その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

穴熊族の精霊誓約

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 へーべリオンに到着したの。




 うん…… そうなんだけど……

 なんなの? この目の前に広がる光景は……




*******************




 この場所は、見知った場所。




 一週間くらい前に出発した、へーべリオンの迎賓館の敷地の中。 もっと言えば、厩の中。 というよりも、馬車の整備場とも云える場所。 外から中は伺えないの。 ちょっとした密室にもなるの。

 本来ならば、開け放たれている筈の、両開きの釣戸も閉まっていたの。 整備場の中には、私の乗って来た軍用の荷馬車の他に、大穴の開いた軍用の馬車が一台と、半壊してしまっている「王族専用の馬車」が一台。

 私の乗って来た馬車以外は、よくぞここ迄持ったなと、感想が漏れ出てくるくらいの破壊具合…… 工兵中隊の人達…… 頑張ってくれたんだ……

 王族専用の馬車なんか、台車以外において、全てが歪んでいるもの。 あれだけ重装甲の馬車がこんなになるんだものね…… ” バリスタ ” が、攻城兵器と云われる所以よね。

 同じく軍用馬車…… こちらも荷台の部分がかなり痛んでいたの。 でもまぁ、” バリスタ ” の『矢』が貫通しただけだから、” 傷んでいる ” で、済んだのかもしれないわね。 被せて有った「皮」は、あの広場で、工兵中隊の人達が取り外したみたいね。 ごちゃごちゃと、壊れた”偽装”は荷台に積み込んであったわ。



 あとで、分解しとかないとね。



^^^^^^


 ちょっと、現実逃避をしていたのはね、眼の間に広がる光景に絶句していたから。 傍らに立つアンソニー様はいいの。 未だに、マクシミリアン殿下の着用すべき、王族の衣装をまとってらっしゃるのは、着替えが無いから。 その上、ここ、へーべリオンの迎賓館に到着しても、館内には入らず、一緒にこの整備場にいらしたから。




「リーナ、指揮権を返還する。 君が目覚めた以上、私が指揮権を移譲され続ける訳にはいかない。 この者達もそのような事は許してくれないだろう。 敢えて言うよ、私が何か命じようとしても、君が目覚めた以上彼等は私の命令には従わない。 つまりは、軍法会議ものの命令不服従が発生してしまうのだよ。 ならば、彼等に罪を重ねさせるべきでは無いと、そう思う。 「薬師」リーナ。 第四四〇特務隊の指揮権を、返還する」

「……承りました。 拝領いたします。 ……皆さん、宜しいですね」

「「 ハッ!! 」」




 あのね…… なんで、皆、膝をついて臣下の礼を捧げているの? プーイさん穴熊族の人達なんか、両膝をついて額を地面に付けているのよ…… なんでよ……




「あ、あの…… そんなに…… い、いつも通りにして欲しいのですが……」

「出来ません!」




 プーイさんがそう叫ぶように云うの。 いや、だからね…… 




「リーナ様が、我らの故郷を奪還してくれたんだ。 あの穢れた場所を! 私達穴熊族は、あの場所で何かに共鳴して、自我を失った。 暴れた……と、思う。 あとから、兎人族のエンゼオに聞いた。 なんとも申し訳ないんだ。 こんなに、我らの「魂の故郷ふるさと」の為に尽力してくれたリーナに危害を加えそうになったんだ…… この素っ首、如何様にでも!!」

「ば、馬鹿な事を言わないで下さい。 貴女は私の盟友であり、大切な森の人なのですよ? あの濃密な異界の魔力で多少影響されていたとしても、それは何も変わりはしない。 まして、あの場所に囚われていたのは、偉大なる穴熊族のバハムート王、更に王妃殿下、王女殿下の魂。 共鳴しない方がおかしいです。 あなた方は何も悪くは無い。 私がその事にもう少し注意してさえいれば、貴方たちが自我を失い、暴走する事も無かった筈なのです。 顔を…… 手を上げて下さい。 もし、貴方たちに異存が無ければ、これからも…… 朋でありたい……」




 思いの丈をぶつけるのよ。 主従関係とか、そんなの要らない。 この穴熊族の方々を含め、ここに居る獣人族の方々は、森の国ジュバリアンの民であり…… 友誼を結ぶべき人達。 失われた過去の友誼を取り戻す為の、大事な人達なんですもの。 こんな…… こんな事、させてはいけない。

 ようやく、プーイさん達が顔を上げてくれるの。 額に土を付けた彼女達の顔…… ポカンとした表情ね。 ちょっと、お間抜けな感じ。 そうそう、プーイさん達らしい、そんな表情。 とても、とても、嬉しいわ。




「リ、リーナ様。 許されるのでしょうか…… 貴方に害意を向けた私達が……」

「先ほども、あなた達自身で仰っていたでしょ? 自我を失っていたって。 ならば、いいのですよ。 そんな些末な事は。 あなた達の故郷である、「森都ブルシャト」が再生された事を一緒に慶びましょう。 その方が何倍も、「精霊様の御心」に叶いますわよ?」

「リーナ様…… 」




 馬車の中で、考えていた事を伝えなきゃね。 ちょっと、寂しいけれど、彼女達のファンダリアへの献身は、この為だったんだものね。 解放されてしかるべきだものね。





「それでね、もう一つ伝えたい事があるのです」

「な、何なりと」

「プーイさん。 そして、穴熊族の皆さん。 あなた達の聖域は再生されました。 原初の森と同じように、今は何もありません。 「森都ブルシャト」は、森の中に沈んでおります。 森と泉に囲まれた、美しい「森都ブルシャト」。 その再興の為に、森に帰りたいのでしょ? 目的を一つとしない方は、もう、義勇兵では御座いませんわ。 あなた達を第四四〇〇護衛隊から除隊する用意があります。 この場で除隊されますか?」




 ちょっと、真剣に聞いたの。 意識が戻って、状況が大体判ってから、このヘーバリオンに辿り着くまでの間、毛布に包まりながら、ずっと考えていた事。 義勇兵としてファンダリア王国軍に参加しているこの人達は、この人達の意思で、ここに居るの。 穴熊族のプーイさんとの約束は果たした。 もう、彼女達をこの第四四〇特務隊に止め置く理由は無くなったわ。

 それでも尚…… 一緒に居てくれると云うのならば、私は喜んで彼女達を保護し共に居たいと思うの。 でも、それは、強要するべき事じゃないものね。 彼女達の意思をもって、成されるべき事なんだものね。 だから、彼女達の除隊を考えていたの。 それを何時の時点にするか…… それを……ね。

 これは、オフレッサー侯爵閣下とも以前、お話合いした事。 ファンダリアと目的を一つにするのが「義勇兵」の在り方。 目的が異なる場合は…… この場合は、プーイさん達が、「森都ブルシャト」の復興を目指すのならば…… 彼等は森に帰らなければならないのよ。


 ジッとプーイさん達の眼を見つめならが、答えを待つの。


 私のそんな視線を受け乍ら、プーイさんの言葉が、彼女の口から流れ出す。 意を決したように、そして、とても深い意志を込めて、言葉が紡がれるのよ。




「……我ら、第四四〇〇護衛隊の穴熊族、プーイ、パーレ、ピール、ペンタン、ポンは、人族「薬師」リーナ様の大森林ジュノーの一角たる、聖域「森都ブルシャト」の森を再生せしむ献身に感謝申し上げる。 我らの祈りは、精霊様に届いた。 であるならば、我らの心は一つ。 刻尽くる彼方まで、我らは、「薬師」リーナと共にあり、盾となり鉾となる事を誓わん。 森の民ジュバリアン、穴熊族の矜持にかけて、これ森を護る精霊様に誓約せん。 我らを朋と呼んで慈しむ、「薬師」リーナへの忠誠、朋として違える事無く、幾久しく共に有らん事、この魂にかけて誓わん」




 せ、精霊誓約?! な、なんて事を!!びっくりしている私を他所に、穴熊族の人達は、手を胸に誓約を立てられるの。 光の環が、彼等に落ちて…… と、云う事は…… つまり…… 誓約は成立しちゃったの?!




「プーイさん…… 貴女…… それ……」

「何時までも一緒だよ。 リーナは、約束を守ってくれた。 特大の恩恵を私達の一族穴熊族に贈ってくれた。 あの地は、私たち以外の穴熊族が来るよ。 王族の末裔だっている筈だよ。 何人か残っている筈だし…… あの森を見れば、判ってくれる。 リーナがどんなことをしたか。 偉大なるバハムート王が何を成したか。 あたいでも判ったんだ。 王族の末裔なら、身に染みるよ…… 友と呼んでくれたんだろ? 側においておくれよ」




 頷くのは、パーレさん、ピールさん、ペンタンさん、ポンさん。 一騎当千の穴熊族の五人。 平和を愛し、眠れる場所と美味しい食べ物さえあれば、何時だって満足な人達。 柔和な御顔が、切なげに歪むの。 私と一緒だと…… また、修羅の道に足を入れる事に成るのに…… そんな事は屁でもないって、そう表情に出ているの……

 もう…… 何だって、私なんかに……

 そっと、シルフィーが私の隣に滑り込んだの。 優しく、そして、確固たる意志を載せて私に語り掛けるの。




「リーナ様の護衛隊です、そして、大切な朋の筈です。 誓約を受けねば、成らないでしょう。 それが、「精霊様」の御心にも通じ、リーナ様が何よりも大切にされている、「精霊誓約」にも通じる事になるでしょうから」




 もう…… ほんとに、もう!! なんだって、私なんかに!! でも、ちょっぴり…… いいえ、物凄く嬉しかったの。 ホントに、ホントに嬉しかったの。 だからね…… 困惑の表情が、喜びの表情に変わるのを抑えきれなかったの……




「プーイさんたら!! 精霊誓約が無くったって、私は貴女達の事をずっと友達だと思っているのに!! ほんとにもう……馬鹿ね…… 」




 って、云いながら、抱き着いていたのよ。 暗い馬車の整備場の中…… 精霊様の祝福の証である光の環が、幾重にの降り注ぎ…… 私達を祝福してくれていたの。




 ほんとに、もう…… 




 大好きなんだから!!




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