その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

そして見えるは、光への道

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 おばば様に私のすべき事柄を御話したわ。


 しっかりと、お伝えしたの。 おばば様は時折頷かれ、そして、爛々とした眼光を私に向けて真摯に聞いて下さったわ。 腕を組まれたの。 おばば様は瞼を閉じ、深く考えられておられるわ。 

 この先、私は北部辺境域と、北の荒野の間を魔道具を設置しつつ、東進する。 これ以上異界の魔力が王国内に侵入しない様にね。 目下の処、北部辺境域の北部を汚染している「異界の魔力」は限定的。 それでも、かなりの被害が報告されているわ。

 土地は痩せ、異界の魔力に汚染された人も動物も、魔物までも 「身体大変容メタモルフォーゼ」を引き起こしているんだもの。 痩せた耕作地からは、物成りは期待できない。 沢山の人々が住み慣れた土地を離れ南下しているのも現実なの。

 彼方では…… そう、第四〇〇特務隊の事務方のお二人が情報の収集をしてくれている筈。 その身元を秘匿しながらね。 あちらに向かう最中に、どうにか連絡を取りたいと切実に願うわ。


 ――― そこから導き出せる、防衛線の構築は、北部辺境域を護る為には必須の計画。


 だから、早々に連絡を取る必要があるの。 それも極秘でね。 私の動きが判ってしまうと、それを阻止しようとする勢力が存在するんだもの。 そう…… デギンズ枢機卿の一派。 あの方…… 何を考えておられるのかは判らないけれど、私に対する目は憎悪に塗れていたわ。

 だから…… 隠密に動く必要があるのよ。

 さらに、『北伐の親征』が既に発令されているらしいわ。 と云う事は、あの日、あの時、「神官長パパ ッパウレーロ猊下」が、命じられていたように、デギンズ枢機卿も北部辺境域に聖堂騎士団と共に進出している筈なのよ。

 つまり、私を敵視する人の勢力圏内での行動と云うことに成るわ。 軍属として様々な事を学んだ私は、その事がどれ程、危険な事なのかも理解しているの。

 おばば様が瞑られた瞼を開かれた。




 〈 あんた…… 本気なんだね 〉

「はい。 『 使命 』 でも、ありますから」

 〈 ナゴシ村…… とか言ってたね。 半獣半人の者達の村。 獅子王陛下と共に戦った私が云うのは、ちょっと偏りがあるかもしれないけど…… その者達、本当に大丈夫かい? あんたに危害を加えようとしてないかい?〉

「へっ? いいえ、とても親切にして頂いておりますわよ?」

 〈……もう、遠い昔の話に成っちまったのかな? あの「大召喚魔方陣」の実働部隊…… あれは、紛れも無く半獣半人の者達だったよ。 乱戦でね…… それはそれは、勇敢に獅子奮迅の戦いを繰り広げていたモノさね〉

「そういえば…… エストもそんな事を言っていましたわ。 この村の村長様は、「大召喚魔方陣」の運用部隊に居たと……」

 〈…………そうかい。 それは…… 何というか……〉

「でも、とても後悔されておられますわ。 この世のことわりに反するものを呼び寄せる、大魔法陣を設置したことを。 心の底から……」

 〈…………ゲルン=マンティカ連合王国でも、そういう認識かね。 まぁ、ドラゴンバック山脈の南側を失った事は、彼らにとっても大きな痛手でもあるわけだ。 ……あんた、その村長さんとやらに、聞いておいた方がいいね〉

「『何を』 に御座いますか?」

 〈 あの大魔法陣の運用部隊となれば、設置場所や強度、それに、関わったならば術式も少しは…… 知っているんじゃないか? なんの手掛かりも無く挑むのと、基礎的な情報を持っているのでは、大きく違う。 それは、あんたが錬成術式を駆使して薬を創る事と同じさ。 未知の魔法薬草から薬を創るようなもんだ。 基本的な成分が判っているのと居ないのでは、作業の手間は大きく違う。 時間勝負に成りそうな、北の荒野に於ける、あんたの成すべき事。 それを考えると…… ね。 ダメは承知で聞くといいよ〉

「……そうですね。 クエスト村長様は、相当に後悔されていらっしゃるのだからと…… お聞きしておりませんでしたが、先の事を考えると…… たしかに……」

 〈 それはあんた次第だから、いいようにしな。 あんたには、大切な仲間もいるんだろ? その仲間を危険な目に合わせんじゃないよッ!〉

「はい! 勿論ですッ!」




 私の答えに、おばば様は満面の笑みを浮かべられた。 この笑顔は…… 何かを成し遂げた時に、おばば様が頭を撫でながら見せた笑みと同じ…… ” 仲間を想え ” かぁ…… そうだよね。 私一人が危険に対処するわけじゃ無いものね。 第四〇〇特務隊の皆の安全も在るんだしね……




 〈 いい返事だ。 良い仲間に恵まれたね。 。 仲間って、いいもんだろ? 〉

「はい…… おばば様。 私の成すべきことは、私一人の力では成せぬ事柄。 大切な仲間の協力無くして、成り立たないもの。 それに、私は…… この人たちが…… 大好きなんですもの」

 〈 徒に危険を忌避する事は出来ない立場。 でもね、あんたの心の中に、仲間を ” 人 ” として、認識している限り、きっと上手くいくよ。 仲間を ” 駒 ” として、動かすようじゃぁねぇ…… いいかい、肝に銘じておきな。 あんたの周りに居るのは ” 人 ” だよ。 助け、癒し、救い を与えるべき、者達なんだ。 薬師錬金術師を名乗るならば…… ね〉

「はい。 おばば様。 ご指導…… ご鞭撻…… 誠に有難く……」





 涙が…… 零れ落ちそう…… 私が私である為。 薬師錬金術師リーナとして、この先も生きて行くため。 根本的な、認識を再確認させて頂いた言葉の数々。 忘れません。 おばば様……





 〈 決めたよ…… あたしは王都に行って、ティカに気合を入れてくる。 懸命に努力している、義妹リーナが、まだ存命していると。 ただし、今は表に出る事は出来ないってね。 あの子は ” 贄 ” など、成らないってね。 背中、蹴飛ばして、気合を入れて来るさ。 しっかりしろってね。 ……あんた、気負って、本当に逝くんじゃないよ。 笑って、あの子ティカの前に還っておいで。 それが、なにより、あの子に対しての褒美に成るんだからね〉

「おばば様……」




 潤んだおばば様の瞳。 私を待ち受ける過酷な日々は…… おばば様も御理解しておられるはず。 だけど…… だからこそ…… この言葉を私に贈られたのよ。



    ” 笑って、あの子ティカの前に帰っておいで ”



 ってね。 判りました。 全力を以て、おばば様の御要望にお応えするよう、努力いたします。 絶対に…… などとは申し上げません。 ただ、私の力の限り、努力申し上げますと…… そう、お伝えするのが、精一杯なんだ……



 そろそろ、魔法通信機も限界かな? これ以上通信を続けると、内部の術式回路が焼き切れるかも…… シルフィーがソワソワし始めているしね。 わかった…… 名残は惜しいけれど…… 今は、これが精一杯。 




「おばば様。 時間が来たようです。 どうぞ、どうぞ、お身体、ご自愛ください。 私が笑って還る場所は、ティカ様の処だけでは御座いませんもの」

 〈あぁ、待っているよ。 私の問題だらけの ” 一番弟子 ” 待っているから、必ず還っておいで〉

「はい…… 頑張ります。 では…… 名残り惜しゅうございますが…… ご機嫌よろしゅう……」

 〈 あぁ、 〉




 魔法通信機の安全回路が作動するの。 音声は乱れ…… 映像は揺らぎ…… そして…… 消えて行ったの。 長い長い距離を越えたお話は…… これで終了。

 暫くは、あんな遠くに通信を送る事なんて出来ないだろう。

 もう二度と会えない訳じゃないけれど。


 とても、とても……


 寂しくなってしまったわ。



 でも…… でも、これで…… 



  



 北部辺境域への道は開いた。







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