10 / 28
ほんとうのこと(二)
しおりを挟む
「……ユンロンがまだほんの子どもだった頃……そうだな、今のフェイよりもまだいくつか若かった。それくらいのときにあいつはこっそり城を抜け出して山へ遊びに来ていた。今はどうだか知らないが、奔放な奴でね。次期国王なんて肩書が重たかったのだろう。時折息抜きをしていたようだった」
「父にそんな時代があったのですね」
「ああ。そんなときにたまたま私に出会った。あいつは人の子ながら、人に姿が見えるようにはしていない私が見えた。王家は昔古い龍の血を引いていたから、それがユンロンには現れたのかもしれない。私もそれを珍しがって、ユンロンも私を恐れなかった。そこで私たちは仲良くなっていったんだ」
「龍というのは、通常人には見えないものなのですか?」
「見せないようにもできる。個々で得手不得手はあるが、私は得意だ」
フェイはルイが人への変化はあまり得意じゃないと言っていたのを思い出した。龍とひとくくりにしても、人間と同じように得意なこととそうでないことがあるようだと感心した。
「……今にして思えば、ユンロンは当たり前のことをしただけなんだな。奴は早くに崩御した先王の後を継いで若き王となり、人間の女を妻として娶った……私はきっと、ユンロンのことが好きだったんだと思う」
「……ルイが、父のことを」
それを聞いたフェイはちくりと胸が痛む。それがどうしてなのか、気づきそうで、気づくのが怖かった。
「勘違いをしてくれるなよ。私はフェイをあいつと重ねて抱いたわけではないし、あいつを好きだったかもしれないあやふやな恋心など、フェイが産まれるよりも前に川に投げ捨てた」
「は……ふふふ、はい」
少し心にかかっていた靄を、ルイがいつもと違う強い口調で振り払うものだから、フェイはおかしくなって笑ってしまった。ルイはそれを見てばつが悪そうにしている。
いつもはどこか浮世離れしていて冷たい印象をまとったルイが、こうしているととても近しい存在に思える。
「まあ、そんな私の気持ちにユンロンも気づいていたのだろう。結婚するとなったとき私には会いに来なくなった。あいつなりのけじめなんだろう。当時はあまりに一方的な仕打ちだと腹を立てたが、仕方のないことだとわかってもいた。私はユンロンの邪魔をしたかったわけではないから」
「……ルイは、やさしいですね」
「やさしくなんかあるものか。そんな私に対して久しぶりに手紙を寄越したかと思えば『つのつき』の息子を私に貰ってくれなどと言うのだから、始めはあいつの子などその場で食ってやろうと思っていた」
そういえば出会った日に、ルイはフェイのことを「食おうとしていたがやめた」と言っていた。あれは本気だったのかとフェイは改めて生きていてよかったと思った。
「……でもいざおまえの姿を見たらね、そんな気はなくなってしまった。フェイがあまりにもきれいだったから」
「……私が」
「容姿だけの話ではないよ。フェイはまだ若いのに自分の運命を何もかも受け入れたかのような顔をして、寂しさも悲しさもすべて覆い隠して気丈に振る舞っている風に見えた。とても痛ましく思ったが、その脆さと覚悟の美しさに、私は腹に抱えていたものなどどうでもよくなった」
ルイの核心をつく言葉に、フェイの心臓はどきりと高鳴る。なんだか涙が出そうだった。
「……ルイには、すべて見透かされていたのですね」
「私に特別そういう力があるわけではないがね、伊達に長く生きて人の子らを見てきたわけではないよ」
そのときフェイは初めて切ない表情を隠そうとはしなかった。すべて知られているのならば、隠すことは無意味だ。そうわかっているのに、いまだ涙をこらえようとしてしまうのは、幼い頃からの癖だ。
ルイはフェイの心の言葉を待つように黙っていた。フェイはぽつりぽつりと話し始める。
「……私のせいで、王宮の者たちには数えきれないほどの苦労をかけましたし、母は心を病んで亡くなりました。ただでさえ私は厄介者で……ただの人間たちにとって私は目にも入れたくない存在でした。ひどい言葉をかけられたこともあるし、そこに居るのにまるで空気のように扱われるのが、一番悲しかった……。けれど、そんな私を慕い兄と呼んでくれる弟が居ました。共に育ち他の者たちと何ら変わりなく接してくれるふたつ年下の幼馴染も居ました。私はその子らにとってだけは、厄介者にはなりたくなかった。だからどんなときも苦しいとは言えなかったし、寂しい気持ちは見せられなかった。私は私の我儘で、弟らにとっての立派な兄でありたかったんです」
フェイは心の内を初めて話した。ルイはそんなフェイに寄り添い、抱き寄せて頭を撫でた。
「……本当は、ひとりぼっちは寂しかった。こんなものがなければと、何度も折ってしまおうとした」
フェイの角はよく見れば細かな傷がたくさんついていた。それは龍にとっても同じように、フェイの角は強くぶつけると耐え難い激痛が走る。数々の傷を見てフェイの味わった苦痛は如何程かと、ルイは心を痛める。
「……フェイ、とても痛かっただろう。もう苦しまなくてもいい」
「……私は、ずっと寂しかったのですね。強がるために自分を騙し続けて、本当の気持ちがどこにあるのかも、わからなくなっていたようです」
「うん、そうだ。私の前では素直でいいし、けれど無理して本当の気持ちを見つめなくてもいい。私はフェイになら嘘をつかれても構わないし、フェイがなりたい自分になる手助けはいくらでもするよ」
ルイはどうしてそこまで言って寄り添ってくれるのだろう。ユンロンの息子だからだろうか……と考えるのはきっとよくないとフェイは思った。今はこのまま余計なことは考えずに、ただあたたかい腕の中でこの優しさに甘えたいと思った。
「父にそんな時代があったのですね」
「ああ。そんなときにたまたま私に出会った。あいつは人の子ながら、人に姿が見えるようにはしていない私が見えた。王家は昔古い龍の血を引いていたから、それがユンロンには現れたのかもしれない。私もそれを珍しがって、ユンロンも私を恐れなかった。そこで私たちは仲良くなっていったんだ」
「龍というのは、通常人には見えないものなのですか?」
「見せないようにもできる。個々で得手不得手はあるが、私は得意だ」
フェイはルイが人への変化はあまり得意じゃないと言っていたのを思い出した。龍とひとくくりにしても、人間と同じように得意なこととそうでないことがあるようだと感心した。
「……今にして思えば、ユンロンは当たり前のことをしただけなんだな。奴は早くに崩御した先王の後を継いで若き王となり、人間の女を妻として娶った……私はきっと、ユンロンのことが好きだったんだと思う」
「……ルイが、父のことを」
それを聞いたフェイはちくりと胸が痛む。それがどうしてなのか、気づきそうで、気づくのが怖かった。
「勘違いをしてくれるなよ。私はフェイをあいつと重ねて抱いたわけではないし、あいつを好きだったかもしれないあやふやな恋心など、フェイが産まれるよりも前に川に投げ捨てた」
「は……ふふふ、はい」
少し心にかかっていた靄を、ルイがいつもと違う強い口調で振り払うものだから、フェイはおかしくなって笑ってしまった。ルイはそれを見てばつが悪そうにしている。
いつもはどこか浮世離れしていて冷たい印象をまとったルイが、こうしているととても近しい存在に思える。
「まあ、そんな私の気持ちにユンロンも気づいていたのだろう。結婚するとなったとき私には会いに来なくなった。あいつなりのけじめなんだろう。当時はあまりに一方的な仕打ちだと腹を立てたが、仕方のないことだとわかってもいた。私はユンロンの邪魔をしたかったわけではないから」
「……ルイは、やさしいですね」
「やさしくなんかあるものか。そんな私に対して久しぶりに手紙を寄越したかと思えば『つのつき』の息子を私に貰ってくれなどと言うのだから、始めはあいつの子などその場で食ってやろうと思っていた」
そういえば出会った日に、ルイはフェイのことを「食おうとしていたがやめた」と言っていた。あれは本気だったのかとフェイは改めて生きていてよかったと思った。
「……でもいざおまえの姿を見たらね、そんな気はなくなってしまった。フェイがあまりにもきれいだったから」
「……私が」
「容姿だけの話ではないよ。フェイはまだ若いのに自分の運命を何もかも受け入れたかのような顔をして、寂しさも悲しさもすべて覆い隠して気丈に振る舞っている風に見えた。とても痛ましく思ったが、その脆さと覚悟の美しさに、私は腹に抱えていたものなどどうでもよくなった」
ルイの核心をつく言葉に、フェイの心臓はどきりと高鳴る。なんだか涙が出そうだった。
「……ルイには、すべて見透かされていたのですね」
「私に特別そういう力があるわけではないがね、伊達に長く生きて人の子らを見てきたわけではないよ」
そのときフェイは初めて切ない表情を隠そうとはしなかった。すべて知られているのならば、隠すことは無意味だ。そうわかっているのに、いまだ涙をこらえようとしてしまうのは、幼い頃からの癖だ。
ルイはフェイの心の言葉を待つように黙っていた。フェイはぽつりぽつりと話し始める。
「……私のせいで、王宮の者たちには数えきれないほどの苦労をかけましたし、母は心を病んで亡くなりました。ただでさえ私は厄介者で……ただの人間たちにとって私は目にも入れたくない存在でした。ひどい言葉をかけられたこともあるし、そこに居るのにまるで空気のように扱われるのが、一番悲しかった……。けれど、そんな私を慕い兄と呼んでくれる弟が居ました。共に育ち他の者たちと何ら変わりなく接してくれるふたつ年下の幼馴染も居ました。私はその子らにとってだけは、厄介者にはなりたくなかった。だからどんなときも苦しいとは言えなかったし、寂しい気持ちは見せられなかった。私は私の我儘で、弟らにとっての立派な兄でありたかったんです」
フェイは心の内を初めて話した。ルイはそんなフェイに寄り添い、抱き寄せて頭を撫でた。
「……本当は、ひとりぼっちは寂しかった。こんなものがなければと、何度も折ってしまおうとした」
フェイの角はよく見れば細かな傷がたくさんついていた。それは龍にとっても同じように、フェイの角は強くぶつけると耐え難い激痛が走る。数々の傷を見てフェイの味わった苦痛は如何程かと、ルイは心を痛める。
「……フェイ、とても痛かっただろう。もう苦しまなくてもいい」
「……私は、ずっと寂しかったのですね。強がるために自分を騙し続けて、本当の気持ちがどこにあるのかも、わからなくなっていたようです」
「うん、そうだ。私の前では素直でいいし、けれど無理して本当の気持ちを見つめなくてもいい。私はフェイになら嘘をつかれても構わないし、フェイがなりたい自分になる手助けはいくらでもするよ」
ルイはどうしてそこまで言って寄り添ってくれるのだろう。ユンロンの息子だからだろうか……と考えるのはきっとよくないとフェイは思った。今はこのまま余計なことは考えずに、ただあたたかい腕の中でこの優しさに甘えたいと思った。
22
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜
若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。
妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。
ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。
しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。
父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。
父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。
ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。
野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて…
そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。
童話の「美女と野獣」パロのBLです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる