光のもとで1

葉野りるは

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Side View Story 06

01~03 Side 秋斗 04話

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 ベンチはちょうど木陰に入っていた。
 そんなことにほっとする。
 ほかの女相手にはいつだって自分本位で行動してきたのにな……。
「座って」
 促すと、彼女はベンチの端に浅く腰掛けた。俺はその右隣に座り、
「返事を聞かせてくれる?」
 こんなつらそうな表情をしている彼女に切り出させるわけにはいかなかった。
「――秋斗さん、あの……」
「うん」
 彼女は、焦点の定まらない目で芝生を見ながら話し始めた。
「私は……秋斗さんがすごく好きです。でも――私は……私は……秋斗さんとは一緒にいられない――」
 俺は彼女を斜め後ろから眺めるように座っていた。あまりにも彼女が浅く腰掛けたからこその位置関係。
 そして、今は後ろ姿にも関わらず、身体中に力が入っているのが見て取れた。それは藤山でキスをしたときの比ではない。
 それにしても――
「やな答えだね。……好きなのに一緒にいられないって何?」
「――ごめんなさい」
「……正直、水曜日までは振られるなんて少しも思ってなかった。それがどうして一八〇度変わってしまったのかが知りたい。実のところ、藤山を散歩したときにはいい返事が聞けるかもしれないって期待したよ」
 今でもまだ期待はしている。それは返事ではなくて雅のことを話してくれはしないだろうか、と。
 話してさえくれれば引き止めることだってできる。
 ……あぁ、それは即ちいい返事を期待していることになるんだろうか。俺もぞんがい往生際が悪い。
 彼女は何も言わずに俯いていた。
「何も言わずに」ではなく、「言えずに」かな。
「今の答えは翠葉ちゃんが自分で出した答え? 俺は言ったよね? 誰に相談してもかまわない。でも、最後に答えを出すのは翠葉ちゃんだって」
 真っ直ぐに彼女を見る。
 普段ならこのあたりで絶対に視線を合わせる努力をする彼女だが、今はまったくこちらを見ようとしない。そして、
「自分で出した答えです。理由は……私には誰かと付き合うなんて余裕がないから――」
 やっぱり言ってはくれないか……。
「余裕がないなら頼ってくれればいいことじゃない? 俺はそれを望んでいるんだけど」
 俺はこの期に及んで悪あがきをするのだろうか。こんなにも苦しんでいる彼女を前にしても……?
「これからの私を見られたくないから……」
 ポツリと聞こえた声。それは用意してきた答えとかそういう類ではなかったと思う。
「……これからの翠葉ちゃん?」
 訊くと、今までとは違い、ひとつひとつ明確に言葉にしてくれた。
「そうです。これからの私は飲む薬の分量が増えて、まともに日常生活も送れなくなります。それで一緒にいるのなんて無理だし、第一、そんな自分は見られたくない。話をすれば傷つけることを言ってしまうかもしれない。……好きな人を傷つけたいとは思わないでしょう? でも、これからの私はそんなコントロールすらできないほど余裕がなくなります。だから……だから、一緒にはいられません」
 これはきっと嘘じゃない。用意されたものでもなく、限りなく彼女の心に近い本音の部分。だから、芯がぶれない。
 それなら仕方がないだろう……。
「じゃぁ、待つ、かな……。翠葉ちゃんに余裕ができるまで」
 そう言うと、彼女はやっと顔を上げ俺を見た。
「何? 予想外って顔をしてるけど」
 すごく悩んでくれたみたいだけど、ごめんね。
「あのね、一度振られたくらいじゃ俺は諦めないよ? それに、俺を振るんだ。今後は覚悟しておいて。今まで以上に口説きにかかるから」
「この人は誰だろう?」とでもいうような顔で見られる。
 翠葉ちゃん、俺は俺、だよ。
「悪いけど、こんな断わり方で俺が身を引くとは思わないように。うちの血筋は諦めが悪いことで有名なんだ」
 にこりと笑みを向ける。
「それとね、もう一度忠告しておくけど、男は逃げられると追いたくなる本能が備わっているんだ」
 ベンチの背もたれに置いていた左手で彼女の左肩を捕らえると、軽く口を開けた彼女の唇に口付ける。
「こんな簡単な手に引っかかっちゃうから心配なんだ。……俺、翠葉ちゃんの『初めて』は全部もらうつもりでいるから。俺に陥落させられる前にほかの男に奪われないでね」
 言ったことの意味を理解してくれたのかできていないのか、この子においてはそんなことすらわからない。
 ただ、今目の前にいる彼女は間違いなく自分の中に魂があって、ちゃんと俺の行動に反応を示してくれている。
 顔を真っ赤にして芝生に目を落とし、うろたえている。
 もういい、それだけでいい――今は、だけど。

「さ、家まで送るよ」
 手を差し出すと、その手を前に戸惑う彼女。
 きっとこの手を取っていいのか、そんなことを考えているのだろう。
「翠葉ちゃん、断わられようと何されようと俺の対応は変わらないよ。だから、この手を取って」
 君はとても素直でとても無防備で、とても迂闊だ――
 手を乗せてくれた瞬間に彼女を引き上げ、眩暈を起こさせた。
 卑怯かもな……。でも、今日は俺もまいっているんだ。
 君をこの腕に抱いてキスをして――藤山であんなキスをしたにも関わらず、君は受け入れてくれただろう?
 それが、どれほど俺を喜ばせたか、君は知らなさ過ぎる。
 抱きしめたまま、
「翠葉ちゃん、ここへ来た日のことを覚えてる?」
 彼女は少し考えてから、「はい」と答えた。
「あのときの動揺の原因、その理由わかった?」
 かなり長い沈黙のあと、
「いえ――司先輩に直接尋ねたら、お見合いじゃないって言われて……」
「それで?」
「安心して、今の今まですっかり忘れていました」
「翠葉ちゃんらしいけど、それ、ちゃんと理由を突き止めたほうがいいと思うよ」
 そう言うと、彼女を腕から解放し、右手だけを放さずに歩きだす。

 本当は言わなくても良かった。でも、それは司相手にすることではないと思った。
 あいつは自分に不利になるようなことでも俺に話すだろう。どんなことでも、翠葉ちゃんのためとなることならば、自分の不利など厭わずに。
 現に雅の件は俺に言わないという選択肢だってあったわけだし、あいつならその隙を狙うことだってできたはずだ。
 でも、そういうことを司はしない。ならば、俺もそうあるべきだと思った。
「正々堂々」――そんな言葉を使うつもりはない。でも、司はそういうやつだから……。
 譲るつもりなんて端からない。が、司相手に姑息な手も卑怯な手も使うつもりは毛頭ない。やるなら目の前から掻っ攫う。
 ……いうなれば、「真っ向勝負」ってところかな。

 手を引かれて歩く彼女はずいぶんと長い間放心状態だった。
 駐車場に戻り、いつものように助手席へ座らせドアを閉める。
 彼女は俺が運転席に乗ってもまだシートベルトにすら手を伸ばさない。
 これ幸いと彼女の前を横切り様に、
「シートベルトは締めないとね」
 と、キスをした。
 途端に目が見開かれる。
 けれど、何を言うでもなく、ただ両手だけが素早く動き、口元を押さえた。
「君は本当に無防備すぎるんだ。今後は少し警戒したほうがいいかもよ?」
 俺の前ではそのままでいい。ほかの男の前では警戒してくれ……。
 彼女の家に着くと一度エンジンを切り、後部座席に乗せていた荷物を玄関の中へ運び込む。
 いつもなら、見送ってくれる彼女をバックミラーで見るのが楽しみでもあるけれど、今日はいかなる場所でも彼女を人目に触れさせたくはなかった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。でも、見送りはいいよ」
 俺の言葉は聞くつもりがないらしく、外に出てこようと自分のあとに続く気配がする。
 ドアの前で立ち止まると、俺の背中に彼女がぶつかった。
「ごめんなさ――」
 謝りながら額を押さえようと上げた右手を取り、そのまま抱きしめる。
「今日の翠葉ちゃんは人目に触れさせたくないんだ。本当はね、このまま攫っていきたいくらいなんだよ」
 彼女の目を見て、そのまま唇を塞いだ。
「っん……」
 深く深く――ただ彼女を感じたくて、唇も舌もすべてを貪りつくすように口付けた。
 一度口付けると止まらなくなる。
 何度も何度も角度を変え、彼女の唇を食む。
 捕らえた彼女の手はしだいにあたたかくなってくる。全身が火照るほどに感じさせたいけれど、今は「そのとき」じゃない。
 唇を解放したとき、彼女は肩で息をするほどに息が上がっていた。
「翠葉ちゃん、キスのときは鼻で呼吸してね」
 俺はいたずらっぽく笑う。
 その言葉を発したときにはすでに真っ赤で、それ以上赤くなることなどできないようだった。
 それ以上赤くなることはないかもしれない。でも、今以上の快感はあるんだよ。
「今回は俺にいたらなかった部分があって、無駄に翠葉ちゃんを傷つけてるから一端引く。でも、次に返事をもらうときはいい返事しかもらうつもりはないから」
 彼女をそのまま置き去りにするような形で御園生家をあとにした。
「少しは逃げるなり嫌がるなりしてくれればいいのに……」
 これではどうやっても諦めなんかつくわけがない。
 次からはキスをする際に了承くらい得たほうがいいだろうか。でも、次っていつだよ……。
 ……そこは俺しだい、かな。
 翠葉ちゃん、申し訳ないけど、俺はかなりしつこいし独占欲も強いみたいだ。
 どう言ったらいいのかわからないけれど、強いて言うなら「ご愁傷様」かな。
 車を発進させると妙な言葉が頭をよぎった。
 ――「好きな女と麻薬はなんら変わらない」。
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