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第5章  友達が足んない

友達が足んない 9

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 もう一度、僕は筒状ガラスの前に立つ。

 八年ぶりで、しかもパンダ目メイク……面影なんてある筈がない。
 だけども僕は確信を持って言える。
 
 このコは間違いなく、あの望海ちゃんだって。
 
 この八年、今まで一度も彼女を思い出したことはなかった。
 それが突然、鮮明によみがえったんだ。目の前の熊パンダ人間を見て……。

 望海ちゃんと喋ったことは一度しかない。
 いや、喋ったのは望海ちゃんだけ。舌足らずな声で。
 僕は何も言えないまま、彼女が教室を去って行く姿をただただ見つめてるだけだった。



「少しも恥ずかしくない。わたしはわたししか見えてない」



 それから学校から帰宅した僕は、望海ちゃんを思いながら僕の中の小さな僕を触りまくった。
 でも、気持ちよくならなかった。どれだけ試してみても……。

 
 人を愛せない人に対しては一切興奮しない。


 それが当てはまったのは。望海ちゃんが初めてだった。

 望海ちゃんは自分を愛してる。それは人じゃない。鏡を通じて映し出される偶像だ。
 彼女が愛してるのは自分という偶像なんだ。


 望海ちゃんは次の日から学校に来なくなった。
 
 それから一ヶ月くらいして、彼女が転校したって聞いた。
 行き先は確か……関西の方…………


 滋賀県ッ!


 偶然か?
 

 八年前ならリップアーマーは商品化されてるし、その頃には滋賀に工場だってあったかもしれない。

 さっきの電話での会話……


「その人の本名も教えてくれないんだね?」
「忘れた。マジで」



 咲柚さん、本当に?
 もう早い段階で望海ちゃんの特殊な性癖知ってて、そのニオイをリップアーマーのエッセンシャル・オイルにしてたんじゃないの?

 それと望海ちゃん、何で熊パンダになってんだ? 自性愛とどう関係あるんだよ。

 もういい。
 考えるより、直接望海ちゃんに訊けばいいんだ。

 人間の言葉が話せるかは疑問だけど、でも彼女は人間と熊パンダを切り替えられる筈だ。あの”熊”ならぬ”態”だって本人が書いたんだろうし。

 眠るのはあきらめた。
 時間がもどかしい。



 僕は筒状ガラスを背にして、秘密の地下室でひたすら朝が来るのを待った。

 友達がほしい。
 
 望海ちゃんと一緒に教室にいた頃から、僕は何も変わってない。
 唯一、白いのが出るようになったくらい。
 猫助と望海ちゃん……それにできることなら花子さんとも友達になりたい。

 もうぼっちはイヤだ。
 ケージに入れられた寂しがり屋のウサギより、みんなに囲まれてニンジンを食べさせてもらえる社交的なウサギになりたい。

 人間でもない。インキュバスでもない。
 そして僕は半悪魔の住む世界と距離を置いてる。今のところ。
 向こうに行けば、友達ができるかな。
 
 ……いや、殺されるか。
 
 


 何時頃だろう。

 静寂の中、いきなり床下の隠し扉が開いたのは……。




「……拓海様、どうしてここへ?」

 割れた眼鏡に触れながらそう訊ねる。

 セーラー服姿の花子さんだった。



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