光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
331 / 1,060
Side View Story 07

31 Side 唯 02話

しおりを挟む
 リィからセリの話を聞くのは昔のセリを思い出させてくれて、とても新鮮で懐かしいと感じた。そして、俺が話す小さいころの話を、リィはとても嬉しそうに聞いてくれた。
 でも、話をオルゴールの話題に振られるとちょっとつらかった……。
 そりゃ、鳴りもしないオルゴールを持っていたんだ。ましてや音楽が好きなリィにとったら、なんの曲が聴けるのかはとても知りたい項目だろう。
 そうは思っても、俺はその曲名を口にすることすらできなかった。
 代わりに、ちょっとした秘密を打ち明けた。
 オルゴールにカラクリがあることと、そのオルゴールを使って手紙交換をしていたこと。
 今はそこまでしか話せない。
 リィは、どうして俺がオルゴールを開けられないのかが不思議なようだったから、たとえ話に秋斗さんと秋斗さんからもらった誕生日プレゼントを使った。
 けれど、あっさりと「開けられると思う」と言われてしまう。
 そこで、俺と同じ状況だったら、という付加を加えた。
 すると、リィの表情は固まり、「怖くて開けられない」と答えた。
 リィ、その怖いはどこからくる怖いかな? その怖いはほかの誰であっても変わらない?
 いつか、ゆっくりと考えてみるといいよ。
 俺の意識は気がつけばオルゴールへと飛んでいて、中に入っているかもしれない手紙で頭がいっぱいになった。そんなとき、リィがするりと俺の隣に座って左手を握る。
「唯兄……大丈夫だよ。お姉さんはユイちゃんが大好きだったもの。すごく大切な人って言ってたもの。たとえ手紙が入っていたとしても、唯兄が傷つくような言葉は並んでいないと思う。それにね、時間はたくさんあるよ。明日も明後日も明々後日も。一週間後も一ヵ月後も一年後も。……どうして私に託されたのかはわからない。でも、唯兄が言ったとおり、壊したくなかったんだと思う。とても大切なオルゴールだったのだと思う。だってね、傷は二ヵ所にしかついていなかったの」
 俺は、リィの「大丈夫だよ」という言葉に掬い上げられた。
 リィの言葉すべてを信じたいと思い、最後の一言にはちょっと笑った。
 リィは変だ。普通、傷の数までは数えないと思う。
 しかも、この様子だと傷の場所までしっかりと覚えていそうだ。
 なんていうか……こういうところがリィなんだろうな。
 秋斗さんが惹かれたのも今なら少しわかるかも。
 俺はリィを女として見ることはないだろう。でも、この子はとても魅力的な子だと思う。
 世間知らずかもしれない。身体が弱いかもしれない。
 それでも、それ以上のものをこの子は持っている。
 それは俺にだってわかる。
 左手を握ったまま静かに寝息を立てる女の子。
「完全に無防備なんだよなぁ……」
 こんなことが秋斗さんに知れたらぶっ飛ばされそうだ。
 俺の今後の行く末を心配しつつ、しばらくリィの寝顔を見ていた。
 あとは――あんちゃんのデスクの上。
 オルゴールとどう向き合うか、だ。
 リィやあんちゃんが言ったとおり、時間はある。
 三年も見つからなかったんだ。中身を見るのにあとどのくらいの時間を要しても大差ないと思う。けど、それじゃ俺って人間はいつまでもこのラインの先には進めないんだよね。
 きちんと向き合う必要がある。
「腹、据えるか……」
 リィ、お願いだからもう少し――もう少しだけ俺の左手を握っててくれないかな。

 二十分もリィの寝顔を見ていると、小さなノック音と共にあんちゃんが入ってきた。
「やりかけのものだけ持ってきた。今日はこれ片付けたら唯も寝ろよ? 明日からは俺がサポートにつく分、少しは楽になるはずだから」
 言うと、静かにドアを閉めて部屋を出ていった。
 俺の手はというと、まだつながれたまま。
 寝てるのに、どうしたらこんなにしっかりと掴んでいられるんだか……。
 そう思った次の瞬間、それまでの力が嘘のように抜けた。手が、放された――
 少し汗ばんでいた手の平に、空気が触れて清涼感を得る。それとは別に、心が心許なさを感じていた。
 エアコンが入ってはいるものの、設定温度は二十八度とさほど低くはない。
 外気温との差が開きすぎると、リィの身体が適応しきれず学校に通うのが難しくなるからだそう。
 エコとかそういうのが理由じゃないところがまたおかしい。
 世間ではエコのために設定温度を上げましょうとか言われる時代なのに。
 リィにはタオルケットがかけられていて、足元だけに夏用の軽い羽毛布団がかけられている。
 横になっているときはまだいいようだけれど、夏でも末端冷え性の症状は改善されないのだとか……。
 どれだけ気をつけて生活すればいいんだか。
 それはセリも変わらなかったな……。
 どんなに気をつけていても発作は起きるし、迫りくる死は避けられないものとして受け入れざるを得なかった。
 けれど、その迫り来る死を待たずしてこの世からいなくなってしまったわけだけど……。
 放された手で、今度は自分からリィの手を握った。人の体温が恋しくて。
 セリとそう変わらない白くて華奢な手。ついセリのパーツと錯覚しそうになる。
 今、少しだけならそれも許されるだろうか。
 一年は三六五日で三年で一〇九五日。一日は二十四時間だから、二六二八〇時間。でもって一時間は六十分だから――
 だめだ、そこまで数える忍耐力は持ち合わせていない。俺の忍耐力を鑑みて三年止まりの一〇九五秒。
 いや、延々と数を数えてオルゴールと向き合うのを先延ばしにしたいのは山々なんだけど、それじゃ意味がないし……。
 期限があることに意味があるのだとしたら、一〇九五秒がいいところ。
 リィの手にセリを重ねつつ、目を瞑って数を数え始めた。

 暗闇の中でひたすらに数を数える。
 何も考えないように、何も思い出さないように、何も感じないように。
 ただ、淡々と数を数える。
 すでに心の中に思い入れなんてものは多すぎるほどに存在している。それらがあったままではこのオルゴールは開けられない。
 ならば、一度すべてを追い出そう。
 真っ白にできればいいけれど、残念ながら俺は黒く塗りつぶすことしかできそうにない。
 だから、目を瞑って数を数えた。
 無心――
 今度、禅寺にでも行ってみようかな。
 あぁ、こういうことを考えた瞬間にバシって叩かれたりするんだろうな、なんて思いつつ、ひたすら数を数えた。
 ……一〇九四、一〇九五――。
 目を開け、そっとリィの手を離した。
 まったく起きそうにないその寝顔を見て少しほっとする。
 オルゴールが置かれたデスクにつき、紙袋から木箱を取り出した。
 凝った細工はなく、中学生だった俺が彫刻刀で彫り、色をつけてニスを塗っただけの木箱。中にはビロードに似た布でそれっぽく内装を施してある。
 これを作ったときばかりは手先が器用で良かったって思ったっけか……。
 開けると、中にはしばらくぶりに見るトルコ石の鍵が入っていた。
 トルコ石の鍵とガーネットの鍵は磁気があり、プラスマイナスで引かれ合う。そうしてくっついた状態で底板の下に隠れる鍵穴に入れるのだ。
 底板を開けると、何か乾燥した花が二種類入っていた。
「なんの花……?」
 ひとつはなんとなくわかる。
 小さい花でセリが好んだものといえば金木犀しか思い浮かばないからだ。
 鼻に近づけ匂いを嗅いでみたけど、残念ながらなんの匂いもしなかった。
 もうひとつの花は検討もつかない。
 ひとつになった鍵を鍵穴に差し込むものの、次の作業――回す、という行動に移れない。
 ここで止まってどうする――
 自分を叱咤してようやく鍵を回すと、鳴るはずのオルゴールは鳴らなかった。
 不思議に思いながら、鍵を差し込むことで開かれる最後の板を外すと、丁寧にたたみこまれた白い紙が入っていた。
 その存在に心臓が暴れだす。
 感情が及ぼす人の行動はすごいと思う。気づけば俺はデスクから少し身を引いていた。
 けれど、視線は折りたたまれた紙から離すことをできずにいる。
 色褪せてもいない紙はつい最近入れられたんじゃないか、と思わせる。
 間違いなく三年以上の月日が経っているにも関わらず、時の経過を示すものは乾燥した花のみだった。
 指先の感覚に驚き、俺は手に持った紙をまじまじと見つめる。
「俺、ちゃんと起きてるよな……」
 いつ手紙を手に取ったのか記憶にない。たぶん、自然と手が伸びたのだろうとは思うけれど、これを俺は開くのだろうか……。
 また気がついたら開いていた、とか気がついたら読み終わってた、とかそういうのはごめんだ。
 きっちりとデスクにつきなおし、手紙を広げることにした。
 宛名は「唯へ」というとてもシンプルなもので、書き出しも軽快なものだった。

 唯は元気?
 唯は今いくつ?
 唯はどうしてこの手紙を読むことができたの?
 唯は翠葉ちゃんに出逢えたのかな?

 最初から疑問符ばかりだ。
 思えば、「どうして?」はセリの口癖だった。
 そんなことを思い出すと、心がふわりとあたたかくなる。
 のちに続く内容などまったく匂わせない書き出しだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

家政婦さんは同級生のメイド女子高生

coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

俺の家には学校一の美少女がいる!

ながしょー
青春
※少しですが改稿したものを新しく公開しました。主人公の名前や所々変えています。今後たぶん話が変わっていきます。 今年、入学したばかりの4月。 両親は海外出張のため何年か家を空けることになった。 そのさい、親父からは「同僚にも同い年の女の子がいて、家で一人で留守番させるのは危ないから」ということで一人の女の子と一緒に住むことになった。 その美少女は学校一のモテる女の子。 この先、どうなってしまうのか!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

FRIENDS

緒方宗谷
青春
身体障がい者の女子高生 成瀬菜緒が、命を燃やし、一生懸命に生きて、青春を手にするまでの物語。 書籍化を目指しています。(出版申請の制度を利用して) 初版の印税は全て、障がい者を支援するNPO法人に寄付します。 スコアも廃止にならない限り最終話公開日までの分を寄付しますので、 ぜひお気に入り登録をして読んでください。 90万文字を超える長編なので、気長にお付き合いください。 よろしくお願いします。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物、団体、イベント、地域などとは一切関係ありません。

処理中です...