100 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち
SS シンファの部族会 4
しおりを挟む
競技会は、シンファとラージャンの一騎打ちの様な展開になっていた。
他にも参加者は多数いたが、2人の水準にまるで届いていなかったからだ。
だが、一騎打ちといっても4つの競技のうち、これまでの3つはシンファに軍配が上がっている。
残すは最後の競技である「格闘」のみである。
落ち着いた様子で向かい合うシンファを見つめながら、ラージャンはこれまでの競技の事を思い返していた。
最初の競技は「走」だった。
定められた距離を一斉に走り、速かったものが勝ちという単純な競技だ。
ラージャンは走ることはさほど得意では無かったが、とにかくシンファに食らいついて走ろうと心に決めていた。
だが、出走直後にその心は折れた。信じられないくらいの勢いのスタートダッシュ。
その勢いでは最後まで持つまいと、彼女の背中を求めて必死に足を動かしたが、次に彼女を見たのはゴールした後。
ラージャンは息も絶え絶えだったのに、彼女は涼しい顔をして次の競技の準備をしていた。
彼女がこちらを見たので、ついつい見栄を張って、
「俺は走るのが苦手ですが、シンファ殿は得意なんですね。感服しました」
と声をかけたら、
「まあ、苦手ではないな。雷砂は私より速いが」
そんな答えが返ってきた。
雷砂、という名前が彼女の唇から出たことにイラっとする。
昨日の彼女の理想像は雷砂という彼女の養い子に違いないという情報は得ていた。
獣人族ではなく人族の子供だという。
人族の子供が獣人に勝るなどあり得ないーそんな傲った思いが、ついつい口を出てしまった。
「脆弱な人族の子供が我ら獣人にかなうなど、俺には信じられないな。あなたの言う雷砂もなにか卑怯な手段を使ってるに違いないさ」
その瞬間、目の前に誰かの身体が割って入ってきた。
「シンファ、いきなり殴ろうとするのはやめてくれ。部族間の諍いのもとになる」
低い落ち着いた声は、恐らくライガ族のザズのものだろう。
どうやら、間に入ってかばってくれたようだった。
「・・・・・・雷砂を、悪く言うからだ」
少し拗ねたような声で彼女がぼそっと答える声がする。
だが、目の前を大きな背中に遮られ、彼女の姿は見えなかった。
「あ、あの・・・・・・」
「ラージェン殿、あなたも怪我をしたくなければ無闇に雷砂を貶すのはやめた方がいい。シンファは本当に雷砂を大切にしているんだ」
彼女を怒らせた事を謝罪しようとしたが、こちらを振り向いたザズに言葉を遮られ、諭された。
納得仕切れないものはあるが、おとなしく頷いておく。
そんな神妙な様子に安心したのか、やっとザズが目の前からいなくなったのでシンファを探すと、もう彼女は次の競技の場所へと向かっていた。
彼女の背中を見送りながら思う。シンファは情が深い女性なんだと。
情が深いからこそ、養い子に対する悪口にあれほど敏感に反応したのだ。
雷砂の事は気に入らないが、今後は悪くいわないように気をつけた方が良さそうだなーそんな風に思いながら彼もシンファの後を追って次の競技の為移動するのだった。
次の競技は「弓」だった。
定められた距離から定められた的へ弓を射る。決着が付かない場合は少しずつ的から距離をとっていく形式だ。
この競技でも最後に残ったのはシンファとラージャンだった。
最後には動かない的では埒があかないと、的になる玉を連続で10個投げ、当たった矢の本数で勝者を決めようということになった。
ラージャンは普段から弓を使った狩りを良くしており、動く的を射ることには自信があった。
だが、7本くらいはいけるかと思っていた矢は、実際には5本しか当たっていなかった。
審査員からは5本でも十分すごいと誉められたが。
そしてシンファの番になり、彼女はラージャンの成績などまるで気にならないという様に落ち着いて弓を構えていた。
合図とともに的が宙に投げられると共に、すごい速さで矢を射っていく。
10本すべての矢を放ったところで、彼女がぽつりとつぶやいた言葉が偶々耳に入ってきて思わず己の耳を疑った。
彼女は心底いまいましそうに、
「ちっ、1本外したか」
そう、言ったのだ。
1本外したと言うことは、9本は当てたという自信があると言うことなのかと、ラージャンは信じられない思いで彼女の横顔を見た。
まさか、それはないだろうと思ったが、結果は9個の的を矢が貫き、残りの1個も矢がかすめていたようだ。
ものすごい腕前だ。
ラージャンは落ち込んだが、それでも笑顔で彼女をほめたたえた。
「す、すごいですね。シンファ殿以上の弓の名手は中々いないでしょう」
「いや、うちの雷砂なら的を外すことは無かったはずだ。あいつは目も腕も規格外だからな」
ちらりと横目でラージャンを見ながら、再び雷砂を持ち上げてくるシンファ。
もちろんイラっとしたが、ラージャンはさっきの失敗を忘れてはいなかった。
「シンファ殿以上とは、雷砂・・・・・・殿はすごいんですね」
さっきは悪く言って失敗したので、今度は誉めてみることにしたのだ。
「そうだろう!!雷砂はすごいんだ」
シンファが顔を輝かせた。
よし、成功だ!ーそう思ったのもつかの間。
雷砂を誉められて大層喜んだシンファは、次の競技の開始まで延々と雷砂の自慢話をラージャンにきかせてくれた。
疲れ果てた表情で次の競技に挑みながら、誉めるのも失敗だ、とラージャンは肩を落とした。
3つ目の競技は「剣」だった。
この競技は1対1の勝ち抜き戦だ。ラージャンは順当に勝ち抜き、決勝でシンファと当たった。
はっきり言おう。
シンファは強かった。
ラージャンではまるで歯が立たず、気がつけば剣を飛ばされ尻餅をつき、喉元に剣を突きつけられていた。
素直に負けを認めると、彼女が手を引いて立たせてくれた。
あんなにすごい剣の使い手とは思えないくらい、柔らかな手だった。
もうさっきまでの失敗はすまいと、黙って頭を下げて彼女から離れる。
悪く言ってもダメ、誉めてもダメ。
それなら最初から雷砂の話題が出ないように彼女との会話を避ければいいのだ。
次の競技は格闘だ。
男と女の筋力差、体格差もあるから、次の競技は自分に有利なはず。
次の競技で勝ってそれからゆっくりと彼女と会話をすればいい。
今は黙って彼女から距離を置こうーそう思って次の競技の為に移動しようとしたが、何故か後ろから手を捕まれた。
振り向くと、なんだか期待に満ちた顔のシンファがいる。
その顔を見て悟った。
ああ、彼女はさっきみたいに雷砂の話がしたいんだな、と。
ラージャンはがくんと肩を落とす。
見事なまでに男扱いされていない自分が哀れだった。
だが、次の競技で勝負をつけてやると決意を新たにし、ラージャンはひきつった笑顔でシンファの話を聞いてやるのだった。
そんなこんなで現在に至る。
今日一日で、ラージャンはずいぶんと雷砂の事に詳しくなってしまった。
会ったことすらないが、なんだか親近感を覚えるほどだ。
だが、彼女だけは譲れない、と正面に立つシンファを見つめる。
彼女が好きなのだ。昨年さっくりと振られたが、それでも諦めきれなかった。
この「格闘」の競技で彼女を組み伏せて、もう一度スタートラインに立つ。
彼女を自分に惚れさせてみせる。
ラージャンは固く拳を握った。
彼女と恋人同士になって、あんな事やこんな事や、とにかく人に言えない色々な事をしまくるのだ。
ついつい妄想が激しくなり、鼻の下を伸ばしていると、
「勝負の最中に考え事をするとは余裕だな?」
そんな冷めた声が耳に飛び込んできた。
ぐるんと視界が回る。
気がつけばラージャンは地面に叩きつけられ、仰向けに転がされていた。
いつの間に開始の合図があったのか?まるで気づいていなかった。
だが、格闘の試合は3本勝負。
先に2本先取した方が勝ちというルールだ。1本取られたが、まだ負けたわけではない。
気を取り直して立ち上がり、構える。
シンファも同じように構えたが、何故か呆れたような顔をしてこちらを見ている。
何を見ているんだろうと内心首を傾げ彼女の目線を追うと、さっきの妄想のせいだろう。
なんだか色々と元気になった自分の股間が目に入ってきた。
はっとして彼女に目を移す。何とも言えない沈黙が2人の間に横たわっていた。
ラージャンの視線を受け、彼女もなんだか気まずくなったのだろう。微妙に視線を逸らし、
「元気で結構な事だな」
軽くそんな嫌みをぶつけてきた。
「こっ、これは、その・・・・・・くそっ」
なんとか言い訳したかったのだが、言葉が出てこない。
仕方がないので、ごまかすように前に出た。
彼女から1本取り返して、うやむやにしてしまおうと。
だが、シンファはそれ程甘くは無かった。
「うう・・・・・・股間を大きくしたまま突進してこられるのは、なんだか嫌な感じだな」
心底嫌そうにそう言いながら、ひらりとラージャンの突進を交わす。
すれ違いざまに彼の襟首をつかみ、バランスを崩した彼の足下をすくうように足払いをかけた。
なす術なく後ろに倒れるラージャン。
すぐさま体勢を整えようとはしたが、その前にシンファの拳が風を切る音と共に顔面に迫った。
避けられようはずのない攻撃に恐怖が膨れ上がる。
思わず目を閉じる。
が、衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
おそるおそる目をあけると、寸止めされた拳が鼻先にあって、ゴクリと唾を飲む。
「負けを、認めるか?」
「は、はひ。ま、参りました」
素直に、負けを認めた。そうする他無かった。
こうして、競技会の幕は下りた。
4種の競技とも、シンファが圧勝するという結果で。
当然の事ながら、シンファが誰かを恋人に選ぶことはなく、大々的に開催されシンファをうんざりさせたお見合い会は失敗に終わったのだった。
波乱の部族会が無事に終わり、後は帰るだけとなったシンファは、来た当初とは打って変わってご機嫌だった。
「シンファ、ご機嫌だな?」
「ああ。競技会の勝者の景品を色々もらったし、今年の部族会も、最初はどうなることかと思ったが、結果的にはそれ程悪くなかったな」
ザズのそんな問いかけにも笑顔で答え、まとめた荷物を足下に置き、大きく伸びをする。
借りていたパロの掃除ももう終わったし、後は本当に帰るだけ。
帰ったら今回手に入れた景品を雷砂に見せて土産話をしてやろうと考え、口元をほころばせた瞬間、
「シンファ殿」
名前を呼ばれて振り返る。
そこにいたのはジンガ族の若長。確か名前はラージャンだった。
今回の競技会で唯一シンファに食いついてきた相手なので流石に名前も覚えていた。
「ラージャン殿」
「今回はあなたにかなわなかったが、次に会うときはきっと、あなたに勝ってみせます」
きりっとした顔で、そんな青臭い宣戦布告。
笑い飛ばさず、シンファは真摯にそれを受け止めた。
「ああ、いつでもお受けしよう」
「では、あなたの雷砂にラージャンがよろしく言っていたとお伝えください」
「わ、私の雷砂・・・・・・こほん。わ、分かった。ラージャン殿の言葉、私の雷砂にきちんと伝えよう。では、道中お気をつけて」
「シンファ殿も。では」
さわやかな笑顔をシンファに向け、それから颯爽と去っていく青年。
シンファはぼーっとその背中を見送る。
だが、決して彼に見ほれているわけではない。
さっきのラージャンの言葉を反芻しているのだ。「あなたの雷砂」というその言葉を。
それに気づいているザズは重々しいため息を漏らす。
「ラージャン殿と、ずいぶん仲良くなったな?」
「ん?ああ。競技会では彼と色々話したからな。彼は特に雷砂の話がお気に入りでな」
上機嫌なシンファに、ただお前が雷砂の話をしたかっただけだろうと、心の中でつっこみを入れるザズ。
このままではシンファの子離れは難しいのかもしれない。
集落に戻ったら、ジルヴァンにも相談してみないとなーそんなことを真剣に考えるザズなのだった。
他にも参加者は多数いたが、2人の水準にまるで届いていなかったからだ。
だが、一騎打ちといっても4つの競技のうち、これまでの3つはシンファに軍配が上がっている。
残すは最後の競技である「格闘」のみである。
落ち着いた様子で向かい合うシンファを見つめながら、ラージャンはこれまでの競技の事を思い返していた。
最初の競技は「走」だった。
定められた距離を一斉に走り、速かったものが勝ちという単純な競技だ。
ラージャンは走ることはさほど得意では無かったが、とにかくシンファに食らいついて走ろうと心に決めていた。
だが、出走直後にその心は折れた。信じられないくらいの勢いのスタートダッシュ。
その勢いでは最後まで持つまいと、彼女の背中を求めて必死に足を動かしたが、次に彼女を見たのはゴールした後。
ラージャンは息も絶え絶えだったのに、彼女は涼しい顔をして次の競技の準備をしていた。
彼女がこちらを見たので、ついつい見栄を張って、
「俺は走るのが苦手ですが、シンファ殿は得意なんですね。感服しました」
と声をかけたら、
「まあ、苦手ではないな。雷砂は私より速いが」
そんな答えが返ってきた。
雷砂、という名前が彼女の唇から出たことにイラっとする。
昨日の彼女の理想像は雷砂という彼女の養い子に違いないという情報は得ていた。
獣人族ではなく人族の子供だという。
人族の子供が獣人に勝るなどあり得ないーそんな傲った思いが、ついつい口を出てしまった。
「脆弱な人族の子供が我ら獣人にかなうなど、俺には信じられないな。あなたの言う雷砂もなにか卑怯な手段を使ってるに違いないさ」
その瞬間、目の前に誰かの身体が割って入ってきた。
「シンファ、いきなり殴ろうとするのはやめてくれ。部族間の諍いのもとになる」
低い落ち着いた声は、恐らくライガ族のザズのものだろう。
どうやら、間に入ってかばってくれたようだった。
「・・・・・・雷砂を、悪く言うからだ」
少し拗ねたような声で彼女がぼそっと答える声がする。
だが、目の前を大きな背中に遮られ、彼女の姿は見えなかった。
「あ、あの・・・・・・」
「ラージェン殿、あなたも怪我をしたくなければ無闇に雷砂を貶すのはやめた方がいい。シンファは本当に雷砂を大切にしているんだ」
彼女を怒らせた事を謝罪しようとしたが、こちらを振り向いたザズに言葉を遮られ、諭された。
納得仕切れないものはあるが、おとなしく頷いておく。
そんな神妙な様子に安心したのか、やっとザズが目の前からいなくなったのでシンファを探すと、もう彼女は次の競技の場所へと向かっていた。
彼女の背中を見送りながら思う。シンファは情が深い女性なんだと。
情が深いからこそ、養い子に対する悪口にあれほど敏感に反応したのだ。
雷砂の事は気に入らないが、今後は悪くいわないように気をつけた方が良さそうだなーそんな風に思いながら彼もシンファの後を追って次の競技の為移動するのだった。
次の競技は「弓」だった。
定められた距離から定められた的へ弓を射る。決着が付かない場合は少しずつ的から距離をとっていく形式だ。
この競技でも最後に残ったのはシンファとラージャンだった。
最後には動かない的では埒があかないと、的になる玉を連続で10個投げ、当たった矢の本数で勝者を決めようということになった。
ラージャンは普段から弓を使った狩りを良くしており、動く的を射ることには自信があった。
だが、7本くらいはいけるかと思っていた矢は、実際には5本しか当たっていなかった。
審査員からは5本でも十分すごいと誉められたが。
そしてシンファの番になり、彼女はラージャンの成績などまるで気にならないという様に落ち着いて弓を構えていた。
合図とともに的が宙に投げられると共に、すごい速さで矢を射っていく。
10本すべての矢を放ったところで、彼女がぽつりとつぶやいた言葉が偶々耳に入ってきて思わず己の耳を疑った。
彼女は心底いまいましそうに、
「ちっ、1本外したか」
そう、言ったのだ。
1本外したと言うことは、9本は当てたという自信があると言うことなのかと、ラージャンは信じられない思いで彼女の横顔を見た。
まさか、それはないだろうと思ったが、結果は9個の的を矢が貫き、残りの1個も矢がかすめていたようだ。
ものすごい腕前だ。
ラージャンは落ち込んだが、それでも笑顔で彼女をほめたたえた。
「す、すごいですね。シンファ殿以上の弓の名手は中々いないでしょう」
「いや、うちの雷砂なら的を外すことは無かったはずだ。あいつは目も腕も規格外だからな」
ちらりと横目でラージャンを見ながら、再び雷砂を持ち上げてくるシンファ。
もちろんイラっとしたが、ラージャンはさっきの失敗を忘れてはいなかった。
「シンファ殿以上とは、雷砂・・・・・・殿はすごいんですね」
さっきは悪く言って失敗したので、今度は誉めてみることにしたのだ。
「そうだろう!!雷砂はすごいんだ」
シンファが顔を輝かせた。
よし、成功だ!ーそう思ったのもつかの間。
雷砂を誉められて大層喜んだシンファは、次の競技の開始まで延々と雷砂の自慢話をラージャンにきかせてくれた。
疲れ果てた表情で次の競技に挑みながら、誉めるのも失敗だ、とラージャンは肩を落とした。
3つ目の競技は「剣」だった。
この競技は1対1の勝ち抜き戦だ。ラージャンは順当に勝ち抜き、決勝でシンファと当たった。
はっきり言おう。
シンファは強かった。
ラージャンではまるで歯が立たず、気がつけば剣を飛ばされ尻餅をつき、喉元に剣を突きつけられていた。
素直に負けを認めると、彼女が手を引いて立たせてくれた。
あんなにすごい剣の使い手とは思えないくらい、柔らかな手だった。
もうさっきまでの失敗はすまいと、黙って頭を下げて彼女から離れる。
悪く言ってもダメ、誉めてもダメ。
それなら最初から雷砂の話題が出ないように彼女との会話を避ければいいのだ。
次の競技は格闘だ。
男と女の筋力差、体格差もあるから、次の競技は自分に有利なはず。
次の競技で勝ってそれからゆっくりと彼女と会話をすればいい。
今は黙って彼女から距離を置こうーそう思って次の競技の為に移動しようとしたが、何故か後ろから手を捕まれた。
振り向くと、なんだか期待に満ちた顔のシンファがいる。
その顔を見て悟った。
ああ、彼女はさっきみたいに雷砂の話がしたいんだな、と。
ラージャンはがくんと肩を落とす。
見事なまでに男扱いされていない自分が哀れだった。
だが、次の競技で勝負をつけてやると決意を新たにし、ラージャンはひきつった笑顔でシンファの話を聞いてやるのだった。
そんなこんなで現在に至る。
今日一日で、ラージャンはずいぶんと雷砂の事に詳しくなってしまった。
会ったことすらないが、なんだか親近感を覚えるほどだ。
だが、彼女だけは譲れない、と正面に立つシンファを見つめる。
彼女が好きなのだ。昨年さっくりと振られたが、それでも諦めきれなかった。
この「格闘」の競技で彼女を組み伏せて、もう一度スタートラインに立つ。
彼女を自分に惚れさせてみせる。
ラージャンは固く拳を握った。
彼女と恋人同士になって、あんな事やこんな事や、とにかく人に言えない色々な事をしまくるのだ。
ついつい妄想が激しくなり、鼻の下を伸ばしていると、
「勝負の最中に考え事をするとは余裕だな?」
そんな冷めた声が耳に飛び込んできた。
ぐるんと視界が回る。
気がつけばラージャンは地面に叩きつけられ、仰向けに転がされていた。
いつの間に開始の合図があったのか?まるで気づいていなかった。
だが、格闘の試合は3本勝負。
先に2本先取した方が勝ちというルールだ。1本取られたが、まだ負けたわけではない。
気を取り直して立ち上がり、構える。
シンファも同じように構えたが、何故か呆れたような顔をしてこちらを見ている。
何を見ているんだろうと内心首を傾げ彼女の目線を追うと、さっきの妄想のせいだろう。
なんだか色々と元気になった自分の股間が目に入ってきた。
はっとして彼女に目を移す。何とも言えない沈黙が2人の間に横たわっていた。
ラージャンの視線を受け、彼女もなんだか気まずくなったのだろう。微妙に視線を逸らし、
「元気で結構な事だな」
軽くそんな嫌みをぶつけてきた。
「こっ、これは、その・・・・・・くそっ」
なんとか言い訳したかったのだが、言葉が出てこない。
仕方がないので、ごまかすように前に出た。
彼女から1本取り返して、うやむやにしてしまおうと。
だが、シンファはそれ程甘くは無かった。
「うう・・・・・・股間を大きくしたまま突進してこられるのは、なんだか嫌な感じだな」
心底嫌そうにそう言いながら、ひらりとラージャンの突進を交わす。
すれ違いざまに彼の襟首をつかみ、バランスを崩した彼の足下をすくうように足払いをかけた。
なす術なく後ろに倒れるラージャン。
すぐさま体勢を整えようとはしたが、その前にシンファの拳が風を切る音と共に顔面に迫った。
避けられようはずのない攻撃に恐怖が膨れ上がる。
思わず目を閉じる。
が、衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
おそるおそる目をあけると、寸止めされた拳が鼻先にあって、ゴクリと唾を飲む。
「負けを、認めるか?」
「は、はひ。ま、参りました」
素直に、負けを認めた。そうする他無かった。
こうして、競技会の幕は下りた。
4種の競技とも、シンファが圧勝するという結果で。
当然の事ながら、シンファが誰かを恋人に選ぶことはなく、大々的に開催されシンファをうんざりさせたお見合い会は失敗に終わったのだった。
波乱の部族会が無事に終わり、後は帰るだけとなったシンファは、来た当初とは打って変わってご機嫌だった。
「シンファ、ご機嫌だな?」
「ああ。競技会の勝者の景品を色々もらったし、今年の部族会も、最初はどうなることかと思ったが、結果的にはそれ程悪くなかったな」
ザズのそんな問いかけにも笑顔で答え、まとめた荷物を足下に置き、大きく伸びをする。
借りていたパロの掃除ももう終わったし、後は本当に帰るだけ。
帰ったら今回手に入れた景品を雷砂に見せて土産話をしてやろうと考え、口元をほころばせた瞬間、
「シンファ殿」
名前を呼ばれて振り返る。
そこにいたのはジンガ族の若長。確か名前はラージャンだった。
今回の競技会で唯一シンファに食いついてきた相手なので流石に名前も覚えていた。
「ラージャン殿」
「今回はあなたにかなわなかったが、次に会うときはきっと、あなたに勝ってみせます」
きりっとした顔で、そんな青臭い宣戦布告。
笑い飛ばさず、シンファは真摯にそれを受け止めた。
「ああ、いつでもお受けしよう」
「では、あなたの雷砂にラージャンがよろしく言っていたとお伝えください」
「わ、私の雷砂・・・・・・こほん。わ、分かった。ラージャン殿の言葉、私の雷砂にきちんと伝えよう。では、道中お気をつけて」
「シンファ殿も。では」
さわやかな笑顔をシンファに向け、それから颯爽と去っていく青年。
シンファはぼーっとその背中を見送る。
だが、決して彼に見ほれているわけではない。
さっきのラージャンの言葉を反芻しているのだ。「あなたの雷砂」というその言葉を。
それに気づいているザズは重々しいため息を漏らす。
「ラージャン殿と、ずいぶん仲良くなったな?」
「ん?ああ。競技会では彼と色々話したからな。彼は特に雷砂の話がお気に入りでな」
上機嫌なシンファに、ただお前が雷砂の話をしたかっただけだろうと、心の中でつっこみを入れるザズ。
このままではシンファの子離れは難しいのかもしれない。
集落に戻ったら、ジルヴァンにも相談してみないとなーそんなことを真剣に考えるザズなのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる