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黒龍ロジュ
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ある日、空が真っ黒になって驚いた。突然の曇天というわけではない。いつかの龍の会合で出会った黒い龍が屋敷へとやってきたのだった。屋敷のそばへ降り立つとすぐに人の姿に変わり、フェイに挨拶した。
「突然やってきてすまない」
「いいえ。いらしてくれるとは思っていなかったので、またお会いできてうれしいです」
「ルイは居ないのか」
「はい、少し出かけています。昼頃には戻るかとは思いますが」
「そうか……」
黒い龍はルイの不在を聞いて少し戸惑っていたようだった。ルイと同じくあまり表情のない龍だったが、黒い龍の場合は人慣れしておらず不器用なのだろうということがわかる。
「どうぞ、中にお入りください。国から贈られてきたお茶があるんです」
「ありがとう」
フェイが促すと素直に礼を言って従った。
「あの、龍神様。龍神様のことは、なんとお呼びしたらよいでしょうか?」
「そういえば名乗っていなかったな。人は黒龍様だとか呼ぶが、龍たちからはロジュと呼ばれている。好きに呼ぶといい」
「ロジュ様ですね。会合ではなかなかおひとりずつとお話することが難しくて、ずっとお聞きしたかったのです」
「ふむ、そうであろうな」
フェイは話しながら茶器を用意し、囲炉裏の火にかけていた湯を使い茶を淹れた。
「今日はフェイに用があって参ったのだ」
「おや、ルイにではなく、私に? どういったご用でしょう」
「……私は、やはり恐ろしいのだろうか」
「……はい?」
フェイは黒龍ロジュの話す意図が汲み取れず、思わず聞き返してしまった。
「それは、見た目の話でしょうか?」
「うむ……見た目もだし、声や、言葉遣いなんかも」
「ううん、そうですね。お姿は確かに……身体が大きくていらっしゃいますし、深い黒色は威圧感を与えてしまうかもしれません。しかしロジュ様は初めてお話したときから選ぶ言葉や話し方が柔らかくて落ち着いていて、お優しい方なのだろうと感じましたよ」
「……そうか」
フェイにそう言われて少し伏せられた目はどこか恥ずかしそうだった。人の子から見て自分はどう見えるか、ということを知りたかったのなら、確かに前から知っているルイや他の龍たちではなく自分に用があるというのもフェイは納得した。
「しかし、どうしてそんなことを聞かれるのです? 誰かに何か言われたとか」
「……実は、うちで小さな子どもを保護しているのだ。その……フェイと少し似た事情があってな。人の子なのだが、獣のような尻尾があるのだ。目つきも少し人の子のそれとは違っている」
「はあ……それはまた……」
「だが、それだけだ。それ以外は、普通の人の子と同じなのだ。その子は村で迫害され、山に捨てられていた。ひどく衰弱していたが、このところは少し持ち直していてね」
「良かったです。しかし、迫害とは……」
「私が守護する国は広いのだが、その子は山のふもとにある田舎町の平民の家に生まれたようだ。いじめられたり、気味が悪いと口を聞いてもらえなかったり……ついには親からも食事を与えられず、捨てられたらしい」
「……ひどい話です……私はまだ家族が守ってくださいましたから、その子は私などよりももっとつらい思いをしたことでしょう」
「そうか。フェイは王族の生まれだったね」
「はい」
フェイはふむ、と考え、始めの話に立ち返る。
「となると、その子がロジュ様を怖がっているのですか?」
「そうかもしれない。せっかく体調が少し戻ったのに、私が話しかけるたびにびくびくとしているし、あまり口も聞いてくれない」
「そうなんですね……小さな子にとっては大きなロジュ様は恐ろしいのかもしれませんし、いじめられたりといった経験から、力の強そうな人には怯えてしまうのかもしれませんね」
「……私も口が上手くない。せめてお前に危害を加えるつもりがないということを、わかってもらいたいのだが……信じてはもらえていないようだ」
姿が違うからと人々の輪の中に入れない子ども。怖がられて話す言葉も信じてもらえないロジュ。フェイにはそのどちらもの気持ちがわかり、切なくなる。
どうしたものかと頭を悩ませていると、外出していたルイが帰宅した。
「ただいま……って、ロジュ! どうしてここに」
「邪魔しているよ」
「ルイ、おかえりなさい。早かったですね」
「フェイもそんな、何でもないことのように一緒にお茶なんか飲んで……知らないうちにすっかり仲良くなったのだね……」
ふたりが暮らす屋敷の居間でロジュとフェイが二人で火を囲みながらお茶をしているのだからルイは驚いたが、フェイは何ら特別なことではない風にのほほんとしている。
帰宅したばかりのルイにこれまでの話をかいつまんで説明すると、ルイもなるほどなと納得したようだった。
「とんだ出不精のロジュが家にいるものだから、何事かと思えば。そういうことだったか」
「ロジュ様が出歩くのはそんなに珍しいことなのですか?」
「そんなことはないよ。会合には毎度顔を出しているじゃないか」
「外出と言えばそれくらいだろう……それにしても、獣の尻尾を持つ子どもか。お前がそんな子を保護するなんてな」
「放っておけなかった。特に似ているという訳ではないが、どうにもフェイのことを思い出してしまって」
人の手には負えず龍の住む山へとやってきた子が、どうしてもフェイと重なった。
国から半ば追放されたような形でひとりにされなからも、会合の場で龍に囲まれ、夫であるルイの隣で穏やかに笑っていた人の子。この子とフェイと、何が違うのだろう。そう思うと捨て置くことはできなかった。
「そうだね、今更ロジュの見た目がすぐにどうこうできるわけでもないし、一度フェイと会わせてみたらどうかね?」
「私とですか?」
「うん。フェイは角があっても普通の人の子であるのだし、もしかしたら心を開いてくれるかもしれないよ」
「希望があるのであれば、一度試してみてもよいだろうか。もちろんフェイが嫌じゃなければだが」
「私もそう人付き合いをしてきたものではないですから自信はありませんが……私でよければ」
「うんうん、それがいい。フェイは声も話し方も穏やかで綺麗だし、見るからに柔和で優しい雰囲気があるからきっと大丈夫だよ」
そうと決まれば、まだ明るいうちにと急いで支度をして三人はロジュの住む山の社へとむかった。
山をいくつか超えた先の遠いところだけれど、ロジュの背に乗って行けばすぐだった。
「ロジュ様は飛ぶのが速いですね」
「こやつは意外とせっかちなのだ。しっかり私に掴まっているんだよ」
「はい」
「突然やってきてすまない」
「いいえ。いらしてくれるとは思っていなかったので、またお会いできてうれしいです」
「ルイは居ないのか」
「はい、少し出かけています。昼頃には戻るかとは思いますが」
「そうか……」
黒い龍はルイの不在を聞いて少し戸惑っていたようだった。ルイと同じくあまり表情のない龍だったが、黒い龍の場合は人慣れしておらず不器用なのだろうということがわかる。
「どうぞ、中にお入りください。国から贈られてきたお茶があるんです」
「ありがとう」
フェイが促すと素直に礼を言って従った。
「あの、龍神様。龍神様のことは、なんとお呼びしたらよいでしょうか?」
「そういえば名乗っていなかったな。人は黒龍様だとか呼ぶが、龍たちからはロジュと呼ばれている。好きに呼ぶといい」
「ロジュ様ですね。会合ではなかなかおひとりずつとお話することが難しくて、ずっとお聞きしたかったのです」
「ふむ、そうであろうな」
フェイは話しながら茶器を用意し、囲炉裏の火にかけていた湯を使い茶を淹れた。
「今日はフェイに用があって参ったのだ」
「おや、ルイにではなく、私に? どういったご用でしょう」
「……私は、やはり恐ろしいのだろうか」
「……はい?」
フェイは黒龍ロジュの話す意図が汲み取れず、思わず聞き返してしまった。
「それは、見た目の話でしょうか?」
「うむ……見た目もだし、声や、言葉遣いなんかも」
「ううん、そうですね。お姿は確かに……身体が大きくていらっしゃいますし、深い黒色は威圧感を与えてしまうかもしれません。しかしロジュ様は初めてお話したときから選ぶ言葉や話し方が柔らかくて落ち着いていて、お優しい方なのだろうと感じましたよ」
「……そうか」
フェイにそう言われて少し伏せられた目はどこか恥ずかしそうだった。人の子から見て自分はどう見えるか、ということを知りたかったのなら、確かに前から知っているルイや他の龍たちではなく自分に用があるというのもフェイは納得した。
「しかし、どうしてそんなことを聞かれるのです? 誰かに何か言われたとか」
「……実は、うちで小さな子どもを保護しているのだ。その……フェイと少し似た事情があってな。人の子なのだが、獣のような尻尾があるのだ。目つきも少し人の子のそれとは違っている」
「はあ……それはまた……」
「だが、それだけだ。それ以外は、普通の人の子と同じなのだ。その子は村で迫害され、山に捨てられていた。ひどく衰弱していたが、このところは少し持ち直していてね」
「良かったです。しかし、迫害とは……」
「私が守護する国は広いのだが、その子は山のふもとにある田舎町の平民の家に生まれたようだ。いじめられたり、気味が悪いと口を聞いてもらえなかったり……ついには親からも食事を与えられず、捨てられたらしい」
「……ひどい話です……私はまだ家族が守ってくださいましたから、その子は私などよりももっとつらい思いをしたことでしょう」
「そうか。フェイは王族の生まれだったね」
「はい」
フェイはふむ、と考え、始めの話に立ち返る。
「となると、その子がロジュ様を怖がっているのですか?」
「そうかもしれない。せっかく体調が少し戻ったのに、私が話しかけるたびにびくびくとしているし、あまり口も聞いてくれない」
「そうなんですね……小さな子にとっては大きなロジュ様は恐ろしいのかもしれませんし、いじめられたりといった経験から、力の強そうな人には怯えてしまうのかもしれませんね」
「……私も口が上手くない。せめてお前に危害を加えるつもりがないということを、わかってもらいたいのだが……信じてはもらえていないようだ」
姿が違うからと人々の輪の中に入れない子ども。怖がられて話す言葉も信じてもらえないロジュ。フェイにはそのどちらもの気持ちがわかり、切なくなる。
どうしたものかと頭を悩ませていると、外出していたルイが帰宅した。
「ただいま……って、ロジュ! どうしてここに」
「邪魔しているよ」
「ルイ、おかえりなさい。早かったですね」
「フェイもそんな、何でもないことのように一緒にお茶なんか飲んで……知らないうちにすっかり仲良くなったのだね……」
ふたりが暮らす屋敷の居間でロジュとフェイが二人で火を囲みながらお茶をしているのだからルイは驚いたが、フェイは何ら特別なことではない風にのほほんとしている。
帰宅したばかりのルイにこれまでの話をかいつまんで説明すると、ルイもなるほどなと納得したようだった。
「とんだ出不精のロジュが家にいるものだから、何事かと思えば。そういうことだったか」
「ロジュ様が出歩くのはそんなに珍しいことなのですか?」
「そんなことはないよ。会合には毎度顔を出しているじゃないか」
「外出と言えばそれくらいだろう……それにしても、獣の尻尾を持つ子どもか。お前がそんな子を保護するなんてな」
「放っておけなかった。特に似ているという訳ではないが、どうにもフェイのことを思い出してしまって」
人の手には負えず龍の住む山へとやってきた子が、どうしてもフェイと重なった。
国から半ば追放されたような形でひとりにされなからも、会合の場で龍に囲まれ、夫であるルイの隣で穏やかに笑っていた人の子。この子とフェイと、何が違うのだろう。そう思うと捨て置くことはできなかった。
「そうだね、今更ロジュの見た目がすぐにどうこうできるわけでもないし、一度フェイと会わせてみたらどうかね?」
「私とですか?」
「うん。フェイは角があっても普通の人の子であるのだし、もしかしたら心を開いてくれるかもしれないよ」
「希望があるのであれば、一度試してみてもよいだろうか。もちろんフェイが嫌じゃなければだが」
「私もそう人付き合いをしてきたものではないですから自信はありませんが……私でよければ」
「うんうん、それがいい。フェイは声も話し方も穏やかで綺麗だし、見るからに柔和で優しい雰囲気があるからきっと大丈夫だよ」
そうと決まれば、まだ明るいうちにと急いで支度をして三人はロジュの住む山の社へとむかった。
山をいくつか超えた先の遠いところだけれど、ロジュの背に乗って行けばすぐだった。
「ロジュ様は飛ぶのが速いですね」
「こやつは意外とせっかちなのだ。しっかり私に掴まっているんだよ」
「はい」
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