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第四部 王都の新たな日々
第316話 シュリの1人反省会③
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パーティーの初っぱなからシュリを拉致していたヴィオラは、エルジャバーノと一緒にどこかへ行ってしまった。
これで自由に動き回れるかと思いきや、シュリは助けてくれたはずのアガサの腕の中。
彼女はほくほくした顔で、シュリの頬の感触を己の頬で堪能していた。
そんな彼女は、シュリの顔を改めて見つめ、それから少しだけ残念そうな顔をする。
そして、言った。
「髪の毛、なおしちゃったのね」
と。
どうやら、アガサもヴィオラと同様、シュリの頭をもふもふしたかったらしい。
「まあ、いつもの通り、サラサラなのも、これはこれでたまらない感触なんだけどね」
言いながら、アガサはシュリの髪の毛に口づける。
そして、その頬を吸い、可愛らしい唇に吸いつこうとしたところで、タイミング良く邪魔が入った。
「アガサ、ずるいぞ。そろそろシュリをこっちによこせ」
言いながらシュリを奪い取ったナーザが、猫科の獣人特有のざらざらした舌で舐めあげる。
そのまま、毛繕いのように何度も舐められながら、シュリは近すぎるくらい近くにある美貌をまじまじと見つめた。
肌もつるんと若々しく、十代半ばの娘がいるとは到底思えない。以前から気にはなっていたが、このナーザという女性はいったいおいくつなのだろうか?
ヴィオラやアガサと同じ頃に冒険者として活躍していた訳だから、それなりのお年になるはずである。
ヴィオラに至っては、もうシュリという孫までいるわけだし。
種族的に長命なヴィオラや、魔族の血を引くアガサがいつまでも若いのはまあ分かる。
でも確か、獣人の寿命は人間とそう変わらないはずだ。
なのに、この若さの保ち方は驚異的じゃないかと思うのだ。
そんなことを考えつつ、じーっとナーザを見ていると、流石にその視線に気づいたのか、舐めるのを止めたナーザが、
「ん? 私の顔になにかついてるか?」
そんな言葉とともに首を傾げる。
その顔をじっと見ながら、いい機会だから今まで触れずにいたことに手を伸ばしてみようと、シュリは己の中の疑問を目の前の女性にぶつけてみることにした。
「ナーザは、おばー様の冒険者仲間なんだよね?」
「ああ。そうだぞ? ヴィオラには色々な場所を連れ回された。死にそうな思いも片手じゃ足りないくらい経験したが、おかげでSランク冒険者になれたから、まあ、一応感謝はしてる」
「そ、そうなんだ。おばー様の無茶に付き合ってくれてありがとう」
「あの頃のヴィオラは荒れててな。夫と別れたばかりで、乳飲み子も抱えていた。冒険に出ていないときは、私もミフィーの子守を良くさせられたもんだ。ミフィーは可愛い子供だったから、ちっともイヤだとは思わなかったけどな。年も、まあ、仲間内では1番近かったし」
「年が近いって、ミフィーと?」
「ああ」
「赤ちゃんだったミフィーと年が近いって……。ナーザって、いくつで冒険者になったの?」
「私の場合、冒険者登録はかなり早かったな。とはいえ、お前ほどじゃないが。冒険者としての経験を少し積み、王都へやってきたヴィオラに見いだされて仲間に引きずり込まれた頃がちょうど、10歳くらいだったはずだ」
ということは、冒険者登録をしたのは10歳より下の頃ということになる。
5歳で冒険者登録をしたシュリよりは後ということだが、それでも十分すぎるくらい早い。
良く許して貰えたものだと見上げると、そんなシュリの心の声が聞こえたかのように、
「私の場合、両親共に冒険者だったからな。その両親が相次いで魔物に殺された後は、両親の冒険者仲間だったハクレンの親に引き取られた」
「じゃあ、ハクレンと小さな頃から一緒だったんだね」
「ああ。兄弟みたいに育ったな。だから、まあ、ハクレンは弟みたいなもんなんだ。未だにあいつが元夫って感じはしないな。今でもあいつは出来の悪い弟、そんな感じだ」
「そ、そうなんだ」
結婚してる間もずっと微妙に弟認定だったんだろうなぁ、可哀想に。
まあ、小さい頃からずっと家族だったのなら、それも仕方ないかもしれないけど。
離婚した今も、一応は弟認定されてる現状に満足して、ハクレンは今の奥さんや子供達と幸せになってくれるといいな、と思う。
ジャズの話だと、新しい奥さんもすごくいい人みたいだし。
そんなことを考えつつも、シュリはナーザの話に耳を傾ける。
「ハクレンの家に引き取られはしたが、私は早く独立したかった。両親の敵も自分の手で討ちたいと、思っていたしな。そんな訳で、顔見知りだった冒険者ギルドの職員を拝み倒してようやく冒険者登録をしたのが8歳の時。それから危なっかしいながらもどうにか冒険者として命をつなぎ、10歳の時にヴィオラに拾われたんだ。ま、あいつの強さと名声に引き寄せられて、自分から飛び込んでいったという方が正しいかもしれないがな」
ヴィオラと出会えたことは幸いだった、とナーザは笑う。
「あいつにくっついていたおかげで、両親の敵も討てたしな。連れ回されて冒険するうちに、自然と金が貯まって、おかげで自分の宿屋も持てたし。それに……」
言いながら、ナーザは目を細めてシュリを見つめた。
「お前にも、出会えたしな?」
どこか甘く聞こえる声音でそう言って、ナーザはもう一度シュリの頬をぺろりと舐めた。
そしてそのまま、唇をロックオンされそうになったところで、
「ちょっと! 私とシュリのキスは邪魔しておいて、自分だけキスするなんて許さないわよ?」
アガサがようやくシュリを取り戻す。
ナーザは己の腕の中のシュリをアガサから死守するために、シュリを抱っこしたまま会場内をウロウロしていたのだが、とうとう追いつかれてしまったらしい。
アガサの腕に取り戻されたシュリは、今度はアガサの顔をじっと見上げ、
「アガサは、どうしておばー様と知り合ったの?」
そんな問いを投げかけた。
「私がどうしてヴィオラと知り合ったか? そうねぇ。まあ、細かく説明すると長くなるから簡単に言っちゃうと、とある事情からヴィオラに魔族とのハーフだってバレちゃって、色々な誤解からうっかり討伐されそうになっちゃって、死にたくないから死ぬ気で説得したらなんかあっさり信じてくれて。お人好し過ぎてちょっと心配だから、近くで見ててあげようと思ったのがはじまりかしらね」
「お人好し……確かにね。僕もたまに心配になる」
「でしょ? なぁんか放っておけないのよね。ま、それもヴィオラの強みの1つって事かしら。天然の人たらし。気がつくと周りに有能な人材が集まってたりするのよね、ヴィオラって。そういうところは、シュリもヴィオラに似たのかもしれないわね」
「えっと、僕も天然の人たらし?」
「そうねぇ。ま、シュリの場合はむしろ、天然の女ったらしって方がしっくりくるかしら? 男に関しては百戦錬磨の私まで、こうも虜にしてくれてるんだから」
色っぽく流し目されて、シュリは全く笑えない気持ちで、ははは、と乾いた笑い声をこぼす。
女ったらしと言われて否定しきれない自分がちょっぴり悲しい。
それが自分という生き物なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「ほんと、罪な子よね。シュリは。私、昔は結構雑食だったんだけど、もうすっかりシュリ以外には食指が動かなくなっちゃったわ。どう責任、とってくれるわけ?」
唇を尖らせる、その様子さえも色っぽく、シュリは感心したようにアガサを見つめる。
アガサは、母親が淫魔だというその生まれのせいもあるのだろうが、仕草の1つ1つに男の目を引きつける色気が溢れていた。
さぞモテるだろうに、そんな人を己1人に縛り付けてしまっているかと思うと、流石に申し訳ないような気持ちがした。
ま、そんなシュリの気持ちも、本人からしたら大きなお世話でしかないだろうけど。
「責任、とってくれるのよね?」
甘いまなざしにからめ取られ、近づいてくる唇を見つめる。
だが、その唇がシュリのそれに触れることは叶わなかった。
「責任とか、重い女だな。シュリ、こういう女には気をつけた方がいいぞ? なにもかも吸い取られて、最後には干からびてお終いだ」
アガサの唇がシュリをとらえる前に、シュリの体はナーザの腕の中に移動していた。
目をぱちくりするシュリに、ナーザはいたずらっぽく警告する。
「その点、私はこう見えて尽くす女だからお買い得だそ? お代は時々私を可愛がってくれるだけでいい」
「えっと、そう言われても。ほら。まだ何もできないし」
「分かってる。時がくるまではキスだけで……触れてくれるだけで構わないさ」
「う~ん……そうだなぁ。キスくらいなら」
まあいいか、とキスへのハードルが低すぎるくらいに低いシュリが頷くと、ナーザの表情がぱっと輝いた。
「よし! キスならいいんだな!!」
ナーザは即座にシュリを捕食しようと動いたが、
「人のキスは邪魔しといて、ちゃっかりシュリの唇を奪おうとするんじゃないわよ!」
横から伸びてきた腕にシュリをかっさらわれた。
「シュリ? おねーさんがいいこと教えてあげるわ。ああいう、自分を尽くす女とか言ってるのが1番危ないのよ? 骨までしゃぶられちゃうんだから」
言いながら、アガサはシュリの頬を愛おしそうに撫でる。
「悪いこといわないから私にしておきなさい。浮気したって怒ったりしないから。ね?」
甘く誘惑するアガサの腕から、
「私だって浮気に目くじらたてたりしないさ。いい男には女が集まるもんだからな」
あっという間にナーザの腕に奪い取られ、
「なにすんのよ!? この脳筋ナーザ! 亭主がいる女は引っ込んでなさい」
だがすぐに、むっとした顔のアガサの腕の中へ。
「お生憎様。ハクレンとは別れた。もう亭主持ちじゃないから引っ込む必要はないな? 残念だったな、男狂いアガサめ」
アガサの腕にいたのはほんの一瞬。
ふふん、とからかうように笑ったナーザの腕の中で、シュリは見事なまでにむき~っとなったアガサの顔を見つめた。
けんかなら2人だけでやって欲しいなぁ、とそんなことを思いながら。
そんな中、にらみ合う2人を恐れる様子もなく近づく人がいた。
ナーザの娘、ジャズである。
ジャズはにっこり笑って母親とその友人の顔を見上げ、
「お母さん、アガサさん。2人できちんと話をつけてきたら? シュリは私が預かっててあげるから。ね?」
そう提案しつつ、母親の腕の中からシュリを救い出した。
ほっとしたような顔をするシュリの背中をぽんぽんと優しく叩きつつ、
「ほらほら。シュリの前でそんな風に喧嘩したら、シュリに嫌われちゃうんじゃないかな?」
そんな風に、2人が共に痛いと思うであろうカードをきる。
案の定、2人は揃ってはっとしたような顔をし、
「む、ぅ。シュリに嫌われるのはいやだな。仕方ない、続きは向こうでやるぞ」
「そうね。シュリに嫌われるのは困るわね。いいわよ、続きはあっちで。今日こそは、参りました、アガサ様、って言わせてやるんだから」
「それはこっちのセリフだ。這いつくばって、参りました、ナーザ様、と言うのはお前の方だぞ、アガサ」
「ふんっ。吠え面かかせてやるわよ!」
「望むところだ!」
言い合いながら、パーティー会場から遠ざかっていく。
そんな2人の背中を、
「いってらっしゃ~い。周りの物を壊さないように仲良く喧嘩してね~」
ジャズののんきにも聞こえる声が見送る。
(仲良く喧嘩って、なんか色々矛盾してるなぁ)
そんなシュリの心の声が聞こえたかのように、
「2人とも、あんな風にじゃれ合うのが好きなんだよ。本気で喧嘩してる訳じゃないから心配しなくても大丈夫。本当は、すごく仲がいいんだよ?」
そう言って、ジャズがにこっと笑う。
ジャズが言うなら本当にそうなんだろうな、と根拠のない安心感にほっとしつつ頷いて、シュリはジャズの顔を見上げて微笑んだ。
ジャズはシュリの微笑みに頬を染め、それからよいしょとシュリを抱き直す。
大人で歴戦冒険者なおねー様方はシュリを軽々と抱っこしていたが、普通の女の子の腕には重たい荷物である。もちろんジャズも冒険者ではあるがまだまだ駆け出し。
ステータスだってさほど高い訳ではないだろう。
「ジャズ?」
「ん? なぁに? シュリ」
「僕、自分で歩けるよ?」
だから、おろして平気だよ、と重い荷物を降ろすよう、ジャズを促す。
だが、ジャズは首を横に振った。
「私は大丈夫。シュリのこと、抱っこしてたい。それとも、シュリはイヤ? 私に抱っこされるの?」
ジャズの問いかけに、シュリはしばし考える。
正直、そろそろ抱っこされるのが恥ずかしいお年頃だ。
でも、パーティーの開幕から散々抱っこされていた身としては、今さら抱っこがイヤだと主張しにくい状況だった。
「ん~、別にイヤって訳じゃないけど。でも、なんで?」
純粋な好奇心で疑問を投げかけると、
「え? な、なんで? なんでって、その……」
ジャズはちょっと困ったように言いよどみ、
「えっと、だって」
「ん?」
「……抱っこしてた方が、シュリとくっついていられる、から」
結局は正直そう明かして。
恥ずかしそうに目を伏せて頬を赤くするジャズは、なんだかとっても可愛かった。
これで自由に動き回れるかと思いきや、シュリは助けてくれたはずのアガサの腕の中。
彼女はほくほくした顔で、シュリの頬の感触を己の頬で堪能していた。
そんな彼女は、シュリの顔を改めて見つめ、それから少しだけ残念そうな顔をする。
そして、言った。
「髪の毛、なおしちゃったのね」
と。
どうやら、アガサもヴィオラと同様、シュリの頭をもふもふしたかったらしい。
「まあ、いつもの通り、サラサラなのも、これはこれでたまらない感触なんだけどね」
言いながら、アガサはシュリの髪の毛に口づける。
そして、その頬を吸い、可愛らしい唇に吸いつこうとしたところで、タイミング良く邪魔が入った。
「アガサ、ずるいぞ。そろそろシュリをこっちによこせ」
言いながらシュリを奪い取ったナーザが、猫科の獣人特有のざらざらした舌で舐めあげる。
そのまま、毛繕いのように何度も舐められながら、シュリは近すぎるくらい近くにある美貌をまじまじと見つめた。
肌もつるんと若々しく、十代半ばの娘がいるとは到底思えない。以前から気にはなっていたが、このナーザという女性はいったいおいくつなのだろうか?
ヴィオラやアガサと同じ頃に冒険者として活躍していた訳だから、それなりのお年になるはずである。
ヴィオラに至っては、もうシュリという孫までいるわけだし。
種族的に長命なヴィオラや、魔族の血を引くアガサがいつまでも若いのはまあ分かる。
でも確か、獣人の寿命は人間とそう変わらないはずだ。
なのに、この若さの保ち方は驚異的じゃないかと思うのだ。
そんなことを考えつつ、じーっとナーザを見ていると、流石にその視線に気づいたのか、舐めるのを止めたナーザが、
「ん? 私の顔になにかついてるか?」
そんな言葉とともに首を傾げる。
その顔をじっと見ながら、いい機会だから今まで触れずにいたことに手を伸ばしてみようと、シュリは己の中の疑問を目の前の女性にぶつけてみることにした。
「ナーザは、おばー様の冒険者仲間なんだよね?」
「ああ。そうだぞ? ヴィオラには色々な場所を連れ回された。死にそうな思いも片手じゃ足りないくらい経験したが、おかげでSランク冒険者になれたから、まあ、一応感謝はしてる」
「そ、そうなんだ。おばー様の無茶に付き合ってくれてありがとう」
「あの頃のヴィオラは荒れててな。夫と別れたばかりで、乳飲み子も抱えていた。冒険に出ていないときは、私もミフィーの子守を良くさせられたもんだ。ミフィーは可愛い子供だったから、ちっともイヤだとは思わなかったけどな。年も、まあ、仲間内では1番近かったし」
「年が近いって、ミフィーと?」
「ああ」
「赤ちゃんだったミフィーと年が近いって……。ナーザって、いくつで冒険者になったの?」
「私の場合、冒険者登録はかなり早かったな。とはいえ、お前ほどじゃないが。冒険者としての経験を少し積み、王都へやってきたヴィオラに見いだされて仲間に引きずり込まれた頃がちょうど、10歳くらいだったはずだ」
ということは、冒険者登録をしたのは10歳より下の頃ということになる。
5歳で冒険者登録をしたシュリよりは後ということだが、それでも十分すぎるくらい早い。
良く許して貰えたものだと見上げると、そんなシュリの心の声が聞こえたかのように、
「私の場合、両親共に冒険者だったからな。その両親が相次いで魔物に殺された後は、両親の冒険者仲間だったハクレンの親に引き取られた」
「じゃあ、ハクレンと小さな頃から一緒だったんだね」
「ああ。兄弟みたいに育ったな。だから、まあ、ハクレンは弟みたいなもんなんだ。未だにあいつが元夫って感じはしないな。今でもあいつは出来の悪い弟、そんな感じだ」
「そ、そうなんだ」
結婚してる間もずっと微妙に弟認定だったんだろうなぁ、可哀想に。
まあ、小さい頃からずっと家族だったのなら、それも仕方ないかもしれないけど。
離婚した今も、一応は弟認定されてる現状に満足して、ハクレンは今の奥さんや子供達と幸せになってくれるといいな、と思う。
ジャズの話だと、新しい奥さんもすごくいい人みたいだし。
そんなことを考えつつも、シュリはナーザの話に耳を傾ける。
「ハクレンの家に引き取られはしたが、私は早く独立したかった。両親の敵も自分の手で討ちたいと、思っていたしな。そんな訳で、顔見知りだった冒険者ギルドの職員を拝み倒してようやく冒険者登録をしたのが8歳の時。それから危なっかしいながらもどうにか冒険者として命をつなぎ、10歳の時にヴィオラに拾われたんだ。ま、あいつの強さと名声に引き寄せられて、自分から飛び込んでいったという方が正しいかもしれないがな」
ヴィオラと出会えたことは幸いだった、とナーザは笑う。
「あいつにくっついていたおかげで、両親の敵も討てたしな。連れ回されて冒険するうちに、自然と金が貯まって、おかげで自分の宿屋も持てたし。それに……」
言いながら、ナーザは目を細めてシュリを見つめた。
「お前にも、出会えたしな?」
どこか甘く聞こえる声音でそう言って、ナーザはもう一度シュリの頬をぺろりと舐めた。
そしてそのまま、唇をロックオンされそうになったところで、
「ちょっと! 私とシュリのキスは邪魔しておいて、自分だけキスするなんて許さないわよ?」
アガサがようやくシュリを取り戻す。
ナーザは己の腕の中のシュリをアガサから死守するために、シュリを抱っこしたまま会場内をウロウロしていたのだが、とうとう追いつかれてしまったらしい。
アガサの腕に取り戻されたシュリは、今度はアガサの顔をじっと見上げ、
「アガサは、どうしておばー様と知り合ったの?」
そんな問いを投げかけた。
「私がどうしてヴィオラと知り合ったか? そうねぇ。まあ、細かく説明すると長くなるから簡単に言っちゃうと、とある事情からヴィオラに魔族とのハーフだってバレちゃって、色々な誤解からうっかり討伐されそうになっちゃって、死にたくないから死ぬ気で説得したらなんかあっさり信じてくれて。お人好し過ぎてちょっと心配だから、近くで見ててあげようと思ったのがはじまりかしらね」
「お人好し……確かにね。僕もたまに心配になる」
「でしょ? なぁんか放っておけないのよね。ま、それもヴィオラの強みの1つって事かしら。天然の人たらし。気がつくと周りに有能な人材が集まってたりするのよね、ヴィオラって。そういうところは、シュリもヴィオラに似たのかもしれないわね」
「えっと、僕も天然の人たらし?」
「そうねぇ。ま、シュリの場合はむしろ、天然の女ったらしって方がしっくりくるかしら? 男に関しては百戦錬磨の私まで、こうも虜にしてくれてるんだから」
色っぽく流し目されて、シュリは全く笑えない気持ちで、ははは、と乾いた笑い声をこぼす。
女ったらしと言われて否定しきれない自分がちょっぴり悲しい。
それが自分という生き物なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「ほんと、罪な子よね。シュリは。私、昔は結構雑食だったんだけど、もうすっかりシュリ以外には食指が動かなくなっちゃったわ。どう責任、とってくれるわけ?」
唇を尖らせる、その様子さえも色っぽく、シュリは感心したようにアガサを見つめる。
アガサは、母親が淫魔だというその生まれのせいもあるのだろうが、仕草の1つ1つに男の目を引きつける色気が溢れていた。
さぞモテるだろうに、そんな人を己1人に縛り付けてしまっているかと思うと、流石に申し訳ないような気持ちがした。
ま、そんなシュリの気持ちも、本人からしたら大きなお世話でしかないだろうけど。
「責任、とってくれるのよね?」
甘いまなざしにからめ取られ、近づいてくる唇を見つめる。
だが、その唇がシュリのそれに触れることは叶わなかった。
「責任とか、重い女だな。シュリ、こういう女には気をつけた方がいいぞ? なにもかも吸い取られて、最後には干からびてお終いだ」
アガサの唇がシュリをとらえる前に、シュリの体はナーザの腕の中に移動していた。
目をぱちくりするシュリに、ナーザはいたずらっぽく警告する。
「その点、私はこう見えて尽くす女だからお買い得だそ? お代は時々私を可愛がってくれるだけでいい」
「えっと、そう言われても。ほら。まだ何もできないし」
「分かってる。時がくるまではキスだけで……触れてくれるだけで構わないさ」
「う~ん……そうだなぁ。キスくらいなら」
まあいいか、とキスへのハードルが低すぎるくらいに低いシュリが頷くと、ナーザの表情がぱっと輝いた。
「よし! キスならいいんだな!!」
ナーザは即座にシュリを捕食しようと動いたが、
「人のキスは邪魔しといて、ちゃっかりシュリの唇を奪おうとするんじゃないわよ!」
横から伸びてきた腕にシュリをかっさらわれた。
「シュリ? おねーさんがいいこと教えてあげるわ。ああいう、自分を尽くす女とか言ってるのが1番危ないのよ? 骨までしゃぶられちゃうんだから」
言いながら、アガサはシュリの頬を愛おしそうに撫でる。
「悪いこといわないから私にしておきなさい。浮気したって怒ったりしないから。ね?」
甘く誘惑するアガサの腕から、
「私だって浮気に目くじらたてたりしないさ。いい男には女が集まるもんだからな」
あっという間にナーザの腕に奪い取られ、
「なにすんのよ!? この脳筋ナーザ! 亭主がいる女は引っ込んでなさい」
だがすぐに、むっとした顔のアガサの腕の中へ。
「お生憎様。ハクレンとは別れた。もう亭主持ちじゃないから引っ込む必要はないな? 残念だったな、男狂いアガサめ」
アガサの腕にいたのはほんの一瞬。
ふふん、とからかうように笑ったナーザの腕の中で、シュリは見事なまでにむき~っとなったアガサの顔を見つめた。
けんかなら2人だけでやって欲しいなぁ、とそんなことを思いながら。
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ほっとしたような顔をするシュリの背中をぽんぽんと優しく叩きつつ、
「ほらほら。シュリの前でそんな風に喧嘩したら、シュリに嫌われちゃうんじゃないかな?」
そんな風に、2人が共に痛いと思うであろうカードをきる。
案の定、2人は揃ってはっとしたような顔をし、
「む、ぅ。シュリに嫌われるのはいやだな。仕方ない、続きは向こうでやるぞ」
「そうね。シュリに嫌われるのは困るわね。いいわよ、続きはあっちで。今日こそは、参りました、アガサ様、って言わせてやるんだから」
「それはこっちのセリフだ。這いつくばって、参りました、ナーザ様、と言うのはお前の方だぞ、アガサ」
「ふんっ。吠え面かかせてやるわよ!」
「望むところだ!」
言い合いながら、パーティー会場から遠ざかっていく。
そんな2人の背中を、
「いってらっしゃ~い。周りの物を壊さないように仲良く喧嘩してね~」
ジャズののんきにも聞こえる声が見送る。
(仲良く喧嘩って、なんか色々矛盾してるなぁ)
そんなシュリの心の声が聞こえたかのように、
「2人とも、あんな風にじゃれ合うのが好きなんだよ。本気で喧嘩してる訳じゃないから心配しなくても大丈夫。本当は、すごく仲がいいんだよ?」
そう言って、ジャズがにこっと笑う。
ジャズが言うなら本当にそうなんだろうな、と根拠のない安心感にほっとしつつ頷いて、シュリはジャズの顔を見上げて微笑んだ。
ジャズはシュリの微笑みに頬を染め、それからよいしょとシュリを抱き直す。
大人で歴戦冒険者なおねー様方はシュリを軽々と抱っこしていたが、普通の女の子の腕には重たい荷物である。もちろんジャズも冒険者ではあるがまだまだ駆け出し。
ステータスだってさほど高い訳ではないだろう。
「ジャズ?」
「ん? なぁに? シュリ」
「僕、自分で歩けるよ?」
だから、おろして平気だよ、と重い荷物を降ろすよう、ジャズを促す。
だが、ジャズは首を横に振った。
「私は大丈夫。シュリのこと、抱っこしてたい。それとも、シュリはイヤ? 私に抱っこされるの?」
ジャズの問いかけに、シュリはしばし考える。
正直、そろそろ抱っこされるのが恥ずかしいお年頃だ。
でも、パーティーの開幕から散々抱っこされていた身としては、今さら抱っこがイヤだと主張しにくい状況だった。
「ん~、別にイヤって訳じゃないけど。でも、なんで?」
純粋な好奇心で疑問を投げかけると、
「え? な、なんで? なんでって、その……」
ジャズはちょっと困ったように言いよどみ、
「えっと、だって」
「ん?」
「……抱っこしてた方が、シュリとくっついていられる、から」
結局は正直そう明かして。
恥ずかしそうに目を伏せて頬を赤くするジャズは、なんだかとっても可愛かった。
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