その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

懐かしき 方々

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 扉が開かれた、執務室の中。



 細長い窓からは、薄絹のカーテン越しに、燦燦と陽光が差し込んでいる。 執務室に入った私は、執務室の扉から五歩のところで立ち止まり、胸に手を当て膝を突く。 臣下の礼って事ね。

 普通はココまでの礼則は求められないの。 でも、執務室の中で他国の…… それも、なにやら不味い相手が居られると、事前にお話してくださったから、それに対応する事にしたのよ。



 ” 庶民の薬師 ” だからね。



 お二方は、普段どおり、カーテイシーを捧げられ、お部屋奥に向かわれる。 私はその場に臣下の礼を取ったまま留まるの。 此れが身分差って云うものなのよね。 理解しているし、納得もしている。 

 よしんば、私が、お二方と同じようにカーテイシーを捧げて、お部屋奥に向かっても、きっと咎められる事は無いだろうとは思うのだけれど、それは、あくまでも国内の、それも王太子殿下の信任厚い人々の前だけの事。


 他国に疑義や侮りを受けるような真似は…… 私には出来はしないわ。


 頭を下げ、殿下のお言葉を待つの。 執務室の中にはピリピリとした空気が漂っている。 そこには、普段の執務室とは違った、” 切迫感 ” の様な雰囲気が醸されていたんだもの。




かんばせを上げよ。 直言を許す。 其の場所では遠い。 近くに」




 王太子殿下のお言葉が耳に届くの。




「仰せのままに。 直言のご許可誠に畏れ多き事ながら、ありがたく存じ上げます」




 顔を挙げ、そう応えるの。 

 でね、執務室の中に居た人達…… 集められている方々を見て…… 絶句したの。 王太子府付きの侍女さんは、さっき小声で教えてくださったのよね、” 各寮の大臣の方々、財務寮の方々、法務院の方々 ” って。

 でも、実際にその集まられた様子をこの目で見ると、圧巻の一言に尽きるわ。 だってそうでしょ、第二王子 オンドルフ=ブルアート=ファンダリアーナ殿下を筆頭に、国務大臣、外務大臣、軍務大臣、そして、財務大臣の四大大公家の御当主様方。 王太子府 法務院の方々。 財務寮執行局長補佐、財務寮調査局の飢狼…… 更には、アンネテーナ様、ベラルーシア様、ロマンスティカ様の各大公家のご令嬢様方……

 ウーノル王太子殿下の傍らには、ノリステン子爵、デギンズ助祭、テイナイト子爵、ドワイアル子爵…… 更には、ミレニアム殿下と公女リリアンネ様までいらっしゃるのよ……


 高位の貴人様方が勢ぞろいって所よね……


 其の方々が、ウーノル殿下の執務机の右側に勢揃いしていたのよ。 爵位の順に座っておられるの。 まぁ、側近の方々は、ウーノル殿下の後ろに控えられていたけれどもね。 そして、殿下の左側……

 殿下に対して正対されているから、お顔は拝見できないのだけれど、そのお召し物から明らかにファンダリア王国の方々とは違うと、一目見て理解できる装いの人達が座っておられたの。 

 背中だけしか見えないけれど、ファンダリア王国の人とは明らかに違うからね。 

 見るに…… 色使いも艶やかな下衣。 薄絹をその上に羽織られて、肩布の色は緑色…… 此れは、マグノリア王国の方の装束とはまるで違う。 そう、違うのよ…… 


 
 あぁ…… この着衣…… 覚えがある……



 正式な民族衣装であり、王宮で着用を義務付けられている、海洋大国の正規の装束…… 異国の御使者って……



 ―――― 海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国



 の、御使者だったんだ……



 息を呑み、その場に居られる方々の背中を見詰めてしまったの。 そこには覇気と威厳が満ち満ちて…… とても強く強大な方々とお見受けできたのですもの。 そう、我が国の国務大臣である、大公家の御当主様方となんら遜色も無い程の威厳と格式を持った方々だもの。

 驚きに固まる私に、ウーノル殿下は優しげにお言葉を語りかけられたの。




「薬師リーナ、良く来てくれた。 此方の方々からの、ご質問があり、至急来てもらった。 質問状は既に受け取っていたので、時間を合わせての、事だったが済まんな」

「殿下、お言葉勿体無く。 しかして、卑賤なる我が身にご質問とは、何の事に御座いましょうか? わたくしの様な者がお答えできるような事にございましょうか?」

「そうだ。 君にしか応えられない事。 事実、この部屋の中に居る者達には、どう応えてよいものか、判らぬ故、わざわざ来てもらった。 ファンダリアの全ての諜報機関の者達が、未だにその全貌を掴めていない事柄でも有るのでね」

「わたくしが、当事者…… というと、つまりは……」

「あぁ、『穢れし森』の一件だ。 こちらの御使者の方々が、特にと望まれておられてな。 その情報と引き換えに、通商条約の一部…… いや、多大な部分の譲歩を示されているのだ」

「国と、国との条約での譲歩をですか? それは、また……」

「此度の条約締結にアチラ側も並々ならぬ誠意を見せて居られていて、御使者には第一王家の方々が見えられている。 其の上、上級王家の藩屏たる方々もだ。 心してお答えして欲しい」

「……畏れ多き事に御座います。 嘘偽り無きよう、誠心誠意お答えいたしますこと、お誓い申し上げます」




 ふぅ…… なんか、大変な事になったわ。 第一王家の方々とか…… 上級王の側近の方々とか…… もうね…… なんて云うのかな…… トンデモナイ人達に目を付けられていたって事ね。 どうしよう…… 膝をその場で付き、胸に手を当て、御使者の方々の背中を見詰めるの。



 ―――― ふわりと、振り返られる其の方々。



 厳ついお顔の面々。

 そして……

 とても、とても……

 懐かしいお顔の面々……



 あぁ…… そうだった……



 アチラ側の条約交渉に当られるのって、上級王太子ルフーラ=エミル=グランディアント殿下だったんだ。 じゃぁ、その実務交渉を担うのって、上級王太子殿下がもっとも信頼を置く方々って事。

 だったら、この方々に於いて他に、その様な信頼を勝ち得る方々は居ないわよね。 上級王太子殿下の片腕であり、最も信頼されている、もう一つの顔を持つ、政府高官の方々……



「海運商会 『暁の水平線ドーンホライゾン』」 

   の、番頭さん、手代さん、金庫番さん。


「快速大型魔法動力帆船『テーベル』」

   の船務商務官さん、機関長さん、甲板長さん、水兵長さん、陸戦隊の隊長さん……


 私が知っている方の方々。 上級王太子殿下が、海運商会 『暁の水平線ドーンホライゾン』の商会長ルフーラ=エミルトン様として、辣腕をお振るいになっていた頃の腹心の方々。 そして、あの時、航海病に掛かられて命の危機を乗り越えられた、「快速大型魔法動力帆船『テーベル』」の方々。

 ダクレール領、ブルーザの街で、出会い、そして、治療に当った方々…… あまりに懐かしく……

 そして、其の方々が浮かべられる、とても朗らかな笑顔が嬉しく……

 思わず声が漏れてしまったの。




「ジェイ様!! ご健勝で何よりに御座います」

「その節は、薬師殿の慈しみに浴し、恥ずかしながらも生き延びられた。 薬師リーナ殿。 久しく有ります。此度は、テーベルの機関長では無く、王国魔導官 第三席 ジェイ=ザウール=ゴメスティアンとして、まかり越しました。 ご質問に先立ち、我が親愛なる 上級王妃、リッカ=ショマーン=グランディアント殿下より、お言葉が御座います」

「畏れ多い事に御座います。 それで…… そのお言葉とは?」

「 ” 我が次代が王の后の后の出産に立ち会ってもらいたかった。 ”  そう、お託が御座いました」

「えっ! ハンナさんに! 御子が?!?! お生まれに成ったのですか!!」

「はい、男御子に御座います。 上級王太子妃殿下よりも、お言葉が有ります」

「な、何で御座いましょう!」

「 ” 是非、御子に祝福を与える為に、王宮を訪ねて頂きたい ” 、と。 そう、ご希望されておられます」

「!!!」

「薬師リーナ様もお忙しいと仄聞そくぶん致します。 いずれ…… 機会を見て…… 何卒、お願いいたしたく!」

「は、はいッ!! 是非!! 是非!!」




 私の喜びに溢れる声音に、満足気にされる御使者の方々。 その方々を見詰める、我が国ファンダリアの重鎮。 其の方々を同様に、ウーノル王太子殿下までが、呆けた様なお顔をされたの。 厳しい交渉と、そう思われていたファンダリアの方々。 私が ” その場 ” に、伺候した事によって、それまでの厳しさがすっかり鳴りを潜め……


 そして、ファンダリア王国の方々を尻目に……



 飛び切りの笑顔を浮かべる、御使者の方々。

 そんな眩いまでの笑顔を見て、喜びの笑顔を浮かべる私。




 ――――― 語られる、海洋国家の慶び事。




 久方ぶりに、お逢いできた方々との、懐かしさと海の香りを感じて……




 私は、それまでの、ギスギスした雰囲気が一機に霧散していたことに、其の時初めて……







 気が付いたのよ……


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