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第四部 王都の新たな日々

第309話 入学式の朝~生真面目生徒会長の受難~④

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 ちょっとすすけてきたその背中に、無情にも新たな人物の声がかかる。


 「すみません。ちょっと良いですか?」

 「……なんでしょうか?」


 沈みきった声で答え振り返ると、そこに立っていたのはまたしても麗しい人物だった。
 直感的に思う。
 あ、これもシュリナスカ・ルバーノ関係だ、と。

 一見、男とも女ともとれる中性的な容姿のその人の顔面偏差値は、これまたものすごく高かった。
 特徴的に長くて尖った耳を見るともなしに見て思う。
 ああ、エルフ族の人か、と。
 その人は、免疫のない人間が見たら一発でころりと恋に落ちてしまいそうな笑顔を浮かべ、


 「本日、この学校に入学するシュリナスカ・ルバーノの身内なのですが、どこへ行けば入学式に参列できますか?」


 そう質問してきた。
 今日はすでに、美しさやら色気やらにさんざんやられまくって、大分耐性のついたパスカルは動じることなく、


 「シュリナスカ・ルバーノ君のお身内の方ですね。身分証と関係性をお願いします。ご親戚の方ですか?」


 淡々とそう返す。
 この人は美しいが、凹凸が無い分だけまだましだ、そんな風に思いながら。


 「身分証は、冒険者証で良かったでしょうか? であれば、これを確認してください。関係性は、祖父と孫、ですね。シュリは、私の初孫なんです。孫っていうものは、本当に可愛いものですよねぇ」


 言いながら、彼はさっと冒険者証を取り出すと、パスカルの方へ差し出してきた。
 男性なので、余分な谷間に手を突っ込んだりとかのイベントがないので、非常に気が楽である。
 真面目なパスカルでなければ、むしろがっかりする場面なのだろうが、パスカルは内心ほっとしつつ差し出された冒険者証を受け取り目を落とした。


 「エルジャバーノ・スファーダ様ですね。冒険者ランクはS。シュリナスカ君のおじい様、ですか。結構です。今、案内の者を呼びますので、もう少しお待ちください」

 「すみませんね。ありがとうございます」

 「いえ、自分の役割ですから」


 エルジャバーノの悩殺の微笑みにも負けず、パスカルは案内の生徒を捕まえて彼を託し、送り出す。
 にこにこと再び頭を下げ、案内の生徒に従って歩いていくその背中に、パスカルはふと声をかけた。


 「あの、エルジャバーノ様」

 「はい、なんでしょうか?」

 「エルジャバーノ様はシュリナスカ君のおじい様で、愛人でも嫁候補でもないんですよね?」

 「あ、愛人!? よっ、嫁候補……!?」

 「あ、すみません。流石にそれはないですよね」

 「流石に、それは。だって、私はシュリの大好きなおじい様ですし。愛人と嫁は、ねえ?」

 「そ、そうですよね。失礼しました」

 「ま、まあ。シュリがどうしてもと望むのであれば、私もやぶさかでは……」

 「は?」

 「い、いえっ。なんでもありません。ちょっとした気の迷いです。気の迷い。でっ、では、失礼しますね」


 うっかり気の迷いを口にしてしまった美しきエルフの男性は、妙に色っぽく頬を染め、そそくさと行ってしまった。
 その後ろ姿が見えなくなるまで見送りつつ、パスカルは黙考する。

 男さえ、自分の祖父でさえも魅了する少年。
 そんな魔性の魅力を兼ね備えたシュリナスカ・ルバーノという少年は、一体どんな少年なのだろう。
 会ってみたいような、会うのが怖いような。

 自分はミューラ一筋だから、よろめく心配はしていないが、ミューラとは会わせたくない。
 これから同じ学校の生徒になるわけだし、絶対に無理とは分かっているけど。

 そんなことを悶々と考えているうちに時間は過ぎ、今度は新入生が続々と校門をくぐってやってきた。
 年齢層が雑多なので、一概に初々しいとは言い切れないが、それでも見慣れない顔が次から次へとやってくる様子は新鮮だ。
 にこやかな微笑みの仮面を張り付けて、そんな彼らを生徒会長として出迎えながら思う。
 さて、シュリナスカ・ルバーノはどの少年だろうか、と。

 確か、学院長が特別にスカウトしてきた生徒で、非常に年若いと聞いている。
 先生方が言葉を濁すのではっきりしないが、まだ10歳に満たない年齢というのは確かなようだ。
 

 (10歳未満ということは、まだ体は小さいな。なら、かなり目立つはずだけど)


 生徒会長としてそつなく新入生の出迎えをしつつ、まだ見ぬシュリナスカ・ルバーノの姿を探す。
 すると、なんだか異様な一団が門をくぐってやってきた。
 それを一言で表現するならば、5人の美女を侍らせた幼児、である。


 (あ、あれがシュリナスカ・ルバーノ……なのか?)


 と思いはしたが、それにしては幼すぎる気もする。
 10歳未満の年齢ということだが、やってくる幼児は、どう大きく見積もっても5歳になるかならないかに見えた。
 正直な感想を言わせてもらえるなら、ちょっとしっかりした3歳児である。

 パスカルの目には3歳児に見えるその幼児は、ペットなのか大きな狼のような動物にまたがって、首にはふっかりした襟巻きを巻き、くっしゃくしゃの鳥の巣のような髪の毛の上には鮮やかな赤の何かを乗せていた。

 まあ、それだけならちょっと変わり者の子供だが、異様なのはその子供を取り巻く5人の美女の様子だ。
 5人が5人とも一様に、うっとりと熱のこもった眼差しでその子供を見つめている。
 明らかに、恋する女の瞳である。


 (大人の女をも魅了してしまう魅力に、男すらよろめかせる魔性性。そこは確かに、シュリナスカ・ルバーノの特徴に一致はする。一致はするけど……)


 パスカルは複雑な表情でそのシュリナスカ・ルバーノ(仮)らしき少年を見つめつつ、本日最初に案内したヴィオラの言葉を思い出していた。


 (可愛い、のか? あれは)


 すっごく可愛いの、とヴィオラは言った。
 だが、パスカルの目に映る少年は、お世辞にも可愛いとは言い難かった。

 もしゃもしゃの斬新な鳥の巣ヘアーに、奥にある瞳も見通せないような分厚いぐるぐるメガネ、ふっくらとした幼げな頬は唯一可愛いかも、と思わせる部分だが、その頬にこれでもかと散るそばかすが可愛らしさを打ち消していた。
 いや、そばかすだって少しなら可愛い。
 だがしかし、少年の顔中に散るそばかすの量は度を超していた。

 そうやって、じいっとよく見てみれば、少年の首に巻かれているのは小さな狐にも似た動物で、頭に乗っているのは赤いトカゲのような生き物のようだ。
 身につけている服は、小さな体にあわせて作られた王立学院の制服のようなので、彼がこの学校へ入学することは間違いない。
 だが、本当に彼がシュリナスカ・ルバーノ(仮)なのだろうか?

 事前情報との相違に、パスカルは混乱していた。
 そうこうするうちに、美女5人を引き連れたシュリナスカ・ルバーノ(仮)一行はどんどん近づいてきて。
 気がつけば、彼らはパスカルの前まで来ていた。
 途中から、パスカルの視線に気付いてはいたのだろう。
 シュリナスカ・ルバーノ(仮)はパスカルを見上げて小首を傾げた。


 (あ。そういう仕草は、少し可愛い、かな)


 そんなことを思いながら見ていると、


 「ちょっとお伺いしてもいいですか?」


 何とも微妙な容姿の少年の口から聞こえてきたのは、声変わり前の少年の、鈴を転がすような可愛らしい声。
 その声を聞いたパスカルは思わず呟いた。


 「あ、声は可愛いんだ」


 正直な、そんな心の声を。
 それを聞いたシュリナスカ・ルバーノ(仮)は、明らかに、しまったぁぁ、と言うような顔をし、


 「あ~、ん~、こほん、こほん」


 小さく咳払いをした後、


 「あ゛~。ん゛ん゛。従者が5人いるんですが、どうしたらいいんでしょう? あと、眷属は一緒に連れて行ってもいいんですか?」


 無理矢理作ったようなガラガラ声で、そう尋ねてきた。
 可愛いと言われることに抗議するように。


 「見た目はともかく、言葉遣いはちゃんとしてるんだな。小さい子が礼儀正しいのって、なんだか無条件に可愛いものだね」


 でも、それを聞いたパスカルは、またついつい正直な感想を漏らしてしまう。


 「くっ、そうくるとは!」


 シュリナスカ・ルバーノ(仮)は、パスカルの言葉に唇をかんで悔しそうな顔をし、


 「んーと、あ~、僕……いやっ! お、俺の、えーと、女(スケ)が5人いるんだけどよぉ、こいつらはどうすりゃあいいんだ? それから、んーと、俺の可愛いトカゲ共は連れてっていいんだろうな? あ゛あ゛?」


 悪ぶった芝居で返してきた。
 正直、なにを言ってるのか意味不明だが、内容はその前の質問と同じだろうと当たりをつけたパスカルは、


 「えーと、従者の人をどうしたらいいか、だったね。一応、従者の待合所は用意してあるけど、もし、入学式を見たいなら、一般参列者用の席にいてもらっても構わないよ。眷属は……そうだね。大人しくさせておけるなら、連れて行っても大丈夫だよ。ただ、周囲の人の迷惑にだけはならないようにね? 目に余るようなら、生徒会室で預かるから、そのつもりでいて欲しい」


 正直な心の声は少し横に置いておいて、先ずは少年の質問に答えてあげた。


 「あ。ありがとうございます」


 声も態度も、思わず素に戻って頭を下げるシュリナスカ・ルバーノ(仮)はなんだか微笑ましかった。


 (見た目は珍妙だけど、なんだかクセになるなぁ。この子)


 くすっと笑い、微笑ましく見つめていると、その視線に気付いたシュリナスカ・ルバーノ(仮)は、はっとしたような顔をして、


 「せっ、世話になったなぁ。だが、礼は言わん!」


 慌てたようにふんぞり返ってそんなことを言う。


 (れ、礼は言わん、って、もう言ってもらったしなぁ。世話になったって言っちゃってるし)


 妙にツボで、じわじわと笑いがこみ上げてくるが、それをどうにか抑え込む。
 入学式で初対面の相手に笑われたら、流石に嫌な思いをするだろうから。
 後ろを向き、5人の美女な従者に何やら指示を与えた後、シュリナスカ・ルバーノ(仮)は再びふんぞり返るようにしてパスカルの顔を見上げた。


 「それじゃあ、もう行きま……げふん! もう、俺は行く!! うざいからこっち見んじゃねぇ!」

 「ふくっ……んんっ。ああ、うん。君も、いい入学式を」


 シュリナスカ・ルバーノ(仮)の、妙に無理をしたような挨拶に、ついつい吹きそうになったがどうにかこらえ、パスカルは笑顔で無難な言葉を搾り出した。
 その言葉に、ありがとうございます、とつい返しそうになったのだろう。
 シュリナスカ・ルバーノ(仮)は、あ、の形に開いた口のまま少し固まり、それからあえて乱暴に、ふんっと顔をそむけ、感謝の言葉を飲み込んだまま、パスカルの前から離れた。

 遠ざかる、小さな背中を見送りながら思う。
 本当は、礼儀正しい子なんだろうなぁ、と。
 ようやく笑ってもいい状況が訪れたので、パスカルは背中を丸くして、くっくっと笑い、さっきのシュリナスカ・ルバーノらしき少年についての考察をまとめる。
 確かに容姿は少々微妙だった。
 でも。


 (それを補って余りあるくらいの魅力があったな。なんというか、うん)

 「……確かに、可愛かった、なぁ」


 見た目ではなく、中身が、ではあるが。
 こうして、王立学院現生徒会長のパスカルの中でのシュリは、きちんと可愛い生き物認定されてしまった。
 まあ、その事実を、シュリを知る幾多の人々が知れば思うのだろう。
 シュリの魅力は、見た目のみにあらず。接する場合は存分に注意されたし、と。
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