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北辺の薬師錬金術士
護りの手段
しおりを挟む懐かしい人々とのお話し合いから、数日。
エストが告げたのは、ク・ラーシキンのとある商会が、南方領に向かうと便を出したって事。 その『 お話 』 は、勿論、私達に関係する事柄だったわ。 その商会と、イグバール商会との間で、物資輸送の手続きが取られ、物資をファンダリアの北西の端まで輸送してもらえることに成ったの。
当初のお約束通り、決してファンダリア国境を越えない事と、イグバール様が新たに輸送用の荷馬車を一台用意された事を伝えて下さったの。
ラディック様の御指示でとても有能な ” 護衛 ” が付いたって。
「エスト。 有難う。 貴女達の力添えが、今後の行動に関して大変助けに成ります。 土台と云っても過言ではありません」
「勿体なく。 リーナ様のお役に立てれば、お、お父様も誇らしく思うでしょう」
「そう……在りたいです。 私達が物資を受け取る為にも、刻を測らねばなりませんね」
「はい。 昨日、ク・ラーシキンを商隊が出発しました。 往復で約二週間。 そして、ク・ラーシキンから、北西の国境まで、およそ五日…… ですね」
「つまり…… 初月中旬に到着……なのですか?」
「はい。 予定ではその通りです。 このナゴシ村から、国境までは山道が続くのはご存じの通り。 かなりの難所の連続ですので、その合流場所に到着できるまでには…… 最低五日の日数が必要かと…… それも、あの馬車であるから導き出せる日数であって、普通の商隊馬車では、一ヶ月は掛かります」
「では…… 頃合いを見計らって、出立せねばなりませんね」
「はい、左様に。 シルフィーと共にその計画も既に立案して、隊の皆様にも通達済みに御座います」
「仕事が早いのね…… ありがとう」
「有難き御言葉に御座います」
胸に手を当てて、優雅に一礼するエスト。 まぁ……ね。 でも、そんな素振り、見せてなかったじゃない。 相談して欲しかったな。 ちょっと、不満。 だってね、まだ、クエスト村長様に大事なお話が出来て居なくて……ね。
ほら、この村…… 「異界の魔力」に対しては無防備なのよ。 だから、村長様にご相談しつつ、結界を張っていく事にしていたのよ。 事前にこの事は、第四〇〇特務隊の、『 専門家 』 に、相談したの。 それは、ナジールさん。 賛成してくれたわ。 と、云うよりも、彼の方が乗り気だったんだもの。
きっと、神官として、この地を精霊様がとても愛されている事を理解されたんだと思うの。 『 聖域 』に次ぐ、『 聖地 』 とも、云える場所なんだものね、このナゴシ村は。 ナジールさんは、言葉を紡ぐ。 私の提案に深く首肯しながらね。
「この村は、大層 「火」の精霊様に愛されております。 そんな場所に悪しき『異界の魔力』が、入り込むなど、言語道断。 リーナ殿の御考えに賛同致します。 聖壇を置き、祈りを捧げ、以て結界の魔力を供給する。 いつも通りの事。 しかし、この村の者達は精霊様への信仰心は、わたくしも瞠目するほどの物。 ならば、結界への魔力供給は、これまでになく強く、確かなものと成りましょうぞ」
「そう言って貰えると…… 嬉しいわ。 ならば、万が一に備え、【妖気浄化】も必要だと思うの。 ええ、万が一を考えてね。 そうしないと、この村の人が ” 穢れ ” に侵されたた際、どうにもできないのだもの。 最悪…… この村の村長様なら…… 非情の決断を下されるわ」
「汚染された魂は、遠き時の輪の接する処へは導かれ無いと、精霊様方は仰る…… 止めねばならぬ」
「ええ、その通りね。 この世界に生まれ出たモノは、この世界の理の元に還らねばなりません。 さもないと、この世界そのものが衰退し、滅びてしまいます。 徹底的に、何も残る事も無く、想いもすべて…… 当然のことながら、異界でも同じことが進行している筈。 あの「大召喚魔方陣」は二つの世界を滅びに向かわせている元凶なのですもの……」
「仰る通りでしょうな。 大森林ジュノーだけでなく、いずれ、世界に汚濁を蔓延させるモノでしょう。 潰さねば…… 成りますまい」
「精霊様の御意思もそこに在ります。 私が再誕した理由も、存在意義も…… です」
「リーナ殿…… 貴女一人が背負うべきモノでは御座らん。 リーナ殿だけではなく、我らもその任を受けし者であると、そう心得ておられたい。 我らは神官であったのだ。 森を守り、聖域を守護する、戦闘神官であったのだ。 故に我ら狐人族は、我らの力不足を嘆くのだ。 リーナ殿…… 貴女は、我らに、機会を与えてくれたのだ。 戦闘神官としての誇りを取り戻させてくれたのだ。 良いかな、重き「使命」は、貴女一人で背負っているのでは無い。 我らも共に担うべきモノなのだ」
「有難い御言葉です。 心強く…… 何よりの ” 言祝ぎ ” に御座いますね。 これからも、宜しくお願いします。 貴方方、「狐人族」の力を、どうぞ、どうぞ、世界の為に行使して欲しい……」
「元より、そのつもりでは御座いますぞ、リーナ殿。 では、参りましょう。 この地に…… 精霊様の愛するナゴシ村を強固に守る結界を張りに。 そして、リーナ殿の特異な魔法である、【妖気浄化】を敷設するために」
「はいッ! 有難う!!」
ナジールさん…… 本当にありがとう。 村長様にお会いして、私が成すことを説明したの。 こんな素敵なナゴシ村を危険に晒したくないんだもの。 説明をお聞きに成ってくださった、クエスト村長様は深く頷かれたの。 流石にアノ魔方陣を運用していた部隊の方。
異界の魔力がいかに危険なモノかもご存じだったわ。 そして、驚かれた。
「アレを…… 分解昇華する魔方陣ですか…… 魔法具として、機能させておられる…… 魔力の供給に ” 祈り ” を使用する…… ファンダリアと云う国は…… 全く、侮れるような国では御座いませんな」
「王宮魔導院の方々の研鑽のおかげに御座います。 クエスト村長様も薄々、察しておられますように、私共は…… その…… ご説明した通りの者では御座いません」
「……軍属…… ですかな? しかし、リーナ殿に命じた者は、決してゲルン=マンティカ連合王国との交戦を良くは思っていない。 この村の者達に限りない慈しみを与えて下さった、薬師錬金術師様が、邪な想いを持っているとは、思いたくありませんな。 見捨てられし、” 半獣半人 ” の者達に対する貴女の行った事は、それだけで信用に値するのです」
「……” 癒し、助け、救え ” 薬師として、治癒師として、わたくしが師匠に…… そして、「闇」の精霊 ノクターナル様より授けられた、心の礎石です。 わたくしが、何者であったとしても、薬師錬金術師であることに変わりは御座いませんもの。 ならば、心の礎石が命じる行動をとるのは…… 至極、当たり前に御座います」
「リーナ殿…… 貴女はお強い。 いや、誠…… 御強い方だ」
「力強い、朋友がわたくしを強くしてくださいます。 善きことでれば、手伝ってくださいます。 わたくしが間違えば、それを正し、叱ってもくれます。 わたくし一人では何も出来ぬ、只の小娘に御座いますれば……」
「…………リーナ殿。 その人柄に、彼らは惹かれたのでしょうな。 いやはや……」
「結界線設置の御許可は頂けますでしょうか?」
「勿論に御座います。 どうか、この村を護る結界を…… 異界の魔力の汚染からこの村を……」
「承知いたしました」
御許可頂いて、丸二日掛けてナゴシ村の周囲をぐるりと結界の魔道具を繋ぐ魔力線で取り囲んだの。 最後に残っていた、聖壇様に魔石を村の広場の一角に設置して、魔力線を繋ぐの。 ナジールさん以下、狐人族の皆さんと一緒に並ぶ。 聖壇の前に整列した感じね。
―――― ええ、起動するわ。
この村の為の……
この村だけの為の、” 連結重結界 ” をね。
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