光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
498 / 1,060
Side View Story 10

25~28 Side 司 06話

しおりを挟む
 自室に戻り、ベッドに腰掛け携帯を手に取る。ディスプレイには電話の着信と未読メールの通知があった。
「……これ、俺の携帯だよな?」
 思わず個人情報を確認する。
 間違いなく自分の携帯だが、姉さんも兄さんも俺が風邪をひいていることは知っていたし、何かを頼まれることもないはずだ。
 それ以外だと誰が……?
 着信履歴を表示させた瞬間、携帯を落としそうになった。
「す、い……?」
 九日の夜と十日の朝と昼、電話の着信はその時間帯だけで五回受信していた。そして、十日の昼だけは一度のみの着信で、そのほかにメールが届いていた。


件名 :伝えたいこと
本文 :「ごめんね」じゃなくて、「ありがとう」って言いたかった。
   記憶をなくしてからずっと、側にいてくれて、ありがとう。


 どうしてか、頭を鈍器で殴られたような衝撃がある。
「俺――」
 八日にどんな別れ方をしたのかすっかりと忘れていた。
 忘れるにも程があるだろ……?
 まずい……翠は勘違いしている。勘違いというか、誤解というか――
 違う、俺が勘違いされるような状態で連絡が取れない人間になっていた。
 咄嗟にリダイヤルしたけどすぐに切る。
 こんな声、聞かれたくない――
 ……俺、最悪のタイミングで風邪をひいたんじゃないか? せめてメールの返信だけでも……。
 再度ディスプレイに向き直ったものの、なかなか言葉が出てこない。
 メールが届いたのは十日の朝。そのあとに一度電話を着信して連絡は途絶えている。
 十一日の今日は一度も着信していない。
 俺が電話に出ないから、だから諦めてメールにした……?
 翠は電話が苦手だ。その翠が何度も電話をかけてきていて最後にメール――
 きっと、意図的に俺が電話に出ないと思ったのだろう。
「ものすごくまずい気がする……」
 なんて返信したらいいんだ……。でも、返信は今すぐするべきだ。


件名 :悪い
本文 :携帯が故障していた。
   機種変を済ませたあとはサイレントモードにしたまま放置していて、
   メールと着信に今気づいた。
   意図的に無視してたわけじゃないから。

   今日明日は行けないけど、明後日には行くから。


 読み返して嫌気が差す。
「どれだけ言い訳を並べれば気が済むんだ……」
 風邪をひいていたと一言書けばいいだけなのに、それを隠そうとするだけで数々の言い訳が並ぶ。
 いったいどれだけ格好をつけていたいんだか……。
「こんなメールを送るほうが格好悪いだろ……」
 編集途中の携帯を持ったままベッドに寝転がる。
「……まいった」
 翠からメールが届くといつも返信に困惑している気がする。
「司ー、調子は?」
 無遠慮に部屋に入ってきたのは兄さん。
「仕事は?」
「夕方から」
「あぁ、夜勤」
「そう。で、調子は?」
「……最悪」
 答えると、兄さんの手が額に伸びてきて首を傾げられる。
「熱は下がったみたいだけど? 何、吐き気? 頭痛?」
 いや、身体的にというよりは精神的に……。
「翠から連絡が入っているのに気づかなかったんだ。……放置している間に何度も電話鳴ってて、こんなメールが届いてた」
 携帯を見せると、
「……これはさ、勘違いしてるんじゃないか?」
「……たぶん、間違いなく」
 苦笑を浮かべて携帯を返された。
「でも、勘違いさせたのって俺が悪いし……」
「まぁな……。でも、携帯が壊れたのも風邪で寝込んでたのも、仕方ないったら仕方ないだろ?」
「……それ、言いたくなくて、言わずに誤解を解こうとしたらこんな内容になったんだけど……」
 編修途中のメールを見せると、
「くっ、見事に言い訳だらけだな」
「わかってる……。だから送れなくて悩んでる」
 兄さんは笑いながら、
「風邪ひいてたって言っちゃえよ」
「やだ……心配かけるのとか――」
 思わず口を手で押さえる。
 俺、今何を……?
「……うん。自然と、普通にそう思うだろ?」
 兄さんは穏やかな表情で笑った。
「普段風邪なんかひかない俺たちですら、そう思うんだよ」
「…………」
「じゃぁさ、日常的に具合が悪い子はどう思っているんだろうな? どういう気持ちでいると思う?」
 兄さんはベッドを背にしてラグに座った。
 後ろ姿だと秋兄と瓜二つで変な錯覚を起しそうになる。
「彼女はさ、具合が悪くなると周りの人に心配かけることを嫌というほど知ってるんだよね。だから言えないんじゃないかな。心配されることがつらくて……」
 でも、それを認めてしまったら――
「司、患者さんがひとりひとり心に抱える不安は別ものだよ。医者は治療だけをすればいいと思ってるか?」
 基本的には……。
「症状がつらくて心までつらくなっている患者さんは治療だけじゃ救えないと思わない?」
「…………」
「ま、おまえにとって翠葉ちゃんは患者じゃないけどな」
 そう言って、兄さんは俺を見て笑った。
「司、ちゃんと向き合ってみなよ。見てるだけじゃなくて、気づいてあげるだけじゃなくて、会話して得る情報のほうが上をいくよ」
 会話して得る情報――
 確かに……入院してからの翠とは話をする機会が増えた。そのせいか、翠がとても身近に感じられたし、色んなことを話してくれるようになった気がする。
「で? 何か俺にしてほしいことは? あるなら頼まれるけど?」
「……あとで翠に会いにいって」
「手ぶらで行かせるつもりじゃないよな?」
 時計を見れば二時前。
「……少し時間がほしい。何時にここを出る?」
「そうだな……。翠葉ちゃんのところに寄るなら四時には出る」
「それまでに用意する」
「了解。俺は部屋で寝てるから」
 兄さんは手をヒラヒラとさせて部屋を出ていった。
 ドアが閉まってから口を開く。
「……ありがとう」

 俺はデスクにしまってあるデジカメを手に取って一階へ下りた。
 庭にはたくさんの花が咲いている。それらで十分だと思った。
「植物と……ハナの写真、かな」
 ランタナやハーブの写真、赤く熟れたトマト。長細く、棘があるきゅうりに、形がきれいで紫が神々しいナス。門柱に垂れ下がるヘデラ――
 被写体はそこら中にある。ただ、外で光を浴びているものならなんでも良かった。
 最後に、木の表面がつるっとしている百日紅のピンクの花を青空と一緒に写した。
 翠が撮るような写真じゃない。構図やホワイトバランス、露出も何も補正しない。ただ、撮っているだけ。それでも、きっと翠は喜ぶ。
 人の目に映った景色ですら喜ぶ。今は病院から出られないから。
 次、会いに行くときは屋上や中庭に連れていこう。そのくらいには回復しているといい――
 翠……外は蝉がうるさすぎる。
 藤山の中に家が建っていることもあり、蝉の声がフルサウンドで聞こえてくる。太陽はギラギラと容赦ないし、翠にとって優しい環境ではない。
 一通り写真を撮り終えたころにはじっとりと汗をかいていた。
 リビングに戻り、
「ハナ」
 呼べば嬉しそうに寄ってきた。
「そこでお座りっ、伏せっ、そのまま――」
 ハナは不服そうな顔をして俺を見ていた。
「あとでクッキーあげるから、ストップっ――」
 ハナは言うことを聞かずに俺に寄ってきた。
「こんな至近距離じゃ写せないだろ?」
 ハナ相手に手間取っていると、
「何を始めたの?」
 母さんが不思議そうな顔をして寄ってきた。
「ハナの写真が撮りたくて」
 母さんはハナ用のハードクッキーを手に取り、
「ハナ、これなーんだっ!」
 ハナはすぐに反応を示した。次に母さんが「待て」と声をかけるとそのままの状態をキープしてくれる。
「助かる……」
 その状態で何枚か写真を撮った。
「でも、どうして急に写真?」
「……俺はまだ翠に会いに行けないから、兄さんに写真を持っていってもらおうと思って……」
「あら、すてきなアイディア! それなら私にも撮らせて?」
 母さんは手に持っていたクッキーを俺に持たせ、カメラを手にした。
「ハナ、待てっ。っ――待てだろっ!?」
 少し気を抜いた瞬間に押し倒され、クッキーの争奪戦が始まる。
 久しぶりに全力でハナの相手をしていると、母さんは楽しそうに何度かシャッターを切った。
 なんでもいい――翠が喜んでくれるなら。翠が笑ってくれるなら――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...