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ほんとうのこと(二)

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「……ユンロンがまだほんの子どもだった頃……そうだな、今のフェイよりもまだいくつか若かった。それくらいのときにあいつはこっそり城を抜け出して山へ遊びに来ていた。今はどうだか知らないが、奔放な奴でね。次期国王なんて肩書が重たかったのだろう。時折息抜きをしていたようだった」
「父にそんな時代があったのですね」
「ああ。そんなときにたまたま私に出会った。あいつは人の子ながら、人に姿が見えるようにはしていない私が見えた。王家は昔古い龍の血を引いていたから、それがユンロンには現れたのかもしれない。私もそれを珍しがって、ユンロンも私を恐れなかった。そこで私たちは仲良くなっていったんだ」
「龍というのは、通常人には見えないものなのですか?」
「見せないようにもできる。個々で得手不得手はあるが、私は得意だ」

 フェイはルイが人への変化はあまり得意じゃないと言っていたのを思い出した。龍とひとくくりにしても、人間と同じように得意なこととそうでないことがあるようだと感心した。

「……今にして思えば、ユンロンは当たり前のことをしただけなんだな。奴は早くに崩御した先王の後を継いで若き王となり、人間の女を妻として娶った……私はきっと、ユンロンのことが好きだったんだと思う」
「……ルイが、父のことを」

 それを聞いたフェイはちくりと胸が痛む。それがどうしてなのか、気づきそうで、気づくのが怖かった。

「勘違いをしてくれるなよ。私はフェイをあいつと重ねて抱いたわけではないし、あいつを好きだったかもしれないあやふやな恋心など、フェイが産まれるよりも前に川に投げ捨てた」
「は……ふふふ、はい」

 少し心にかかっていた靄を、ルイがいつもと違う強い口調で振り払うものだから、フェイはおかしくなって笑ってしまった。ルイはそれを見てばつが悪そうにしている。
 いつもはどこか浮世離れしていて冷たい印象をまとったルイが、こうしているととても近しい存在に思える。

「まあ、そんな私の気持ちにユンロンも気づいていたのだろう。結婚するとなったとき私には会いに来なくなった。あいつなりのけじめなんだろう。当時はあまりに一方的な仕打ちだと腹を立てたが、仕方のないことだとわかってもいた。私はユンロンの邪魔をしたかったわけではないから」
「……ルイは、やさしいですね」
「やさしくなんかあるものか。そんな私に対して久しぶりに手紙を寄越したかと思えば『つのつき』の息子を私に貰ってくれなどと言うのだから、始めはあいつの子などその場で食ってやろうと思っていた」

 そういえば出会った日に、ルイはフェイのことを「食おうとしていたがやめた」と言っていた。あれは本気だったのかとフェイは改めて生きていてよかったと思った。

「……でもいざおまえの姿を見たらね、そんな気はなくなってしまった。フェイがあまりにもきれいだったから」
「……私が」
「容姿だけの話ではないよ。フェイはまだ若いのに自分の運命を何もかも受け入れたかのような顔をして、寂しさも悲しさもすべて覆い隠して気丈に振る舞っている風に見えた。とても痛ましく思ったが、その脆さと覚悟の美しさに、私は腹に抱えていたものなどどうでもよくなった」

 ルイの核心をつく言葉に、フェイの心臓はどきりと高鳴る。なんだか涙が出そうだった。

「……ルイには、すべて見透かされていたのですね」
「私に特別そういう力があるわけではないがね、伊達に長く生きて人の子らを見てきたわけではないよ」

 そのときフェイは初めて切ない表情を隠そうとはしなかった。すべて知られているのならば、隠すことは無意味だ。そうわかっているのに、いまだ涙をこらえようとしてしまうのは、幼い頃からの癖だ。
 ルイはフェイの心の言葉を待つように黙っていた。フェイはぽつりぽつりと話し始める。

「……私のせいで、王宮の者たちには数えきれないほどの苦労をかけましたし、母は心を病んで亡くなりました。ただでさえ私は厄介者で……ただの人間たちにとって私は目にも入れたくない存在でした。ひどい言葉をかけられたこともあるし、そこに居るのにまるで空気のように扱われるのが、一番悲しかった……。けれど、そんな私を慕い兄と呼んでくれる弟が居ました。共に育ち他の者たちと何ら変わりなく接してくれるふたつ年下の幼馴染も居ました。私はその子らにとってだけは、厄介者にはなりたくなかった。だからどんなときも苦しいとは言えなかったし、寂しい気持ちは見せられなかった。私は私の我儘で、弟らにとっての立派な兄でありたかったんです」

 フェイは心の内を初めて話した。ルイはそんなフェイに寄り添い、抱き寄せて頭を撫でた。

「……本当は、ひとりぼっちは寂しかった。こんなものがなければと、何度も折ってしまおうとした」

 フェイの角はよく見れば細かな傷がたくさんついていた。それは龍にとっても同じように、フェイの角は強くぶつけると耐え難い激痛が走る。数々の傷を見てフェイの味わった苦痛は如何程かと、ルイは心を痛める。

「……フェイ、とても痛かっただろう。もう苦しまなくてもいい」
「……私は、ずっと寂しかったのですね。強がるために自分を騙し続けて、本当の気持ちがどこにあるのかも、わからなくなっていたようです」
「うん、そうだ。私の前では素直でいいし、けれど無理して本当の気持ちを見つめなくてもいい。私はフェイになら嘘をつかれても構わないし、フェイがなりたい自分になる手助けはいくらでもするよ」

 ルイはどうしてそこまで言って寄り添ってくれるのだろう。ユンロンの息子だからだろうか……と考えるのはきっとよくないとフェイは思った。今はこのまま余計なことは考えずに、ただあたたかい腕の中でこの優しさに甘えたいと思った。
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