮かべてジェスは、その口元に甘い笑みを浮かべる。
 想う相手と思いがけず再会する未来がちゃんと用意されているとは夢にも思わずに。

◆◇◆

 「そっかぁ。ジェスがリリを助けてくれたんだね」

 「ええ。正確には、ジェスと彼女が率いる傭兵団[月の乙女]が、ね。彼女達が来てくれなければ、さすがに危なかったと思うわ」

 「ジェスは正義感の強い人だからね。きっと見逃せなかったんだろうな」

 「それにしても、彼女とシュリが知り合いだったなんてね」

 「知り合いってほどじゃないと思うな。1度会った……というか、一緒にゴブリン退治しただけだし。あっちはきっと僕の事なんて忘れてると思うよ?」


 苦笑しながらリリシュエーラに答えるシュリは知らない。
 ジェスの名前がシュリの恋愛状態リストの隅に、ちゃっかり載ってしまっていることなど。
 その事実を知らないまま、


 「そっかぁ。ジェスは王都に来てるのか。じゃあ、1度くらい会いに行ってみようかなぁ」


 シュリはのんきにのほほんと笑う。リリシュエーラもなんの危機感もなくシュリの言葉に頷き、


 「そうね。私も改めて彼女達にお礼を言いに行くつもりだし、宿の場所も聞いてるから、良かったら今度一緒に訪ねましょ?」


 そんな提案をする。
 その行為の果てに、新たなライバルを量産する危険性が潜んでいる事を、完全に失念したまま。
 だが、取りあえず、シュリのスキルが女性だらけの傭兵団をまるっと取り込んでしまう事案が持ち上がるのはもう少し先の事。
 今はリリシュエーラとのお茶を、ただ楽しむのだった。
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