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第四部 王都の新たな日々

第317話 シュリの1人反省会④

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 肉食獣2人の魔の手から救い出されたシュリは、パーティーのごちそうを食べに連れて行ってくれるという親切な救い手の腕の中でのんびり考え事をしていた。


 (ナーザとアガサの、おばー様との馴れ初め、聞けてよかったなぁ)


 そんなことを。
 できることなら、今度もっと時間をとって、みんなが冒険者だった頃の話をもっと聞きたいものだと思う。
 人に歴史あり、というが、おばー様の関わる話はきっとすごく面白いはず、そんな確信があった。


 (もしかしたら、おばー様の冒険を書いた本とかあるかも。今度、図書館で探してみよう)


 考えつつ、シュリはおばー様と昔なじみのもう1人の人の事をふと頭に浮かべた。
 王宮の騎士で男装の麗人のアンジェリカ。
 シュリの前世の姿をどこか思い出させる美貌の騎士は、現在はこの国のお姫様のお気に入りで、姫様専属となっている。

 そのアンジェは、今日はわざわざシュリの入学式にお忍びで来てくれていた。
 恐らく、この国のお姫様からの命令で。
 何故かシュリをライバル視(?)してくれているお姫様は、シュリの入学式の様子を探ってくるよう、もっとも信頼するアンジェに命じたに違いない。
 アンジェの傍らには、これまた姫様が重用する隠密の姿もあったので、多分間違いないだろう。
 まあ、アンジェ自身もシュリを気に入ってくれているからそれもちょっとはあったかもしれないけど。

 入学式の後、アンジェと隠密のアズサも一応パーティーには誘った。
 が、2人の反応は対照的で。
 アンジェは顔を輝かせ、アズサは顔を青くした。
 その時の様子を思い出し、シュリはついついくすりと笑みをこぼす。

◆◇◆

 「パーティー、ですか? シュリ君の入学祝いの? いいですねぇ! 行きま……」

 「い・き・ま・せ・ん、っすよねぇ!? 姫様にすぐ帰ってくるよう言われてるんすよ!?」

 「え? でも、ちょっとならいいんじゃないですか? 姫様だって許してくれ……」

 「く・れ・な・い、っすぅぅ!! ダメに決まってるっす。姫様、寛容な主のふりして、心は激せまっすからね!? 特に、アンジェ様が絡む件に関しては全く油断できないっす!」

 「またまたぁ。アズサの気のせいじゃないですか? 姫様はお優しい方ですよ?」

 「自分だって、姫様が優しくないとは言ってないっす。優しいところも確かにあるっす。まあ、その大半はアンジェ様に向いてるんじゃないかと思ってるっすけど。でも、それとこれとは話は別っす!! アンジェ様、女の嫉妬を甘く見ちゃいけないっす」

 「女の嫉妬って。姫様が誰に嫉妬をすると……はっ! 前々から怪しいとは思ってましたが、やはり姫様もシュリ君が好……」

 「い・い・っす・か・ら!! もう帰るっす!! それで、姫様に2人で報告するっすぅぅ!」

 「報告ならアズサに任せます。もちろん、手柄は全部アズサのものでいいですよ? ほら、アズサだってたまには手柄をたてたいでしょう? なので、私はシュリ君のパーティーに……」
 「ダメっす! 行かせないっす! 帰るっす! っていうか、自分がいつも手柄をたててないみたいな言い方はやめてほしいっす!! こうなったら最後の手段っすよ!!」

 「シュリ君、行きま……」

 「必殺・睡眠吹き矢! 受けてみろっす!」


 目にも留まらぬ早さで取り出した吹き矢から飛び出した小さな針が、よける間もなくアンジェの首にぷすりと刺さる。


 「ふにゅっ!?……くー、すー」


 次の瞬間、アンジェは地面に崩れ落ち、何とも安らかな寝息をたてはじめた。
 彼女が地面に頭をぶつけないようにどうにか支えたシュリは、アズサを驚愕のまなざしで見つめながら思う。
 どんだけ強力な睡眠薬ぬってんの、それ、と。

 一応念の為、[身体診察]で確認はしたが、特に体に悪い成分も入っていないようで、危険な状態異常は起きていない。
 ただ、とにかくぐっすり眠っている状態のようだ。
 シュリはほっと息をつき、アンジェの頭をそっと地面の上におろした。
 まあ、あのお姫様がアンジェを危険にさらすような真似を許すはずがないだろうし、そこまで心配はしていなかったけれど。


 「苦肉の策とはいえ、後が怖いっす……でも、姫様のお怒りの方がもっと怖いっすからね。さ、行くっすよ、アンジェ様」


 言いながら、アズサは軽々と長身のアンジェを肩に担ぎ上げた。


 「では、シュリ様。お騒がせしたっす。お忍びだから、シュリ様にお会いしないで帰る予定だったんすけど、アンジェ様がどうしてもってきかなくて。申し訳なかったっす」


 アズサはそう言って深々と頭を下げ、シュリは気にしなくていい、と首を振る。


 「それより、アズサは平気? 後でアンジェに怒られない?」

 「まあぶっちゃけ、怒られるとは思うっすけど、姫様の怒りに比べちゃえば大したことないっすよ。こんな自分の事を心配してくれるなんて、シュリ様は優しいんすね」

 「ん~? これくらい、普通でしょ? 頑張ってるのに怒られるのは可哀想だって普通に思うし。あ、そうだ。アンジェには、今度、僕の家に遊びにおいでって言っておいて? 都合がつくならお姫様も一緒でもいいし。この約束をアズサが取り付けたって事にしておけば、アンジェもそんなに怒らないよ。きっと」

 「くうぅっ、優しさが身にしみるっすぅぅ。まあ、姫様の、気まぐれな優しさも、クセになるって言えばクセになるんすけど。むぅ。甲乙つけがたい感じっす」


 アズサは複雑そうな顔をしつつ、再びぺこりと頭を下げてシュリの視界からあっという間に消えた。その気配さえも、見事なまでに。
 その姿を、流石は忍びだなぁ、と感心しつつ見送るシュリなのだった。

◆◇◆

 (アズサ、怒られてなきゃいいけど)


 そんなことを思いながら、


 「はい、シュリ。あーん」


 シュリは口元に運ばれた食べ物をお迎えするために大きく口を開ける。
 その口の中にそっと届けられた食べ物は、王都ルバーノ屋敷の料理人が腕によりをかけて作ってくれたものだから当然おいしい。
 おいしい、のだけれど。
 できれば自分で、自分の好きなものを選んで食べたい、と思うのはわがままだろうか。
 とはいえ、


 「シュリ? 次はなに食べたい?」


 ジャズは1回1回シュリの意見を聞きながら食べ物を選んでくれているのだが、シュリが言いたいのはそう言うことではないのである。
 自分で食べたい、そう言ってはみたのだが、ジャズがものすごく寂しそうな顔をしたので、その意見は即座に引っ込めた。


 (仕方ない。ジャズはお客様だし、これも接待だよね!)


 自分にそう言い聞かせ、シュリは素直に食べたいものを選び、口を開ける。
 以前、アズベルグでやられた、口移しでの給餌よりはまだましだ、そんなことを思いつつ。


 「シュリ、ほら、こっちも食べてみない?」

 「フィー姉様。僕、1人で食べられます」

 「むぅ。ジャズのは食べられて私のは食べられないっていうの?」

 「べつにそういうわけじゃ……」

 「じゃあ、食べて? それから呼び方と敬語!」


 ぷくーっと頬を膨らませるフィリアに苦笑がこぼれる。
 昔より、お姉さん成分は減った気がするが、こうやって甘えてくれるのも可愛いと思う。
 それだけシュリに心を許してくれている証拠だと思うし。


 「ん~、仕方ないなぁ。分かったよ、フィー姉様……じゃなくて、フィリア。ちゃんといただきます」


 言いながら口を開けると、フィリアは優しい仕草で厳選して選んだのであろう食べ物をシュリの口に運んでくれた。
 それをもぐもぐと咀嚼して飲み込むと、それを待っていたように、


 「ほら、シュリ。おいしそうなチーズがあったから、シュリの為にとってきたよ。食べてくれるだろうね?」


 そんな言葉と共に、フォークに刺さったチーズが口元に押しつけられる。
 その強引さに文句を言おうと口を開けた瞬間を逃さず、チーズはシュリの口の中に運ばれ、シュリは仕方なくそれをいただく事になった。
 確かに美味しいし、チーズに罪はない、と味わっていると、


 「ね、美味しいだろう? 乳製品は素晴らしい食べ物なんだよ? 地方はともかく、王都なら牛の乳製品も手に入りやすいし。良かったら、私のオススメの店を教えてあげるよ。乳製品は、色々な成長を助けてくれる、夢に溢れた素晴らしい食材なんだよ?」


 シュリがチーズを食べる様子を満足そうに見つめながら、リメラは己の持論を主張する。
 シュリはもむもむチーズを食べながら、得意そうに張られたリメラの胸元をこっそり見た。
 前に会ってから1年以上たつが、そこの成長は全く認められないような気がするのは、シュリの気のせいなのだろう。きっと。
 シュリは、彼女の胸を取り巻く事実にそっと目をつむり、


 「さ、シュリ。もっとお食べ」


 言いながらリメラが差し出すチーズを、ぱくりと口の中におさめた。
 その間にも、


 「シュリ、美味しそうなお肉があったよ!!」


 とジャズが山盛りの肉盛り合わせプレートを持ち帰り、


 「シュリ、お野菜が美味しそうだから色々持ってきたわ」


 とフィリアが色とりどりの野菜を美しく盛り合わせた野菜プレートを輝かんばかりの笑顔で差し出してくる。
 そんな2人を眺め、


 「ふむ、じゃあ私も、もっと乳製品をかき集めてこようかな」


 とリメラは新たな乳製品を集めてふらりと言ってしまう。


 (え!? そんなに食べられないよ!?)


 驚愕の表情を浮かべるシュリの事など、全く気づかずに。
 だが、リメラを止める間など無く、シュリの目の前をジャズとフィリアがふさいでしまう。
 このパーティーが初対面のはずなのに、すっかり仲良くなってしまった2人は、姉妹のように息があった仕草で、


 「ほら、お肉だよ、シュリ」

 「はい、お野菜よ、シュリ」

 「「あーん」」


 シュリに向かって己の戦利品を差し出してきた。
 シュリは諦めきったまなざしでそれを見つめ、


 (……パーティーが終わる頃には僕のお腹、はちきれちゃうんじゃないかな?)


 そんな風に思うのだった。
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