400 / 714
引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。
心を揺さぶる、一つの言葉
しおりを挟むノックも無しに、扉が開く。
まぁ、ロマンスティカ様のお家なんだから、当たり前なんだけど…… ドキッとするような、お姿だったのよ。 妖艶とか、艶然とか、そういった類のモノじゃないわ。
まさに、私の姉妹弟子と云うような、白いブラウスに、濃紺のスラックス。 そして、ウエストニッパーと云う、お姿だったの。 そう云えば、『ウエストニッパー』って云わないのね。
武具屋さんで、かなり痛んで来た ” それ ” を、新調しようと購入しに行った時に、その呼称は間違いって、云われたのよ。 正式にはアンダーバストコルセットって云う、軽防具の一種……
” その呼びかた…… 久しく聞いてなかったな。 あぁ、昔はそう呼ぶ者も居たな。 ” 海道の賢女様 ” が、まだ戦野に出られていた頃、『 下着 』を、軽装甲化したから、それに習って…… とかだったな。 今じゃそういう風に呼ぶ者は居ないよ。 まぁ、同じ様なものだが、コレだったら、お望みのモノに近いか…… ”
そう云って、売ってもらったのが、腹部軽装甲なのよね。
そうよ、紛れも無くおばば様に ” 汚せるものなら、汚してみな ” って、お言葉と共に頂いた、錬金術師としての、” 私の装束 ” と同じ物…… それ…… 頂いて着ててんだ…… 百花繚乱で…… 目を丸くする私に、ツンと冷たい一瞥を投げかける、ティカ様。
お席について、お茶を淹れられた。 カップに注いだお茶を、お皿の上に置かれ、そっと差し出して下さったの。
「……何時まで、突っ立っておいでなの? お座りなさいな」
「は、はい……」
冷たくはあるけれど、優しさも沢山 含んでいる声。 何の異論も無く、指し示られたティカ様の真正面に座るの。
「喉でも潤してから、お話をして下さいな。 わたくしが、居ない間にあった事を。 そして、その非常識さをお教えしてあげます」
「えっ、い、いや、そんな大した事は無くて……」
「おや? 聞き間違いだったのかしら? 先程まで、王城、王太子府に、本年最後のご挨拶に伺候していてね、その席で、” 大変素晴らしい ” 貴女の『お話』を、聞かせてもらったのよ。 ええ、それは、それは、ご活躍されたようですわね」
「えっ、そ、それは…… 軍令に従って行動して…… 敵の目的を潰しながら、護衛対象を守った…… 事ですか?」
く、口調が…… 怖い…… いつものティカ様なら、こんな口調ではお話にならないのに……
「そんな、容易い話では無いでしょ? 危うく、魔力爆発に巻き込まれ、その身に誘爆の危険があったのに? それも二回も! 護衛作戦にしても、その身を囮と成し、公女リリアンネ様、および、御随身皆様方を安全に可能な限りの速さで、王城コンクエストムにお送りされた、などと云う、捨て身の作戦案を立案して実行に移し、その主たる部分を遂行したのに? まったく…… まったく… 貴女って人は…… あれほど、お約束したではないですかッ!! ” おとなしくしている ” ってッ!!」
「い、いやぁ…… その……ね。 やっぱり、軍の命令ですし…… 王太子殿下の ” ご命令 ” とか、マクシミリアン殿下の ” ご要請 ” とか…… 一介の市井の薬師がお断りするのは……」
「あのね、断っても良いって、云われた筈よ? 何か思いついても、絶対に無理強いはするなって、あの子には特に強く伝えたんですもの」
「……あの子?」
「王太子殿下よッ!! 未来のファンダリア王国、ウーノル国王陛下にねッ!! 約束は守って頂ていた筈よ。 それを、あなた自身が受けちゃうなんてね! わたくしの言葉は、貴女には届いていなかったってことよねッ!」
「い、いえ、そ、そんあ、ま、まぁ、あ、あの…… ティカ様? ご…… ごめんなさい」
「……フウゥ。 わたくし達のお師匠様は、貴女がどんなに、『優しくも金剛石の様な固い意志』を持っているかを、わたくしに『 沢山お話 』して頂きました。 色々な実例をもってね。 ここ、王都での出来事なんて、ほんの些細な事とそう感じるほどの事を辺境で成していたのね…… 貴女は…… でも、ここは王都。 辺境とは訳が違います。 辺境の様に純朴な人達が住まう場所とはね。 おわかり?」
「い、いやぁ、まぁ……」
うん、知ってる。 でも、仕方ないのよ。 困っている人は、辺境でも王都でも変わりないんだもの。 笑って誤魔化そう。 うん、そのほうがいい感じだし…… 座わっているソファはとても、豪華で座り心地もとても良いの。 出されたお茶を、少し口に含む。 馥郁たるお茶の香りが、鼻に抜けて口一杯に香気が溢れ返るの。
とても、とても、美味しい。 ウーノル殿下が、所望されるはずだよ…… お茶は、ティカ様が淹れるモノが最高であると、常々仰っているらしいしね……。 ふと見ると、私を捉えて放さない視線のティカ様。 えっと…… まだ、お怒りは解けてないのかな?
「それでッ! ブルシャトで、何があったのです。 王宮魔導院の魔術師ですら、あの場所には辿り着けなく成りました。 森の周囲にとても強い妖精結界が張り巡らされたと、報告にありましたよ」
「多分…… レプラカン達の仕業かと、思います」
「レプラカン? 妖精族の? なんでまた?」
「彼の地は、獣人族が氏族が一つ、偉大なる穴熊族の王 バハムート陛下が王都の森。 そして、ずっと見守られておられたのです。 彼の森に住んでいた妖精族もまた、森の再生が成った後、森に帰りました。 そして、もう二度と失う事が無いようにと… 森の民以外のモノを排除する為かと……」
「もう一度、お話して。 彼の地で…… 『穢れし森』で、何があったのかを!」
真剣な光を美しい双眸に浮かべたティカ様。 頷く私。 そして、語り出したのは、あの日、あの場所で起きた奇跡のような事柄。 私が成した事。 状況。 精霊様の御加護としか思えない、幾つもの出来事。 私の成した事はほんの些細な事なのよ。
あの地で大規模な魔方陣を編めたのは、左腕の今は眠っているシュトカーナのお陰。
千年の時を進めることが出来たのは、偉大なる穴熊族の王バハムート様の巨大な魂のお陰。
異界の法理を魂に刻めたのは、幽界にて、魔人さんとお話してあの帳面を転写出来たお陰。
私は唯、その奇跡を繋ぐ道を知っていただけ。 そう、それだけなのよ。 全ては祈りから始まっているの。 そして、精霊様が真摯な祈りを受け入れられて、巨大な恩寵を私たちにお与えになって下さっただけなのよ。 あんな、奇跡の様な出来事…… そう思わなくては、現実味が皆無なんだもの。
お話の中で、私が唯一 『話さなかった事』は…… あの「 異界の魔物 」の所で私の血と肉を渡した事。 そして、それを持って、何をしようとしたか。 それだけは黙っていたの。
それは、カイトさんと、私の秘密。 あの人が、あの人の居た世界に帰りたくないって、そう堅く心に決められていたから。 そして、魔人さんが道を示された。
この世界には無い、魔法の一つ…… 人造人間の練成。 もし、この世界の魔術師が知れば、一も二も無く禁忌魔法に指定するような代物…… とてもじゃないけれど、お話できないわ。
一つだけの隠し事。
誰にも言わないし、言えない、そんなあの人との約束。
あんな悲しそうな目をした人は、逢った事は無いもの。 魂の行く末を鑑みると、わたしの選択は、きっと間違いじゃない。 そう、間違いでは無かった筈よ。 だって…… ノクターナル様からご叱責を受けていないんですもの。
一つの事柄を除き、全てを話し終えたの。
ゆっくりと立ち上がるティカ様。 私の前に膝を着き、ゆっくりと息を吐かれるの。
そして……
―――― ビタンッ!!
頬に熱い痛みが走るの。 平手打ちされちゃった…… 見る間に、彼女の美しい双眸に涙が浮かび、そして、零れ落ちるの。
「馬鹿! 馬鹿、馬鹿、馬鹿!! どうして! どうして、何時も貴女って人は!!」
叫ぶような声と、流れ落ちる滂沱の涙。 ガバリって、抱きついてこられて…… 耳元で囁く様に私に告げられるの。
「こんな馬鹿…… 一人にはしておけないわ。 宜しくて! 貴女は護られてしかるべき者なのですよ! そして、私が護ります。 王宮では、魑魅魍魎が跋扈しております。 そして、それらは辺境の荒野に居るようなモノとは違い、人の姿を取って貴女を絡め取ろうとするでしょう。 ならば、私が鋏となり、剣となり、その魔の手を切り裂いて上げます。 良いですね」
「ティカ様……」
「リーナ、わたくしの義妹。 ウーノルがなんと云おうと、貴女は自由であるべきなのです。 この世界のためにも…… そして、必ず見つけ出さなければなりません」
「……? ” なにを ” ですの?」
息を吸い込む音が耳朶を打つ。 囁かれる一つの言葉。
「リーナ…… 貴女自身の幸せですよ」
優しく慈愛に満ちた声が……
心を強く揺さぶったの。
11
お気に入りに追加
6,836
あなたにおすすめの小説
天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される
雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。
スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。
※誤字報告、感想などありがとうございます!
書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました!
電子書籍も出ました。
文庫版が2024年7月5日に発売されました!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。