その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

瞬間と永遠の狭間 (4)

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 なんとなく、想像してたの。




 聖女様が『あの人・・・』と誰かの話をするたび、憧憬にも似た表情を浮かべるから。 きっと、彼女が子供の頃に、何かあったんだろうなって。 でも、それが、私に関する事だっとは思ってもみなかったわ。


   ――― 『あの人・・・』が、薬師錬金術師リーナだったみたいなの。


 ならば、それを利用するのも…… いいかもしれない。 現世に還る動機にも繋がるし、想いが強ければ強い程、帰還の道は広がると思うの。 だって、ここ幽界では『想いの力』がとても強い場所なんだもの。




「あ、あの! 本当にリーナ様がいらっしゃるのですかッ! 私を護って診て下さっているのですかッ!」

「ええ、それは本当の事よ。 だから、貴女の身体の方は心配しなくても……」

「帰ります! 私の身体に! 御礼も言えなかった…… 死の淵から救ってくださったのに、何も言えなかった。 ただ、ただ、見詰めるしかなかった。 あの教会の孤児院で…… 疫病が蔓延する孤児院で…… あの方だけが救いの光だった…… 帰ります!! 絶対にッ!!」




 強く瞳に光が灯るの。 強い意思の力は、何よりも重要ね。 そんな彼女に極上の微笑みを贈るの。 頷く彼女。 ややあって、彼女の身体が発光し始め、そして、その存在が薄くなる…… 透けて行くようにも見える。

 あぁ、こうやって幽界から脱するのね。 精霊様…… ノクターナル様、感謝です。 私もここから出ないと、身体の方の変調も気に成るし……

 彼女が完全に消えてから、私も存在を薄くし始めるの。 聴覚が ” 声 ” を捕らえるの。 この声は……




 ” リーナのあほッ!! 無茶苦茶やないかッ!! 突然、助力を頼んできたと思ったら、魂を遊離させとるなんてなぁ!! あほかッ!! ”

 ” 全くその通りやねッ! 帰ってきても、お話せんからねッ! ”

 ” 姫さんも、無茶のしすぎ。 補助してるのも、結構しんどいんや。 はよう戻ってッ!! ”




 ブラウニー、レディッシュ、ホワテルの三人ね。 ええ、判っているわ。 でも、精霊様の御導きによる『使命』なのよね、これ。 だから、成さねば成らない事柄の一つでもあるの。 判って欲しいな。



 ^^^^



 白い空間から、引き戻される感覚が在るの。 身体に戻ったのかしら。 とても寒い…… 仮死状態だったものね。 額を合わせている聖女様の瞼が震えているの。 ゆっくりと…… ゆっくりと、その瞼が持ち上げられたわ。

 澄んだ黄金色の瞳が、私を捕らえたの。 妖精さん達の尽力で、辛うじて保っていた魔力は、【制限付き鑑定】の魔方陣を維持してくれているの。 私の瞳はまだ黒い筈。 そっと、額を離し急いで、ポーチに手を突っ込んで、魔力回復薬を探る。

 聖女様も【禁呪】を止めるのに一生懸命だから、私の姿をその瞳に写すことは無いわ。

 引き出した魔力回復薬の封印を引きちぎりながら、口元に持ってきて一気にあおるの。 途端に三割がた回復する魔力。 急いで、髪に魔力を送って、髪色を戻すのよ。 あまりの魔力操作にクラクラして来たわ。


  ――― 足りない魔力を補うために、もう一瓶……


 眩いまでの光の洪水は収まりつつあり、やっと、お部屋の中の様子が窺い知れるの。 お部屋の中の第四〇〇特務隊の面々は、顔を手で覆いつつも、その場に打ち伏していたし、ピールさんに至っては、聖女様を抑えるので顔すら覆わずに、必死で目を閉じていたわ。

 そう…… 誰も、見てないわよね。

 ふぅ…… なんとか、なったのかしら? 




「聖女様、お帰りに成られましたか?」

「…………あっ!」

「御帰還、お慶び申し上げます。 でも、あのような事、なさらない様にしてくださいね。 貴女はとても大切な人なのですから」

「り、リーナ様ッ!!!」

「視覚も元に戻ったようですね。 良かった、本当に良かった」

「で、では、私が相対していたのは…… 悪魔だと見えていたのは…… り、リーナ様だったのですか? な、なんて事を、してしまったの…… 私は……」

「「異界の魔力」によって、聖女様の感覚は「穢され」「汚染」されておりました。 異界の理からいえば、この世の理の中に居る者はすべて、”魔物”に見える事でしょう。 そして、それが、聖女様を癒そうとしているなどと思う事は出来ませんわ。 聖女様が確固たる自我をお持ちで有ったことに、精霊様に感謝申し上げたいくらいです。 大丈夫です。 既に「穢れ」は払われました。 聖女様自身の御力で、聖女様の御姿もこの世の理の中に戻っております」

「で、でも…… 私は…… リーナ様諸共…… 【禁呪】を用い、この身を焼き……」

「戻って来れました。 最悪は回避できました。 幸い、結界により、聖女様の「魔力の奔流」は、施設に被害を与えることなく打ち上げられましたし…… 多少、この辺りの魔力が擾乱されてはしまいましたが…… すぐに落ち着くでしょう。 二…… 三週の間には、ですが」




 パチクリと瞬きをする聖女様。 幼さが残る彼女の顔に、困惑の表情が乗るわ。 でも、まぁ、良くわからないでしょうね。 魔力暴走が引き起こす、空間魔力の擾乱なんて、ほとんどの人が知らない事なんだもの……

 あぁ、きっと、ティカ様に怒られるわね。 西方北方域に関してだけど、暫く長距離魔力通信が途絶えるんだものね…… はぁ…… ちょっと気が重いわ。

 倒れていた人達が、徐々に起き出して周囲を確認し始めたの。 




「リーナ。 顔色が悪い。 何時までこんなことをしているんだ?」




 ラムソンさんが、怖い表情で私を見詰めているのよ。 えっ? だって、徹底的にこの部屋の「異界の魔力」の残滓を浄化しておかないと……



「その状態で、まだ魔法を行使するのか? 有り得ん。 とにかくその聖女とやらから離れろ。 此処は、リーナの魔力が効き辛い場所なんだろ? リーナの加護が酷く揺らいで見える」



 えっ? そ、そうなの? …………そりゃそうか。 『聖』属性の魔力で満たされたこのお部屋なんだものね。 「闇」属性は基本的に、闇の中でその効力が発揮されるんだものね。 「光」属性の魔力が充満している中でも、きついのに、その上となる「聖」属性なんだものね。 そっか…… 道理で魔方陣が要求してくる魔力が多いはずだわ……




「すぐにでもこの部屋を出るべきだな。 身体に悪い」

「で、でも、そうは言っても……」

「強制的に連れ出す。 リーナに万が一があれば、シルフィーに殺される」

「えっ、いや、そんなことは……」

「有り得ないとでも?」




 真剣な眼差しのラムソンさん。 まぁ……ね。 それは、そうなんだけど…… 聖女様から離れるの。 ピールさんも、彼女の拘束を解いて、ベットから降りてたわ。 私を心配そうに見ながら、どうしたらいいか、判らない感じで佇んでいるのよ。

 なんか、かわいい感じね。 普段は豪放磊落な彼女が、そんな縮こまっているなんてね。 ふんわりとした笑みが頬に浮かび上がるの。 小さな妖精さんが、やれやれって感じで見上げていらしたわ。




 ” 妖精王ブラウニー様。 妖精女王レディッシュ様。 妖精騎士ホワテル様。 ご助力誠に感謝申し上げます。 緊急時とは言え、失礼の段お許し頂ければ…… ”

 ” 許さんって云ったって、同じような状況に成れば、リーナはまた同じことをするんやろ? 精霊様の「使命」が、 『御託宣』されたのは、知っとうよ。 時間も無かったのも、理解してるっちゅうねん。 でもな…… もうちょっとやり方…… 無かったかぁ…… あぁ、判った。 リーナの言葉、誠に遺憾ながら許そう。 精霊様の御意思…… 尊重せねばなるまい ”

 ” 妖精王ブラウニー、そして、方々、誠に、感謝を申し上げます ”

 ” 俺も、レディッシュもホワテルも、消耗したから…… リーナの中に還るな ”

 ” はい。 今後とも…… 何卒よろしくお願い申し上げたいのですが…… ”

 ” …………判ってるちゅうねん。 リーナは、シュトカーナ様の御座所からは、魔力を抜かんかったもんな。 判ってる…… 判っとうよ。 ちょっと眠るわ ”

 ” ごゆるりと…… ”




 彼らの影が右手に消える。 この ” やり取りを聞けて ” いたのは、一人きり…… ええ、ラムソンさんだけなの。 他の人は、妖精さんを感知はしても、声は聞けないものね。 

 私をこの部屋から連れ出そうとしているラムソンさん。 後ろから、侍女の方に聖女様の装束を整えられながら、私に言葉を下さったの。




「の、後程…… お会い出来ますでしょうか?」

「勿論に御座います。 聖女様とお会いできるなど望外の喜び。 その際には、非礼の数々をお詫び申し上げますので、一時、御前を失礼させていただきます」

「そ、そんな事言わないで下さい。 私はリーナ様に救われたのですから……」




 寒さを感じ、震える身体でそう仰ってくださるのよ。 もう! 丁寧に淑女の礼を捧げつつ、お部屋を辞そうとしたの。 


  ――― そして、お部屋の扉が開かれる。


 扉の外でヤキモキしていただろう司祭様が、私の姿を認め、部屋の中でスッと立っている聖女様を認め、安堵の表情を浮かべられたわ。 明らかにホッとした表情を浮かべられて何かを仰っているの。 両手を胸の前に組んで、頭を下げられ、私に向かってね。

 えっと……




 えっと? なに?




 よく…… 聞こえないわ?




 司祭様が何か仰っておいでなのだけど…… 御声が聞こえないのよ…… それに…… 視界が…… 徐々に闇に閉ざされてきているの…… その上……


 鼓動が……


   刻む速度が……


     ゆっくりに……



 しっかりと立っている筈なのに、力が抜けて行くの…… 末端から石にでもなったかのように……


   ――― 冷たく…… 重く…… 何か、身体の中で書き換えられていくような……


 視界が完全に闇に閉ざされる前に、辛うじて……  本当に辛うじて届いた、悲鳴にも似た声。 それは、仲間たちの叫び。 最後に聞こえたのは…… ラムソンさんの悲痛な叫び声だったわ。





「リーナ!!! プーイ! シルフィーに連絡を付けろッ! 緊急事態だとッ!!」













 …………………… そして、私は、見知った、” 真っ暗な空間 ” に、居たの。







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