400 / 713
引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。
薬師錬金術師 と 魔術師
しおりを挟むティカ様…… 落ち着かれたわ。
声も無く滂沱の涙を流しながら、ヒシッって、私を抱きしめていた腕から力が抜けてきたの。 少し、ほんの少し、頭が離れて目と目が向き合い、視線と視線が絡み合うの。
「リーナ…… ほんとに、ほんとに、無茶ばかり…… お転婆なんて云う言葉では、貴女を言い表せないわ。 僅か十四歳なのよね…… ほんとに? 貴女から受け取った、異界の法理を読み解く為の方法。 あれなくしては、『ミルラス防壁』の再生は不可能な事は理解できたの。 でも…… 法理を読み解くには至っていないわ。 何処までも危険な術式でもあり、手探り状態だったのよ」
「判ります。 基本的な術式には全て、あの魔人様との『 契約 』 が、そこかしこに忍び込んでおりますから、その部分を回避しなくては、あちらの世界の術理に取り込まれてしまいますわ。 その辺りの事は?」
「勿論理解しているわ。 エリザベート様が細心の注意を払いつつ、成した改造ではありますが、その部分に至れませんでした。 よって、「ミルラス防壁」には、重大な欠陥が存在します。 リーナのあの魔道具で確認しました。 読めたのですよ。 その危ない術式が。 でも…… それを除去するとなると、方法が見つかりません」
「法理を十分に理解し、更に対応する解法を当てる必要が御座います」
「その方法を、ご存知なの?」
「魔人様が長きに渡り、幽界で研鑽を積まれ、この世界と異界との差異、および、あちらの術式体系を一揃い…… わたくしの魂に転写して下さいましたの。 まだ、全てを理解したわけでは御座いません。 でも、必要な部分は、自ずと理解できるようにはなりましたわ」
「成文化は…… 出来ている訳、有りませんね」
「残念ながら、それは無理です。 あまりに危険な術式も含まれております。 この世界にとって、不必要なほどに。 全てを書き記す事はしません。 必要な部分のみを理解し、検証するだけにしとう御座います」
ティカ様の目は、其れまでのロマンスティカ大公家令嬢から王宮魔導院、特務局 第四位魔術士に変貌を遂げていたの。 あくなき知的好奇心。 そして、何よりも「ミルラス防壁」を護る、守人として顔だったわ。
翡翠色の瞳が煌くの。
「リーナ。 その知識と知恵…… 如何様に使うのかしら?」
「精霊様とのお約束を履行する為に。 そのお約束の中には、「ミルラス防壁」の再構築も含まれます。 異界の術式は、この世界に不必要なもの。 魔人様も同意されておられます。 それと……」
「それと?」
「北の荒地の再生に使用します。 彼の地では、まだ、大戦の傷として、あの大召喚魔方陣の破片が生き残っており、異界とこの世界を繋ぎとめております。 そこに嵌り込んでいるのが、異界の魔人様。 彼の魔人様を通じ、異界の魔力、瘴気、穢れが、この世界に流れ込んでいるのです。 それだけでは有りません。 この世界の魔力、空気、精霊様の息吹…… これらは、あちらの世界では瘴気と穢れとされているそうなのです。 両方の世界にとって、あの大召喚魔方陣はあってはならないものなのです」
「『 穢れし森 』で、貴女が成したように、彼の地でも、魔方陣の破片を分解昇華させ、周囲に飛び散った穢れを浄化すると? それを、貴女一人が成そうとするの?」
「はい。 違えられぬ、精霊様とのお約束。 そして、わたくしたちの師、賢女ミルラス=エンデバーグ様の悲願でもあるのです。 ……先程のお言葉、胸が震えるほど、嬉しゅう御座いました。 ティカ様が想って下さっていると、そう、思えるだけで…… 心が温かくなりました。 でも……」
「成さねば成らぬ、違えられぬ『約束』…… と云う事なのですね」
「はい。 その通りに御座います」
真っ直ぐに、翡翠色の瞳を見詰め、そう口にする。 私の思いは、その一点に尽きるのよ。 自身の幸せは…… その約束を果たしてから…… ね。
「精霊様は、なんと重き荷を貴女に背負わせたのでしょう。 わたくしは…… わたくしに担えるのは、ファンダリアの安寧のみと云うのに…… 貴女の妹弟子として、請い願うわ。 その貴女の重き『約束』を果たせるように、わたくしは協力を惜しみません。 特務局 第四位 魔術士として、いいえ、魔術師ティカとして、貴女の手になるわ」
「ありがたいお言葉です。 わたくしも…… 『ミルラス防壁』をかつての姿にするためのお手伝いをいたしとう御座います。 異界の法理を読み解き、利用し、そして有るべきでない物を消し去る為に…… お願いしても?」
「勿論よ、薬師錬金術師リーナ。 わたくしのあらん限りの能力と権能を持って、ご協力申し上げるわ」
「有り難いお言葉です、ティカ様」
手を握り合って、頷き合うの。 ほんとに ” お姉さま ” って感じなのよ。 この方に出逢えた事、精霊様に感謝の祈りを捧げるわ。 でも…… 私は軍属だし、そんなに簡単には北へは行けないの。 隙を見つけて、行かなくてはね。
「そうそう、リーナ。 ウーノルから聞いたんだけど、貴女、アンネテーナの主務医務官に任じられるそうよ? ご存知?」
「えっ? はっ? どう云うことでしょうか?」
「なんだ、まだ、お話は来ていないのね。 ほら、貴女、王宮学習室で、後宮の魑魅魍魎のしでかした事を暴いたじゃない。 ウーノルが決断したのよ。 王宮学習室を後宮管轄から、王太子府管轄にするって。 そして、主務医務官が王宮薬師院 調剤局 第八位薬師の貴女。 王宮学習室の魔法的警備を一手に任されるのが、わたくし。 そう決断されたそうよ」
「………………荷が重いです」
「あら、世界の安寧を担おうとしている貴女が? わたくしも居りましてよ? 本来成れば、わたくしは辞退する所でした。 でも、ウーノルはアンネテーナの側に貴女を置くことだけは、頑として曲げません。 ならば、わたくしがすべき事は、アンネテーナ込みで貴方達を護る事。 しかたなくではありますが、了承しました。 ……王宮学習室が、今後私たちの拠点となりましょうね」
「……お、畏れ多い事に御座いますね」
「大丈夫。 大丈夫よ。 私が居るもの。 伊達にニトルベインの魔女って、呼ばれていないわ」
凄みのある笑顔。
い、いや……
あ、あのね……
なんで、そんなに……
やる気を出しているの?
ティカ御義姉さま……
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
6,838
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。