その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地 道行きと、朋友

吉祥悔過

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       その場所では……



 視界を白濁に奪う、濃い霧が立ち込めていたわ。


 湿気が強く感じられるだけでなく、その中に確実に紛れ込む、「異界の魔力」の気配。


 強く前方の国境を護る ” 城門 ” から…… 




 流れ出て来ている、そんな場所。

 そこに、私たちは佇んでいたの。





 此処はファンダリア王国、最北の国境城門。

 云わずと知れた、先々代、獅子王陛下の悔恨の極み。 積年の後悔の残滓。 そして、ファンダリア王国にとって、眼を覆い、時間ときの帳の向こう側に隠してしまいたくなる場所。

 王国の罪の象徴……

 それが、正式には命名されず、密かに『北伐城塞』と呼ばれる、私達の目の前にある、古い城塞の事。 そして、その城塞が護るべき、大切な物。 それが、『軍道城門』。 ファンダリア王国と、大森林ジュノー 獣人の王国 ” ジュバリアン ” との国境に唯一設けられた、正式な通り道なの。



『北伐城塞』と『軍道城門』



 城塞はおろかこの城門の名前すら、付けられていない、ただ、暗黙の了解の内に、そう呼ばれているだけの場所なの。 事実、この門は不開の城門として、長く捨て置かれていた。

 いいえ、違う…… 北の荒地からの「異界の魔力」を押し止めるために、閉ざされなくては成らないこの場所には、亡霊や凶霊が多々現れ、城塞建造当初、配属された人々を悩まし続けた。

 そして、北の荒野から流れ来る、「異界の魔物」達の襲撃が、任務をより困難にした。 おばば様が、更なる【結界】を結ぶまでの間、相当な人数の消耗が有ったと…… 歴史書にはそうあった。

 ファンダリア王国の、そして、獅子王陛下の「悔恨の極み」。 王国上層部や軍務大臣様以下、軍関係の高官も この城塞に関しては、強くモノを云う事が出来ずにいた。 唯一、現実的な対処をしたのが、おばば様だけだったっていうのも、強く意識にあったのかもしれない。  
 幾つもの負い目から、軍関係の高官の方々は、正規軍はおろか、北部辺境域の領軍の将兵に対しても、赴任を強要することも出来ず、ゆえに、この城塞は、『無人』の砦になったと…… 記録に有ったわ。

 そんな、廃れた城塞の城門前に立ち、集まってくれた皆に言葉を紡ぐ。 私の決意。 私の意思。 そして、それは、取りも直さず、精霊様の御意志でもあるのだから。



「この城門を押し通り、北の荒野へ…… いえ、違いますね。 『森の王国、ジュバリアン』へ入国する前に、皆さんに、大切な『お話』が有ります」



 森の王国、ジュバリアンへの唯一、開かれたはずのその『軍道城門』を前に私は、第四〇〇特務隊に伝えなければならないことが有ったわ。 それは、とても大切な事。 私と、皆の立場を明確にするべきことなの。


 ――― だって、これからの道行きは、完全にファンダリア王国の ” 法 ” を破る事になるんですもの。


 朝日が霧を反射して、辺りはまるで真っ白なシーツで覆われてしまったかのようなこの場所で……



 皆に…… 

   私の綴る言葉に、強張る表情を浮かべる

     皆に……




 その表情を伺う私の心は、痛かった。 でも、伝えなければならない…… 大切な事柄だったのだもの。 


 北を渡る、早春の風をはらむ ” 銀灰色シルバーグレイの髪 ” と、皆を真っ直ぐに見つめる ” 群青色ロイヤルブルーの瞳 ” で、真摯に皆に向き合ったの。

 もう、私は『』の ” リーナ ” でも、まして…… ” エスカリーナ ” でも、ありはしない。

 もう、此処には、かつての幸せな辺境の ” 薬師錬金術師リーナ ” は、居ない。

 決意を胸に、為すべきを見据え、覚悟を決めた、” 原初の人プリメディアン ” たる、私しかいない。 精霊様の願いと、この世界の ” ことわり ” を取り戻す為に、この世界に生まれなおした、私しかいない。 

 吹き通る早春の優しい風が、私を取り巻き、そして勇気をくれる。 精霊様の息吹を体中で感じ、私の決意が精霊様の御心に叶うと云う確信に変わる。 これ以上、この獣人族の朋友の方々にご迷惑はかけられない。 私に課せられた、「使命」は、私だけに課せられたモノなのだから。

 背後に控えるシルフィーとラムソンさん。

 弱い私には、彼らの助力が必要なのは、云うまでも無い。 本来なら、彼等も、私の前に佇むべきなのだけど、昨夜、シルフィーに私の決意を気取られ、そして、退けられた。 精霊様に弱い私をさらけ出し、そして、ご慈悲を乞うた。 

 優しく、頭を撫でて、弱い私の懇願を受け入れて下さった、「闇」の精霊 ノクターナル様。 許しは…… きっと、彼等だけなの。 だから、皆さんは……



 つっ と息を吸い込み、そして、出来るだけ柔らかく、声を紡ぐ。 弱い私が、その弱さを覆い隠す為に、毅然として、矜持高く、誉をもって、言葉にするの。 万感の思いを乗せ、皆に感謝の祈りを捧げつつ、そうして…… 

 精霊様方に勇気を貰った私は、皆に告げる。







「貴方達の献身と責務の遂行には、感謝しか御座いません。 本当に、本当に、有難うございました。 第四〇〇特務隊の指揮官。 薬師錬金術師リーナは、そんな貴方方を誇りに思います。 しかし、ジュバリアン入国に際し、私は軍属であるわけにはいきません。 第四〇〇特務隊の指揮官の任を返上せねば、獅子王陛下の定められし ” 法 ” を犯す事に相成ります。 そして、あなた方は、義勇兵。 このわたくしに付き従い、ファンダリアの軍務を拝命された方々。 特異な立場の貴方方は、わたくしが指揮官である間のみ、その身分が保証されておりました。 よって、此処に、私は宣言いたします。

 皆さん、長い時を共に致しました、第四〇〇特務隊は、この場で解隊致します。 

 貴方方は…… もう誰にも縛られる必要は在りません。 義勇兵として、ファンダリアの命に従う必要も御座いません。 そうです。 貴方方は、本日只今を以て、何にも縛られる事が無くなるのです。 皆さんは、自由・・なのです」







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