浮気した彼の行方

たたた、たん。

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彼女

オオカミ少女の言い訳-5-

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「……は?」

「ほら水」

 裸の男がベッドに繋がれている。目隠しをされ、はるにいの口から直接水を飲むそいつには卑猥な器具が付けられていた。アナルに刺さり振動しているディルドを見て、振動音はここから来ていたのかと他人事のように思う。男はある程度水を飲んだのか、よだれを垂らしながらはるにいの舌を吸うのに夢中だ。

「ふふ、可愛い。彰、ほらイっていいよ」

 ひとしきり男の口腔を犯しつくしたはるにいは、男の片方の乳首についていたバイブ付きクリップを外し、男の唾液で汚れた手でこねるように愛撫した。

「あ、イクイクイクっ!」

 男の脚がピンと伸び、射精する。

「よく出来たね、いい子だ」

 何か言いたいのに声が出ない。目の前の異常な現状、初めて聞くはるにいの甘く蕩けそうな声、そして男とはるにいの二人きりの世界に胃がずんと重くなる。

 はるにいは私のだ。私のはるにい。あの男、そう目の前にいるこの男ははるにいを縛り付ける元凶で、迷惑でしかなくて。それなのに、はるにいは男を愛おしそうに愛撫している。おかしい。何もかもがおかしい。これじゃあ、はるにいがこの男を愛しているみたいだ。寧ろ、はるにいがこの男を縛り付けていて、でも。はるにいが愛しているのは私のはずで。

 血の気が下がるとはこのことか。目眩でスマホを手元から落とす。

「あっ……」

「え」

 ガタンとフローリングにスマホが落ちる音と、思いの外響いた私の声で男はびくりと身体を震わせた。

「……だ、誰かいるの?晴久」

 男の怯える声にはるにいは優しく微笑んで頭を撫でた。

「大丈夫だよ」

 はるにいが安心させるように言えば、男は緊張を解き身体をはるにいに預けた。その状態ではるにいが男の目隠しを外す。その様子を凝視していた私は、眩しそうに目を開いた男と目が合った。

「な、なんでっ」

 さっきの甘えていた声とは違う理性の宿った声で、男は私から目線を外しはるにいを非難した。その間も拘束された両手を解こうともがき、だらんと開いていた身体を縮こませ自分の恥部を隠そうとしている。

 はるにいがこんなことをしている理由、それを知りたいのは私だって同じことだった。

「気持ち悪いっ!なんで、なんであんたがここにあんのよ!はるにいにこんなことさせないで!!」

 私が感じていたのは嫌悪感なのか恐怖なのか。でも、はるにいにあんなことをされて喜んでいるこの男が変態であることに間違いはない。他にも言いたいことなんて沢山あるはずだ。なんでこんなことをしているのか。なんで私にこれを見せるのか。なんで宝物としてはるにいは私にこれを見せたのか。

 どれにしても聞きたい相手ははるにいだったが、私が優先したことは男への非難だった。なんとなく感じ取っていたのかもしれない。この状況を作り出し楽しんでいるのは、はるにいであり、はるにいを元に戻すにはこの男を蹴落とすしかないと。

「キモいキモいキモいキモい!!変態のくせに、はるにいに近づきやがって!!はるにいが穢れるでしょ!はるにいはホモなんかじゃないの!あんたみたいな変態とは違う!気持ち悪いんだよ!あんたは男だったら誰でもいいクソビッチじゃん!はるにいと付き合っているくせに浮気してさ。変態で最低でどうしようもない!早く出てって!早く!」

 男は顔を真っ青にして、自分を拘束する手錠を解こうとするがなんの足掻きにもならない。震えた指で、泣きそうな顔で、男は一人逃げようとしている。

 勝った。

 この男ははるにいを信用していないし、信用されてもいない。だって、男は一度もはるにいに助けを求めない。はるにいも表情こそは見えないが、この男を助けようともしない。

 拘束具を外そうともがく金属音と私の荒れた息、そしてこの場に似合わないディルドの振動音が静まり返った部屋に響く。

 はるにいが何をしたかったのか分からない。でも、この男の精神は私の支配下に置かれている。さっきまで胸に渦巻いた混乱がスッと去っていくのを感じた。
 はるにいは私のものだ。誰にも渡さない。まして、こんな変態になんか渡すわけにはいかない。

 一歩離れたところで男を見ていたはるにいは何かしようと男に近づいた。きっと拘束具を外すのだろう。
 男はより身体を縮こませぎゅっと目をつぶる。男にとってこの場からの解放は、即ち私への敗北と同じ。

 もう二度と近づくんじゃねぇよ。この変態。

「んぁっ」

 勝利を確信した私の耳に聞こえてきたのは、男の掠れた喘ぎ声だ。

「彰、何か言うことは?」

 ディルドを深く抜き差しされた男はその快感に震えて、ついに涙をポロポロと流しているのに、はるにいは容赦なく攻め立てる。言うことを聞かない子供を優しく諭すような優しい口調だが、その手つきに優しさは微塵もない。

「僕はこの部屋で教えたはずだよ。何が一番大切か」

「ごめんなさいっごめんなさい」

「違うよ。僕が聞きたいのはその言葉じゃない」

 はるにいが何をしたいのか私にはさっぱりだった。ただ、また二人の世界に入っている。そのことが赦せないし、男がはるにいの求める何かを言ってしまったら終わる気がした。私とはるにいの何かが終わる。多分、繋がりとか愛とか情とか、そういう大切なものが男の言葉で左右される。そんな気がしてならない。

「は、はるにい!はるにいはこんな変態に付き合わされて怒ってるんだよね!?もういいじゃん、そんな奴!はるにいは私のことが一番大切でしょ?」

 この場で一番大きく響き、間違いなく、怯え泣いた男を畏怖させた私の声ははるにいを振り向かせることも出来ない。もうなんでも良いから、はるにいの心の行き先をこちらに向けなければならない。

 思いつく男への批判とどれだけはるにいが私を愛しているかを繰り返す。男はついに耳を腕で塞いで現実から逃げようとしたが、はるにいはそれでも私を見ようとしない。いや、私の声などはなからはるにいに届いていないかのように、私の存在を無視し続けた。

「仕方ないな」

 言えることがなくなって、私が黙って少し。はるにいがボソリと呟き、やっと私を見た。

「里穂、うるさいよ。お前のことなんてどうでもいい。本当に心の底からどうでもいいんだ。お前を愛してなんかいないし、邪魔くさくて仕方がない」

 厳しく言い聞かせるように、はるにいはまた変なことを言った。私がどうでもいいなんて嘘だ。私を愛していないなんて嘘だ。私が邪魔くさいなんてそんな分かりやすい嘘。はるにいは私がいて喜んでた。私がいるだけでそれだけでいいって。何も返さなくても私が大切なのだと頭を撫でててくれた。

 なんでこんな嘘をつくのか?

「はるにい?何言ってるの?」

「端的に言うと未来永劫、僕たちの前から消えてくれる?いや、これはお願いじゃなくて決定事項なんだけど」

「だからはるにい、変なことばっか言ってないで早くそいつ追い出そうよ」

 そんな冗談、全く面白くないよ?
 おかしなことばかり言うはるにいは、一瞬、能面のように表情を消し、柔和な笑みに戻してから言った。

「そうだね……これはもう仕方ない」

 いつもの笑みのまま、はるにいが私の方へ向かってくる。
 ああ、やっと分かってくれた。そうだよ。はるにいと一緒にいるべきなのは私。

 はるにいは私の腕を掴み、男のいるベットの方に引っ張り歩いた。この笑顔を向けられた時、はるにいはいつも私が喜ぶことをしてくれた。だから今回もきっとそうだと確信していた私は、何も言わずちょっとした期待と共についていく。
 あの男と縁を切るところを私に特等席で見せたいのかもしれない。

 私がベッドの目の前で止まると、何かから身を守るように身体を縮める男は小さく滑稽に見えてつい笑いが漏れてしまう。

「ふ、はるにい」

 この人どうするの?

 そう問おうした時、後ろから大きく押されて私の身体は勢いよくベッドに倒れた。大きいベッドだったから同じベッド上にいる男との距離はある。だが、男の体液で少し湿っていて気持ちが悪い。

「ちょっとはるに」

 いきなりなんなの。
 頭にきて、私を押したはるにいの方へ振り返る。

「里穂ってさ、プライド高いよね」

 いつも通りの私に向ける笑み。

「だからさ、恥ずかしい写真とかばら撒かれたらきっと耐えられないでしょ」

「……な、なに?はるにい、どうしたの?」

 文句を言おうと思っていたのに何故か言えない。はるにいが何を言っているのか分からないけど、笑顔が。はるにいの笑顔がなんだか少しおかしい。いや、いつも通りの笑みだけど。今まで綺麗と思っていたものが実はとんでもなく恐しいものだったような。

「もうびっくりしたんだから……」

 いや、そんなはずない。はるにいはいつも私に優しかった。あの笑みで私は愛されてきたのだから。
 一瞬自分の中で膨らみかけた何かをすぐに捨てて、起き上がろうとすると男が腕の間からこちらを窺っていた。ああ、気持ち悪い。

「それにしてもこいつまじでキモ」

「服脱いで」

「え?」

「はるにい、なんて?」

「今すぐ服を脱いでよ、里穂」

 さっきと違って意味は分かる。でも、何を言っているか理解出来ない。なんで服を脱ぐ?なんではるにいは突然こんなことを言う?どうしてか、考えて考えて思い出した。

 恥ずかしい写真。

 まさか、まさか。
 そんなはずない。

「あはは、はるにいでもそんな冗談」

 乾いた音が鳴る。

 右頬に衝撃が走って頭が真っ白になった。何が起こった?最後に見たのは、私の頬のすぐ横にはるにいの手があるところだ。ジンジンと痛む頬を抑えた私は呆然とする。

 はるにいが叩いた?私を?
 理解するまでに時間がかかり、理解してからも頭がそれを受け付けない。

「は……はるにい?痛いよ、どうして……」

 叩くと口にするのも嫌だ。口にすれば叩かれた事実が本当になってしまう。場を取り繕おうと絞り出した声は自分とは思えないほど震えていた。

「無駄口はいいから早く脱いでよ」

「は、……はるにい?なん」

 今度は左頬に痛みが走る。はるにいに叩かれたんだと頭がやっと理解した。

 怖い。混乱が恐怖に変わった。
 優しかったはるにい。私を愛してくれたはるにい。姿形は同じなのに、目の前のこの人は誰?

 痛みで滲んだ視界から見たはるにいの笑顔はあまりに綺麗だ。それはまるで笑顔のお面を貼り付けたように。背筋がぞっと冷える。

 逃げたい。逃げなきゃいけない。でも、今逃げようとしたらまた叩かれるかもしれない。

「……ったすけ」

「そういうのいいから。今度はグーで殴ろうか?」

 叩かれるのは痛い。グーで殴られたらもっと痛い。痛いことは嫌だ。

 震える指で制服のボタンに指をかける。これから訪れるだろう未来を想像して遂に涙が赤く腫れた頰を伝った。





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