その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

心を揺さぶる、一つの言葉

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 ノックも無しに、扉が開く。



 まぁ、ロマンスティカ様のお家なんだから、当たり前なんだけど…… ドキッとするような、お姿だったのよ。 妖艶とか、艶然とか、そういった類のモノじゃないわ。 

 まさに、私の姉妹弟子と云うような、白いブラウスに、濃紺のスラックス。 そして、ウエストニッパーと云う、お姿だったの。 そう云えば、『ウエストニッパー』って云わないのね。

 武具屋さんで、かなり痛んで来た ” それ ” を、新調しようと購入しに行った時に、その呼称は間違いって、云われたのよ。 正式にはアンダーバストコルセットって云う、軽防具の一種…… 

” その呼びかた…… 久しく聞いてなかったな。 あぁ、昔はそう呼ぶ者も居たな。 ” 海道の賢女様 ” が、まだ戦野に出られていた頃、『 下着 』を、軽装甲化したから、それに習って…… とかだったな。 今じゃそういう風に呼ぶ者は居ないよ。 まぁ、同じ様なものだが、コレだったら、お望みのモノに近いか…… ”

そう云って、売ってもらったのが、腹部軽装甲アンダーバストコルセットなのよね。

 そうよ、紛れも無くおばば様に ” 汚せるものなら、汚してみな ” って、お言葉と共に頂いた、錬金術師としての、” 私の装束 ” と同じ物…… それ…… 頂いて着ててんだ…… 百花繚乱で…… 目を丸くする私に、ツンと冷たい一瞥を投げかける、ティカ様。

 お席について、お茶を淹れられた。 カップに注いだお茶を、お皿の上に置かれ、そっと差し出して下さったの。




「……何時まで、突っ立っておいでなの? お座りなさいな」

「は、はい……」




 冷たくはあるけれど、優しさも沢山 含んでいる声。 何の異論も無く、指し示られたティカ様の真正面に座るの。




「喉でも潤してから、お話をして下さいな。 わたくしが、居ない間にあった事を。 そして、その非常識さをお教えしてあげます」

「えっ、い、いや、そんな大した事は無くて……」

「おや? 聞き間違いだったのかしら? 先程まで、王城、王太子府に、本年最後のご挨拶に伺候していてね、その席で、” 大変素晴らしい ” 貴女の『お話』を、聞かせてもらったのよ。 ええ、それは、それは、ご活躍されたようですわね」

「えっ、そ、それは…… 軍令に従って行動して…… 敵の目的を潰しながら、護衛対象を守った…… 事ですか?」




 く、口調が…… 怖い…… いつものティカ様なら、こんな口調ではお話にならないのに……




「そんな、容易い話では無いでしょ? 危うく、魔力爆発に巻き込まれ、その身に誘爆の危険があったのに? それも二回も! 護衛作戦にしても、その身を囮と成し、公女リリアンネ様、および、御随身皆様方を安全に可能な限りの速さで、王城コンクエストムにお送りされた、などと云う、捨て身の作戦案を立案して実行に移し、その主たる部分を遂行したのに? まったく…… まったく… 貴女って人は…… あれほど、お約束したではないですかッ!! ” おとなしくしている ” ってッ!!」

「い、いやぁ…… その……ね。 やっぱり、軍の命令ですし…… 王太子殿下の ” ご命令 ” とか、マクシミリアン殿下の ” ご要請 ” とか…… 一介の市井の薬師がお断りするのは……」

「あのね、断っても良いって、云われた筈よ? 何か思いついても、絶対に無理強いはするなって、あの子には特に強く伝えたんですもの」

「……あの子?」

「王太子殿下よッ!! 未来のファンダリア王国、ウーノル国王陛下にねッ!! 約束は守って頂ていた筈よ。 それを、あなた自身が受けちゃうなんてね! わたくしの言葉は、貴女には届いていなかったってことよねッ!」 

「い、いえ、そ、そんあ、ま、まぁ、あ、あの…… ティカ様? ご…… ごめんなさい」

「……フウゥ。 わたくし達のお師匠様は、貴女がどんなに、『優しくも金剛石の様な固い意志』を持っているかを、わたくしに『 沢山お話 』して頂きました。 色々な実例をもってね。 ここ、王都での出来事なんて、ほんの些細な事とそう感じるほどの事を辺境で成していたのね…… 貴女は…… でも、ここは王都。 辺境とは訳が違います。 辺境の様に純朴な人達が住まう場所とはね。 おわかり?」


「い、いやぁ、まぁ……」




 うん、知ってる。 でも、仕方ないのよ。 困っている人は、辺境でも王都でも変わりないんだもの。 笑って誤魔化そう。 うん、そのほうがいい感じだし…… 座わっているソファはとても、豪華で座り心地もとても良いの。 出されたお茶を、少し口に含む。 馥郁たるお茶の香りが、鼻に抜けて口一杯に香気が溢れ返るの。

 とても、とても、美味しい。 ウーノル殿下が、所望されるはずだよ…… お茶は、ティカ様が淹れるモノが最高であると、常々仰っているらしいしね……。 ふと見ると、私を捉えて放さない視線のティカ様。 えっと…… まだ、お怒りは解けてないのかな?




「それでッ! ブルシャトで、何があったのです。 王宮魔導院の魔術師ですら、あの場所には辿り着けなく成りました。 森の周囲にとても強い妖精結界が張り巡らされたと、報告にありましたよ」

「多分…… レプラカン達の仕業かと、思います」

「レプラカン? 妖精族の? なんでまた?」

「彼の地は、獣人族が氏族が一つ、偉大なる穴熊族の王 バハムート陛下が王都の森。 そして、ずっと見守られておられたのです。 彼の森に住んでいた妖精族もまた、森の再生が成った後、森に帰りました。 そして、もう二度と失う事が無いようにと… 森の民以外のモノを排除する為かと……」

「もう一度、お話して。 彼の地で…… 『穢れし森』で、何があったのかを!」




 真剣な光を美しい双眸に浮かべたティカ様。 頷く私。 そして、語り出したのは、あの日、あの場所で起きた奇跡のような事柄。 私が成した事。 状況。 精霊様の御加護としか思えない、幾つもの出来事。 私の成した事はほんの些細な事なのよ。




 あの地で大規模な魔方陣を編めたのは、左腕の今は眠っているシュトカーナのお陰。

 千年の時を進めることが出来たのは、偉大なる穴熊族の王バハムート様の巨大な魂のお陰。

 異界の法理を魂に刻めたのは、幽界にて、魔人さんとお話してあの帳面ノートを転写出来たお陰。





 私は唯、その奇跡を繋ぐ道を知っていただけ。 そう、それだけなのよ。 全ては祈りから始まっているの。 そして、精霊様が真摯な祈りを受け入れられて、巨大な恩寵を私たちにお与えになって下さっただけなのよ。 あんな、奇跡の様な出来事…… そう思わなくては、現実味が皆無なんだもの。

 お話の中で、私が唯一 『話さなかった事』は…… あの「 異界の魔物魔人さん 」の所で私の血と肉を渡した事。 そして、それを持って、何をしようとしたか。 それだけは黙っていたの。

 それは、カイトさんと、私の秘密。 あの人が、あの人の居た世界に帰りたくないって、そう堅く心に決められていたから。 そして、魔人さんが道を示された。

 この世界には無い、魔法の一つ…… 人造人間ホムンロイドの練成。 もし、この世界の魔術師が知れば、一も二も無く禁忌魔法に指定するような代物…… とてもじゃないけれど、お話できないわ。



 一つだけの隠し事。 



 誰にも言わないし、言えない、そんなあの人との約束。

 あんな悲しそうな目をした人は、逢った事は無いもの。 魂の行く末を鑑みると、わたしの選択は、きっと間違いじゃない。 そう、間違いでは無かった筈よ。 だって…… ノクターナル様からご叱責を受けていないんですもの。

 一つの事柄を除き、全てを話し終えたの。

 ゆっくりと立ち上がるティカ様。 私の前に膝を着き、ゆっくりと息を吐かれるの。

 そして……




  ―――― ビタンッ!!





 頬に熱い痛みが走るの。 平手打ちされちゃった…… 見る間に、彼女の美しい双眸に涙が浮かび、そして、零れ落ちるの。




「馬鹿! 馬鹿、馬鹿、馬鹿!! どうして! どうして、何時も貴女って人は!!」




 叫ぶような声と、流れ落ちる滂沱の涙。 ガバリって、抱きついてこられて…… 耳元で囁く様に私に告げられるの。




「こんな馬鹿…… 一人にはしておけないわ。 宜しくて! 貴女は護られてしかるべき者なのですよ! そして、私が護ります。 王宮では、魑魅魍魎が跋扈しております。 そして、それらは辺境の荒野に居るようなモノとは違い、人の姿を取って貴女を絡め取ろうとするでしょう。 ならば、私が鋏となり、剣となり、その魔の手を切り裂いて上げます。 良いですね」

「ティカ様……」

「リーナ、わたくしの義妹。 ウーノルがなんと云おうと、貴女は自由であるべきなのです。 この世界のためにも…… そして、必ず見つけ出さなければなりません」

「……? ” なにを ” ですの?」




 息を吸い込む音が耳朶を打つ。 囁かれる一つの言葉。 






「リーナ…… 貴女自身の幸せですよ」





 優しく慈愛に満ちた声が……


 心を強く揺さぶったの。







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