その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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広がる世界、狭まる選択

口裏合わせ と 祈り

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 シルフィーに整備場から外に出る事を止められたのよ。




 何故か、私はこの整備場から出られないの。 なんでも、色々と厄介な事情が有るんですって。 シルフィーが云うには、このへーべリオンには、多くのマグノリアの草が居るそうなの。 私が姿を現すと、あちらの情報に齟齬をきたすとか何とか…… 

 シルフィーが云うのなら、そうなのね。 きっと、シルフィーが欺瞞情報を色々と流しているからだろうなぁ。

 そうしたら、私はどうしたらいいのかしら?




「リーナ様に置かれましては、このまま、この軍用荷馬車に乗って頂き、国境のギフリント城塞に向かって頂くのが、宜しいかと。 未だ重傷で、明日をもしれないと、欺瞞情報を流します。 出立は、今夕。 全速で向かいますので、あちらへの到着は、明日の夜になります」

「シルフィーは…… 残るの?」

「少々お側を離れます。 この街でするべき事を致しますので」

「……判ったわ。 でも、危険な事は無しよ? いい? ギフリント城塞で貴女を待ちます」

「是非、そうなさってください。 あちらでは、きっと、色々な組織の方々がリーナ様に事情をお聞きになる事でしょうから、その御覚悟はなさってくださいね」

「……なんだか、怖いわ」

「リーナ様が成した事、そして、それに伴って起こってしまった事象が、相当ファンダリア王国に混乱を引き起こしているのです。 二度に渡る魔力爆発が発生したのですから。 本来ならば、あの辺り一帯は、吹き飛ばされていてもおかしくはありません。 最初に到着した、第四三四一工兵中隊の方々が、あの広場周辺を探索されて、大いに驚かれていらっしゃいました。 それに……」

「それに?」

「今もまだ、あの辺りの空間魔力濃度は相当に高い値を示しております。 【遠話】は元より、探知系の魔法の使用がとても困難になっております。 まだ、あの辺りの情報は王都には伝わっておりません。 故に、その中心に居られたリーナ様に対し、事情をお聞きするのは、間違いないでしょう」

「なるほど……ね。 どうしよう、そのまま伝えてもいいのかしら?」

「ある程度は…… 良いと思いますが…… あまりに異常な状況でしたから、そのままお伝えしても多分……」

「信じて貰えないかなぁ…… そうね、判った。 その辺りは、誤魔化してみるわ」

「御意に」




 シルフィーとの打ち合わせは、そんな感じで終わったの。 近くに佇んでいる、アンソニー様は苦笑いを浮かべておられたの。 




「リーナ殿。 まともに報告しても、まず信じて貰えないでしょう。 特に、あの、ヒポグリフの騎士…… アレは…… まず、理解の範疇を越えておりますから。 実際にこの目で見た私でさえ、今では夢でも見ていたのかと思っております」

「アンソニー様。 ……貴方様は如何、報告されますのでしょうか?」

「私も、君と変わりないよ。 事象の中心にいたようなものだからね。 ハハッ! 君と違って、長時間意識を失っていたがね。 まぁ、私も曖昧にしか、説明できない。 殿下の身代わりとして、あの者達と同道し、そして、襲撃された。 公女の偽物が、魔力爆発を利用して、自爆しようとして、君が何らかの方法でその被害を局限化した。 その際、昏倒し、目覚めた時には、襲撃は収束していた。 そんな風に報告するしかないだろう? その後、君は第四四〇〇護衛隊の異常をきたした者達を救うべく、森に入った…… その間、君から第四四〇特務隊の指揮権を移譲され、あの広場にて待機、固守して救援を待っていた。 森の中で何が起こったのかは判らない。 しかし、君は森で重傷を負い、魔力も消耗し尽くした為、君の従者と侍女が、抱えて帰って来た。 軍用荷馬車の荷台にて、ずっと昏睡しており、指揮権の返還は不可能であった。 周囲の警戒と共に、救援の来訪を待ち続けていた。 そう…… 報告するしかないな」

「そうですね。 ……過不足ないご説明です。 森での出来事は、わたくしの方から報告いたします。 公表できるかどうかは、判りませんが……」

「為すべきを成したのだろう? 深くは聞かない。 君の第四四〇〇護衛隊の者達の君への接し方を見れば、何となく想像は付くが、それは、私が何かを云うべき事では無いからな。 一つだけ、君に云いたい事が有る」

「何なりと……」

「よく無事に戻って来た。 皆、君の無事を祈っていた。 喜ばしい事なのだが、心臓に悪い。 少し、周りの者の事を考えて欲しい」

「……勿体なく。 よく、判りました。 今後、気を付けます」




 ニヤリと笑う、アンソニー様。 こんな人だったけ? 同じ死線を越えたからかな? ちょっと、近しく感じるのよ。 

 壊れちゃった馬車は、これもまた証拠の一つになるのよね。 そして、残念な事に、私が昏倒している間に、偽公女様はこの世の人では無くなってしまった。 シルフィーのククリナイフの毒が全身に廻って、青紫色に成って、その命を儚くさせていたわ。

 その前に、私がその人の人格を破壊していた。 直接手を下したのは、私なの…… そう、私が殺したの。

 シルフィーを待つ間、亡くなってしまった人達を、馬車から降ろし、手厚くその骸を処置したの。 王族の馬車の中に有った、肉塊に成ってしまった人達も一緒にね。 この人達は、此処に埋葬する事は出来ないし、多分…… 多分、きっと、政治的に利用させるのは、間違いないわ。 だから―――

 せめて、この場に居る時だけでも、彼等の冥福を精霊様に祈ろうと思うの。



 ” 遠き時の輪の接する所、時が意味を持たぬ場所へ、彼等の魂を葬送致します。 願わくば、彼等の魂が永久の安寧を得、悠久の時を経て輪廻の輪に立ち戻らん事を、「闇」の精霊ノクターナル様のご加護を持って導かれん事を、伏し願い奉ります ”



 葬送の言葉を胸に、彼等の冥福を祈るの。 敵対していても、人は人。 そして、死んでしまえば、魂はこの世界を巡る命の煌めきになるわ。 彼等の魂の安寧を祈るのも…… 



 きっと……

 私の役目なのよ。




 ^^^^^^^




 その日の夕刻。 ついに一度も整備場を出る事も無く、私は東部商業都市へーバリオンを出発し、東部国境の砦 ギフリント城塞へ向かったの。 お外に出る事も無く、軍用荷馬車の荷台で、毛布を頭から被って、ひっそりと、街を後にしたわ。



 月がね……



 とっても綺麗なの。

 闇夜に煌々と輝く月。 幌の隙間から差し込むその月光を見詰めながら、今後の事を考えていたの。



 隣で眠る、アンソニー様。


 ほんとに、図太いわね。



 ラムソンさんが、生暖かく、彼を見ていたの。 シルフィーは、後から来る。 ギフリント城塞で誰が待っているか、ちょっと、怖いんだけど…… それも、仕方ないわよね。 



 成した事は、精霊様とのお約束を守った事なんだもの。




 私が願っていた事でもあるんだものね。

 気持ちを入れ替えて…… 

 私の行く先を見詰め直さなくてはね。




 そう、何が有っても、私は、私。 そっと祈りを込めて、言葉にするのは……




「精霊様…… 生きとし生けるモノ達の…… 魂の安寧が訪れます事、伏して祈り捧げます」





 だって…… 私は、 ” 辺境の「薬師錬金術士」リーナ ” なんだものね。




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