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2章 二人の悪人

6、油断したな、ダン

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 クマの毛衣を翻すと、一瞬にしてシノの視界から消えた。
 シノが毛衣を振り払ったときには、トウセキはぐらぐら・ウィリーの酒瓶を奪い取り、それを地面にたたきつけていた。

 トウセキはポケットからマッチを取り出すと、列車の壁にこすりつけて火をつけた。

 そのまま蒸留酒の海に、マッチを落とす。
 自分の周囲に火の壁を作ると、トウセキは雄叫びをあげた。

 次の瞬間、トウセキの体は動物のような毛におおわれた。歯は牙のように鋭く伸び、顎は肉食獣のように突出し、爪は鋭くカーブを描く。

 それは完全に獣の姿だった。

 トウセキは四本の足で地面を蹴ると、一瞬にしてダンに追いつき、彼の手の中から龍鉱石を奪い取った。そして、くわえこんだ龍鉱石を飲み下した。

「トウセキっ!!」
 ダンが叫んだ。

「油断したな、ダン」

 喉が大きく膨らみ、食道を押し広げ、龍鉱石が胃に落ちていくさまが外からでもはっきり見えた。

「自分が何をしたか分かっているのか?」
「こいつはもう俺のものだ」
 ダンは呆れたように首を振った。

「あんたは今、完全に自分の命綱を切ってしまったんだ。俺はお前の腹を裂いてでも、その玉を取り出してみせるぞ」

「覚えていろよ。人間風情が」

 群盗はすでに統率を失い、ある者は地面に伏して降伏を示し、ある者はすでに戦場から遠く離れ、ある者は周りがすっかり見えなくなり、弾切れを起こすまで狂ったように装填と射撃を繰り返していた。

 作戦は次の段階に入っていた。

 シノは二人の会話に耳を傾けていたが、成り行きをただ見守っていたわけではなかった。

「トウセキを追うんだ! 雑魚は捨て置け! 抵抗する奴は殺しても構わん」
 シノは討伐隊の面々に向かって叫んだ。
「行くわよ!」
「了解」

 ジョーとデュアメルは列車から飛び出すと、後部に連結された三両の家畜車両に走った。
 家畜車両の中では、十数頭の馬が落ち着いた様子で待機していた。

 デュアメルは家畜車両の中に入ると、目に付いた馬から順に手早く鞍を装着し、手綱を取った。
 誰の馬かも構わず、まるで火事の馬屋から馬を連れ出すように、手当たり次第に外へ出していく。
 家畜車両の外では討伐隊が待っており、一人、また一人と馬にまたがる。シノが先陣を切った。

 数十メートル先でダンとトウセキが争っていた。

 トウセキはダンの馬に掴みかかり、ダンは振り向きざまに銃をぶっ放した。

「チッ……」
 トウセキは獣特有の身体能力でそれをかわしたが、そのためにダンとはかなりの距離を離されていた。
 シノはトウセキに向かって銃を構えた。
「死ぬなよ、トウセキ……」
 手加減する余裕はなかった。
 シノはトウセキの腹部を狙って引き金を引いた。
「くはっ……」

 完璧な狙撃だった。

 真っ暗な視界の中で獣の仰け反る姿だけが浮かんでいた。一筋の弾丸がまっすぐにその身体を貫いている。
 それは極度の緊張がもたらす不思議な知覚現象だった。
 それは白黒の光景であり、スローモーションの世界であり、シノの場合は剝き出しの眼球や、苦痛にあえぐ舌など、生命の醜悪な姿が強調されて見えた。

「クソ!」

 トウセキはすぐ隣を走っていた馬から、群盗を引きずり下ろした。

 次の瞬間、トウセキは人の姿に戻りつつあった。

 体毛は薄くなり、上半身は人間の肌が覗いている。体格も徐々に二足歩行に適したものとなり、背筋が伸びていく。
 爪と牙だけが未だに獣人族の名残を留めていた。

「行け、走れ!! 死に物狂いで走りやがれ!!」

 トウセキは馬の尻に爪を食いこませた。
 馬は痛みと恐怖にいななき、パニックを起こして地面を蹴りあげた。
 馬の尻から絶え間なく血が噴き出していた。
 シノらもトウセキを追った。

 しかし、乗り潰すつもりで馬を駆り立てるトウセキには追いつけなかった。
 トウセキの馬は血を垂らしながら荒野を突き進んだ。

 トウセキの影は少しずつ小さくなる。

 やがて強い風が吹き、砂塵が視界を覆った。

 風がやんだ時にはトウセキはもう見えなくなっていた。

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