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Chapter 9
自覚 ③
しおりを挟むのぞみが新大阪に到着するアナウンスが流れ、滑るようにホームに入っていく。
ドアが開いて、新しい乗客が入ってきた。智史の姿はなかった。
——やっぱし、乗られへんかってんわ……
このまま品川まで一人っきりで乗っていかなければならないのだ。
先刻までのパニックのような状態からはなんとか脱したが、稍から身体中の力が抜けた。
ちいさな子どもがふてくされたような顔で、稍は大きな窓の外を見る。
——うそつきっ。さとくんの、うそつきっ!
そのとき、不意に、隣にだれかが座る気配がした。
「あのっ……そこ、空いてませんから!」
稍はそう言いながら、振り向いた。
「……なんでや?おれの席やぞ」
声の主がそう主張した。稍の目がありえないほど、見開かれる。
そこに腰を下ろしていたのは——智史だった。
「おまえは、おれが持ってる乗車券をだれかに売っぱらったんか?」
彼は破顔して言った。子どもの頃からのあの笑顔だ。
「な…なんで?……新大阪から乗ったん?」
稍はワケがわからない。
「アホか。……んなわけ、ないやろうが。ちゃんと新神戸で乗っとったわ」
智史はスーツ姿からラフな格好になっていた。リムレスの眼鏡もとっていた。ネットカフェで着替えたのだ。
「ちょっと前にホームに着いとったんやけど、やっと担当のチームリーダーと連絡がついたんや。あいつ、家族でオーストラリアに行ってやがった。成田に着いてあわてて通話してきよったから、ホームの端の方におったんや。のぞみが来ても説明が終わらへんかったから、乗ってからはデッキで通話してた。ほんで、おまえにL◯NEできへんかった」
智史は立ち上がって、自分のゼ◯ハリバートンのシルバーのキャリーバッグを座席の上の棚に乗せ、稍のオレンジのハ◯ズプラスをその隣に置いた。
そして、借りてきたブランケットを稍に渡す。グリーン車だけのサービスだ。
「あれ……稍、おまえ……目が赤いぞ。それに、なんか鼻声やし」
智史がニヤリ、と笑った。
「そ…そんなこと、ないもんっ」
稍は俯いて、受け取ったブランケットをあわてて膝の上に広げた。
「そうか?」
智史が身を屈めて、稍の顔を覗き込む。
明らかにおもしろがっている。
睨むために顔を上げた稍と、目を落とした智史との視線がぶつかる。
智史の顔が近づいてくる。稍が自然と目を閉じる。
二人のくちびるが出会った。
——すき……だいすき……
だいすきやねん……智くん……
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
東京のマンションに戻ると、智史は稍をまるで抱えるようにして寝室に連れ込んだ。
「……智くん……明日から……仕事やん。神戸から……戻ってきて……疲れてないのん?」
息を封じ込まれるほどの深いくちづけをされ、すでに稍は喘ぐような息遣いになっている。
「アホか。明日から仕事やから、週末までおまえを抱けへんやろ?……それに、男は疲れてるときの方が却って『調子ええ』んや」
智史はそうこうしてる間に、手際よく稍の服を剥いていき、もう下着に手をかけている。
「あたし、思っててんけどさぁ……智くんてさぁ……結構、むっつりスケベくない?」
「うるさい。やかまし。黙れ。……男はみんな考えてることは一緒や」
だが、言葉とは裏腹の甘い声だ。身も心もされるがままの稍は、喉を上げて笑う。
「……こんなカラダで……こんなに感度のええ……おまえが悪い」
すっかり自分の服も脱いでしまった智史が、稍の身体に覆いかぶさる。
——それって、セフレにとっては「最高の褒め言葉」?
自分の気持ちに目覚めてしまった稍は、一瞬、泣きそうな顔になる。
「それに今日は……『特別な日』やったからな」
智史はじっと見つめたまま、稍の頬をやさしく撫でた。
——あぁ、そうか。永年の「復讐」を実行した日、やったもんなぁ……
それでも……どんな「形」であろうと……
一緒にいられるんやったら……
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