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第四部 王都の新たな日々

第326話 バレた秘密とリリシュエーラの授業参観

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 リリシュエーラにより、見事なまでに秘密を暴かれてしまった翌日。
 シュリはいつもメイクに使っていた姿見の前で、腕組みをして唸っていた。
 いつもであれば、入念なメイクとスタイリングをしている時間なのだが、今日のシュリの髪はまだサラサラだし、ほっぺたもシミ1つ、そばかす1つなくもちツヤである。

 シュリは悩んでいた。

 なにを悩んでいるのか。
 たぶん他の人からしたらどうでもいいようなことなんだろうが、シュリにとっては大問題。
 シュリが悩んでいること、それは、今日はメイクをして学校へ行くべきかそのまま行くべきか、ということだった。

 昨日、シュリが擬態していたという事実は、大多数の生徒達の目の前で暴かれてしまった。
 恐らく、その噂はあっという間に学校中に広まるだろうが、全員の生徒に見られてしまった訳でもない。
 故に、今日もきっちり擬態して、昨日のアレは目の錯覚だったという苦しい言い訳で誤魔化すべきか。
 それとももう開き直って、普段の姿でしれっと登校するべきか。
 その2つの選択肢の狭間でうんうん唸るシュリの苦悩をあっさり蹴散らしてくれたのは、その悩みの原因ともなった張本人。
 リリシュエーラは鏡の前から動かないシュリを抱き上げて、


 「もう。いつまで鏡を見ているつもり? 学校へ行くんでしょう? なら、さっさと行きましょうよ」


 呆れたようにそう言うと、そのままスタスタと歩き始めた。


 (確かにな~。いつまでも鏡の前でうじうじ悩んでても仕方ないよね。覚悟を決めるかぁ)


 は~、と大きく息を吐き出し、小さな手の平で自分のほっぺをぺちんと叩いて気合いを入れ。
 心を決めたシュリは、ちょっとすっきりした顔でリリシュエーラを見上げた。


 「ありがとう、リリ。ちょっとぼーっとしてた。ちゃんと1人で歩けるから、降ろして大丈夫だよ?」


 お礼を伝えて微笑むと、リリシュエーラはその目元をかすかに染め、ちょっぴり目を泳がせる。
 それから、勇気を出してシュリの頬へちゅっと口づけを落とし、いたずらっぽく笑った。


 「い・や。まだ降ろしてあげないわよ? 私がシュリとくっついていたいんだから。それに、これから行く場所は一緒なんだし」

 「ん? 行く場所が一緒、って、リリも馬車で出かけるの?」

 「ええ。出かけるわ。王立学院に、ね?」

 「んん?? リリも学校へ来るの? なんで?? あ、入学希望、とか??」

 「入学、ねぇ。それもいいかもしれないわね。シュリと一緒に学校へ通えるし。でも、私としては高等魔術学園の方に興味があるわ。あそこには精霊魔法の研究機関もあるみたいだし」

 「入学希望じゃないなら何で学校へ来るの??」

 「シュリが凛々しく授業を受ける姿を見学するために決まってるでしょ?」

 「はい??」

 「ジュディスを通じてもう許可はもらってるわ。だから安心して?」


 許可云々の話ではなく、いつの間にそんなことになった!? 、とシュリはあんぐり口を開ける。
 第1、この事に関する報告をジュディスから受けていない。
 なんだかちょっと、イヤな予感がした。
 リリシュエーラとそんなやりとりをしている間に、気がつけば馬車は目の前に。

 だが、いつもシュリを迎えてくれる御者のハンスさんの穏やかな笑顔は無く、そこにあったのは、若干執事服っぽい衣装に身を包んだシャイナの、ちょっぴりどやっとした顔だった。
 その顔を見た瞬間、シュリは思う。ああ、やっぱり、と。

 そして、今日もまたメイドなおじさんと化しているハンスさんの事を思った。
 いつもシャイナが迷惑をかけてごめんなさい、と心の中で手を合わせつつ。
 そんなシュリの内心に気づくことなく、


 「シュリ様、どうぞ?」


 御者になりきったシャイナが、恭しく馬車の戸を開けてくれる。


 「ありがとう、シャイナ。似合ってるわよ? それ」


 シュリを抱っこしたリリシュエーラは御者なシャイナにそんな声をかけつつ、馬車へ乗り込む。
 馬車の中は、シュリが想像したとおりの光景が広がっていた。
 体にぴったりした、秘書というには少々色気過多なスーツ姿のジュディスに、ルバーノ家のスタイリッシュな兵士服に身を包んだカレン、いつもの如く執事服とメイド服のアビスとルビス。

 馬車の外で御者を務めるシャイナを含めれば、そこにはシュリの愛の奴隷達が勢ぞろいしていた。
 恐らく、リリシュエーラの、「シュリの授業を見てみたい!」という目論見に彼女達が積極的に賛同した結果がコレなのだろう。

 ジュディスがどんな風に話を持って行ったのかは分からないが、学院長のバーグさんはどうして彼女達の欲望に許可を与えてしまったのか。
 弱みでも握られているのだろうか?
 王立学院の学院長の好々爺然とした顔を脳裏に思い描き、シュリは深々と首を傾げる。

 だが、その間にも当然の事ながら時間は進んでいて。
 気がつけば、シュリはリリシュエーラの腕の中から膝の上へと、場所を移されていた。


 「リリシュエーラ様?」

 「なにかしら、ジュディス?」

 「シュリ様の膝抱っこは交代制ですので、その辺りはご了承頂ければ、と。順番はお2人が到着するまえに、きちんと決めておきましたので」

 「分かってるわ。ちゃんと決まり事は守るわよ」


 抜かりないジュディスの言葉に、リリシュエーラは苦笑混じりに頷く。


 「時間になったら教えて? 私はそれまでに余すことなくシュリを堪能するから」


 言いながら、リリシュエーラはシュリをぎゅむっと抱きしめ、その頭のてっぺんに鼻を押し当てて大きく息を吸い込むと、それはそれは満足そうな吐息をこぼした。


 (頭の匂いをかがれるのってなんだか恥ずかしいんだけどなぁ)


 シュリはいつだって思うのだが、まだ小さなシュリの頭のてっぺんがいい位置にあるのか、そこの匂いをかがれることが多い。


 (別にいい匂いでもないと思うんだけどね~?)


 だが、そんなシュリの思いとは裏腹に、シュリの頭に鼻を押し当てるリリシュエーラは非常に幸せそうである。
 とはいえ、ずっと頭をすんすんされてるだけではなく、ほっぺをはむはむと唇で甘噛みされたりキスをされたり、耳を舐められたりと、する方もされる方もなんとも忙しい。
 正直、耳をぱくぱくされたり舐められたりするのもくすぐったくて苦手なのだが、何度言っても聞いてもらえない事が多いので、最近はもう諦めていた。


 (きっと、学校に着くまでコレが繰り返されるんだろうなぁ)


 シュリは諦めきった遠い目をして思う。
 そして、シュリが想像したとおり、馬車が学校に到着する頃には顔から耳からべとべとに仕上がり。
 その事態を予測したジュディスが抜かりなく用意してきた濡れタオルでシュリの顔を綺麗に拭いてくれたのだった。

◆◇◆

 教室までは、5人の愛の奴隷とリリシュエーラを壁にして隠れ、シュリ自身は目立つことなくこっそり向かうことが出来た。
 とはいえ、全体的にはとっても目立っていたけれど。
 なんといっても、タイプの違う見慣れない美女が6人、まとまって歩いているわけだから、まあ、それは仕方がないことだろう。

 だが、教室に着いてからはそうはいかなかった。
 席に着いたシュリの、いつもと違う姿にまずはざわめき。
 更に、その周囲に抜かりなく侍る6人の美女にまたざわめき。
 ざわざわするクラスの中、シュリは落ち着かない気持ちで小さくなる。
 そんなシュリを心配して、


 「どうしました? シュリ様。お加減が悪そうにみえますが。イスが固いせいでしょうか……。ちょっと失礼します」


 いや、心配するふりをして、ジュディスが堂々と抜け駆けを仕掛けた。
 彼女はシュリをひょいと抱き上げ、自身がシュリのイスに腰を下ろすと、その膝の上にシュリを座らせた。
 ちょっと前まで、いつもサシャ先生がそうしていたように。


 「えっと、ジュディスさん?」

 「具合が悪いときは、人肌に限ります。大丈夫です。ジュディスがシュリ様をきちんと暖めて差し上げます」


 もの申そうとするシュリを制するようにそう言うと、ジュディスは幸せそうにシュリに密着した。
 それを、うらやましそうに残りの5人が見る。
 そして、熾烈な順番決めが始まった。

 シュリは、そんな彼女達の騒ぎを諦めきった目で見つめ、そしてふと、自分がみんなから遠巻きにされている事実に気づいた。
 見た目の擬態ははがされてしまったが、変な奴というレッテルは、どうやらまだ有効のようだ。
 今日、6人の大人な女の人を侍らせている事で、近付き難さは増しているらしく、クラスメイトの誰1人として、シュリの元へ特攻してくる勇気のある生徒はいなかった。

 見た目の擬態がはがされて、己に堕ちる人がどれだけの数に昇るか、内心戦々恐々としていたシュリは、ちょっと拍子抜けした気持ちで教室を見回す。
 シュリをいじめたり、仲間外れにした事のある後ろ暗い気持ちを持つ生徒は、シュリと目が合いそうになると気まずそうに目を反らし。
 シュリと関わらないようにしてきた一般生徒達も、いつもと同様、関わりたくないと言うようにシュリと目を合わせてこない。

 まあ、数人の好奇心旺盛な生徒は、ちらちらとシュリの方を見て、話を聞きたそうにソワソワしている様子は見られたが、まあ、それくらいなら許容範囲だろう。
 そんな彼らを眺めながら、シュリは次なる己のコンセプトを定めた。
 ズバリ、美女をとっかえひっかえ侍らせてただれた生活を送るダメ男、である。

 今日のように、毎日6人もぞろぞろ連れ歩く訳には行かないが、1人ずつくらいならどうにかなる、ような気がする。
 学校内は難しいなら、行き帰りだけでもいいだろう。
 とにかく、女をとっかえひっかえ何股もしている悪い男を演じる。

 そうすれば、シュリをいいなと思う人はそこまで増えないに違いない。
 見た目だけで好かれてしまう分は、まあ、もうどうにもならないので諦めよう。
 シュリは今後の方針をそう決めて、開き直ったようにジュディスの胸に身を預けた。
 ちょうどそのタイミングで。
 朝のホームルームの為に、ロドリゲス先生が教室に入ってきた。


 「みなさん、おはようござ、い、ます……」


 彼の誠実な瞳がシュリと、シュリを抱っこしているジュディスと、それを取り囲む5人の女性を見つめ、それからいろいろ諦めたようにがっくり肩を落とした。


 「あ~。え~……ルバーノ君の関係者が見学にいらっしゃる、とは学長から聞いていましたが……その、6人も?」

 「はい。学院長から複数人で見学に伺う許可は頂いています」


 一応ジュディスは、バーグ学院長に「複数人で伺いますがよろしいでしょうか」とお伺いはちゃんとたてたらしい。
 学院長も快く諒承してくれたとのことだが、まさか6人もの人数で押し掛けるとは思いもしなかったことだろう。


 「そうですか……。そうなんですね……」


 許可があるなら文句は言えない、そんな空気を漂わせ、再び肩を落とすロドリゲス先生。
 真面目ないい先生なのに、僕のせいで気苦労をかけてごめんなさい、そう思いはするのだが、言葉にしたい気持ちをぐっとこらえて沈黙する。
 今、この場で、そんないい子っぽい発言をしてしまったら、シュリのイメージ作りがパーである。
 見た目が変な変わり者の擬態ははがれてしまったが、ここから見た目はいい感じなのに中身は悪、なシュリへと華麗に転身する予定なのだから。


 (ごめんなさい、先生。今後はなるべく先生の胃に負担をかけないように悪を目指しますから、今日だけは見逃して下さい)


 心の中で先生に手をあわせ、後で先生の胃に優しいお薬をこっそり送っておこう、と心のメモ帳にメモしておいた。


 「……今日の連絡事項は以上です。え~、この後の授業は……。ああ。この後の授業も私でしたか。私、なんですね」


 ロドリゲス先生は、いそいそとシュリの為(?)の人間イスを交代する女性達を悲しそうなまなざしで眺め、大きく吐息をもらし。
 それから、諦めきった顔で授業を開始した。

 精神力をがりがり削られながらなんとか授業をやりきり、職員室に戻ったロドリゲス先生は、シュリがこっそり手配した上位精霊特製の胃薬とそれに添えらえれた手紙に首を傾げた。
 不審そうな顔で手紙に目を落としたが、その表情はみるみる内に柔らかなものになり。

 署名のない匿名の手紙だったが、自分の受け持った生徒の筆跡を覚えるのが得意な彼には、その手紙の差出人はバレバレだった。
 第1、いつも迷惑をかけてごめんなさい、なんて文言を見て思い浮かぶ顔なんて1つしかない。
 ロドリゲス先生は柔らかく苦笑しつつ、己の顔をつるりと撫でる。


 (そんなに顔に出てましたかねぇ? 私も、まだまだですね)


 そんなことを思いながら。
 シュリナスカ・ルバーノは優しいいい子だと、息子から聞かされてはいた。
 それにロドリゲス本人も、別にシュリがそこまで悪い子だと思っていた訳でもない。
 若干胃によろしくない生徒であることは確かだったが。


 (気を使わせてしまいましたね。ですが、まあ、この胃薬はありがたく頂くことにしましょう)


 頂いたものを突き返すのは可哀想ですし、手紙に署名がないのだから、誰からの頂き物か分かりませんし?
 そんな言い訳を己にしつつ、ロドリゲス先生はちょっと妖しげな胃薬を何の疑いもなくぐいっと一息にあおった。
 次の瞬間、しくしく痛んでいた胃が一瞬で回復し、更に体全体の倦怠感まで綺麗さっぱり消えてしまった。
 その劇的なまでの効果に、ロドリゲス先生は目をぱちくりする。


 「……凄い効果の胃薬ですね。今度、機会があったらどこで求めた薬なのか、ルバーノ君に聞いてみましょう」


 飲み終わったラベルのない薬の瓶をまじまじと見つめながらロドリゲスは小さく呟く。
 そんな彼はもちろん知らない。
 彼の飲んだ胃薬がどれほど希少なものか。

 元は市販の胃薬である。
 だが、そこに水の上位精霊が生み出す癒し効果の付与された水が混ざり、更に隠し味(?)にシュリの癒しの体液が少々。
 それらの効果が絶妙に混じり合って、市販される最高級の回復薬よりもかなり効果の高い代物が出来上がった。
 しかも、永続的な持続効果つき、である。

 ロドリゲス先生の胃を癒したい、というシュリの思いが、絶妙にコラボしたアリアの水と癒しの体液に作用した結果のようだが、そんな副次的効果を知るものは、当の本人を含め誰もおらず。
 驚きの効果を隠し持つ奇跡の胃薬は、その存在を知られることが無いまま、一介の教師の腹におさまった。
 その日を境に、ロドリゲス先生の胃が痛む事はなくなり。ロドリゲス先生の日々の幸福度がほんの少し増すことになるのだった。
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