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1.Ω嫌いのαと、Ωになってしまいそうなβ編

1-1:Ω嫌いのαと、Ωになってしまいそうなβ編1

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 この世界には肉体以外の性別があり、公然と階級社会を作り出している。
 生まれながらにして有能な支配階級α、彼らを誘惑する体質の隷属階級Ω。

 俺は特徴がない一般階級のβに属し、特殊階級には関わらず生きていた。
 ……けど最近は運命が捻じ曲がり、なぜかΩ嫌いのαに囲われている。



 先日遂に家を引き払った俺が暮らしているのは、超高級マンションだった。
 品の良い入り口にはコンシェルジュやガードマンがいて、セキュリティも万全。

(未だに慣れないなぁ、ここ。自分が不釣り合いに感じる)

 上階にあるこの部屋の窓は大きく、床暖房も完備されていて環境はこの上ない。
 設置されている家具も最上級で、平凡な俺だけが部屋の中で浮いていた。

(けど、ぐだぐだ言っても仕方ない。自分で、ここにいるって決めたんだから)

 今日は家主の帰りが遅いので、俺も食事と入浴を早々に済ませている。
 適当にスマホを弄って遊んでいると、玄関から鍵が回る音がした。

「お帰り、籠理さん。今日も神経すり減らしながら頑張ったね、偉い偉い」

 俺が家主を出迎えるために廊下へ出ると、靴を脱いでいる青年が目に入る。
 彼こそ、βの俺を囲っている変わり者αだった。

(籠理さん、くたくたになってるな。それも可愛いけど)

 柔らかな色の天然パーマに、ふわりとしたニットの服を纏った穏やかな印象の男。
 大きな黒縁眼鏡も掛けているが、その奥にある瞳は疲れ果てていた。

「Ωなんて大嫌いです! やっぱり私の運命はβの狭間くんなんですよ!!」
「とてもαの発言とは思えなくて笑える。ぺしょぺしょに泣いてるし」

 俺を見るなり上着も鞄も床に投げ捨て、籠理さんは半泣きで抱き着いてくる。
 大学生の俺と違って成人してる彼の方が背は高く、体重を乗せられると少し重い。

(けど、支えきれない程じゃない。多少足はふらつくけど)

 それでも疲弊し切った籠理さんを無下にできず、よしよしと背中をさすってやる。
 すると彼は俺の肩に顔を埋めて、鼻を鳴らしながら甘えてきた。

「でもまぁ、毎日発情したΩに追われれば無理もないか。頑張ったね、籠理さん」
「Ωも本当は被害者なんですけどね、私のフェロモンに踊らされているので」

 籠理さんの言う通りフェロモンはαとΩが発する匂いで、番うべき相手を誘引する。
 けれど相手を狙って分泌できる訳じゃないので、当然事故も起こりやすかった。

(まして籠理さんみたいにフェロモンが強いと、無差別にΩを引き寄せてしまう)

 彼は強力なフェロモン抑制剤を服用してるけど、完全には影響を抑えられない。
 普段は在宅仕事でΩとの接触を断っているが、外出時は大抵大騒ぎだ。

「厄介だよね、αやΩの体質っていうのは。βの俺には関係ない話だけど」
「その方がいいですよ。知らない人に誘惑されても、怖いだけですから」

 籠理さんは俺の肩に頭を預けたまま呟き、大きな溜め息を吐き出す。
 それが首に掛かってくすぐったいが、引き剥がす気にもなれなかった。

 ――だって俺は籠理さんが好きで、くっついているのが幸せだったから。

(でも俺が今、彼を慰められているのはフェロモンに影響されないβだからだ)

 俺達の関係は、遊園地のイルミネーションイベントで出会ったのが始まりだった。
 俺は外に遊びに行くのが好きだったし、籠理さんも人の少ない夜なら外に出れる。

(それで偶然、出会ったんだよなぁ。とはいえ、その時は散々だったけど)

 彼はイベント最中、不安定な発情を引き起こしたΩに巻き込まれてしまった。
 そして加害者にならないよう逃走し、蹲っていたところを俺が介抱した。

(そして前後不覚の籠理さんに抑制剤を飲ませ、救護室に担ぎ込んだら懐かれた)

 俺としては大したことない人助けだが、彼にとっては貴重な経験だったらしい。
 お礼として入場料と食事を奢られ、その後もメールが届いて遊びに誘われた。

(それから二人で夜のレジャー施設を巡り、彼の家で寛いだりもするようになった)

 途中で付き合わせ過ぎたと思って離れたけど、酷く拗ねられたのを覚えている。
 離れたくないと悲痛に泣かれ、最終的にシェアハウスの合意まで取らされた。

(でも家賃も払わせてくれないし、俺が貰ってばかりだな)

 そして彼の家から大学に通い始め、今は殆どの時間を籠理さんと過ごしている。
 部屋には俺専用の場所も作られ、下手なΩよりも大切に扱われていた。

 ――けれどその全ては、俺がβだから成立している関係だ。

 決して、それを忘れてはいけない。
 籠理さんは俺が好きなのではなく、無害なβを手元に置きたいだけなのだから。

「……狭間くん? どうしたんですか」

 思考に没頭していると肩の重みが離れ、籠理さんが俺の顔を覗き込んでいた。
 端正な顔を近づけられると、βのくせに心臓が飛び跳ねて仕方ない。

(くそ、相変わらず籠理さん綺麗だな。美容なんか少しも気にしてないのに)

 形の良い眉が心配そうに下げられ、俺だけを映す瞳がきらきらと揺れていた。
 それだけで特別扱いされている錯覚に陥るが、それは籠理さんが最も嫌うものだ。

(あくまで、俺はただの友人。ちょっと深いところに足を突っ込んでるだけで)

 だから俺は恋心を押し隠して、ただぼんやりしていただけだと言い訳をする。
 幸い籠理さんは俺の言葉を疑わず、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。

「なんでもない。それより辛そうだね、籠理さん。今日のΩはしつこかったの?」
「……えぇ。それに好きでもないのに発情するなんて、私の体もどうかしてる」

 βの俺には分からない感覚だが、Ωの影響を受けるとαは酷く興奮するらしい。
 自身の感情など関係なく体は反応し、薬を服用していても制御しきれない。

 ……けれどそんな可哀想で少し面倒な彼を、俺は心底可愛いと思っていた。

「生理現象なんだから仕方ないよ。ほらおいで、発散したいんでしょ」
「いつもすみません、番でもないのに」

 籠理さんは申し訳なさそうに謝罪しているが、その目尻は期待で紅潮している。
 彼の手を引いて寝室へ向かうと、そのままベッドに押し倒された。

(αの体質なんだろうけど、運動してないくせに筋肉質なのが狡いな)

 籠理さんは細いが均整の取れた体格をしていて、白く貧相な俺の体と対照的だ。
 けれど彼は萎える様子を微塵も見せず、大きな手で俺の胸や腹を弄っていた。
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