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彼女
オオカミ少女の言い訳-4-
しおりを挟む終了時間のチャイムが小さく聞こえる。そろそろはるにいは出てくるはずだ。はるにいから見えるように校門の真前に立ちたいが、私から会いに来たとサプライズで現れるのも悪くないかもしれない。
そう思い、校門から少し離れた家屋の前で待つ。今日の天気は晴れのち曇りだった。それなのにポツポツと雨が降ってきて、舌打ちをしたい気分だ。ちょっとした屋根がある場所に移動して、メイクが崩れないように顔をそっと拭く。
まあ、でも雨の中、健気にはるにいを待つというシチュエーションも感動の再会には合うのかもしれない。
私を目の前に感動するはるにい。
はるにいはそのまま私に抱きつき、愛の告白を。
周りの生徒からは羨望の眼差しで見られ、はるにいの三年間を奪ったあの男に悔しそうに見られる。
……そう想像しただけでゾクゾクした。
そうだ。こうでなきゃならない。
私は誰よりもはるにいに愛された幸せな女なのだ。他の女とは格が違う。ああ、早く会いたいよ。はるにい。
雨が降り始めて5分くらい経ったころ、やっと傘を差したはるにいは現れた。
「はる……」
声をかけようとして止める。隣には憎いあの男がいた。傘の合間から一瞬見えたはるにいの顔は嬉しそうで呆然とする。私ははるにいにあの男が浮気している証拠を見せた。あんな決定的な証拠を見せられて別れないわけがない。
だって、あの男ははるにいを裏切ったクソビッチなのだ。
だからさっきの未来予想もあの男ははるにいと離れたところにいた。だって別れているはずなのだから。
あの男がはるにいに付き纏っているのか。でも、はるにいは嫌そうな顔をしていなかった。そうだ。あの男が未練たらたらで友人のポストに入ろうとしているのだ。そうに決まってる。来るもの拒まず去るもの追わずのはるにいの歴代彼女たちは、はるにいから離れていった。だが別れた相手が友達と接してきたらはるにいだって友達として接するだろう。それが自分を裏切った相手だとしても。
そもそも、はるにいにとってあの男は大した存在ではないのだ。いつだってはるにいはあの男より私を優先した。それなら、あの男の裏切りも案外どうでもいいことだったのかもしれない。好きでもない恋人が浮気したってそうショックも受けないだろう。
だったら。
はるにいの中であの男の価値が軽いからこそ、裏切られても別れを切り出されない限り恋人を続けるのでは?
私は初めてそこに思い至り、確信した。
最低だ。浮気をしておきながら、まだはるにいの隣に収まろうとするなんて図々しいことこの上ない。
やっぱり私がはるにいを助けてあげなきゃならない。
すぐ話しかけることも出来た。だけど、折角のはるにいとの再会なのだから2人きりがいいと男と別れるのを待つ。だが、高校の最寄りの駅で別れるかと思った2人は下車した駅も同じでなかなか別れない。まだかまだかとついて行き、2人がたどり着いた先は高級マンションだった。
はるにいが鍵を差し入れ扉を開ける。
なんで2人で、とか色々思うことはあったがオートロック式だと部屋の特定が難しい。入口のドアが閉まる前に、はるにいを止めようと走ったが間に合うこともなく。
「はるにい!りほだよ、開けて」
まだエレベーターに乗ってないことを信じて名前を呼んでみたが、応答はなかった。
全く想定外だった。あの男など気にせずに話しかければよかった。というか、なんで2人は同じマンションに入って行くんだ。私の中では早く話しかければよかったという後悔とあの男への苛立ちが渦を巻く。今日は諦めてまた明日にでもしたい気分だったが、はるにいがいつ出てくるかなんて分からない。それに私の所持金はゼロだ。帰りの電車賃さえないのだから今諦める選択肢はない。
まさかまた待つことになるとは。
入口前で待っていたら住人らしき人にジロジロと怪訝そうに見られ、仕方がなく外の階段に腰をかけることにした。最悪あの男が出てくる時、はるにいに取り次いで貰えばいい。
スマホの充電が15パーセントを切った。あたりはもう真っ暗だというのにあの男はまだ出てこない。
あの男は図々しくもこの時間まではるにいの家にお邪魔しているわけだ。早く出てこい。お前なんかがはるにいの家に入ることさえありえないのに、長居するなんて信じられない。
「まだいたんだ」
聞き慣れた、でも、含まれた何かが違う声。
「はるにい!!」
スマホから目を離して後ろを振り向けば、はるにいがいた。私服姿の格好いいはるにい。私のはるにい。はるにいの言葉の意味なんて考えず私は歓喜に震えた。
「はるにい!やっと会えた! ごめんね、私が悪かったから仲直りしよ?」
自分が一番可愛く見える上目遣いで、甘えた声を出す。はるにいはこれに弱くて、ちょっと無理なお願いでも最後は折れて聞いてくれた。
はるにいは私の懇願をあの時とは違う、いつもの優しい笑みで返した。ああ、やっと機嫌が直ったんだ。
「ずっと外で待ってたから寒いな。部屋に上げて」
はるにいの片腕に両腕を絡ませ、胸を押しつける。今日も恥ずかしがるんだろうな、とはるにいを見たらはるにいはその笑顔を保ったままで。でも、離れないということは嬉しいのだろう。
「元気そうだね」
「え~、はるにいがいなくて超寂しかったぁ。全然元気じゃないよ」
はるにいがオートロックの扉を開ける。ただ歩くスピードが早くて、私は少し小走りになった。私を一刻も早く部屋に上げたいんだ。
やっぱりはるにいは私のことを愛している。さっきまでは意思疎通がうまくいかなかっただけ。その上手くいかなかった原因も全てあの男のせいだ。だって、私に原因があるはずない。きっとあの男にストレスが溜まって、はるにいは一時的にストレスを爆発させてたんだ。
エレベーターに乗ってはるにいが迷いなく最上階を押す。
ああ、さすが私のはるにい。まあ、お金持ちなんだし当然だよね。私の中の優越感がむくむくと膨れ上がる。ああ、自慢して歩きたい。こんな格好いいお金持ちな人が私のことを一途で好きなんだと!
そこで私はやっと思い出した。
はるにいの部屋にはまだあの男がいるんじゃないか。
「……可哀想なはるにい」
「ん?」
「大丈夫だよ!私がはるにいを苦しめるあいつのこと追い払ってあげるから!今日もあいつが無理やりはるにいの家に着いてきたんでしょ。サイテー。はるにいが優しいからってよくそんな図々しい事できるよね。人として神経疑うわ。はるにいもさ、ああいう痛い人には一回ガツンと言ってやった方がいいよ? まあ、でもこれからは私に任せて。私がガツンと言ってあげる!!これで安心でしょ!!あ、あとさ、私もう今月お金なくてお小遣いちょーだい!3万円くらいでいいから!!今日ははるにいんち泊まってくし。あ、着替え持ってこなかったぁ。ま、いいや。はるにいの服かーして!」
最上階のベルが鳴る。
エレベーターを降りれば、そこには玄関がひとつしかなく、それが私の気分をまた上げた。
はるにいがドアを開け、玄関に入る。
「へぇ!凄いキレイ……って」
大理石の玄関にはあの男の靴が並べられていなかった。もしかしてあの男はもういないのか?ずっと見張ってるつもりだったけど、後ろ姿しか見てないから見逃していたとか?
まあ、どちらにしろ邪魔者がいないことは素晴らしいことだ。
はるにいの後ろについてリビングに入れば、そこはモデルハウスみたい綺麗だった。はるにいと結婚したらこんなところに住むのか。私は専業主婦になりたい。主婦といっても家事は家政婦を雇えばいいだろう。私の仕事ははるにいのために可愛くいること。子供は三人欲しい。ママ会やって、週に一回はアフタヌーンティー。着飾るように服もいっぱい買わなきゃ。あ、そもそもお金の管理は私とはるにいどっちがやるんだろう。
その先訪れる未来に花を咲かせ、リビングのソファに座る。オープンキッチンでははるにいがペットボトルの水をコップに注ぎ換えていて、わざわざそんなことしなくていいのにと不満に思う。そんな手間のかかることを当然にされたら、わたしにもその基準を求めてきそうで面倒くさい。まあ、そんな時は上目遣いで甘えればなんとかなる。
そう思って、足を組めば不意に何かが振動するような機械音が聞こえた。どこかで鳴っているようだがこの部屋にはないみたい。はるにいのスマホのバイブ音だろうか。
「こっち」
コップを片手に持ったはるにいは、何故か私の方ではなく違う部屋に向かおうとしている。折角座ってゆっくりしようと思ってたのに。違う部屋に通すなら初めからそっちに通して欲しかった。はるにいは私がそう不満を漏らそうとする間もなく、さっさと部屋を出てってしまうから、焦って立ち上がる。
リビングのふたつ隣の部屋の前ではるにいが立ち止まった。気のせいか、さっきより振動音が大きなっている気がした。
「僕の宝物を見せてあげるよ」
振り返らずにはるにいが言う。
宝物。全く見当もつかない。何かと考える時間もなく、はるにいはその部屋のドアを開けた。
途端、鮮明に聞こえる振動音と微かな息遣い。ドアの外から見えるのはクローゼットとベットの足元くらいで、私は何がなんだかわからなかった。いや、本当は分かっていたはずだ。誰かの気配は感じていた。でも、なんでそこにいるのか。はるにいの宝物が置いてある部屋に人がいる意味が分からない。
何もかも分からない。
でも、はるにいを取り戻すためにその宝物の正体を確かめなきゃいけない気がした。誰かに引っ張られるように身体が進む。
「……は?」
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