その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

蒼い空を見ていた自分に…… 伝えたかった事

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 火の精霊様の眷属の方が、それほど誘ってくださったから、お湯につかる事にしたの。 目的の場所に着くまで間、風の精霊様方の歌う様な御声も耳に届いていたわ…… ほんと、この村は、精霊様方に愛されているのよね。 


 脱衣所は、三人も入れば一杯になる程。 命の泉温泉は、その向こう側のお外にあったわ。 周囲からは岩で、見えない様になっていたけれど、紛れもなくお外なの。 夕暮れ時の紅い空。 天空一杯に、色調が赤、青、黒に変わるの。 一つ、二つ、三つ…… 瞬きする間に、黒い空の向こう側に明るい星が瞬き出すの。

 ラムソンさんは、警備についてくれたわ。 まぁ、一緒に入るって訳には行かないよね。 不埒者が出ないとも限らないって…… そう云って、命の泉温泉の施設の外で、周囲の警戒をしてくれるんですって。

 安心して、お湯に浸かれるわ。



「それにしても…… 長閑な村ですね」

「ええ、シルフィー。 火の精霊様の御加護が物凄いのよ、この場所。 愛されているわ。 精霊様の大切な宝物のような場所って事」

「そうなんですか…… 私、あまり、精霊様については存じ上げないんですが、リーナ様の周囲に何やらフワフワとしたものが飛び回っているのは、見えます。 あの…… それが?」

「ええ、エスト。 精霊様の眷属の方々ね。 是非とも、この場所を楽しんで欲しいって」



 エストとシルフィー、そして、私はお湯に浸かるわ。 勿論、旅の汚れは落としてからね。 立ち上る湯気の熱気と、澄んだ空気。 初月の寒さなんて、感じない程。 ゆったりとお湯に浸かると、身体から疲れが流れだして、溶けてしまいそうになるのよ。

 それにね、魔力……

 私の中には高密度の魔力が有るのだけれど、それが、勝手に循環して、勝手に練り込まれて行くの。 そうね…… 純度が二割以上……増している感じ。 凄い効果ね。 村長様が ” 村の宝 ” って云うのも頷けるわ。


「リーナ様……」

「なに、シルフィー」

「変わられましたね」

「……そうね。 以前とは違うものね」


 横に張り出した、耳を少し撫でる。 ピリリとした感覚が全身に走る。 うわぁぁぁ…… とても、繊細なんだ。 お湯に浸かって、全身の力を抜いて、自己診断をするとね…… やっぱり、少し、前とは違う。 なにが、どうって、言葉にするのは難しいけれど、明らかに ” 人族 ” では無い感覚もある。 お湯が、身体に沁み込む感覚は、ちょっと不思議。


「いえ、そうではありません。 その…… お体が急激に成長されたなと思いまして……」

「あぁ…… そう云う事。 そうね…… ” 人族の ” 十五歳の身体では…… 明らかに違うものね」


 そうなのよ。 これを成長した…… って言っていいのか判らないけれど、体形がね…… 幽界での私と、同じくらい…… そう、十七、八の身体に成っているの。 背も伸びたし、身体の線は ” 蒼い空の記憶 ” の時と同じくらいになっているの。 頑張って、頑張って、体形を維持してた、あの頃と…… ね。

 なにもしていないのよ? ほんとに…… あの努力は一体なんなの? って、程にね。 お湯に浮かぶ胸周りをそっと手で包み込むと、結構な重量感があるの。

 腰回りだって、無駄なお肉は全くついていないわ。 過酷な旅路で、太れる筈も無いんだけれど、それにしたって…… ねぇ……


「素敵です。 思わず、見惚れてしまいます」

「エスト…… やめてよぉ~ そう云う貴女だって、小柄ながらメリハリが凄いわよ?」

「い、いえ…… そんな事……」

「エスト、リーナ様? それは、私に対する挑戦ですか?」


 あはははは…… こんなにも、他愛のない話が楽しいなんて…… あけすけに『お話』出来る事が、こんなにも、心を豊かにしてくれるなんて…… 前世の私に教えてあげたい。 凝り固まった妄執は、なにも生み出さないって。 心を開き、眼を開き、耳を澄ませば……


 ―――― こんなにも、世界は楽しく、美しい場所なんだよってね。


 私達の話声は、初月の夜空に吸い込まれて行くの。 湯気と、魔法灯火の織り成す幻想的な空間は…… まるで夢の中に居るみたいだったの……




^^^^^



 でね、この村の宝たる、「命の泉温泉」は、とても素敵ではあったのだけど、私達三人が入るだけで一杯になるのは…… ちょっとね。 温泉から出た後、半綿羊ハーフオビアリス族のリタさんに、お話を伺ったの。 なんでも、怪我をしたり、病気に成ったりした時だけ、この温泉に浸かれると、云う事だったわ。

 ちょっと、問題ね。 身体を洗い清め、そして、精霊様の御加護を頂ける場所なんですもの。 もっと積極的に使わないといけないわ。 火の精霊様もそれを望んでいらっしゃるんだもの。

 この場所…… ナゴシの村が存在する、険しい山の只中にある宝石の様な場所。 火の精霊様が愛して止まない場所。 火の精霊様は、その場所で、『清潔』に、『高潔』に、『美しく』、節度を以て暮らしていらっしゃる、半獣半人の方々にも、限りない愛情を感じてらっしゃるのよ。

 だから、「命の泉温泉」はもっと、もっと、使って欲しいって、そう、私に語り掛けて下さっているわ。 精霊様の御意思は、尊重様にお伝えしたの。 でもね…… 自然に湧き出す泉を、大きくする方法を、クエスト村長様は、ご存知なかったの。

 次の日に…… みんなにね、聞いてみたのよ。 どうしたら、いいかな? ってね。 最初に手を上げてくれたのが、穴熊族の五人の方々。 彼等が言うにはね……

 ペンタンさんの故郷には、冷水泉の大きいのがあったんだって。 でも、身体の大きな彼等には小さすぎるから、それを拡張して、十人以上が入れるようにした事が有るんだって。 それで、作り方は知っているから、任せとけって…… 水浴び、好きだものね。

 クエスト村長さんに、そのお話をすると、とてもお喜びに成って、” 是非ともお願いする ” って、仰ったの。 お役に立てそうね。 ペンタンさん。 お任せするわ。


^^^^^^


 ナゴシ村に到着して、初めての夜。 皆で食事を作り、食べてから命の泉温泉に入らせてもらった、その日。私は眠る暇が無くなったの。 なるんじゃ無いかなって、思っていたの。 だって、風の精霊様が、村の方々に、” 薬師様が来村された。 不調の有る者は、「集会所」へ向かえ ” って、そう ”  ” されていたんですもの。

 直接魂に響く何かしらの声。 多くの人は精霊様の声は聞こえない。 けれども、その真意は心に達するわ。 その結果がこの有様なのよ……

命の泉温泉」から帰り着くころには、既に「集会所」には、沢山の患者さんが詰めかけたの。 もう、皆さん興味津々な瞳でね。 私は【完全鑑定】を目に張り付けて、患者さんを診察していくの。

 人族特有の症状とかは判るわ、わたし。 でも、獣人族特有の症状に関しては、兎人族のウーカルさんをはじめ、アーギルさん、イグリスさんの三人の方々に状況を説明して、呪術医ソーサラーとしての意見を聞くのよ。

 普段、食んでいる薬草も持ってきてもらって、その成分を鑑定に掛けて…… 一人一人に時間を掛けて、診察していくの。 たぶん…… この世界では初めてなんじゃないかな? 半獣半人族の医療なんて……ね。 

 だから、力が湧いてきたの。 「命の泉温泉」のお陰かもしれないわ……

 おばば様から頂いた知識。 精霊様の御加護。 兎人族さん達の知恵。 異界の魔人様から頂いた、魂に刻み込まれた知識…… 私にはそんな大きな力が有るんだもの。

 軽度な症状も、難しい症状も、とても大切な症例。 その症例と、んでおられた薬草の薬効成分を比べて、どの薬効が症状に効くかを見詰めていたの。 ウーカルさん達に助言を貰って…… ね。

 錬成式はそれほど難しくはないわ。 錬金術式を起動して…… 発動。 持ってきてもらった薬草を入れて、薬効成分の取り出しと、錬成。 飲みやすくするために、錠剤にしてみたの。

 なんとなくだけど、コツをつかんできたわ。 半分人族、半分獣人族の方々の健康状態。 何が正常なのかをね。 



 ――― そこからは早かった。 ええ、早かったのよ。



 怪我なんかは、傷薬を錬成するだけだもの。 これは種族を問わないわ。 一部、薬草に獣人族の方々に対しての忌避成分が含まれているから、それを除去するだけ。 なんてことない。 傷口が塞がるように…… 余計な物が身体の中に侵入しない様に、消毒、癒着、対抗力の増大、なんて成分を配して、水薬を錬成するのよ。

 バシャバシャ傷に振りかけるだけで、傷口が塞がり消毒も出来る優れものなのよね。

 古い傷は…… 時間がかかるし、痛むはずなんだけれど…… そんな状態の方は少なかったわ。

 きっと…… 温泉ね。 アレ…… 相当効くもの…… 私も入らせてもらったけど、精霊様の息吹をとても強く感じたわ。 傷が癒えて行くのよ、湯船に浸かっているだけでね。 凄い効能なの。

 村の方々の不調が、一人、また一人と癒えて行くとね…… 皆さん、一段と親切に成って行ったのよ。





 なんだか……





 ほんとに、ほんわりとした、心温まるような感情を…………







   ―――― 抱いてしまったわ。






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