つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい

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冬の日

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「……さむい」

 フェイは雪のちらつく空を見上げながら呟く。

「フェイ、外にいたのかい。寒いだろう」
「ルイ、おかえりなさい」
「ただいま。ああ、きちんとあたたかい羽織を着ているね」
「はい。これを着ているとふわふわ気持ちよくてあたたかいです」

 冬用の羽毛を使ったふかふかの厚い羽織ものと毛皮の襟巻を身につけたもこもこのフェイを、ルイはかわいいなと思いながら見つめる。
 フェイの目は薄灰色の雲に覆われた空と降る雪を見ている。

「雪は初めてかい?」
「庭に降る雪を見たことはありますが、こうして雪の降る空の下に立って、肌に落ちてくるのは初めてです。こんなにも冷たいのですね」
「このあたりも雪は珍しいからね。山の高い方はたくさん降るけれどここらは積もることは稀だ」
「そうなのですね。王宮でも落ちたそばから溶けてしまうくらいの雪で、積もっているのは初めて見ました……深く積もった雪も見てみたいです。ちらちらと降る様も、それが木の葉を白くしていくのも、手に落ちた雪が溶けていくのも、とても綺麗……」
「うむ、確かにいつもの景色がゆっくりと色を変えていくのは趣があっていいね」
「雪が景色を白く染めていくことを雪化粧というのだそうです。本で読んだ言葉でしたが、こうしてその景色の中に自分が立っているのは不思議です」
「雪化粧か。人は面白い表現をするね」
「はい、本当に」

 世界を知らずに生きてきたフェイには木々や山に雪が降り積もり白くなっていく様を化粧に例えるなんて感性はなかった。ただこうしてその景色の中にいると、人がそう言葉にした気持ちが理解できる。
 ルイはしんしんと降り積もる雪を眺めるフェイの横顔を愛おしそうに見つめた。

「フェイの桃色の頬に真っ白い雪が落ちる様はとても綺麗でずっと見ていたいけれどね、そろそろお昼にしよう。今日は北の山の妖精たちに芋を貰ったんだ」
「お芋ですか、いいですね」
「芋は好きかい?」
「はい、好きです」

 ふたりは屋敷に入り、瓶の水で芋の皮をきれいに洗いながら話す。

「これは、あの緑の龍神さまの里からですか?」
「いや、これはあいつじゃなくてあのでっかい黒いのさ」
「そうだったのですね。ではこちらは遠くの村の人たちからの献げ物でしょうか」
「ああ、奴はこの前話してた通り半神だからね。人間からの貢物も多いのだが、奴自身は食が細いんだ。だからいつもあの集まりにはたくさん酒や食べ物を持ってくる。これは奴からフェイにと包んでくれたんだよ」
「私に? 気遣ってくださったのでしょうか」
「奴は見た目は恐ろしいように見えるが、優しい奴でね。か弱い人の子を心配しているのだろう」
「そうなのですね。いえ、優しい御方なのだろうということは話していてわかりました」

 会合で話した黒き龍は身体は大きく無表情で、確かに初対面では恐ろしく見えるのだろう。しかしフェイに向ける瞳や言葉が優しかったことをよく覚えている。

「見た目が恐ろしく思えても、きちんと接していれば心はわかるものです」
「ふふ、フェイが言うと説得力があるね」
「そうでしょう。私もそんなことが言えるようになりました」

 そんなことを話しながらたっぷりの水で茹でた芋のほこほこと甘い香りに、二人は顔を綻ばせた。

「あまりお腹がすかなくなってからも、美味しいものは美味しいと感じられるのはよかったです」
「うん、それはよかった。龍たちの中には、まるで食に興味がないものもいるから……まあ、それが普通かもしれないけれど」
「本来必要ないですものね。それなのにいただくのもなんだか気が引けますが……」
「長く生きているとね、娯楽は欠かせないものだよ。それに、フェイにはまだ必要だろうから」
「そうですね。では、ありがたく」

 身体に変化を感じ始めてから、少しずつ空腹を感じにくくなっていったフェイ。もともとあまり動き回るような生活をしていなかったから小食ではあったが、よく動くようになった今そうなっていっているのは、やはりルイの龍の気にあてられて少しずつ人からは離れていっているようだった。

「うん、とてもおいしいです」
「おいしいね。ほくほくしていて甘くて、軽く塩をふっただけでじゅうぶんだ」
「本当ですね。黒龍様にもお礼をしなければなりませんね。何かお返しできればよいのですが」
「あいつはこの前の豆のお礼だと言っていた。それではずっとお返しが終わらないよ」
「そうだったのですね。ふふ、ずっと終わらないのも素敵かもしれません」
「まあ、会合自体がそういう目的もある。あいつも私たちも、外との繋がりを持てる良い口実かもしれないね」

「ここで暮らし始めてわかったことですが……自由に外に出てもいいとなると、逆に家にこもりきりになってしまうこともあるのですね」
「特にここでの生活などあまりこれといって目的や仕事がほとんどないものだから」
「そうなんです。自分自身で用事や仕事を作らねばなりません」

 龍の屋敷は、フェイが来てからだいぶ物が増えた。生活のために必要なものから、フェイが大事にしていた本やちょっとした雑貨などなど。増えたとは言っても、普通の人が生活する家に比べればほとんど何もないようなものだったが、それでも以前のがらんとした屋敷からは少し様子が変わったと言える。

「最近熱心に書いているのは、あれはなんだい?」
「あれは日記です。熱心に書いているとは言っても、書くことを探しているような時間がほとんどで、実際に書いているのはほんの数行なのですけれど」
「そうだったんだね。とても悩んでいるようだったから、てっきり物語でも書いているのかと思っていたよ」
「私にそのような才はございません。物語を読むのは好きでしたが……お話を作るのは、昔は弟の領分でしたよ」
「そうなのか? あの弟が」
「はい。きっと部屋にこもりきりの私をどうにか楽しませようとしてくれていたんです。子どもが読めるようなものは数は限られていましたから、暇を持て余す私の部屋に来てはジンの話を聞きながら夜眠りました」
「かわいいものじゃないか」
「本当に。ジンもある程度は考えてくるのですれど、細かい部分や展開はめちゃくちゃなんです。思いつくままに話すものですから、もう一度あの話をしてくれと頼んでも、全然違うお話になっていたり」

 フェイは幼い頃を思い出しながらくすくすと笑う。

「私はそんなジンが話して聞かせてくれるめちゃくちゃなお話がかわいらしくて大好きでした……そうですね、私に物語を考えることは難しいですが、あれを書き起こしてみても楽しいかもしれません」
「それはいいじゃないか。できたら私にも見せておくれ」
「もちろん。正確に覚えてはいませんから、さらに私の脚色も足すことになるでしょうが」
「それはそれで、面白くなりそうだね」
「はい」

 フェイの暮らしは、こうして自らつくったやりたいことで満ちていく。その傍らでルイも穏やかに笑っている。今日も龍の屋敷では、ゆったりとした時間が流れていた。
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