狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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8章

135話 世界中を敵に回しても

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あの後、晴柊は篠ケ谷に連れられ、篠ケ谷の住居に来た。ごく普通の綺麗なマンションで、物も少なく整頓された室内。生活感はあまりない。晴柊と会う頻度や仕事から考えても、ほとんど帰ってきていないのだろう。


晴柊は2人掛けソファに体育座りをするように膝を抱えて座り、膝におでこを付け顔を隠すようにする。屋敷を出ようとする晴柊を必死に引き留めてから独断でここに連れてくるまで、2人は一言も会話をしていなかった。


晴柊の隣に篠ケ谷も腰掛け、ボーっと天井を見る。この様子だと、話を聞けるのは大分先になるだろうか。何かあったのは間違いないが、下手にこちらから詮索するのも良くないと篠ケ谷は考え、ソッとしておく。


室内に時計の秒針が進む音だけが響く。10分、20分、40分……刻々と時間が過ぎていくと、せっかちな篠ケ谷もだんだんと落ち着きが無くなってくる。晴柊は小さくなったまま微動だにしない。うんともすんとも言わないのだ。


「……」


ツン。篠ケ谷が晴柊の腕を人差し指で軽く突いてみる。しかし、無反応。


「…………」


ツンツン。


「……………」


ツンツンツンツンツン。


「っ………」


ツンツンツンツンツンツーーー


「あーもうっ、なんだよっ……!!!」


痺れを切らした晴柊がガバッと顔を上げ、篠ケ谷を見る。怒ったような表情の晴柊の目からは涙が零れ、目元は赤くなっていた。静かに静かに、泣いていたのだろう。怒りと涙。こんな晴柊を見たのは初めてだった。もしかしたら、組長ですら見たことが無いかもしれないなと思うと、篠ケ谷は思わず声を出して笑ってしまう。


「ははっ、やっとこっち見た。ぶっさいくな顔してんな。」


篠ケ谷がまるで面白いものを見たかのように声を出して笑うと、晴柊の涙を雑に拭う。晴柊に向ける篠ケ谷の笑顔は、いつもより柔らかく優しかった。晴柊は自分の涙で濡れた篠ケ谷のシャツの裾を見つめ、また顔を戻そうとする。


「……聞かないの。」

「何を?」

「……事情、とか。」

「大体想像つく。組長だって勘付いてるさ。」


晴柊は自分の手をきゅっと握った。


「でも、俺がやってないなんて証拠――」

「俺達は晴柊の味方だ。」


晴柊が一番欲しかった言葉だった。沢山零したはずなのに、また止めどなく溢れてくる涙。今度は隠さず、まるで子供が泣くように声をあげはじめる晴柊。


「ぅ゛っ、……ぐ、っ………うぅぅっ……」


思った以上に幼い泣き方をする晴柊に篠ケ谷は肩を抱き寄せる。泣き方を碌に学んでこなかったのであろう。らしくない。それは晴柊も、自分もだった。愛しているからこそ、琳太郎にどこか弱みを見せないような晴柊にとって、自分は拠り所になれたらいい。篠ケ谷は晴柊の頭を撫でる。


出会ったときから、俺とどこか似ていて似ていない晴柊。


恋人でも兄弟でもない、この関係を何と言おうか。



「行かないで、琳太郎さんっ…俺の傍にいて……!」


リクが泣きながら琳太郎に懇願する。「何があった。」「アイツが怪我させたのか。」目の前のリクに事情を聞く、という選択肢が琳太郎の頭に過る。しかし、どうしても、晴柊の口から聞きたかった。晴柊を追いたい。今すぐ晴柊を抱きしめてやりたい。去り際の晴柊の顔が、琳太郎の頭から離れないでいた。


切なそうに服を握るリクの手を取り、静かに離させる。


「日下部、リクを頼む。」

「……アイツのところに行くの?」

「今俺はアイツの傍にいなきゃいけない。お前の話も後でちゃんと聞く。日下部、少し出てくる。」


琳太郎はそういうと、その場を後にした。リクの琳太郎を掴んでいた手はまるで行き場を無くしたように空を切っていた。そしてただただ、琳太郎が去って行った方向を茫然と見つめていた。



暫くして、篠ケ谷の家のインターホンがなる。篠ケ谷も晴柊も、それが誰なのか、確認せずともわかっていた。先ほどやっと涙が止まった晴柊に視線をやると、浮かない顔である。今会わせるのは良くないだろうか。いやしかし、琳太郎だってわかっているはず。それならば早く会わせてしっかり誤解を解かせた方が良いのでは、と思った。


立ち上がる篠ケ谷を不安気に見る晴柊。


「”話し合い”、だろ。」


篠ケ谷はそういうと玄関へと行った。案の定、扉をあけるとそこには琳太郎がいた。どこか焦りが見て取れる。


「晴柊は。」


篠ケ谷がくいっと親指で中を示す。どこかホッとしたような表情。こんなに分かりやすいお人であったか、組長は。晴柊のことになると余裕がないのだろう。篠ケ谷は身体を端に寄せ、通り道を作る。どうぞ、というように。


琳太郎はすぐに中へと入った。あの時、思わず血を流しているリクを優先してしまった。晴柊が何もなく人を傷つける人間な訳がない。悲しく、苦しそうな顔をする晴柊を一目散に追うべきだった。琳太郎は後悔が過る。


リビングに入ると、そこにはソファに座る晴柊がいた。ラグをじっと見つめ、まるで顔を合わせるのを気まずそうにしている。琳太郎は静かに歩み寄った。そしてまるで視線を合わせるように、床の上に膝まづくようにすると、晴柊の顔を下から見上げる。泣きはらしたのであろう。目元が少し赤くなっていた。自分が途端に情けなくなる。


「……何があったか、話してくれるか。」

「あの人から聞いたんだろ。」

「聞いてない。まず、晴柊の口から聞きたい。」

「……琳太郎の大事な大事なキャストをキズモノにしたよ、俺。」


故意ではない。むしろ、偽装だ。しかし晴柊は最初にそれを口にしない。まるで、琳太郎を試すような言い方をする。


「お前は俺の「大事な仕事仲間」に危害を加えない。どんなに憎くて、恨んでたとしても。お前は俺のことを、俺の仕事をきちんと考えてくれる奴だから。何があった?教えて、晴柊。」


晴柊の心臓がとくんと跳ねる。自分の頑張りを認めてもらえたような気持ちだった。


「……急に、襲い掛かられた。だから、抵抗して……そしたら急に、あの人が、自分で……」


晴柊がぽつりぽつりと真相を話す。大方、篠ケ谷と琳太郎が想像していた通りの筋書きであった。この件は、戻ってゆっくりリクと話を付ければいい。今はそれよりも大事なことがあると思うと、琳太郎は晴柊の手を握った。


「晴柊、悪かった。お前が嫌がってるって、辛い思いしてるってわかってたのに、すこしの辛抱だからと片付けてリクとの状況を放置した。今回のことは俺の責任だ、お前は何も気負いしなくていい。それから……」


琳太郎がまっすぐ晴柊の目を見る。


「お前が一番抱きしめて欲しかった時に、抱きしめてやれなかった。ごめん。俺はお前が何をしても、俺を例え殺そうとしても、恨まない。裏切らない。信じろ、晴柊。俺はどんなときでもお前の味方だ。」


よくあるセリフ。「世界中を敵に回しても」というありきたりなクサい言葉が、今の琳太郎には妙にしっくりくる。

リクに対して、責めることができない自分がそれを邪魔していたのだった。あの時リクを一瞬でも優先してしまったのは、自分に責任を感じていたから。リクの感情に気付いていながら、それを誤魔化し、情けをかけていた。もっと早く、距離を取っておくべきだった。自分のことを忘れさせるべきだった。諦めさせるべきだった。そうしていれば、今こうなってはいなかったのだから。自分が蒔いた種で結果、リクと晴柊両方を傷つけた。


「この件はきちんとケジメをつける。リクも、別宅で見張りを付けてそこに匿う。だから……戻ってきてくれるか?あの家に。」


ずっと黙って聞いていた晴柊に問いかける。


「……俺がいないと、琳太郎は眠れないだろ。シルバだって寂しがるし、皆もまた拗ねる。」


晴柊が琳太郎の手を握り返した。そして、いつもの笑顔を見せる。


「仕方ないなぁ、帰ってあげるよ。」


琳太郎はいつだって嘘を言わない。彼の言葉はまるで言霊のように今までもずっと、真になってきた。きっと自分がどんな悪党になろうとも、敵を作ろうとも、彼は自分を愛し続けるだろう。なんて盲目で、狂おしい程純情な愛なのだろうか。
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