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薬師と聖職者 精霊の至る場所
避難民の間で
しおりを挟む行く先は、街の倖薄い場所。 満足に治癒院に通う事さえ出来ない人たちの間。 特に町の北側にね。 だって、避難民の方々がたくさんいらっしゃっるのだから。 衛生状態も良くないし、満足な御家も無い。 清浄な水も、潤沢な食べ物も、体を清潔に保つためのお風呂ですら…… 無いんだもの。
天幕が並び、顔や手足を汚した子供たちが力なく座り込んでいるのよ。 本当にもう! 見てられないわ!!
仮設の治癒院が置かれている天幕には、沢山の人が所在なく佇んでいるの。 既に医薬品は底を付き、” マジナイ ” 紛いの医療行為しか施せないわ。
…………精霊様の御嘆きが聞こえる。 こんなにも疲弊し、病み疲れた方々を見たことはないわ。
決めた……
此処で治療を始める。 エリオット小聖堂の治癒院にすら訪れる事が叶わない、僅かな浄財すら支払うことが出来ない方々が、この場所には沢山…… 本当に沢山居らっしゃるんだもの。 これは、捨て置けない。 自助努力も限界があるんだもの。
生きる希望を持つ、全ての生きとし生ける者へ、救いの手を指し伸ばすことは、精霊様の御意志。 その慈しみと御加護をこの場に勧請する。 ええ、勧請するわ。 対価は精霊様に捧げる祈り。 その祈りこそが、今、私が何よりも欲する物なの。
「ピールさん。 ありったけの薬草を運んで。 イグバール様の荷馬車を ” 一台 ” 持ってきてもいいわ」
「はい? えっと……」
「それと、私の馬車も。 ちょうど、あのあたりに開けた場所が有るから、そこに」
「えっ…… っと」
「ピール。 リーナの云う通りに。 この有様だ、リーナは動く。 よし、久しぶりに俺も手伝うか」
「ラムソンさん…… 有難う。 第十三号棟を思い出しますね」
「あぁ。 そうだな。 薬草については学んだ。 毒草もな。 リーナが必要とする魔法草の名を挙げろ。 荷馬車に積み込んである荷から出す。 ……さっ、ピール征け。 精霊様の御意志だ」
「はいッ!」
シルフィーは…… また、何処かに行って今は居ない。 きっと懐かしい人達を迎えに行ってくれている筈よね。 ……それとも、情報収集かしら? 小聖堂から出ないなんて、シルフィーには言っていないものね。 きっと彼女なら、私が何を始めようとしているのかは、” お見通し ” だろうし。
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ピールさんが戻ってきた時には、簡易治癒所で、治療を始めていたの。 まずは、体力を失ってしまった人への対処。 それから、「身体大変容」以外の病を得てしまった人への対処。 擦り傷、切り傷、骨折、裂傷…… と、傷ついた人々への対処。
中位中容量の体力回復ポーションを大量に錬成して、まずは、体力を失って、目に光を失ってしまっている人たちに配布。 それだけでも、雰囲気は明るくなるもの。 未来を見出せる様に、少しだけお手伝い。 体が軽くなって、生きる気力が増えると、それだけで、良くない考えから逃れられるわ。
幼子を抱えた若いお母さんが涙を零していたっけ。 ” この子だけは、この子だけは…… ” って、そう呟く様に懇願されていたんだもの。 子供さんだけ? いいえ、貴女もよ。 お子さんには、母が必要なの。 絶対に。 ええ、何も心配がない、母の胸の中は、お子さんに最大の安心と安寧をもたらすもの。
―――― だから、何が何でも、護らなくてはッ!
子供たちと若いお母さんに、体力回復ポーションを渡して飲んでもらったの。 マジナイよりも、遥かに効くわよ? だって、そう云うモノなんだし。
ピールさんが私の馬車と荷馬車を一台、引き連れて帰って来た後は、さらに加速で来たの。
治療所の天幕を、もう一つ借り受けたわ。 「身体大変容」の症状を呈している人をその場所に入って貰うためにね。 中央に聖壇を一つ設置したの。 エリオット小聖堂には、内緒よ? だって、まだ、エルグリッド=ノーマン司教に御許可頂いていなんだもの。
最初の起動は私の魔力で。 そして、周囲に祈りが集まれば、それが祈りが魔力を集める様になって、魔法陣は維持される。 軽度の進行であれば、数刻も経たず、重症の方でも丸一日もすれば、快癒するわ。 劇的に直ぐってわけじゃないけれど、それは、この聖壇に注がれる 「祈り」の力の限界でもあるから仕方ないもの。
でも、目に見えてよくなる人々。 そんな彼らの御家族の皆さん。 感謝の祈りを聖壇に捧げて下さったの。 空間の「異界の魔力」も集めて昇華しているから、聖壇自体が薄っすらと金色の光の粒に覆われているわ。 ゆらゆらと立ち上る光の粒は、見るからに神聖なモノに見えるし……
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ラムソンさんには、仕分けしてもらった薬草を、私の馬車の荷台の錬金釜に投入してもらっている。 彼…… 薬草もよく理解しているのよ。 ほら、第十三号棟で、薬草の仕分けをずっとしていたでしょ? 最初は嫌々。 でも、そのうち、興味を持ってくださったみたいでね。
あの難解な、『毒薬大全』すら、読破してしまった位ですもの。 病に対して何が必要な薬草なのかは、掌を指すのと同じくらい簡単な事になっているわ。 それに、イグバール様が備え付けてくれたこの錬金釜。 かなりの優れもの。 あの小ささなのに、相当数の錬成魔法陣を内包しているの。 使っている魔石だって、かなり大きな物。
きっと…… おばば様ね。 あの錬成魔法陣の数々は、イグバール様の知識には無いもの。 イグバール師匠は、符呪の練達の導師。 でも、薬師では無いわ。 それは、おばば様。 ええ、海道の賢女ミルラス=エンデバーグ様の知恵と知識なんだもの。
私は……
そう。 私は、一人じゃない。
多くを救う手立てを、沢山の人に作ってもらっているの。 そのすべてが私に云うのよ。 ” 為すべきを成せ ” ってね。
難民の方々が大勢集まる天幕の街。 そんな中で三日を過ごしたの。 医薬品も錬成したおした。 医療品もね。 包帯、湿布、補綴布。 色々ね。 親族を頼って、この街を出ていく方々も居る。 そんな方々には出来るだけ南に行くように言い含めるの。
まだまだ、北の荒野への道行きは無理よ。
だって、プーイさん達の作戦は未完成。 そう報告されているんだもね。 シルフィーが、報告書を私に口頭で教えてくれている。 その状況を踏まえても…… まだ、時間は必要なの。 魔力網状供給線が、確実にその効力が発揮して、北部辺境域が浄化されるまでは、最低でも一年は掛かるわ。
徐々にではあるけれど、” 北伐軍道入り口 ” から西方の、既に設置が終わっている場所は、浄化されつつあるけれどね。
濃い汚染が広がる北部辺境域、北部中域の除染には相当の時間が必要なのよ。 その為には…… 莫大な祈りが継続的に必要なのは…… 誰が考えたって、判ることなんだもの。 一生懸命に皆を助けていくの。 それが、未来につながる唯一の方法だって、私は理解しているから。
精霊様の御意志と慈しみを余すことなく、人々に渡していくの。 その結節点に私は居るんだもの。
―――― 懐かしい顔は、突然にやってきたわ。
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