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31 Side 唯 01話
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「ほら、翠葉。ちゃんと横になって寝な」
あんちゃんが促すと、コクリ、と頷きながら雪崩落ちるようにパタリと横になった。
未だ手はつながれたまま。
「落ちたな」
あんちゃんはくつくつと笑っている。
「あの……俺、本当にここで……しかも左手確保されたまま寝るの?」
訊かずにはいられなかった。
「そうだな……。ま、手はそのうち離してもらえるだろ」
「あんちゃん、面白がってませんか?」
「若干な。唯も夜に仕事しようと思ってたんだろ? 必要書類を秋斗先輩の家から持ってくるから鍵貸して」
社外秘とはいえ、あんちゃんにはそんなものは通用しないのだろう。
実際、秋斗さんが関わる開発の資料集めをしているのはほとんどあんちゃんであると蔵元さんからも聞かされている。
さっき、荒れに荒れた俺を落ち着かせたのもあんちゃんと言って過言ではなかった。
リィを振り払ったとき、即座に湊さんとあんちゃんが部屋に駆けつけた。
俺とリィは昔話に気を取られていて、湊さんが来たことには気づいていなかった。
湊さんはすぐにリィの診察を始め、あんちゃんは俺の腕をガッチリと掴んで自室に連れていった。そして、何があったと訊かれると思いきや、仕事の話をされた。
「秋斗先輩の状態は夕方に知った」
と、口にして。
あの状態のリィを見てなんでいきなりその話なんだ、とは思ったけど、逆にそれが良かったのかもしれない。
目の前が見えなくなっていた俺は、一気に現実に引き戻された感じがした。
「え? あ……さっき夕飯のときの話からすると、そんな気はしてましたけど」
なんて、なんとも間抜けな返答をした覚えがある。
「来週にならないと秋斗先輩自体は仕事ができる状態にならない。それまでは唯のサポートにつくことになってる。必要な書類や資料があるなら俺にメールしてくれてかまわない。なるべく早くに揃えて持っていくよ」
そんなふうに仕事の話を始めたのだ。そして、書類が散らばる部屋で、優先順位が高いものを俺に訊き、ひとつずつ順に書類を揃えた。
そのあとに言ったんだ。
「オルゴールの中身、見たのか?」
と。
「まだ見てない……。そんな簡単に見られるものじゃないっ」
声を荒げる俺に対し、びっくりするでもなんでもなく、
「そうだろうな」
と、一言だけ返してきた。
なんとなく察しはついた。秋斗さんか蔵元さんから事の経緯、オルゴールに関わる何かを聞いているのだろう、と。
けれど、俺は秋斗さんたちにすべてを話しているわけでもなかった。
「そのオルゴール、カラクリがあるだろ……。俺、翠葉がそのオルゴールを持って帰ってきてから音が鳴らないって言われて何度かいじってるんだ」
このオルゴールをこの人がいじった……?
「安心していい……。鍵がないとそれはある程度のところまでしか開けられない仕組みになっているだろ。俺が見つけられたのはビロードの布張りの板が外れるところまで。その先の鍵穴の中は見ていない。……いじらなかった。開けないほうがいい気がしたから……。翠葉にはビロードの板が外れることも話してない」
まいった……。ただのオルゴールではないことがばれているとは思っていなかった。
「別に今じゃなくてもかまわないんだろうけど、翠葉と一緒じゃ開けられなかったんだろ? この部屋を貸すよ……。それと少し向き合え。今開けなくてもいい。それでも、少し落ち着け。今の唯は家から出せない」
そう言うと静かに立ち上がって部屋を出ていった。
そうは言われても、俺はオルゴールと向き合うことはできなくて、すぐにその部屋を出た。
あんちゃんは様子を見にリィの部屋に立ち寄っていて、リィはベッドに寝かされていた。
遠目に、一筋の涙が頬を伝った痕が見えた。
俺に気づいたあんちゃんは、
「湊さん、翠葉のことお願いします」
そう言って俺の背に手を回し、そのままリビングへと連れていった。
「まだ向き合うのは無理か」
「無理に決まってる――三年もこの手から離れてたんだ。簡単なことじゃないっ」
だめだ、どうしても感情的になる。ここしばらくはこんなふうにはならなかったのに……。
けれど、わずかな理性が残っていて、リィに謝らなくちゃと思った。突き飛ばしたのは悪かった、と……。
リィは悪くない。なんの因果か知らないけど、セリからこれを預かる羽目になってしまっただけ。
そして、音も鳴らないただの箱を三年間もずっと持っていてくれたんだ……。
いや、リィのことだから三年と言わず、湊さんたちが気づかなければ五年だって十年だって持っていてくれた気がする。きっと、そういう子……。
わかっているのに自分が制御できない――
「唯、とりあえず、置いたらどうかな」
オルゴールの入った紙袋を取り上げられ、リビングのテーブルに置かれた。
それも、俺の視界には入りづらい少し離れた場所に。
「唯、何の話をしてほしい? もしくは話を聞いてもらいたい?」
いったい何を言われているのかが理解できなかった。
「話をしたそうには見えないけど、仕事の話でもすれば少しは落ち着くんじゃないか?」
「……御園生さん、俺、リィには謝んないとって思う」
「そうね、あんたが一方的に悪いみたいだし?」
気づけば湊さんがカウンターに寄りかかって立っていた。
「ったく、何女の子突き飛ばしてんのよ、阿呆……」
「それは反省してるっ」
「軽い脳震盪だから少ししたら気がつくわ。翠葉が謝られてくれるっていうならあとで呼んであげる」
そう言うと、湊さんはまたリィの部屋へと戻っていった。
「謝りたいなら謝ればいい。それまで、少しでも平常心に近い状態にコントロールしろ」
いつものような穏やかな目つきではなく、少し鋭い目で言われた。
確かに――このまま外に出たところで、俺はまた錯乱状態に陥るだろう。
「御園生さん……仕事、仕事の話をしましょう」
「そうだな……。御園生さんじゃなくて、あんちゃん、って言ってくれたらしてやる」
この人は、こんな状態の俺ですら、少し笑いながら冗談みたいな言葉を交えて話せてしまうらしい。
御園生さんはリイが目覚めるまでの間、仕事に関する話のみをしてくれた。
湊さんに呼ばれてリィの部屋に入ると、まずは頭のことを尋ねた。
そしたら、「痛いです」と弱々しいリィではなく、臨戦態勢っぽい女の子がいた。目に、やたらと力があった。
謝れば普通に許してくれるだろうって気持ちがどこかにあって、安易に謝ったら許してくれないという。そこでまた俺の悪い癖が出た。
投げやりというか、別に許してもらえなくてもいいし、とか言っちゃうんだ。
一応、どうしたら許してくれるのか訊いてみると、これまた意外な答えが返ってきた。
許すまで一緒にいろってなんだかなー……。
リィは俺を知らなさすぎるし、男って生き物もまったく理解していないと思う。そのうえ、手放しの無防備……。
そこは俺だ。憎まれっ子のごとく、遠回しに襲うかもよ、と口にしたわけだが、全然ご理解いただけない。それどころか、「兄だから大丈夫!」と啖呵を切った。
どこまでも世間知らずのお姫様。そこを突きつけてもなお食いついてくる。
おまけに、この頭脳明晰な俺様をバカ呼ばわりした。
しかし、その言い分が少しかわいくて、すごく愛おしくて、ものすごく妹だと思ってしまった。
何よりも核心を突いていたと思う。一部ちょっと間抜けだったけど……。
「っ……唯兄のバカっ。ごっこ遊びでも、唯兄って呼ぶの勇気いったんだからっ。それに、今は本当に頼りにしているお兄ちゃんなんだからねっ!? それにそんなにバカバカ言わないでっ。私、これでも学年で三位なんだからっ」
ここまで口にしておきながら、すごく自信なさげに言うんだ。
「……唯兄にとっては本当にただのごっこ遊びだったの?」って。
この一言でノックアウト。あんなの上目遣いで言われたらズキュンです。
こんな妹がいたらかわいいなって思うような子に言われたらさ、自分の行いを改めるしかないじゃんか。
一気に身体中の力が抜けたよ。そのままズルズルとドアを背にしゃがみこんで答えた。
「……ごっこ遊びじゃなかったよ。ちゃんとリハビリになってた。……昔話ができるくらいには――」
俺の中でリィは最初から女って部類には分類されていないんだ。
このマンションにパソコンの設定をしにきたときにはセリとかぶってしまった。けど、相手はセリと全然違う子で、ちゃんと違うということを認識できた。
それに、妹としてこの子と接することができれば自分はもう大丈夫なんじゃないか、とすら思えたんだ。
実際、オルゴールなんて代物が出てくると俺は自分を保つことすら難しくて、挙句リィを突き飛ばすようなことまでしたけれど……。それでも、大切な妹だなって思ったんだよね。
自分的には結構意外な感情だった。
俺、そんなに人と深く付き合うほうじゃないし、今だってホテルの一部の人間と秋斗さんと蔵元さんと関わるくらいだ。
リィの強さはそれだけじゃなくて、さっき大声を出して突き飛ばした人間に「側に行ってもいい?」なんて訊けてしまうところ。
たぶん、俺を兄として慕ってくれてるんだと思う。もしくは、心配してくれてるんだろうな……。
でも、もしここにいるのが俺じゃなくて秋斗さんなら、って考えたら、リィが恐怖で震えあがる様が容易に想像できた。
どうしたものかな……。俺、こんなにどうしようもない人間なのに、こんな純粋培養なお姫さんに信頼されちゃってさ。
俺だって秋斗さんと一緒に行動していただけあって、ケダモノに過ぎないんだけど。
近くで話したいようだったから、俺がベッドまで歩み寄った。
頭はまだ痛いのか訊いてみると、再び臨戦態勢に戻るし……。
なんていうか、許さなければ側にいられると思っているあたりが実にリィらしい。
ちょっと思考回路おかしいけど。でも、そんなところがかわいかったりするんだ。
少し話をすると、湊さんとあんちゃん、加えて蔵元さんを安心させたいと言い出した。
それには俺も同感……。
この子はこんなときでも周りへの配慮を忘れないんだな。さすが、あんちゃんの妹っていうか、いい子だな、と思った。
湊さんとあんちゃんと少し話をしたあと、リィにセリの話を訊いた。
まずどうしてオルゴールがリィの手元に渡ったのか。それが一番の謎だったから。
訊いてみたところであまり大した内容ではなかった。
大した内容っていうか、あまりにも普通の出逢いだったんだ。
同じ病院に入院する患者同士として知り合い、その後何度か話をしたことがあった。つながりともいえないような関係。
ただ、リィっていうフィルターを通しているからなのか、若干セリの性格が違うようにも感じられた。そこで、「女王様みたいなワガママな子だったろ?」と訊いても不思議そうな顔を向けられるばかりか、「私が会ったのは本当にセリカさんですか?」などと訊かれてしまう。
オルゴールを持っている時点でそれ以外あり得ないし、リィから聞いた外見からしてもそうとしか思えなかった。
でも、俺や家族に対する態度とは一八〇度違っていて、それこそこっちが寝耳に水状態だった。
思い返せば、セリだって最初から女王様みたいなわがままな子だったわけじゃない。ある日突然、人格が変わったかのように人を寄せ付けなくなったのだ。
どうしてそうなったのかはまったく理解ができなかったけど、俺はそんなセリに少し焦ったんだ。
それまでは人を気遣って自分の気持ちも言えないような子だったのに、急に自分の望みばかりを口にするようになって、本音で来られると、自分も本音を返しそうになる。
だから、会いにいけなくなった――
あんちゃんが促すと、コクリ、と頷きながら雪崩落ちるようにパタリと横になった。
未だ手はつながれたまま。
「落ちたな」
あんちゃんはくつくつと笑っている。
「あの……俺、本当にここで……しかも左手確保されたまま寝るの?」
訊かずにはいられなかった。
「そうだな……。ま、手はそのうち離してもらえるだろ」
「あんちゃん、面白がってませんか?」
「若干な。唯も夜に仕事しようと思ってたんだろ? 必要書類を秋斗先輩の家から持ってくるから鍵貸して」
社外秘とはいえ、あんちゃんにはそんなものは通用しないのだろう。
実際、秋斗さんが関わる開発の資料集めをしているのはほとんどあんちゃんであると蔵元さんからも聞かされている。
さっき、荒れに荒れた俺を落ち着かせたのもあんちゃんと言って過言ではなかった。
リィを振り払ったとき、即座に湊さんとあんちゃんが部屋に駆けつけた。
俺とリィは昔話に気を取られていて、湊さんが来たことには気づいていなかった。
湊さんはすぐにリィの診察を始め、あんちゃんは俺の腕をガッチリと掴んで自室に連れていった。そして、何があったと訊かれると思いきや、仕事の話をされた。
「秋斗先輩の状態は夕方に知った」
と、口にして。
あの状態のリィを見てなんでいきなりその話なんだ、とは思ったけど、逆にそれが良かったのかもしれない。
目の前が見えなくなっていた俺は、一気に現実に引き戻された感じがした。
「え? あ……さっき夕飯のときの話からすると、そんな気はしてましたけど」
なんて、なんとも間抜けな返答をした覚えがある。
「来週にならないと秋斗先輩自体は仕事ができる状態にならない。それまでは唯のサポートにつくことになってる。必要な書類や資料があるなら俺にメールしてくれてかまわない。なるべく早くに揃えて持っていくよ」
そんなふうに仕事の話を始めたのだ。そして、書類が散らばる部屋で、優先順位が高いものを俺に訊き、ひとつずつ順に書類を揃えた。
そのあとに言ったんだ。
「オルゴールの中身、見たのか?」
と。
「まだ見てない……。そんな簡単に見られるものじゃないっ」
声を荒げる俺に対し、びっくりするでもなんでもなく、
「そうだろうな」
と、一言だけ返してきた。
なんとなく察しはついた。秋斗さんか蔵元さんから事の経緯、オルゴールに関わる何かを聞いているのだろう、と。
けれど、俺は秋斗さんたちにすべてを話しているわけでもなかった。
「そのオルゴール、カラクリがあるだろ……。俺、翠葉がそのオルゴールを持って帰ってきてから音が鳴らないって言われて何度かいじってるんだ」
このオルゴールをこの人がいじった……?
「安心していい……。鍵がないとそれはある程度のところまでしか開けられない仕組みになっているだろ。俺が見つけられたのはビロードの布張りの板が外れるところまで。その先の鍵穴の中は見ていない。……いじらなかった。開けないほうがいい気がしたから……。翠葉にはビロードの板が外れることも話してない」
まいった……。ただのオルゴールではないことがばれているとは思っていなかった。
「別に今じゃなくてもかまわないんだろうけど、翠葉と一緒じゃ開けられなかったんだろ? この部屋を貸すよ……。それと少し向き合え。今開けなくてもいい。それでも、少し落ち着け。今の唯は家から出せない」
そう言うと静かに立ち上がって部屋を出ていった。
そうは言われても、俺はオルゴールと向き合うことはできなくて、すぐにその部屋を出た。
あんちゃんは様子を見にリィの部屋に立ち寄っていて、リィはベッドに寝かされていた。
遠目に、一筋の涙が頬を伝った痕が見えた。
俺に気づいたあんちゃんは、
「湊さん、翠葉のことお願いします」
そう言って俺の背に手を回し、そのままリビングへと連れていった。
「まだ向き合うのは無理か」
「無理に決まってる――三年もこの手から離れてたんだ。簡単なことじゃないっ」
だめだ、どうしても感情的になる。ここしばらくはこんなふうにはならなかったのに……。
けれど、わずかな理性が残っていて、リィに謝らなくちゃと思った。突き飛ばしたのは悪かった、と……。
リィは悪くない。なんの因果か知らないけど、セリからこれを預かる羽目になってしまっただけ。
そして、音も鳴らないただの箱を三年間もずっと持っていてくれたんだ……。
いや、リィのことだから三年と言わず、湊さんたちが気づかなければ五年だって十年だって持っていてくれた気がする。きっと、そういう子……。
わかっているのに自分が制御できない――
「唯、とりあえず、置いたらどうかな」
オルゴールの入った紙袋を取り上げられ、リビングのテーブルに置かれた。
それも、俺の視界には入りづらい少し離れた場所に。
「唯、何の話をしてほしい? もしくは話を聞いてもらいたい?」
いったい何を言われているのかが理解できなかった。
「話をしたそうには見えないけど、仕事の話でもすれば少しは落ち着くんじゃないか?」
「……御園生さん、俺、リィには謝んないとって思う」
「そうね、あんたが一方的に悪いみたいだし?」
気づけば湊さんがカウンターに寄りかかって立っていた。
「ったく、何女の子突き飛ばしてんのよ、阿呆……」
「それは反省してるっ」
「軽い脳震盪だから少ししたら気がつくわ。翠葉が謝られてくれるっていうならあとで呼んであげる」
そう言うと、湊さんはまたリィの部屋へと戻っていった。
「謝りたいなら謝ればいい。それまで、少しでも平常心に近い状態にコントロールしろ」
いつものような穏やかな目つきではなく、少し鋭い目で言われた。
確かに――このまま外に出たところで、俺はまた錯乱状態に陥るだろう。
「御園生さん……仕事、仕事の話をしましょう」
「そうだな……。御園生さんじゃなくて、あんちゃん、って言ってくれたらしてやる」
この人は、こんな状態の俺ですら、少し笑いながら冗談みたいな言葉を交えて話せてしまうらしい。
御園生さんはリイが目覚めるまでの間、仕事に関する話のみをしてくれた。
湊さんに呼ばれてリィの部屋に入ると、まずは頭のことを尋ねた。
そしたら、「痛いです」と弱々しいリィではなく、臨戦態勢っぽい女の子がいた。目に、やたらと力があった。
謝れば普通に許してくれるだろうって気持ちがどこかにあって、安易に謝ったら許してくれないという。そこでまた俺の悪い癖が出た。
投げやりというか、別に許してもらえなくてもいいし、とか言っちゃうんだ。
一応、どうしたら許してくれるのか訊いてみると、これまた意外な答えが返ってきた。
許すまで一緒にいろってなんだかなー……。
リィは俺を知らなさすぎるし、男って生き物もまったく理解していないと思う。そのうえ、手放しの無防備……。
そこは俺だ。憎まれっ子のごとく、遠回しに襲うかもよ、と口にしたわけだが、全然ご理解いただけない。それどころか、「兄だから大丈夫!」と啖呵を切った。
どこまでも世間知らずのお姫様。そこを突きつけてもなお食いついてくる。
おまけに、この頭脳明晰な俺様をバカ呼ばわりした。
しかし、その言い分が少しかわいくて、すごく愛おしくて、ものすごく妹だと思ってしまった。
何よりも核心を突いていたと思う。一部ちょっと間抜けだったけど……。
「っ……唯兄のバカっ。ごっこ遊びでも、唯兄って呼ぶの勇気いったんだからっ。それに、今は本当に頼りにしているお兄ちゃんなんだからねっ!? それにそんなにバカバカ言わないでっ。私、これでも学年で三位なんだからっ」
ここまで口にしておきながら、すごく自信なさげに言うんだ。
「……唯兄にとっては本当にただのごっこ遊びだったの?」って。
この一言でノックアウト。あんなの上目遣いで言われたらズキュンです。
こんな妹がいたらかわいいなって思うような子に言われたらさ、自分の行いを改めるしかないじゃんか。
一気に身体中の力が抜けたよ。そのままズルズルとドアを背にしゃがみこんで答えた。
「……ごっこ遊びじゃなかったよ。ちゃんとリハビリになってた。……昔話ができるくらいには――」
俺の中でリィは最初から女って部類には分類されていないんだ。
このマンションにパソコンの設定をしにきたときにはセリとかぶってしまった。けど、相手はセリと全然違う子で、ちゃんと違うということを認識できた。
それに、妹としてこの子と接することができれば自分はもう大丈夫なんじゃないか、とすら思えたんだ。
実際、オルゴールなんて代物が出てくると俺は自分を保つことすら難しくて、挙句リィを突き飛ばすようなことまでしたけれど……。それでも、大切な妹だなって思ったんだよね。
自分的には結構意外な感情だった。
俺、そんなに人と深く付き合うほうじゃないし、今だってホテルの一部の人間と秋斗さんと蔵元さんと関わるくらいだ。
リィの強さはそれだけじゃなくて、さっき大声を出して突き飛ばした人間に「側に行ってもいい?」なんて訊けてしまうところ。
たぶん、俺を兄として慕ってくれてるんだと思う。もしくは、心配してくれてるんだろうな……。
でも、もしここにいるのが俺じゃなくて秋斗さんなら、って考えたら、リィが恐怖で震えあがる様が容易に想像できた。
どうしたものかな……。俺、こんなにどうしようもない人間なのに、こんな純粋培養なお姫さんに信頼されちゃってさ。
俺だって秋斗さんと一緒に行動していただけあって、ケダモノに過ぎないんだけど。
近くで話したいようだったから、俺がベッドまで歩み寄った。
頭はまだ痛いのか訊いてみると、再び臨戦態勢に戻るし……。
なんていうか、許さなければ側にいられると思っているあたりが実にリィらしい。
ちょっと思考回路おかしいけど。でも、そんなところがかわいかったりするんだ。
少し話をすると、湊さんとあんちゃん、加えて蔵元さんを安心させたいと言い出した。
それには俺も同感……。
この子はこんなときでも周りへの配慮を忘れないんだな。さすが、あんちゃんの妹っていうか、いい子だな、と思った。
湊さんとあんちゃんと少し話をしたあと、リィにセリの話を訊いた。
まずどうしてオルゴールがリィの手元に渡ったのか。それが一番の謎だったから。
訊いてみたところであまり大した内容ではなかった。
大した内容っていうか、あまりにも普通の出逢いだったんだ。
同じ病院に入院する患者同士として知り合い、その後何度か話をしたことがあった。つながりともいえないような関係。
ただ、リィっていうフィルターを通しているからなのか、若干セリの性格が違うようにも感じられた。そこで、「女王様みたいなワガママな子だったろ?」と訊いても不思議そうな顔を向けられるばかりか、「私が会ったのは本当にセリカさんですか?」などと訊かれてしまう。
オルゴールを持っている時点でそれ以外あり得ないし、リィから聞いた外見からしてもそうとしか思えなかった。
でも、俺や家族に対する態度とは一八〇度違っていて、それこそこっちが寝耳に水状態だった。
思い返せば、セリだって最初から女王様みたいなわがままな子だったわけじゃない。ある日突然、人格が変わったかのように人を寄せ付けなくなったのだ。
どうしてそうなったのかはまったく理解ができなかったけど、俺はそんなセリに少し焦ったんだ。
それまでは人を気遣って自分の気持ちも言えないような子だったのに、急に自分の望みばかりを口にするようになって、本音で来られると、自分も本音を返しそうになる。
だから、会いにいけなくなった――
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