Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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遺恨

3

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 朱鷺貴は切った紫陽花を全て空庵に預け、「花瓶に!」と指示をしつつ、震えるような翡翠の背に向かう。

 後ろから見えたわけではないが「ほれほれちょい待て、」と、朱鷺貴は宥めるように翡翠の肩を叩き、ついでに気付いて懐刀を手で制する。
 何かに耐えているのか、微かに荒い息。

「騒がしいかと思えば。久しいな藤宮の。だが、なんだ?この様は」

 「花屋にも見えないが」と冗談は言いつつも、朱鷺貴の声が少し低いように感じた。

「挨拶に寄っただけや、怖い顔すんな坊さんよ」
「そうか、こんにちは。お日柄は悪いけど。ピーチクパーチクうるせぇ、朝と間違えそうだったよ」
「…は?」
「寄ってく?しかし悪いが忙しい、話なら余って冷めた茶でよければ。それも四半刻程で通夜なんだ、そろそろ遺族も来る。悪いな」
「ええわ別に」
「じゃあ、さいなら。身内が死んだらまたどうぞ」
「水鶏、」

 まだ求めようとする。

 声高々と話されたことに何も言えそうにない、ともどかしくなるが、「なんだそれ?」と朱鷺貴が平然と言うのに少し、胸がすっとした。

「…いえ、」
「そうか。
 花屋が来るまで皆に少し、休憩を言い渡そうと思ってた。
 はい、みんな休憩。花屋が来たら始めるぞ。
 教えといてやる。献花は切り花が良いぞ藤宮の」 

 外野を見事にすっ飛ばした朱鷺貴は鷹に背を向けながら「丁度茶が冷めた」と翡翠に呟いた。

「あい…」
「説教だなまずは。あれほど切々と高説を垂れただろ俺が」
「すまへん」
「まぁいいけど、つまらんし」

 そうこう、部屋に戻ろうかとしていると「遅れました!すまへん!」と花屋が慌てて入って来たのが聞こえた。

 ふと翡翠が振り向いたけど、義兄がけっ、と踵を返していた。
 「忙しいな今日は」と漏らした朱鷺貴はしかし、「悪いが…左京!少しよろしく頼むよ!」と近くにいた左京に指示をしていた。

「いや、わてが」
「客人とは何故一人来ると次々とやってくるんだろうな。不思議だ」

 しかしどうもそれだけで「お前は行くな」と言いたげだ。騒いでしまったのも事実だし、「はい…」とまた従うことにする。

「騒がせてしまって、」
「ん、まぁ。気を休めなきゃなぁ。明日参っちまう」

 なのに、わりと穏やかに言う。

 穏やかには言ってみるが、やれあれだけの悪口を聞いた、単純に良い気分はしない。あれは恫喝だ。
 少しは、これが萎縮し従ってしまう原理かと理解もした。ここの関係は大分拗れている。
 これが柵かもしれない。また、藤嶋とは違う形の。

 傀儡など死体と大差ない。

 どちらもつけ込んでいることに変わりはないのに。それを執着と人は呼ぶのだ。

「傷というのは、上手く隠さねばやりにくい」
「…はい、そうです、ね」
「それが出来れば苦労もしないけどな。おもしろくもないな」

 しかし。
 翡翠には、朱鷺貴はそれを上手くやっているようにも見える。なのにどこか下手なものだ。

 ひとまず部屋についてすぐ、茶を淹れ始めた朱鷺貴に頭も上がらないまま、翡翠はあの人相書きを出した。

 じっと眺めた朱鷺貴にもすぐにわかった。そうか、彼はそうなってしまったのか。なんて世知辛い。

「…壬生浪さんが」
「そうか」
「岡田さんはどうやら義兄の知っとるところにいる。
 義兄さん、壬生浪とも揉めたと言っとりました。
 大阪の賭博屋と間に入って、壬生浪に吹っ掛けたそうです。あそこは厄介やから、義兄に借りが出来た、というところやろうかね。
 義兄が端からわてに用があったか、壬生浪を偵察していたのかはわかりませんが、岡田さんを…壬生浪に売ってまたせびろうかと…言っとって…」

 そこから先が、言いにくい。

 先ほどの自殺の話で居たたまれなさがあるのだろうか。斬首刑とは、つまりそういうことで。

「しかし、それは切り花や雑草の話と一緒で、つまり…なんだ、例えば夕飯の魚と同じ考えというか。食べられるために死んだのだとはわかる、が、自分の為であるかは不明、その姿も見ておらず。それを罪として咎める術は」
「武市さんがどうかはわかりませんが、義兄は岡田さんが厄介なんだそうです。来ないかと誘われました、断りました。そんなら仕方ないなと、」
「矛盾もあるが、そうだな、仕方ないな」
「けど、知ってしまった」
「そうだな」

 刑場での景色さえ、滲んで浮かんでくるようだ。
 わかっている、自分が関わろうが関わらなかろうがああなる。あの男は岡田を物扱いした。
 鉄砲の玉は飛ばされ、弾けてしまう役割なんだ。

「…わかってますよ、わてにはどうにもと。正義感も器もあるわけではなくて、」
「胸くそ悪いというのも、そうだな。
 あの男のそれは恫喝だ。お前の事も知っていて揺さぶってくる。本当に断ち切りたければ全てに耳を傾けないのが正しい。それは風の音もしかり、何の音も声もだ」
「中途半端やね、確かに」
「でも、それが良いか悪いか、わからないけど悪くはないんじゃないかと個人的には思う。第一お前はアホなんだから」

 そう言って朱鷺貴は口を緩ませ、「ほら、」と茶を出してきた。
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