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薬師と聖職者 精霊の至る場所
人外の化生への ” 治療 ”
しおりを挟む精霊の御意志の番人 神官戦士 バファル=ワンダーも、極めて厳しい表情を浮かべられているわ。 目の前にいる十六人全員が、同じ様相を呈しているからね。 ええ、彼らの魔力回復回路は既に「異界の魔力」の汚染されていた。
でも、オカシイの。 こんなにも、汚染されていたなら、「身体大変容」が引き起こされている筈なんだもの。 それが、『人』の形を保っているのよ。
北辺では『奇病』として、認識されている、「身体大変容」 それは、異界の魔力の汚染が進行とともに、体の一部が変容していく事なの。 そして、魔力回復回路にまで変容が至った時、その生物は、「異界の魔獣」となり果てるわ。
だったら、この状況は何? 体には変容が起こっていない。 でも、体内の魔力回復回路は異界の魔力に侵されている…… 魔力回復回路は、人格を定義する場所でもあるわ。 ……つまり、この方々は既に、「異界の魔物」?
でも…… 行動は…… 聖堂騎士の様に振舞っている……
―――― 判らない。 本当に、判らないわ。
でも、このまま放置は出来ない。 だって、折れ曲がった手足が、徐々に再生を始めていて、放置すれば再度戦いを挑まれるのは必至なんだもの。 ” 人 ” としての、「意思」は、そこには見られない。 何かが、彼らをそう縛り付けている…… 感じがするの。
いわば、「傀儡紋」を打ち込まれた人の様に。
「バファル=ワンダー様。 治療します。 少なくとも、この世の理の中、逝くことが出来る様に。 人格は破壊され、体も無茶な動きでボロボロになっております。 異界の魔力を浄化すると、一気に ” 対価 ” を求められるでしょう。 そうなれば、彼らは…… 彼らの魂は、この世に留めおくことは叶いますまい」
「”人”として、死なせてやってくれ。 このままでは、人に仇なす ” 人外の獣 ” だ。 ……リーナ殿は薬師であろうが、そのような事が可能なのか?」
「はい。 薬師でもあり、錬金術師でもあります。 縁あって、ファンダリア王国王宮魔道院の方々とも面識がございます故」
「……左様か。 我らでは、精霊様に祈りを捧げ、この者達を抑え込むしか方法がない。 『浄化』と云われたか?」
「はい。 必要な魔法術式は存じております。 【妖気浄化】、【清浄浄化】、【解呪】 これらを用い、この方々の体内に巣食う、「異界の魔力」を浄化いたします」
ふむ と頷かれるワンダー師。 そうなればと、同胞の方々と一緒に、ぼろ雑巾の様に成った、重装甲冑を彼等から剥ぎ取られ、鎧下一枚の姿で地面に置かれたの。 装備、装具一式は、少し離れた場所に積まれてね。
その間に私は、【妖気浄化】、【清浄浄化】、【解呪】の魔法陣を紡ぎだしているのよ。 【重防壁】の魔法陣は昇華させて、ポシェットから魔力回復ポーションも出して準備するの。
どのくらいの魔力を要求されるか判らないから、念のためにね。
幾つかの常備魔法陣も昇華させて、” 治療 ” を始めるの。 あまり、快癒の見込みは無いけれど、それでも、やっぱり、” 一縷の望み ” は、持っていたいもの。 だって、彼等だって、ファンダリアの民よ? 異界の魔力に汚染されてしまっていては、この世界の理に反する存在になってしまうもの。
――― 生き残って欲しい。
そして、自分たちが何者になっていたのかを、自覚してほしい。 彼等だって、ファンダリア王国の貴族の末なんだもの。 矜持は忘れてほしくないわ。
始めましょう。 この方々の魂が、せめて穢れていないことを祈ります。
「【妖気浄化】、【清浄浄化】、【解呪】
術式展開。 起動魔法陣結合。 魔力投入。 ……魔力充足確認。 発動」
手に紡いだ、三つの魔法陣が大きく広がり、十六人の聖堂騎士さん達が横たえられていた大地に打ち込まれる。 魔法陣の色は、私の魔力の色。 そう赤黒い魔力線が魔法陣を描き出すの。 魔法陣が完成すると同時に、わたしに魔力を要求してくるわ。
途中で強制停止しない限り、魔法陣は対象の穢れを払う量の魔力を次々に要求してくるのよ。
大地に打ち込まれた魔法陣が上下二段に分離。 じりじりと上昇しる上の段の魔法陣。 彼らの体から、光の粒が、大量に湧き上がるの。 異界の魔力自体の浄化。 それに、魔力によって変質してしまった臓器や体躯を元に戻す。 本来なら不可逆な筈の、「身体大変容」の逆相還元ね。 結構、魔力を消費するのよ。
この世界の魔力を、魔力変換術式で、あちらの「異界の魔力」の成分に近いモノに為して、【解呪】に流し込んでいるのよ。 異界の魔力による変容は、ある意味【呪い】のようなものだから。 それに気が付いたのは、禁忌の森…… 今では、ブルシャトの森での出来事だったわね。
――― あの時と比べたら、変換効率は天と地の差。
だから。 だからね。 十六人もの方々の【解呪】には、それほど多くの魔力を要求されてない。 でも…… この方々にとっては、煉獄の火に焼かれているようなものね。 無茶をした筋肉は断裂し、臓器は破れ…… 生き物としての形を、失いつつあるんだもの。
魂が…… ゆっくりと体から離れていくわ。
それを押し止めるには、強烈な自我と意思の力が必要なのよ。 そう、ウーカルさんのお姉さんのようにね。 でも、元からそんなモノは無かったのかもしれない。 体を離れ始めた魂は、なんの拘りも無く、ゆっくりと抜け出ていくんだもの。
そうね…… そうかもしれない。
厳しい国軍に入らず、名誉だけ求め教会の騎士団に入った方々なんですものね。 名誉や、誉よりも、いかに楽をするかしか、頭になかった方々。 苦しければ逃げるに決まっているんだもの。 ……それも、” 人 ” の業かもしれない。
半眼でその様子を眺めていたの。
意思の力は強いのよ。 自身が持つ矜持と、貴族の家に生まれた責任を持っていれば、こんな簡単には、魂は抜け出ないんだもの。
今度は、、【清浄浄化】からの魔力要求が来る。 体内に残る、異界の魔力の残滓の浄化。 魔力供給器官を浄化していくのよ。 古く詰まった井戸を掃除するようなものね。 パリパリと異音がするのは、こびりついた汚れの様な異界の魔力を剥がして行く音。
身体から漏れ出していた妖気ともいえる、異界の魔力は、【妖気浄化】が、分解昇華していくわ。 大地に染みた、異界の魔力も一緒にね。 本来なら、この【妖気浄化】だけで、彼らを ” 治療 ” してもよかったの。 内包している術式には、【清浄浄化】も、【解呪】も含まれているんだもの。
でもね、強い意志が存在しなかったら…… いえ、少しでも ” 人でありたい ” と思う心が残っていないと、それは、無残な結果にしかならないわ。 ウーカルさんのお姉さんとの違いでもあるのよ。
あの時は…… こう云ってはなんだけれども、異界の魔物に対峙していた気分だったから。 元が、兎人族とはお聞きしていたけれど、アレは、まぎれもなく異界の魔物だったわ。 だから、急いだの。 聖堂の中で異界の魔物が暴走でもしたら、途轍もない被害が生じるんだもの。
結果的に…… 結果的にだけれども、ウーカルさんのお姉さんを助けることが出来た。 でも…… 本来ならば、私は糾弾されて然るべきなのよ。 ウーカルさんにね。 だって…… 滅してしまう可能性だって…… 低くなかったんだもの。
それを踏まえて、この方々には一種の選択肢を渡すために、こうやって段階を踏んだ ” 治療 ” をしているの。
もし、ラディカルさんの……
何分の一、何十分の一、いいえ、何百分の一程の、” 意思 ” の力を持っていれば……
と、思ったからだったのよ。
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