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25~28 Side 司 05話
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「司、起きられるなら下でご飯にしましょう」
母さんに言われ、三日ぶりに一階へ下りた。
今朝には熱が引いていた。身体のだるさは完全に抜けないものの、動ける程度には回復している。
姉さんと兄さんにいじられた甲斐もあり、身体の弱い母さんに風邪をうつさずに済んで良かったと思う。けれど、父さんにはしっかりと一言見舞われた。
「バカは風邪をひかないはずだが、なぜ司が風邪をひいたんだ?」
この場合、風邪をひいてもひかなくてもバカと言われている気がしてならない。つまりは、風邪をひかないように自己管理も徹底できないバカ――
「そういえば、携帯が点滅しているの気づいてた?」
「え?」
「昨日からだったかしら?」
母さんは首を傾げながらキッチンから出てくる。
「私が気づいたときには携帯のランプが点滅していたけれど」
「あとで確認する」
母さんに言われなかったら、今日も放置しているところだった。
雑炊の入った器を差し出され、
「まだ声だけは掠れているわね」
「風邪、持ち込んで悪い」
「いいのよ。こんなことがなければ家族五人揃うこともないし」
母さんは嬉しそうに笑った。
「みんな近くにいるし、ちょこちょこ帰ってきてはくれるけど、五人が揃うことは稀だもの」
姉さんも兄さんも、大学に入って二年目からはひとり暮らしをしている。それは、この藤山のキャンパスには医学部が入っていないからだ。
大学一年では一般教養をメインに履修することから、医学部も藤山のキャンパスに通う。が、二年次からは医学部のある支倉キャンパスへ移る。
藤倉駅から支倉駅までは電車で二十分。さらにバスで三十分ほどいったところに大学はある。藤山から通うことは可能だが、通学時間がもったいないという理由から、姉さんも兄さんも支倉キャンパス近くのマンションから通っていた。そして、大学を出てからは静さんのマンションに入居。
ふたりとも、実家へは適度に帰ってくるものの、タイミングはそれぞれ異なる。
父さんとは病院で会えるから、ここへ帰ってくるのはひとえに母さんに顔を見せるためだろう。
俺も大学に入ったら二年次からは支倉キャンパス近くでひとり暮らしをすることになる。そしたら、この家には父さんと母さんのふたりになるわけだが、母さんは大丈夫だろうか……。
身体が弱い以前に、母さんは人との接点が目に見えて少ない。社交的な叔母、紅子(こうこ)さんとは正反対の性格だ。
自分の持つ愛情のすべてを家族とハナ、庭に咲く花に注ぐ。俺がいなくなれば母さんはひとりで夕飯を食べるようになるのだろうか。
家族の団らんが好きな母さんには酷な環境かもしれない。
「美味しくない?」
正面から声をかけられ食事中であることに気づく。
「あ、いや……普通に美味しい」
「だめ、やり直し」
「……美味しいです」
「そう。美味しいに普通はないのよ?」
少し拗ねた表情をした母さんに再度謝った。
「母さん」
「なぁに?」
「母さんはさ、具合が悪いとき、人にそれを言える?」
どうしてこんな話を持ち出したのかは不明。ただ、訊きたいと思った。まったくの健康、とは言い切れない母親に。
「言える言えない、なら言えるわ」
それはどういう意味だろう。
「言えるけど、言いたいのとは意味が違うでしょ?」
「……身体が弱い人間ってそう考えるもの?」
母さんは苦笑しながらため息をついた。
「そうやって一括りにするのは良くないわ。……たとえば、司は今回熱を出したことを誰かに言った? 誰かに言いたい?」
言いたくない。間違っても翠や秋兄――できれば姉さんや兄さんにだって知られたくはなかった。
「ね?」
「……でも、俺はともかく、言ったほうがいい人間もいると思う」
「だから、よ。言えるか言えないか、なら言えるわ。でも、言いたいか言いたくないか、気持ちの部分は別って……そういう話じゃないの?」
たぶん、そういう話。でも、存外難しいな。
「翠葉ちゃんのこと?」
「っ……!?」
「司、わかりやすいわ」
母さんは当てられたことを嬉しそうに笑った。
「あまり詳しいことは知らないけれど、あの子も健康には問題があるみたいね」
母さんは笑みを浮かべて少し目を伏せた。
「あの子は、周りの人の感情にとても過敏な子なんじゃないかしら……。だから、余計に心配をかけまいと必死になる。そんな子なんじゃない?」
「でも、それと不調を黙っているのは混同するべきじゃないと思う」
「司、まだ十七歳でしょう? 翠葉ちゃんは一年留年している十七歳よね?」
「そのことなんで知って――」
「楓から聞いたことがあるの。麻酔科医になろうとしたきっかけの子がいるって」
あぁ、そうか……。あのころは御園生さんの妹と兄さんが話していた患者が同一人物とは思いもしなかった。それらが同一人物と知ったのはずいぶん経ってからのことだ。
「少し身体が弱いとか、そういう類のものではないのでしょう? それを抱えてきたとして、まだ十七歳なのよ」
「俺も十七なんだけど……」
「司が生きてきた十七年間と彼女が生きてきた十七年間は違うわ。それを同じモノサシで考えちゃだめよ?」
モノサシ――
「司の場合はプライドが邪魔して具合が悪いことを言いたくないって感じかしらね? じゃぁ、翠葉ちゃんはどうかしら? 体調が悪いことを言えば心配をかけることがわかっている。だから言いづらい。……発見が遅れたらどうするとか、大ごとになってからじゃ遅いとか、そんな理由だけで人に言えるのならプライドも何もないわ」
母さんも同じようなことを考えてきたのだろうか……。
発見が遅れたら、大ごとになってからでは――というのは、まさしく俺や御園生さんが翠に対して思っていることと変わらない。
「でも……司は言ったの? 具合が悪いことを言ってほしい、って」
言ってはいないかもしれない。
知り合って二日目の出来事は今でも忘れられない。
視界が朦朧とするほどに具合が悪いくせに、人目につかないように、と廊下の端に身を寄せていた。身体を――自分を大切にしていないように見えて腹が立った。
保健室で知った翠のバイタルには唖然としたし、病院に運ばれたあとも心配でならなかった。
姉さんがついているから大丈夫。そうは思っても、鳥肌が治まらなかった。
しばらくしてからは、具合が悪いことを言ってくれなくても顔を見ていれば気づけると思った。
それが、つい最近までの俺――
一緒にいれば絶対に気づけると思っていた。けど実際には、俺は昇さんを呼びに行くまで気づけなかった。
それが三日前の出来事。
あぁ……そうか。言ってくれない翠にも腹が立ったけど、何よりも俺は自分に腹が立ったんだ。気づけなかった自分に……。
見逃さない自信があったのに、まんまと隠し通されたから。
俺の勝手な責任転嫁が腹立つって思考回路に走らせたのか……。
「母さん、それは……言ってほしいと伝えたら、言ってくれるようになるもの?」
「難しいわね……」
母さんは苦笑しながら食器を片付け始めた。
「どうしたらそういう気持ちを理解できる?」
「え?」
キッチンに入る寸前の母さんがこちらへ振り向く。
「どうしたら――翠の気持ちがわかるようになる?」
「……それは、気持ちを話してほしいということ?」
「違う……。話してくれたとして、その気持ちが理解できそうにないって話」
真面目に答えたつもりだった。けど、母さんはきょとんとしたあと、クスクスと笑いながらキッチンへ入っていった。
どうして笑われているのかわかりかねて、直前の会話を反芻しようとしたとき、
「――っわ」
完全に油断していた。
足元に擦り寄ってきたハナに思わず声を上げる。
「ハナ、悪い……」
あと少しで蹴飛ばすところだった。
抱き上げると、「失礼ね」という目で見られる。
こういうところは犬よりも猫っぽい。
「ミントティーをベースにタイムを淹れたの」
キッチンから戻ってきた母さんに差し出されたカップには、摘みたてであろうミントが浮かんでいた。香りは香草よりも煎じ薬っぽい。
「タイムは消化促進と身体を温める効果があるわ。喉にもいいのよ? 風邪、早く治しなさいね」
飲むか飲むまいか、とカップを見ていると、
「わからないのなら、わかるまで訊いてみたらどう?」
急にさっきの話に戻された。
「何度訊いても理解できそうにないんだけど」
「でも、翠葉ちゃんには伝わるわよ?」
何が……?
「司が自分のことをわかろうと努力していることが。……そしたら、いつかは色んなことを話してくれるようになるんじゃないかしら?」
本当に……?
「人は歩み寄って初めて相手のことがわかると思わない? そうやって築いてきた関係なら、いつしかとても強いつながりになると思うのだけど……司はどう思う?」
俺は――
「わからない……」
「そうよね……。司がこんなふうに誰かに関わろうとしているところを見るのはこれが初めてだもの。あ、身内は別よ? 学校の友達に司から手を伸ばしたことがあった?」
茜先輩や会長、朝陽やケンは俺が手を伸ばすまでもなく、向こうから勝手に絡んでくる。それは優太も嵐も変わらない。
「ないでしょう?」
ないといえばない……。
「手を伸ばしてみたら? わかるまで何度でも。わからないのが気持ち悪いのでしょう?」
「あぁ、それ……。把握ができなくて気持ち悪い」
「人はハナほど単純じゃないわ」
言うと、母さんはハナを抱き上げた。
「もっとも、ハナが何を考えているのかは三者択一だからわかるだけ! ハナはご飯が食べたいか眠いか遊んでほしいか、それだけだものね」
正面に抱き上げられたハナは、母さんの言葉に答えるように口元をペロリと舐めた。
「いくら本を読んでも翠葉ちゃんのことは書いてないわ。翠葉ちゃんの考えが知りたいなら、気持ちを知りたいなら、翠葉ちゃんとたくさん話して読み解かなくちゃ」
ダイニングにいる俺を横目に、母さんはハナと一緒にリビングへ移動した。そして、ハナと遊ぶためにボールを手に取り、
「あ……それ、美味しくないけど全部飲んでね」
「え?」
「タイムだけだと苦味が強くなるから、と思ってフレッシュミントをたくさん入れたのだけど、やっぱり味がタイムに負けているの。でも、身体にはいいはずだから、薬草茶だと思って全部飲んでね」
にこりと笑って背を向けられた。
カップの中身がおぞましい飲み物に見えたけど、香りはそれほど苦手なものではない。飲める熱さに冷めたお茶を口に含むと、見事なまでに薬草っぽい苦味が口いっぱいに広がった。
思わず咽ると、
「ちゃんと飲んでね?」
止めのような一言とともに視線が固定される。
「……いただきます」
俺は一気に飲み干しキッチンへ向かった。純粋なる一杯の水を得るために――
母さんに言われ、三日ぶりに一階へ下りた。
今朝には熱が引いていた。身体のだるさは完全に抜けないものの、動ける程度には回復している。
姉さんと兄さんにいじられた甲斐もあり、身体の弱い母さんに風邪をうつさずに済んで良かったと思う。けれど、父さんにはしっかりと一言見舞われた。
「バカは風邪をひかないはずだが、なぜ司が風邪をひいたんだ?」
この場合、風邪をひいてもひかなくてもバカと言われている気がしてならない。つまりは、風邪をひかないように自己管理も徹底できないバカ――
「そういえば、携帯が点滅しているの気づいてた?」
「え?」
「昨日からだったかしら?」
母さんは首を傾げながらキッチンから出てくる。
「私が気づいたときには携帯のランプが点滅していたけれど」
「あとで確認する」
母さんに言われなかったら、今日も放置しているところだった。
雑炊の入った器を差し出され、
「まだ声だけは掠れているわね」
「風邪、持ち込んで悪い」
「いいのよ。こんなことがなければ家族五人揃うこともないし」
母さんは嬉しそうに笑った。
「みんな近くにいるし、ちょこちょこ帰ってきてはくれるけど、五人が揃うことは稀だもの」
姉さんも兄さんも、大学に入って二年目からはひとり暮らしをしている。それは、この藤山のキャンパスには医学部が入っていないからだ。
大学一年では一般教養をメインに履修することから、医学部も藤山のキャンパスに通う。が、二年次からは医学部のある支倉キャンパスへ移る。
藤倉駅から支倉駅までは電車で二十分。さらにバスで三十分ほどいったところに大学はある。藤山から通うことは可能だが、通学時間がもったいないという理由から、姉さんも兄さんも支倉キャンパス近くのマンションから通っていた。そして、大学を出てからは静さんのマンションに入居。
ふたりとも、実家へは適度に帰ってくるものの、タイミングはそれぞれ異なる。
父さんとは病院で会えるから、ここへ帰ってくるのはひとえに母さんに顔を見せるためだろう。
俺も大学に入ったら二年次からは支倉キャンパス近くでひとり暮らしをすることになる。そしたら、この家には父さんと母さんのふたりになるわけだが、母さんは大丈夫だろうか……。
身体が弱い以前に、母さんは人との接点が目に見えて少ない。社交的な叔母、紅子(こうこ)さんとは正反対の性格だ。
自分の持つ愛情のすべてを家族とハナ、庭に咲く花に注ぐ。俺がいなくなれば母さんはひとりで夕飯を食べるようになるのだろうか。
家族の団らんが好きな母さんには酷な環境かもしれない。
「美味しくない?」
正面から声をかけられ食事中であることに気づく。
「あ、いや……普通に美味しい」
「だめ、やり直し」
「……美味しいです」
「そう。美味しいに普通はないのよ?」
少し拗ねた表情をした母さんに再度謝った。
「母さん」
「なぁに?」
「母さんはさ、具合が悪いとき、人にそれを言える?」
どうしてこんな話を持ち出したのかは不明。ただ、訊きたいと思った。まったくの健康、とは言い切れない母親に。
「言える言えない、なら言えるわ」
それはどういう意味だろう。
「言えるけど、言いたいのとは意味が違うでしょ?」
「……身体が弱い人間ってそう考えるもの?」
母さんは苦笑しながらため息をついた。
「そうやって一括りにするのは良くないわ。……たとえば、司は今回熱を出したことを誰かに言った? 誰かに言いたい?」
言いたくない。間違っても翠や秋兄――できれば姉さんや兄さんにだって知られたくはなかった。
「ね?」
「……でも、俺はともかく、言ったほうがいい人間もいると思う」
「だから、よ。言えるか言えないか、なら言えるわ。でも、言いたいか言いたくないか、気持ちの部分は別って……そういう話じゃないの?」
たぶん、そういう話。でも、存外難しいな。
「翠葉ちゃんのこと?」
「っ……!?」
「司、わかりやすいわ」
母さんは当てられたことを嬉しそうに笑った。
「あまり詳しいことは知らないけれど、あの子も健康には問題があるみたいね」
母さんは笑みを浮かべて少し目を伏せた。
「あの子は、周りの人の感情にとても過敏な子なんじゃないかしら……。だから、余計に心配をかけまいと必死になる。そんな子なんじゃない?」
「でも、それと不調を黙っているのは混同するべきじゃないと思う」
「司、まだ十七歳でしょう? 翠葉ちゃんは一年留年している十七歳よね?」
「そのことなんで知って――」
「楓から聞いたことがあるの。麻酔科医になろうとしたきっかけの子がいるって」
あぁ、そうか……。あのころは御園生さんの妹と兄さんが話していた患者が同一人物とは思いもしなかった。それらが同一人物と知ったのはずいぶん経ってからのことだ。
「少し身体が弱いとか、そういう類のものではないのでしょう? それを抱えてきたとして、まだ十七歳なのよ」
「俺も十七なんだけど……」
「司が生きてきた十七年間と彼女が生きてきた十七年間は違うわ。それを同じモノサシで考えちゃだめよ?」
モノサシ――
「司の場合はプライドが邪魔して具合が悪いことを言いたくないって感じかしらね? じゃぁ、翠葉ちゃんはどうかしら? 体調が悪いことを言えば心配をかけることがわかっている。だから言いづらい。……発見が遅れたらどうするとか、大ごとになってからじゃ遅いとか、そんな理由だけで人に言えるのならプライドも何もないわ」
母さんも同じようなことを考えてきたのだろうか……。
発見が遅れたら、大ごとになってからでは――というのは、まさしく俺や御園生さんが翠に対して思っていることと変わらない。
「でも……司は言ったの? 具合が悪いことを言ってほしい、って」
言ってはいないかもしれない。
知り合って二日目の出来事は今でも忘れられない。
視界が朦朧とするほどに具合が悪いくせに、人目につかないように、と廊下の端に身を寄せていた。身体を――自分を大切にしていないように見えて腹が立った。
保健室で知った翠のバイタルには唖然としたし、病院に運ばれたあとも心配でならなかった。
姉さんがついているから大丈夫。そうは思っても、鳥肌が治まらなかった。
しばらくしてからは、具合が悪いことを言ってくれなくても顔を見ていれば気づけると思った。
それが、つい最近までの俺――
一緒にいれば絶対に気づけると思っていた。けど実際には、俺は昇さんを呼びに行くまで気づけなかった。
それが三日前の出来事。
あぁ……そうか。言ってくれない翠にも腹が立ったけど、何よりも俺は自分に腹が立ったんだ。気づけなかった自分に……。
見逃さない自信があったのに、まんまと隠し通されたから。
俺の勝手な責任転嫁が腹立つって思考回路に走らせたのか……。
「母さん、それは……言ってほしいと伝えたら、言ってくれるようになるもの?」
「難しいわね……」
母さんは苦笑しながら食器を片付け始めた。
「どうしたらそういう気持ちを理解できる?」
「え?」
キッチンに入る寸前の母さんがこちらへ振り向く。
「どうしたら――翠の気持ちがわかるようになる?」
「……それは、気持ちを話してほしいということ?」
「違う……。話してくれたとして、その気持ちが理解できそうにないって話」
真面目に答えたつもりだった。けど、母さんはきょとんとしたあと、クスクスと笑いながらキッチンへ入っていった。
どうして笑われているのかわかりかねて、直前の会話を反芻しようとしたとき、
「――っわ」
完全に油断していた。
足元に擦り寄ってきたハナに思わず声を上げる。
「ハナ、悪い……」
あと少しで蹴飛ばすところだった。
抱き上げると、「失礼ね」という目で見られる。
こういうところは犬よりも猫っぽい。
「ミントティーをベースにタイムを淹れたの」
キッチンから戻ってきた母さんに差し出されたカップには、摘みたてであろうミントが浮かんでいた。香りは香草よりも煎じ薬っぽい。
「タイムは消化促進と身体を温める効果があるわ。喉にもいいのよ? 風邪、早く治しなさいね」
飲むか飲むまいか、とカップを見ていると、
「わからないのなら、わかるまで訊いてみたらどう?」
急にさっきの話に戻された。
「何度訊いても理解できそうにないんだけど」
「でも、翠葉ちゃんには伝わるわよ?」
何が……?
「司が自分のことをわかろうと努力していることが。……そしたら、いつかは色んなことを話してくれるようになるんじゃないかしら?」
本当に……?
「人は歩み寄って初めて相手のことがわかると思わない? そうやって築いてきた関係なら、いつしかとても強いつながりになると思うのだけど……司はどう思う?」
俺は――
「わからない……」
「そうよね……。司がこんなふうに誰かに関わろうとしているところを見るのはこれが初めてだもの。あ、身内は別よ? 学校の友達に司から手を伸ばしたことがあった?」
茜先輩や会長、朝陽やケンは俺が手を伸ばすまでもなく、向こうから勝手に絡んでくる。それは優太も嵐も変わらない。
「ないでしょう?」
ないといえばない……。
「手を伸ばしてみたら? わかるまで何度でも。わからないのが気持ち悪いのでしょう?」
「あぁ、それ……。把握ができなくて気持ち悪い」
「人はハナほど単純じゃないわ」
言うと、母さんはハナを抱き上げた。
「もっとも、ハナが何を考えているのかは三者択一だからわかるだけ! ハナはご飯が食べたいか眠いか遊んでほしいか、それだけだものね」
正面に抱き上げられたハナは、母さんの言葉に答えるように口元をペロリと舐めた。
「いくら本を読んでも翠葉ちゃんのことは書いてないわ。翠葉ちゃんの考えが知りたいなら、気持ちを知りたいなら、翠葉ちゃんとたくさん話して読み解かなくちゃ」
ダイニングにいる俺を横目に、母さんはハナと一緒にリビングへ移動した。そして、ハナと遊ぶためにボールを手に取り、
「あ……それ、美味しくないけど全部飲んでね」
「え?」
「タイムだけだと苦味が強くなるから、と思ってフレッシュミントをたくさん入れたのだけど、やっぱり味がタイムに負けているの。でも、身体にはいいはずだから、薬草茶だと思って全部飲んでね」
にこりと笑って背を向けられた。
カップの中身がおぞましい飲み物に見えたけど、香りはそれほど苦手なものではない。飲める熱さに冷めたお茶を口に含むと、見事なまでに薬草っぽい苦味が口いっぱいに広がった。
思わず咽ると、
「ちゃんと飲んでね?」
止めのような一言とともに視線が固定される。
「……いただきます」
俺は一気に飲み干しキッチンへ向かった。純粋なる一杯の水を得るために――
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