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第96歩 名もなく美しく

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 ごくありふれた家族のように

父母がいて子供の誕生日を祝い七五三を神様に報告したり
キャンプをしてみたり進学の準備をしたり・・・

そのどれもFさんの、ご両親は何も出来なかった。

 Fさんのお父さんが亡くなり、その後お母さんが、お亡くなりになって

数日後
Fさんの従姉妹いとこの家の姿見にFさんのお母さんが映って以来、従姉妹さんは四六時中
『ボーっ』となって会話もままならなくなり学校に通うこともできなくなった。

事態を案じたFさんのおばさんは二、三日様子を見ていたが
従姉妹さんは正気に戻らなかった。

隣近所から親戚まで、どうしたらよいか、
あちこち相談を繰り返していると
「神様のおばさんに見てもらった方が良い」
街で知られた、ある、おばさんを紹介してもらった。

Fさんのおばさんは従姉妹さんの手を引っ張って相談に出向くと
「従姉妹さんの体にもうひとつの魂が入っていて体の自由が利かない」
と説明を受けた。

「一週間ほど通ってください」言われ通い続けたが

従姉妹さんはトランス状態のままで食事も、まともに取れず家族は心配していた。

 話によると従姉妹さんの体に入った魂というのが、
どうやらFさんのおかあさんだと解った。

心残りが大きく『あの世』に行くのを拒んでいるという。

 通い始めて十日経った時
「わたしの手に負えません」今度はお寺のお坊様を紹介され
「そういう事であれば・・・」お寺通いが始まった。

 お寺に通いだしてから時々正気に戻って食事を取るようになったと
聞きFさんは少し安心していた。

しかし時間が経つと、また元に戻ってしまうので
今度は、お坊様が
「私の力不足で申し訳ない、でもタイミングよく今、青森から冬の間だけ毎年こちらにいらっしゃる方が居ますので事情を話しておきました。
青森で知る人ぞ知る方なので必ず力になってくれます」

イタコ様と呼ばれ人々に親しまれる人を紹介してもらった。

 今度は最初に、おばさんと従姉妹さんだけでなく
「Fさんの兄妹もみんな連れていらっしゃい」とのことで足元の悪い冬道を歩いて、みんなでイタコ様に会いに行った。

 その家は平屋の大きな家だったが一般の家だった。

約束の時間に訪ねていくと着物を着たおばさんが出迎えてくれて
奥の部屋に通された。

 奥の部屋には祭壇があって横には仏壇が安置されている10畳程の部屋だった。
部屋の傍らに灯油ストーブがあった。

「はい、あなた方が亡くなった方の子供ね、で奥さん、こちらが今困ってらっしゃる娘さんね」
Fさんら兄妹と従姉妹さんの再確認をして、お話を始めた。

「んー、この子だぢ、まぁかわいらしいごと、はいはい、いまいぐつ?」

イタコ様のおばさんは気さくな感じて、どんなところかと緊張していた、みんなを和ませてくれた。

Fさんの妹たちも小さいのに、ぐずることもなく、ちょこんと座っていた。

「んーお兄ちゃん、大変だったべさあ、そして、こちらの娘さんも大変だったねぇ」
従姉妹さんに話かけたがトランス状態で返事もできずにいた

イタコ様のおばさんが

「なんにも、しゃべんねくていいから、おねえちゃん私の声、
聞こえでるべさ。
今ね、この子だぢの、おかあさん、あんたの中にいるから
上手くでぎねくても、
おばちゃんにまかせなさい、
おばちゃんこういうの仕事で得意だからプロだよぉープロ、
なーんも心配いらねから安心すんだよ」

 気さくな感じで接してくれたイタコ様の言葉を聞いてか黙ったまま
何も喋らない従姉妹さんは目からポロポロ涙が流れ落ちていた。

イタコ様はFさんのおばさんに言う
「奥さん、あのね三ヶ月は見てもらって通ってもらうことになるけど
大丈夫かい、
お金はね、なんもいらないから、これ私の使命だから、
ただ、もしよかったら蝋燭ろうそくと線香と神様にお供えする日本酒と、お餅だとか無理しない程度の範囲で用意してもらえるかい」

Fさんのおばさんは承諾して、その日はそれで帰った。

 雪の降る中を、おばさんと従姉妹さんは足繁くイタコ様に通った。

世間様はクリスマスだの、お正月だのと楽しく過ごしているようだったが
その間Fさんは記憶が曖昧で、あまり多くを語らない、きっと妹さん達、学校、冬の新聞配達と大変だったと思われる。

 【家には、お父さんも、お母さんも居ない】

 冬休みが終わっても従姉妹さんは学校を休んでいた。

一月のある日、みんなイタコ様の家に呼ばれ最後のお祈りをする事になった。

Fさんと妹さんたちも居た。
祭壇と横のお仏壇に蝋燭が灯されていた。

 イタコ様のおばさんは白い着物を来て首にいくつもの金属の輪がついた
首飾りをしていて手に金幣きんぺいを持っている。
 
 真言が唱えられFさんが、じっと様子を見ていると従姉妹さんが途中で
横になり眠ってしまった。

―バタッ

仏壇の線香の煙とは違う雲のようなのが畳にみるみる広がってきて
Fさんにはイタコ様以外の、そこにいる人たち全員の姿が雲に包まれ見えなくなった。

左に仏壇があり中央に祭壇、雲の広がる中、右側にミニチュアサイズの
『天国の門』のようなのが見えた。

すると仏壇横から15センチ程の大きさの父が白装束で、ひょっこり顔をだし雲の上を歩いて出てきた。
続いて同じサイズのお母さんも現れた。

やがて父と母の前に翼のある白い馬が馬車を引いて父と母の前に現れ

「乗りなさい」
「嫌だ」馬車の前で押し問答を繰り返していたが

泣きながら、お母さんは馬車に乗り、ついでお父さんが乗ってミニチュアサイズの
『天国の門』の前まで行くと、馬車も父母も、より小さく見えた。

 門の前で馬車から降りた白装束の小さな父母はこちらを向くと、
ゆっくりと、お辞儀をして門の中へ入って行った。

 その時イタコ様の首飾りの輪っかが
 
――シャーン!
 
激しく音を立ててバラバラとすべて畳に落ちた途端に
雲も馬車も天国の門も消えて見えなくなった。

 Fさんは今見た光景が何だったのか唖然としていると
 
「お兄ちゃん見えたのかい、あれはね、あの世の世界なんだよ」

不思議な光景や父母を見ていたのはFさんとイタコ様だけだった。

「よく見えた、大したものだ」Fさんはイタコ様に
「修行してみないか」とスカウトされたが何のことか解らず、
そのままになった。

 やがて従姉妹さんは正気に戻り、現在でも、みんな元気に生活している。
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