上 下
111 / 150
Chapter 9

自覚 ③

しおりを挟む

   のぞみが新大阪に到着するアナウンスが流れ、滑るようにホームに入っていく。

   ドアが開いて、新しい乗客が入ってきた。智史の姿はなかった。

——やっぱし、乗られへんかってんわ……

   このまま品川まで一人っきりで乗っていかなければならないのだ。

   先刻さっきまでのパニックのような状態からはなんとか脱したが、稍から身体からだ中の力が抜けた。
   ちいさな子どもがふてくされたような顔で、稍は大きな窓の外を見る。

——うそつきっ。さとくんの、うそつきっ!

   そのとき、不意に、隣にだれかが座る気配がした。

「あのっ……そこ、空いてませんから!」
   稍はそう言いながら、振り向いた。

「……なんでや?おれの席やぞ」

   声の主がそう主張した。稍の目がありえないほど、見開かれる。

   そこに腰を下ろしていたのは——智史だった。

「おまえは、おれが持ってる乗車券をだれかに売っぱらったんか?」
   彼は破顔して言った。子どもの頃からのあの笑顔だ。

「な…なんで?……新大阪から乗ったん?」
   稍はワケがわからない。

「アホか。……んなわけ、ないやろうが。ちゃんと新神戸で乗っとったわ」

   智史はスーツ姿からラフな格好になっていた。リムレスの眼鏡もとっていた。ネットカフェで着替えたのだ。

「ちょっと前にホームに着いとったんやけど、やっと担当のチームリーダーと連絡がついたんや。あいつ、家族でオーストラリアに行ってやがった。成田に着いてあわてて通話してきよったから、ホームの端の方におったんや。のぞみが来ても説明が終わらへんかったから、乗ってからはデッキで通話してた。ほんで、おまえにL◯NEできへんかった」


    智史は立ち上がって、自分のゼ◯ハリバートンのシルバーのキャリーバッグを座席の上の棚に乗せ、稍のオレンジのハ◯ズプラスをその隣に置いた。
   そして、借りてきたブランケットを稍に渡す。グリーン車だけのサービスだ。

「あれ……稍、おまえ……目が赤いぞ。それに、なんか鼻声やし」

   智史がニヤリ、と笑った。

「そ…そんなこと、ないもんっ」

   稍はうつむいて、受け取ったブランケットをあわてて膝の上に広げた。

「そうか?」

   智史が身をかがめて、稍の顔を覗き込む。
明らかにおもしろがっている。

   睨むために顔を上げた稍と、目を落とした智史との視線がぶつかる。

   智史の顔が近づいてくる。稍が自然と目を閉じる。

   二人のくちびるが出会った。


——すき……だいすき……

   だいすきやねん……智くん……


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   東京のマンションに戻ると、智史は稍をまるで抱えるようにして寝室に連れ込んだ。

「……智くん……明日から……仕事やん。神戸から……戻ってきて……疲れてないのん?」

   息を封じ込まれるほどの深いくちづけをされ、すでに稍は喘ぐような息遣いになっている。

「アホか。明日から仕事やから、週末までおまえを抱けへんやろ?……それに、男は疲れてるときの方が却って『調子ええ』んや」

   智史はそうこうしてる間に、手際よく稍の服を剥いていき、もう下着に手をかけている。

「あたし、思っててんけどさぁ……智くんてさぁ……結構、むっつりスケベくない?」

「うるさい。やかまし。黙れ。……男はみんな考えてることは一緒や」

   だが、言葉とは裏腹の甘い声だ。身も心もされるがままの稍は、喉を上げて笑う。

「……こんなカラダで……こんなに感度のええ……おまえが悪い」

   すっかり自分の服も脱いでしまった智史が、稍の身体からだに覆いかぶさる。

——それって、セフレにとっては「最高の褒め言葉」?

   自分の気持ちに目覚めてしまった稍は、一瞬、泣きそうな顔になる。

「それに今日は……『特別な日』やったからな」

   智史はじっと見つめたまま、稍の頬をやさしく撫でた。

——あぁ、そうか。永年の「復讐」を実行した日、やったもんなぁ……


  それでも……どんな「形」であろうと……

  一緒にいられるんやったら……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

クールな御曹司の溺愛ペットになりました

あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット やばい、やばい、やばい。 非常にやばい。 片山千咲(22) 大学を卒業後、未だ就職決まらず。 「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」 親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。 なのに……。 「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」 塚本一成(27) 夏菜のお兄さんからのまさかの打診。 高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。 いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。 とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...