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29 Side 司 02話
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「俺、茜に守られたことがあるみたいなんだよね」
今、この人が話していることは俺が知らないことばかりだ。
「茜が桜林館倉庫で男に襲われそうになって、風紀委員が介入して助かったって話は結構有名だから知ってる?」
「はい、高一の秋ごろの話でしたよね」
「あれ、茜が襲われそうになったのも事実だけど、ほかにも色々あってさ」
ほか……?
確かにあれは急なことで、風紀委員から生徒会や教師に報告が上がってくる間もなく、すべてが事後報告になったという異例な事態だったと聞いている。
当時中等部だった俺は、朝陽が仕入れてきた情報を聞いたのみ。
「俺のバイトが公になりそうだったのを伏せるために茜が呼び出しに応じた。それが事の発端。だけど、茜はそのことを風紀委員にも誰にも話してはいない。呼び出されて行ったら襲われた、としか話していない。もし、少しでも風紀委員が遅れを取れば、茜は間違いなく襲われていたと思う。でも、茜は俺にも言わず、ぎりぎりまで風紀委員も動かさなかった。風紀委員も察知できないほど秘密裏に事が運ばれていた」
会長は少し俯く。
なんだか色々と納得がいかない。
そもそも、この人は学校と道場の師範代掛け持ちでバイトなんかする時間はないはずだ。それも、道場以外のバイトなんて、そんな話は聞いたこともない。しかも、公にされたら困るバイトって何――
茜先輩の行動の意味だってわからない。
いつもならもっと段取り良く動くはず。
「俺さ、高等部卒業と同時に加納を出るつもりでいる」
――っ!?
「会長、跡取りじゃ……」
「それが何? 家が絡んで茜と一緒にいられないんじゃ意味がない」
弓道場に入ってから、いつもの笑みを見ていない。
「俺ね、すでに内定をもらっているんだ。ウィステリアホテルのね」
「はっ!?」
寝耳に水だ。
「司は『久遠』ってカメラマンは知らない?」
やっと笑ったかと思えば、いたずらっ子の顔だ。
「久遠」といえば、翠が好きなカメラマンの名前だが――あ……。
「俺はウィステリアホテル専属のカメラマン、『久遠』だよ。高等部に入ってからあそこでバイトさせてもらってる。たまたま公募に出した写真がオーナーの目に留まってね、それ以来の付き合い。オーナーは俺の事情も知っていて、学校側には裏から手を回してバイトを了承させてくれた。それに、高等部を卒業するまでは公には姿を出さないことが契約に盛り込まれている」
静さん――あなたは本当にどこにでも道を作る人だな……。
「それを茜先輩は知っているんですか?」
「そう。俺と茜とホテル内部の人間しか知らない」
会長、それはおかしい――
「そんなトップシークレット級のものが一生徒に漏れるわけがない。『久遠』が公にされていないのなら、イコールしてその手の業界にもリークされていないはずですよね」
漏れるわけがない。そう言い切れる。
そんな甘い厳戒態勢など、あの静さんが許すわけがない。
「さすが司だね」
会長は少し笑って話を続けた。
「茜は五十嵐に呼び出されたって言っていたけれど、風紀委員が察知できないって相当難易度高いと思うんだよね。そこからすると、本当は茜が呼び出したんじゃないかと思ってる。でも、現況が優先されるとしたら、襲われそうになっていた現場を見た人間がそのまま生き証人になる。五十嵐が、自分は呼び出したんじゃなくて呼び出されたんだと言っても、嫌がる茜を襲っている現場を見られていたら、信じてもらえるわけがない。茜は常に学年首席の優等生だからね。五十嵐が俺について何か含みを持たせるようなことを言ってきたのが事実だったとしても、風紀委員にマークされていた五十嵐の行動に風紀委員が気づかないわけがないんだ。それをこんな賭けみたいな行動に出るなんてさ、茜らしくない。……あのころ、ファーストアルバムを出した直後でナーバスになっていることには気づいていたのに、肝心のそれに俺は気づけなかったんだ」
普段の茜先輩からは「不安定」なんて言葉は想像できない。
会長と茜先輩ほどの距離であっても、側にいて見ているだけではわからないことがあるんだな。話をしないと、してくれないと――
……そういえば、そのころだったか?
茜先輩がわざわざ中等部に来て、俺を待ち伏せていたのは。
茜先輩は前置きもなく、まるで本を読み上げるように身の上話を始めたのだ。
突拍子もない話に困惑したが、相槌も共感も求められていないことにはすぐ気づいた。だから、数分ならいいか、とその場に留まった。
聞かされた内容をすべて覚えているわけではないし、話している茜先輩がどんな表情でいたのかも覚えてはいない。
あのころの俺は、今以上に人間関係が希薄で、人の身の上話などこれ以上ないほどにどうでもいい情報だったから。
今の俺があのころの茜先輩と対峙していたら、少しは感情の揺れや異変に気づけたのだろうか。
しかし、茜先輩がどれほど苦しい境遇を語ったとして、人の出自などどうできるものでもない。
今そんな話をきいたところで、やはり何を言える気もしなければ、相槌だって打つことはできない。
あのとき、茜先輩が俺を選んだ理由は、話したところで反応が返ってこない人間で、あえて口止めせずとも噂になどしない人間だから、ではないだろうか。
「不安定なりにも冷静な部分はあったと思う。それが本当に俺のバイトのことなのか、相手がどんな切り札をもっているのか、それを確かめるためには誰の目にも留まらない場所で一対一で話す必要があったんだろう。ただし、学校内でなければ助けは望めない。この一件のあと、五十嵐は退学になったわけだけど、俺の噂は世間に広まったりはしなかった。退学が決まった時点でうさ晴らしよろしく教師陣に話すなりネットに流すなりできたと思う。けど、その形跡がなかったのは何も掴んでいなかったからだと思う。そのあたりはオーナーが調べてくれたけど、情報が流れた可能性はゼロに等しいと判断された。……もし茜が俺に話してくれたら、俺はそんなことはあり得ないって言ってあげられたんだけど……。そう考えると、信用どころか信頼もされていないのかもね」
会長は見るに耐えない自嘲を見せる。
「茜はそれで俺を守ったつもりかもしれないけど、俺は茜の身体を担保にしてまで守られたくはないのにね。そんなふうに想われたいわけじゃないのにね。どうして伝わらないんだろう」
意外すぎる話の展開についていかれない。
けど、わかったことがある。ふたりは間違いなく互いのことを想いあっている。
それなのにうまくいかないとか、恋愛ってそんなのばかりなのか?
「大学は通信で行くって決めていて、その学費も貯まっているし、家を出て住む場所もほぼ決まってる。あとは茜しだいなんだ。俺の気持ちは変わらないっていう意味も含めて『久遠』なんて名乗ってるけど、それでも俺の気持ちが茜に届いているかは不明」
やっぱり、自分が何かを言える気はしない。ただ――
「好きだと伝えても、伝わらないことがあるんですね」
それだけがやるせないと思った。
「好き」と一言伝えれば気持ちが伝わるものだと思っていた自分が愚かに思えてくる。
「司、それはケースバイケース。茜と翠葉ちゃんは違う。家庭環境も自分を取り巻くものの一切が違う」
それは確かにそうだが……。
「もしかしたら、俺の想いも届いているのかもしれない。ただ、ふたりの間に分厚い壁があるだけ。そうだな……ガラスとか透明のアクリルみたいな素材で、こっちの色とかそういうのは見えるのに、熱伝導するのにやたらめったら時間がかかるくらい分厚い、とか? だとしたらさ、その壁ぶっ壊して突破しないと男じゃないよね」
そう言って笑った。
「昨日、正式に内定が出て、それを伝えるために茜を迎えにいったんだけど、そのときにプロポーズしちゃった」
……はっ!?
「いいねぇ、そういう顔する司、好きだよ。しばらくの間なら生活できるくらいの金は貯まってる。その先の収入だって見込み済み。加納じゃない家で茜を待ってるって伝えた。いつでも一緒にいられるように、加納の家に縋らなくても自活していけるようにする。それが高等部三年間の目標だった。俺、高等部に入ってからすんごい働いたよ!」
反動をつけてマットから起き上がると、
「成績を維持できなかったら生徒会除名されて茜の側にいられなくなっちゃうしさぁ……。でも、自活していくためのルートは保持しなくちゃいけない。家の道場だって見なくちゃいけない。二足のわらじどころか三足のわらじだよ。それに何? あのオーナーの人遣いの荒さっ! 半端ないよっ!?」
そんなの外部から聞かなくても嫌というほど知っている。
「でも、そうやって俺から逃げる道をなくして、三年で独り立ちできる道を作ってくれた。写真集の売り上げも上々。印税も入るしね」
道のないところに道を作り、獣道だったそれをきれいに舗装するところまで詰める。それがきっと静さんのやり方。
会長は立ち上がるとマットを並べ始めた。
「何を――」
「何って、もちろん合気道。さすがに受身をきれいに取れる司でも床は痛いじゃん? マットがあるなら痛くないほうを選ぼうよ」
最初から俺が投げられることが前提というのが気に食わない。でも、合気道でこの人に敵うとも思ってはいない。
「合気道なんてずっとやってません」
足取り軽やかに、鼻歌交じりで準備をする会長を見て思う。
この人、ただ単に人を投げ飛ばしてストレス発散したいだけなんじゃないか……?
仕方なしにマットを並べる作業を手伝った。
「司、身体は覚えているはずだよ」
そう言ってマットの上に立つ。
目の前にいる人間の精神統一がこっちにも伝わってくるから、俺もマットの上に移動した。
この人の放つ「気」は嫌いじゃない。
「お願いします」と声を掛け合えば静かに空気が動く。
間合いを読もうとしても、その前に容赦なく打ち込まれる。かわしても、その反動を用いて投げ飛ばされる。
何度か投げ飛ばされたあとに、道場の戸が開いた。
「……ここ、弓道場のはずなんですが」
入ってきたのはケンだった。
ケンが来たということはもう七時半。
掛け時計に目をやり時間を確認する。
「会長、そろそろほかの部員が来るころですから」
「そうだね。片付けよう」
マットを片付けながら、
「確かに、ずいぶんと長い間うちの道場にも来てないけど、司は動きがきれいだよ。一重の半身も崩れないし、回転の展開も身体捌きがいい」
「よっと!」と最後のマットを片付けると、
「司はこのあと朝練するの?」
「いや……ちょっとそんな気分でもなくなったので。良かったら付き合ってください」
来たとき同様、ふたり神拝を済ませ道場をあとにした。
今、この人が話していることは俺が知らないことばかりだ。
「茜が桜林館倉庫で男に襲われそうになって、風紀委員が介入して助かったって話は結構有名だから知ってる?」
「はい、高一の秋ごろの話でしたよね」
「あれ、茜が襲われそうになったのも事実だけど、ほかにも色々あってさ」
ほか……?
確かにあれは急なことで、風紀委員から生徒会や教師に報告が上がってくる間もなく、すべてが事後報告になったという異例な事態だったと聞いている。
当時中等部だった俺は、朝陽が仕入れてきた情報を聞いたのみ。
「俺のバイトが公になりそうだったのを伏せるために茜が呼び出しに応じた。それが事の発端。だけど、茜はそのことを風紀委員にも誰にも話してはいない。呼び出されて行ったら襲われた、としか話していない。もし、少しでも風紀委員が遅れを取れば、茜は間違いなく襲われていたと思う。でも、茜は俺にも言わず、ぎりぎりまで風紀委員も動かさなかった。風紀委員も察知できないほど秘密裏に事が運ばれていた」
会長は少し俯く。
なんだか色々と納得がいかない。
そもそも、この人は学校と道場の師範代掛け持ちでバイトなんかする時間はないはずだ。それも、道場以外のバイトなんて、そんな話は聞いたこともない。しかも、公にされたら困るバイトって何――
茜先輩の行動の意味だってわからない。
いつもならもっと段取り良く動くはず。
「俺さ、高等部卒業と同時に加納を出るつもりでいる」
――っ!?
「会長、跡取りじゃ……」
「それが何? 家が絡んで茜と一緒にいられないんじゃ意味がない」
弓道場に入ってから、いつもの笑みを見ていない。
「俺ね、すでに内定をもらっているんだ。ウィステリアホテルのね」
「はっ!?」
寝耳に水だ。
「司は『久遠』ってカメラマンは知らない?」
やっと笑ったかと思えば、いたずらっ子の顔だ。
「久遠」といえば、翠が好きなカメラマンの名前だが――あ……。
「俺はウィステリアホテル専属のカメラマン、『久遠』だよ。高等部に入ってからあそこでバイトさせてもらってる。たまたま公募に出した写真がオーナーの目に留まってね、それ以来の付き合い。オーナーは俺の事情も知っていて、学校側には裏から手を回してバイトを了承させてくれた。それに、高等部を卒業するまでは公には姿を出さないことが契約に盛り込まれている」
静さん――あなたは本当にどこにでも道を作る人だな……。
「それを茜先輩は知っているんですか?」
「そう。俺と茜とホテル内部の人間しか知らない」
会長、それはおかしい――
「そんなトップシークレット級のものが一生徒に漏れるわけがない。『久遠』が公にされていないのなら、イコールしてその手の業界にもリークされていないはずですよね」
漏れるわけがない。そう言い切れる。
そんな甘い厳戒態勢など、あの静さんが許すわけがない。
「さすが司だね」
会長は少し笑って話を続けた。
「茜は五十嵐に呼び出されたって言っていたけれど、風紀委員が察知できないって相当難易度高いと思うんだよね。そこからすると、本当は茜が呼び出したんじゃないかと思ってる。でも、現況が優先されるとしたら、襲われそうになっていた現場を見た人間がそのまま生き証人になる。五十嵐が、自分は呼び出したんじゃなくて呼び出されたんだと言っても、嫌がる茜を襲っている現場を見られていたら、信じてもらえるわけがない。茜は常に学年首席の優等生だからね。五十嵐が俺について何か含みを持たせるようなことを言ってきたのが事実だったとしても、風紀委員にマークされていた五十嵐の行動に風紀委員が気づかないわけがないんだ。それをこんな賭けみたいな行動に出るなんてさ、茜らしくない。……あのころ、ファーストアルバムを出した直後でナーバスになっていることには気づいていたのに、肝心のそれに俺は気づけなかったんだ」
普段の茜先輩からは「不安定」なんて言葉は想像できない。
会長と茜先輩ほどの距離であっても、側にいて見ているだけではわからないことがあるんだな。話をしないと、してくれないと――
……そういえば、そのころだったか?
茜先輩がわざわざ中等部に来て、俺を待ち伏せていたのは。
茜先輩は前置きもなく、まるで本を読み上げるように身の上話を始めたのだ。
突拍子もない話に困惑したが、相槌も共感も求められていないことにはすぐ気づいた。だから、数分ならいいか、とその場に留まった。
聞かされた内容をすべて覚えているわけではないし、話している茜先輩がどんな表情でいたのかも覚えてはいない。
あのころの俺は、今以上に人間関係が希薄で、人の身の上話などこれ以上ないほどにどうでもいい情報だったから。
今の俺があのころの茜先輩と対峙していたら、少しは感情の揺れや異変に気づけたのだろうか。
しかし、茜先輩がどれほど苦しい境遇を語ったとして、人の出自などどうできるものでもない。
今そんな話をきいたところで、やはり何を言える気もしなければ、相槌だって打つことはできない。
あのとき、茜先輩が俺を選んだ理由は、話したところで反応が返ってこない人間で、あえて口止めせずとも噂になどしない人間だから、ではないだろうか。
「不安定なりにも冷静な部分はあったと思う。それが本当に俺のバイトのことなのか、相手がどんな切り札をもっているのか、それを確かめるためには誰の目にも留まらない場所で一対一で話す必要があったんだろう。ただし、学校内でなければ助けは望めない。この一件のあと、五十嵐は退学になったわけだけど、俺の噂は世間に広まったりはしなかった。退学が決まった時点でうさ晴らしよろしく教師陣に話すなりネットに流すなりできたと思う。けど、その形跡がなかったのは何も掴んでいなかったからだと思う。そのあたりはオーナーが調べてくれたけど、情報が流れた可能性はゼロに等しいと判断された。……もし茜が俺に話してくれたら、俺はそんなことはあり得ないって言ってあげられたんだけど……。そう考えると、信用どころか信頼もされていないのかもね」
会長は見るに耐えない自嘲を見せる。
「茜はそれで俺を守ったつもりかもしれないけど、俺は茜の身体を担保にしてまで守られたくはないのにね。そんなふうに想われたいわけじゃないのにね。どうして伝わらないんだろう」
意外すぎる話の展開についていかれない。
けど、わかったことがある。ふたりは間違いなく互いのことを想いあっている。
それなのにうまくいかないとか、恋愛ってそんなのばかりなのか?
「大学は通信で行くって決めていて、その学費も貯まっているし、家を出て住む場所もほぼ決まってる。あとは茜しだいなんだ。俺の気持ちは変わらないっていう意味も含めて『久遠』なんて名乗ってるけど、それでも俺の気持ちが茜に届いているかは不明」
やっぱり、自分が何かを言える気はしない。ただ――
「好きだと伝えても、伝わらないことがあるんですね」
それだけがやるせないと思った。
「好き」と一言伝えれば気持ちが伝わるものだと思っていた自分が愚かに思えてくる。
「司、それはケースバイケース。茜と翠葉ちゃんは違う。家庭環境も自分を取り巻くものの一切が違う」
それは確かにそうだが……。
「もしかしたら、俺の想いも届いているのかもしれない。ただ、ふたりの間に分厚い壁があるだけ。そうだな……ガラスとか透明のアクリルみたいな素材で、こっちの色とかそういうのは見えるのに、熱伝導するのにやたらめったら時間がかかるくらい分厚い、とか? だとしたらさ、その壁ぶっ壊して突破しないと男じゃないよね」
そう言って笑った。
「昨日、正式に内定が出て、それを伝えるために茜を迎えにいったんだけど、そのときにプロポーズしちゃった」
……はっ!?
「いいねぇ、そういう顔する司、好きだよ。しばらくの間なら生活できるくらいの金は貯まってる。その先の収入だって見込み済み。加納じゃない家で茜を待ってるって伝えた。いつでも一緒にいられるように、加納の家に縋らなくても自活していけるようにする。それが高等部三年間の目標だった。俺、高等部に入ってからすんごい働いたよ!」
反動をつけてマットから起き上がると、
「成績を維持できなかったら生徒会除名されて茜の側にいられなくなっちゃうしさぁ……。でも、自活していくためのルートは保持しなくちゃいけない。家の道場だって見なくちゃいけない。二足のわらじどころか三足のわらじだよ。それに何? あのオーナーの人遣いの荒さっ! 半端ないよっ!?」
そんなの外部から聞かなくても嫌というほど知っている。
「でも、そうやって俺から逃げる道をなくして、三年で独り立ちできる道を作ってくれた。写真集の売り上げも上々。印税も入るしね」
道のないところに道を作り、獣道だったそれをきれいに舗装するところまで詰める。それがきっと静さんのやり方。
会長は立ち上がるとマットを並べ始めた。
「何を――」
「何って、もちろん合気道。さすがに受身をきれいに取れる司でも床は痛いじゃん? マットがあるなら痛くないほうを選ぼうよ」
最初から俺が投げられることが前提というのが気に食わない。でも、合気道でこの人に敵うとも思ってはいない。
「合気道なんてずっとやってません」
足取り軽やかに、鼻歌交じりで準備をする会長を見て思う。
この人、ただ単に人を投げ飛ばしてストレス発散したいだけなんじゃないか……?
仕方なしにマットを並べる作業を手伝った。
「司、身体は覚えているはずだよ」
そう言ってマットの上に立つ。
目の前にいる人間の精神統一がこっちにも伝わってくるから、俺もマットの上に移動した。
この人の放つ「気」は嫌いじゃない。
「お願いします」と声を掛け合えば静かに空気が動く。
間合いを読もうとしても、その前に容赦なく打ち込まれる。かわしても、その反動を用いて投げ飛ばされる。
何度か投げ飛ばされたあとに、道場の戸が開いた。
「……ここ、弓道場のはずなんですが」
入ってきたのはケンだった。
ケンが来たということはもう七時半。
掛け時計に目をやり時間を確認する。
「会長、そろそろほかの部員が来るころですから」
「そうだね。片付けよう」
マットを片付けながら、
「確かに、ずいぶんと長い間うちの道場にも来てないけど、司は動きがきれいだよ。一重の半身も崩れないし、回転の展開も身体捌きがいい」
「よっと!」と最後のマットを片付けると、
「司はこのあと朝練するの?」
「いや……ちょっとそんな気分でもなくなったので。良かったら付き合ってください」
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