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第三→四部 旅路、そして新たな生活

第297話 小さな恋の物語

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 ルビスとアビスの問題が片付いたある日の午後、シュリは自分の部屋でのんびり昼寝を決め込んでいた。
 ジュディスとシャイナとカレンの姿は無く、部屋の中にいるのはシュリ付きのメイドであるキキだけ。

 最近はすっかりシュリに夢中なメイド長や執事長が昼寝の見守りを申し出てきたが、それは丁重にお断りしておいた。
 そんな訳で、今、部屋にいるのはシュリとキキの二人だけである。
 静かな空間に、シュリの寝息だけが響き、キキは幸せそうにその寝顔を見守っていた。

 でも、そんな幸せな時間をじゃまする者がいた。
 窓にこつんと何かがあたる音がして、窓の方を見る。
 でも、そこに誰の姿も認められなくて、キキは不思議そうに首を傾げた。

 すると再びこつんと音がして、キキは不思議そうな顔のまま、原因究明の為に立ち上がる。
 窓から聞こえる音は小さいから、シュリの眠りを妨げることはないだろうが、それでも万が一ということもある。

 シュリの安眠を守るために、音の原因を取り除かないと、と気合いを入れて窓を開いて外に顔を出せば、そこにはキキの姿を認めてぱっと顔を輝かせる少年の姿があった。


 「よ、よう」

 「タント?」


 はにかんだ笑顔で片手を上げた少年の名前を呼び、キキは彼がどうしてここにいるのか分からないというように首を傾げた。
 彼の仕事は門番見習いで、彼の勤務先である門はシュリの部屋から近いわけではない。
 それなのに、わざわざここに来たということは……


 「どうしたの? シュリ様に、何かご用??」


 キキは何の疑問もなくその言葉を口にし、再び首を傾げてみせた。
 その言葉に、少年はむっとしたように口を尖らせて、


 「ちげーよ! 何でオレがあんな奴に会いに来なきゃなんねぇんだよ!?」


 ムキになってそう吠えた。小さいとは言えないその声にキキは眉をひそめ、


 「しーっ! シュリ様、お昼寝中だから、大きい声はだめだよ」


 タントに注意してから、振り向いて眠っているシュリの様子をうかがう。
 シュリは相変わらず、心地良さそうな寝息をたてていて、そのことにキキはほっと息を吐き出した。


 「もう、シュリ様が起きちゃったらどうするの? それに、シュリ様の事をあんな奴だなんて、ダメだよ」


 小さな声で再び注意してから、


 「でも、シュリ様にご用じゃないならどうしてここに来たの?」


 不思議そうに首を傾げる。
 ここはシュリの部屋なのだから、シュリに用事がない者が訪ねてくるのはおかしいと、その純粋な瞳が語っていた。


 「その、さ。今日はお前が一人で仕事してるって聞いたから、退屈してるだろうって思ってさ。あいつ……じゃなくて、シュリ、様? は昼寝だっていうし、暇だったろ? ちょっと話し相手とか、欲しいんじゃねぇかなって思って」


 ちらちらとキキの様子をうかがいつつ、タントは緊張したように言葉を紡ぐ。
 そのほっぺは赤く染まり、少年の気持ちはダダ漏れだ。
 だが、キキはそんな彼の様子に気づくことなく、


 「え? 全然退屈じゃなかったよ? シュリ様の寝顔を見てるだけで、時間がたつのも忘れてたくらいだもん。シュリ様の眠りを妨げる要素を素早く排除しなきゃいけないから、暇でもなかったし。ほら、いつもはジュディスさんとかシャイナさんとかカレンさんと分業出来るけど、今日は一人でしょう? 一人だと、睡眠妨害要素の排除が、思ったより手早く出来なくて忙しいんだよ?」


 にこにこしながら容赦なく少年の淡い気持ちを叩き潰す。
 その事実に、欠片も気づくことなく。

 タントは一瞬がっくりと肩を落とし、だがへこたれずに顔を上げた。
 へこたれたってなんの得もないし、諦めたらなにも変えることは出来ない。
 そのことを良く知っている少年は、不屈の精神で次なる手を打ち出す。

 タントは後ろ手に隠していたものを、さっと彼女の前へと差し出した。
 それをみて、キキは目をまあるくする。


 「お花?」

 「おう。きれいに咲いてたから摘んできた。確か花、好きだったって言ってたよな?」

 「うん。好き、だけど。そんな話、したっけ? よく、覚えてたねぇ」

 「まあ、お前の事だからな。忘れねぇよ」


 照れたようにそう言って、タントは恥ずかしそうに目をそらす。
 そんな彼と花を見つめ、キキは嬉しそうに微笑んだ。

 その微笑みを見たタントは赤くしていた頬を更に真っ赤にし、緩みそうになる口元を必死に引き締める。
 にやけた顔をキキにはみせられない、とばかりに。

 キキはそっと手を伸ばし、少年の手から素朴な花束を受け取ると、その匂いを胸一杯に吸い込んだ。
 そして、


 「いい匂い。これ、貰ってもいいの?」

 「当然だろ? キキの為に摘んできたんだぜ?」

 「わあ、ありがとう」

 「いいって。オレ、お前のこと……」


 好きだからさ、とサラっと続けようとしたのだが、キキがそれを許してくれなかった。
 彼女は無邪気に可愛くにっこり笑い、無自覚故の残酷な言葉を吐く。


 「嬉しい。早速シュリ様のお部屋に飾るね! シュリ様もお花が好きだからきっと喜ぶよ」

 「え゛!」


 せっかくのプレゼントをサックリ転用されて、好きな少女の笑顔に胸をときめかせていた少年の顔が固まる。
 キキはまたしてもそんな少年の様子に全く気づくことなく、


 「後でタントにも、シュリ様がどれだけ可愛い笑顔で喜んでくれたか、ちゃんと教えてあげるね! あ、ちゃんとタントからのお花だって伝えておくから安心してね」


 悪気のない笑顔でそう言うと、少年の言葉を待たずにパタンと窓を閉めた。
 想う少女が、自分を全く眼中に入れてくれていないという事実に打ちのめされた少年は、そのまましばらく、窓の外で固まったままだった。
 しばらくして再起動した少年は、しょんぼり肩を落とし、


 「オレ、キキの為って、いったじゃん」


 ぐすっと鼻をすすり、とぼとぼとシュリの部屋の前を立ち去る。その小さな背中が、どうしようもなくすすけていた。

◆◇◆

 (キ、キキ……流石にそれはないよ)


 窓の外にタントの気配を感じた時点で意識を覚醒させていたシュリは、とぼとぼと遠ざかっていく彼の気配を感じつつ、キキの鈍感力に驚愕の念を抱く。

 実のところ、シュリの鈍感力もかなりのものなのだが、本人は全く気付いていないのが面白い。

 自分の事は見えず、他人の事はよく見えるという事なのだろう。
 ご機嫌な様子で花を花瓶にいけているキキの小さな鼻歌を聴きながら、


 (そっかぁ。タントが好きなのって、キキだったのか)


 この屋敷に初めて来た時に顔を合わせて以来、まだお互いを余り知り合えていない門番見習いの少年の事を思う。
 彼の微妙な態度に、もしかしたら屋敷内に好きな相手が? と思っていたのだが、その相手はキキだったようだ。

 年の頃もそれほど変わらないし、二人が上手くいけば可愛らしいカップルが出来上がる事だろう。
 キキが、シュリに心底惚れてさえいなければ。


 (ん~。ネックはそこだよなぁ。キキは僕を好きでいるより、タントみたいな一途な男の子を好きになった方が幸せだとは思うけど……)


 漏れ聞こえたさっきのやりとりだけでも、タントがキキを本当に好きなのは分かる。
 本当か嘘かは分からないが、愛するより愛される方が幸せだっていうのは良く聞く話だし。

 キキに選択の余地があるのならば、シュリよりタント……あるいはいずれ現れる素敵な男性を選ぶ方がきっと幸せになれる。
 どれだけ想って貰ったとしても、これから先、シュリがキキだけを選ぶ未来は恐らくやってこないだろうから。

 もちろん、キキはそんなの承知の上かもしれない。
 そんな彼女のシュリへの想いが、本当に彼女のものなら、シュリもどうこうしたいとは、きっと思わなかっただろう。

 でも、もしかしたらそんな彼女の想いは、シュリのスキルに惑わされただけのモノかもしれない。
 そんなことを思うのは、己を想ってくれる相手に失礼だと分かっていても、それでもシュリはそんな考えを捨てきる事は出来なかった。


 (キキに選択肢を与えるにしても、僕のスキルをどうにかしないことにはなぁ)


 シュリは思い、眠ったまま眉間にしわを寄せる。

 [年上キラー]のスキルは強力だ。

 その影響下にいる以上、タントの想いはキキに届く事はないだろう。
 だが、どうにかしてスキルの影響を弱める事が出来たらどうだろうか?

 距離、を置くのは難しい。
 シュリがアズベルグに戻るわけにはいかないし、キキを戻すこともどうだろう。
 シュリと距離を置くことでスキルの影響は薄れるかもしれないが、肝心のタントとの距離も離れてしまう。
 それでは本末転倒だ。
 それ以外の方法でスキルを弱める、あるいは制御するとなると。


 (たぶん、スキルのレベルをあげるしかないと思うんだよなぁ)


 [年上キラー]のスキルは以前、愛の奴隷を三人に増やした時点で一度レベルアップをしている。
 Lv1の段階では、

・愛の奴隷を五人まで増やすことが出来る。一度愛の奴隷となった者を解放する事は出来ないが、愛の奴隷にするかしないかの選択が可能。
・スキル影響下にある者の恋愛度を数値化、リスト管理が可能。
・通知のオン・オフの選択が可能。

 以上三点の項目が実行可能となった。
 おかげで、問答無用に愛の奴隷が増える事はなくなったし、恋愛度のリストも検索機能や並べ替え機能、グループ分け機能やその他諸々の機能がついており、便利に使わせて貰っている。

 恋愛状態の通知をオフに出来るのも地味に助かっていて、もし通知がオンのままなら、ずうっとなにかしらの通知が流れ続けていてうるさくて仕方がなかったに違いない。

 そんな訳で、LV1にあがった時点では、マイナスポイントはなくメリットしか無かった。
 が、次にLVがあがった時にどんな事が解放されるかは未知数だ。

 前回のようにメリットばかりの可能性もあるし、スキルの能力強化なんていうデメリットが解放される可能性もないとは言えない。

 正直、賭に近い。
 が、このまま放置したところでどうにもならないし、最悪、能力が強化されたとしても現状が維持されるだけのこと。
 そう考えれば、賭けてみる価値はあるのかもしれない。
 でもそうなると、問題点はただ一つ。


 (レベルをあげる為には、愛の奴隷を後二人増やさなきゃいけないんだよなぁ)


 愛の奴隷にすると言うことは、その人物の人生を完全に狂わせてしまうと言うこと。
 ジュディスやシャイナ、カレンが不幸せだという気はないし、むしろこの上もなく幸せそうだということは分かっているけれど。
 それでも、他人の人生を己がモノとするには覚悟がいる。
 もちろん、そうなってしまったからには、全力で彼女達を大切にし、幸せにするつもりではいるが。

 たかが二人、されど二人。

 新たに二人の人生を抱え込む責任の重さには正直躊躇しか感じないが、でも、それを引き受けることである程度スキルの制御が出来るようになるなら。
 もちろん、解放される能力がどんなモノになるか、現段階では全く分からないのだけれど。


 (でも、まあ、うん……)


 脳裏に浮かぶのはキキの顔だけではない。
 他にもたくさん。
 生まれてから十年にも満たない時間の中で、己が意図せず虜にしてしまった女性達の顔。

 顔をしっかり覚えているならまだいい。
 顔も知らず、いつの間にかスキルの影響を受けてしまった人も、きっとたくさんいるはずだ。

 恋愛状態に達していなければまだいいが、恋愛状態の人達だけでも、どうにかしてあげたいとは思う。
 スキルレベルが一つあがったくらいでどうにかなるとは、シュリも思ってはいないけれど、でも。


 (やってみる価値は、あるかも。だよね)


 タントの可愛らしい恋心に突き動かされ。
 開いた瞳で天井を見上げたまま、シュリは心を決めたように一つ頷く。
 キキの幸せ、そしてリストに名を連ねてしまったたくさんの女性の幸せを思い、シュリはひっそり決意した。
 愛の奴隷をもう二人増やして、スキルレベルを上げる事を。


 (待っててね、キキ。上手くいけば、キキを僕のスキルから解放して、自由に恋を出来るようにしてあげられるはずだから!)


 キキが聞いていたならば、よけいなお世話だと怒りかねない事を考えつつ、シュリは拳を握る。
 きっかけはスキルの影響だとしても、恋だの愛だのに昇華した想いを無かったことにするのは難しい……その事実にシュリが気付くのはもう少し先の事。

 今はまだ、そんな事実には目を閉ざしたまま。
 シュリは決意を胸に、じっと天井を見つめていた。
 キキがシュリの目覚めに気づいて、駆け寄ってくるその瞬間まで。

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