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8章
136話 けじめ
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それから、琳太郎は晴柊と篠ケ谷と屋敷に戻るなり晴柊を自室に入れ、リクとの接触を阻んだ。
リクのいる居間へと入ると、手当が終わった様子ではあったが力なく座り込み涙を流している様だった。傍では日下部が見守っている。琳太郎の気配に気づきリクが目を上げる。自分で傷を付けたにしろ、彼をここまでの行動に踏み切らせたのは自分が原因であることを琳太郎は重々承知していた。
琳太郎は机を挟みリクと向かい合って座る。
「琳太郎さん……どうせ、アイツに嘘吹き込まれてるんでしょ……」
リクが力なく口を開く。リクが今回、この屋敷に急遽匿われたのは敵対組織とのトラブルに巻き込まれ身に危険が迫ったから、という名目だった。しかし、琳太郎たちはここ数日裏で調査をしたところ、どうやらそれもまたリクのはったりである可能性がでてきていた。それもすべては琳太郎と晴柊の仲を引き裂くため、と考えれば全て辻褄が合う。
ここまでの一連の流れを踏まえればわかることがある。それは、最早リクの精神状態は壊れかけている、ということだった。
「リク、落ち着いて聞いてくれ。お前のトラブルが今後落ち着いたとしても、暫くの間お前は出勤停止だ。」
「なんで……?こんなキズモノ、もう商品にならないから……?」
「違う、そうじゃない。お前は今精神的に不安定だ。一旦仕事から離れてゆっくり休暇を―――」
「精神的に不安定……?はは、そんな言葉で片づけないでよ……。僕は不安定なんかじゃない、おかしいのは琳太郎さんの方だよ!あんな役立たずに執着して、どうかしてるよ……!!アイツは俺を襲ったんだよ!?」
「リク。」
琳太郎が冷たい言葉で制止した。リクが一瞬怯む。これは全てバレている。リクも気付かないほど鈍感ではなかった。
晴柊を侮辱する言葉を琳太郎は許さず、叱責するような様子であった。それでさえリクは腹立たしく、自分がどん底に突き落とされていくのを感じた。
「ホテルを取った。暫くはそこに見張りを付けてお前を匿う。」
「……何それ。僕はもう用済みってこと……?あんな奴の言うこと鵜呑みにするんだ……俺のことは信じてくれないくせに……」
「リク、俺はお前の気持ちには答えてやれない。仕事仲間としてお前のことは評価しているし感謝もしている。でも、俺が愛しているのは晴柊だ。俺にとって晴柊はかけがえのない存在なんだ。変わりはいないし、なんだってしてやりたい。お前に傷を付けたのが例え晴柊でも、俺は晴柊を手放すことはできない。俺はもう、アイツがいないと生きていけないから。……お前が晴柊のことを受け入れられない気持ちもわかる。だから、もう終わりにしよう。その傷のことも、今後のことも、俺がきちんと保証する。」
「保証してくれるんなら、僕を恋人にしてよ。」
「……それはできない。」
「……そう……俺よりアイツなんだ……変わっちゃったね、琳太郎さん……」
リクがぼそぼそと呟いた。琳太郎はそういうと日下部に目配せした。日下部は直ぐに承知すると、力なく座るリクを支えるようにして立ち上がらせる。琳太郎本人から拒絶された苦しみが、リクを襲った。そのままリクは無抵抗に、日下部と数人の部下に連れられ、都内の手配済みのホテルへと匿われた。
どのみち、あの様子では敵対組織の探りが終わったとしても直ぐに復帰は難しいであろう。少しの間この世界から、自分から遠ざけなければ。キャストとして解雇しないのは利益のためでも何でもない。琳太郎なりに仲間としてリクを守るための最後の選択だった。
♦
それから数週間。晴柊は平穏な日常を取り戻していた。リクと過ごした時間は僅か数日ではあったが、なんだか凄く長く感じていた。これからも彼は仕事仲間として琳太郎と接する機会はあるのだろう。しかし、晴柊には何の不安もなかった。幾度となくプロポーズ同然の告白を受けてきているのだから。琳太郎が尻を追いかけるのは、晴柊くらいであると晴柊は自分でもわかっていた。
「晴柊。」
「琳太郎!仕事は?」
平日の昼間。普段なら仕事をしているのだが、珍しく琳太郎が晴柊の元へやってきた。自室で本を読んでいた晴柊は本を置くと嬉しそうに顔を緩める。
「午後から休みを取った。」
一度体調を崩してから、琳太郎はだいぶ無理をすることをやめた。仕事も今は落ち着いているみたいだ。というより、組の統率が取れているのであろう。前よりも俄然、働きやすそうである。
「じゃぁ、一緒に過ごせる?」
「ああ、もちろん。あとでシルバの散歩、一緒に行こう。」
琳太郎が晴柊の頬にちゅっとキスする。それでは足りないというように唇を塞ぐ、晴柊の口をこじ開けるようにして舌を入れ込む。少しずつ晴柊が色情に当てられていくと、自然と座り込むようにゆっくり姿勢を崩した。琳太郎はそれを後押しするようにそのまま、晴柊を畳の上に押し倒した。
「ベッド、行こうよ……。」
「移動する時間が惜しい。」
琳太郎はジャケットを脱ぎ捨てると、晴柊の頭の下に敷く。高級スーツを枕にするなど、勿体ないと思いつつも、琳太郎のゆっくり晴柊の身体をまさぐり始める手に晴柊は抗えない。
「時間なんてたくさんあるじゃん……ん、っ……。」
「足りない。」
そんな無茶な、と言わんばかりの晴柊だったが、琳太郎の気持ちもわからなくもなかった。きっと自分たちは何千年ともにしようと満足できないのではないか、と思わされる。それほどにお互いがお互いのすべてであった。
「……俺より長生きしてね、琳太郎。俺を独りにしないで。」
「はは、晴柊は寂しがりやだからな。でも、お前を看取ったら俺もすぐに後を追いそうだ。お前がいない人生の退屈さには、もうきっと耐えられそうにない。」
「琳太郎が言うと冗談に聞こえないんだけど。」
「冗談じゃないからな。」
「相変わらず重たい愛だな~。」
「嬉しいくせに。」
他愛もない会話。この日常すべてが宝物だ。空いた襖から心地の言い日差しが入り込む。暖かい陽の香りと畳の柔らかい香りが2人を包んだ。
♦
夕刻前。晴柊はシルバにリードを付けると、しっかりと握り立ち上がる。今日は久々に琳太郎と一緒に散歩に行けると晴柊は嬉しそうであった。
「それじゃあ、気を付けて行ってきてくださいね。」
「ああ、行ってくる。留守は頼んだぞ、遊馬。」
「いってきまーす!」
散歩へと出かける2人と1匹を遊馬は見届けた。
「コイツ、またデカくなったか?」
「うん、この間の定期健診で体重増えてた。1歳でもまだ成長するんだって。シルバはすごいな~ポテンシャルありまくりだな~。」
「ワン!」
晴柊は親バカっぷりを発揮し、でれでれとシルバを誉めている。
「それでも、知らない小型犬のワンちゃんには未だにビビってるよ。自分の方がどう見たって強いのに。」
「ヤクザに飼われてる犬とは思えない小心っぷり。」
「番犬には向かないかも。」
あはは、と晴柊は声を出して笑う。当初はシルバを飼うのは反対だったが、こうして晴柊が可愛がっているのを見るとやはり飼ってよかったと思う琳太郎。たまに自分よりシルバを優先させられることがあり拗ねることはあるが、最早そんなやり取りすら恒例行事になりつつあるのだった。晴柊にとってはお手の物である。
こうして二人で外を並んで歩く未来など、誰が想像しただろうか。琳太郎は1歩引いたところからシルバを散歩させる晴柊を見て、その幸せをかみしめていた。
それから、琳太郎は晴柊と篠ケ谷と屋敷に戻るなり晴柊を自室に入れ、リクとの接触を阻んだ。
リクのいる居間へと入ると、手当が終わった様子ではあったが力なく座り込み涙を流している様だった。傍では日下部が見守っている。琳太郎の気配に気づきリクが目を上げる。自分で傷を付けたにしろ、彼をここまでの行動に踏み切らせたのは自分が原因であることを琳太郎は重々承知していた。
琳太郎は机を挟みリクと向かい合って座る。
「琳太郎さん……どうせ、アイツに嘘吹き込まれてるんでしょ……」
リクが力なく口を開く。リクが今回、この屋敷に急遽匿われたのは敵対組織とのトラブルに巻き込まれ身に危険が迫ったから、という名目だった。しかし、琳太郎たちはここ数日裏で調査をしたところ、どうやらそれもまたリクのはったりである可能性がでてきていた。それもすべては琳太郎と晴柊の仲を引き裂くため、と考えれば全て辻褄が合う。
ここまでの一連の流れを踏まえればわかることがある。それは、最早リクの精神状態は壊れかけている、ということだった。
「リク、落ち着いて聞いてくれ。お前のトラブルが今後落ち着いたとしても、暫くの間お前は出勤停止だ。」
「なんで……?こんなキズモノ、もう商品にならないから……?」
「違う、そうじゃない。お前は今精神的に不安定だ。一旦仕事から離れてゆっくり休暇を―――」
「精神的に不安定……?はは、そんな言葉で片づけないでよ……。僕は不安定なんかじゃない、おかしいのは琳太郎さんの方だよ!あんな役立たずに執着して、どうかしてるよ……!!アイツは俺を襲ったんだよ!?」
「リク。」
琳太郎が冷たい言葉で制止した。リクが一瞬怯む。これは全てバレている。リクも気付かないほど鈍感ではなかった。
晴柊を侮辱する言葉を琳太郎は許さず、叱責するような様子であった。それでさえリクは腹立たしく、自分がどん底に突き落とされていくのを感じた。
「ホテルを取った。暫くはそこに見張りを付けてお前を匿う。」
「……何それ。僕はもう用済みってこと……?あんな奴の言うこと鵜呑みにするんだ……俺のことは信じてくれないくせに……」
「リク、俺はお前の気持ちには答えてやれない。仕事仲間としてお前のことは評価しているし感謝もしている。でも、俺が愛しているのは晴柊だ。俺にとって晴柊はかけがえのない存在なんだ。変わりはいないし、なんだってしてやりたい。お前に傷を付けたのが例え晴柊でも、俺は晴柊を手放すことはできない。俺はもう、アイツがいないと生きていけないから。……お前が晴柊のことを受け入れられない気持ちもわかる。だから、もう終わりにしよう。その傷のことも、今後のことも、俺がきちんと保証する。」
「保証してくれるんなら、僕を恋人にしてよ。」
「……それはできない。」
「……そう……俺よりアイツなんだ……変わっちゃったね、琳太郎さん……」
リクがぼそぼそと呟いた。琳太郎はそういうと日下部に目配せした。日下部は直ぐに承知すると、力なく座るリクを支えるようにして立ち上がらせる。琳太郎本人から拒絶された苦しみが、リクを襲った。そのままリクは無抵抗に、日下部と数人の部下に連れられ、都内の手配済みのホテルへと匿われた。
どのみち、あの様子では敵対組織の探りが終わったとしても直ぐに復帰は難しいであろう。少しの間この世界から、自分から遠ざけなければ。キャストとして解雇しないのは利益のためでも何でもない。琳太郎なりに仲間としてリクを守るための最後の選択だった。
♦
それから数週間。晴柊は平穏な日常を取り戻していた。リクと過ごした時間は僅か数日ではあったが、なんだか凄く長く感じていた。これからも彼は仕事仲間として琳太郎と接する機会はあるのだろう。しかし、晴柊には何の不安もなかった。幾度となくプロポーズ同然の告白を受けてきているのだから。琳太郎が尻を追いかけるのは、晴柊くらいであると晴柊は自分でもわかっていた。
「晴柊。」
「琳太郎!仕事は?」
平日の昼間。普段なら仕事をしているのだが、珍しく琳太郎が晴柊の元へやってきた。自室で本を読んでいた晴柊は本を置くと嬉しそうに顔を緩める。
「午後から休みを取った。」
一度体調を崩してから、琳太郎はだいぶ無理をすることをやめた。仕事も今は落ち着いているみたいだ。というより、組の統率が取れているのであろう。前よりも俄然、働きやすそうである。
「じゃぁ、一緒に過ごせる?」
「ああ、もちろん。あとでシルバの散歩、一緒に行こう。」
琳太郎が晴柊の頬にちゅっとキスする。それでは足りないというように唇を塞ぐ、晴柊の口をこじ開けるようにして舌を入れ込む。少しずつ晴柊が色情に当てられていくと、自然と座り込むようにゆっくり姿勢を崩した。琳太郎はそれを後押しするようにそのまま、晴柊を畳の上に押し倒した。
「ベッド、行こうよ……。」
「移動する時間が惜しい。」
琳太郎はジャケットを脱ぎ捨てると、晴柊の頭の下に敷く。高級スーツを枕にするなど、勿体ないと思いつつも、琳太郎のゆっくり晴柊の身体をまさぐり始める手に晴柊は抗えない。
「時間なんてたくさんあるじゃん……ん、っ……。」
「足りない。」
そんな無茶な、と言わんばかりの晴柊だったが、琳太郎の気持ちもわからなくもなかった。きっと自分たちは何千年ともにしようと満足できないのではないか、と思わされる。それほどにお互いがお互いのすべてであった。
「……俺より長生きしてね、琳太郎。俺を独りにしないで。」
「はは、晴柊は寂しがりやだからな。でも、お前を看取ったら俺もすぐに後を追いそうだ。お前がいない人生の退屈さには、もうきっと耐えられそうにない。」
「琳太郎が言うと冗談に聞こえないんだけど。」
「冗談じゃないからな。」
「相変わらず重たい愛だな~。」
「嬉しいくせに。」
他愛もない会話。この日常すべてが宝物だ。空いた襖から心地の言い日差しが入り込む。暖かい陽の香りと畳の柔らかい香りが2人を包んだ。
♦
夕刻前。晴柊はシルバにリードを付けると、しっかりと握り立ち上がる。今日は久々に琳太郎と一緒に散歩に行けると晴柊は嬉しそうであった。
「それじゃあ、気を付けて行ってきてくださいね。」
「ああ、行ってくる。留守は頼んだぞ、遊馬。」
「いってきまーす!」
散歩へと出かける2人と1匹を遊馬は見届けた。
「コイツ、またデカくなったか?」
「うん、この間の定期健診で体重増えてた。1歳でもまだ成長するんだって。シルバはすごいな~ポテンシャルありまくりだな~。」
「ワン!」
晴柊は親バカっぷりを発揮し、でれでれとシルバを誉めている。
「それでも、知らない小型犬のワンちゃんには未だにビビってるよ。自分の方がどう見たって強いのに。」
「ヤクザに飼われてる犬とは思えない小心っぷり。」
「番犬には向かないかも。」
あはは、と晴柊は声を出して笑う。当初はシルバを飼うのは反対だったが、こうして晴柊が可愛がっているのを見るとやはり飼ってよかったと思う琳太郎。たまに自分よりシルバを優先させられることがあり拗ねることはあるが、最早そんなやり取りすら恒例行事になりつつあるのだった。晴柊にとってはお手の物である。
こうして二人で外を並んで歩く未来など、誰が想像しただろうか。琳太郎は1歩引いたところからシルバを散歩させる晴柊を見て、その幸せをかみしめていた。
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